27.物語なら素敵だけれど迷惑ね
「すごく綺麗だ。本当に帰らない? 僕といてくれるの?」
「ありがとうございます。私はシリル様の妻で幸せですよ。帰る気はありません」
国同士のいざこざを収める政略結婚だった。驚くほど年下で、申し訳なさもあったわ。だってシリル様が成人される頃、私はもうおばさんなのでは? と不安なの。でもね、シリル様に執着の癖があると聞いて、安心したわ。これなら私を捨てないのではないか、と。
そんな話をしたら、シリル様は慌てて首を横に振った。全力で振りすぎて、ふらつくほど。そっと支えたら、嬉しそうに私と腕を組む。
「僕、この執着はいけないと教わってきた。父上も兄上も同じように言ったから……でも、どうしても人に渡したくない。母上だけは微笑んで、素敵な人と出会えるといいわねと言ってくれた。僕の願いは叶ったんだ」
母親に言われた通り、素敵な人に会えた。そう言われたら、私も嬉しいわ。少し乱れた黒髪を手櫛で直し、腕を組み直して歩いた。謁見の間はやや縦長になっている。長方形の部屋に入り、ほぼ満員状態の室内に怖気付いた。
前方にクリスお義兄様とディーお義姉様、その手前の左にヴァイセンブルクの宰相がいる。周囲は使者として同行した人みたい。右側の数人がシリル様を見て頭を下げた。ソールズベリーの宰相や大臣かも。
室内を埋め尽くす貴族の視線は、不安が滲んでいた。他国で騒動が起きて賠償を求めたら、まさか自国の侯爵家のやらかしだったなんて。普通は経験しないもの。我がヴァイセンブルクが法外な要求をしても、飲まざるを得ない状況だわ。
私はそんなこと望んでいないけれど……彼らは不安でしょうね。一回りも年下の王弟に嫁いだ責任を、と求めるのが一般的だから。
顔をあげ胸を張り、私は堂々と歩いた。隣のシリル様も、王族らしい振る舞いで進む。距離を測って足を止め、優雅に一礼した。王族同士なので、最高礼であっても膝を折らないの。
名を読み上げられたので顔をあげ、クリスお義兄様達に微笑みかけた。
「報告せよ」
国王陛下として、クリスお義兄様が命じる。先ほどシリル様に礼をした初老の男性が一歩前に出て書類を読み上げた。
驚いたわ。そんな事情だったのね。アッシャー侯爵家の次男は、ある女性と恋仲になった。だが爵位がない平民で、ご両親は許さない。彼女は領地にいられなくなり、逃げるように隣国ヴァイセンブルクへ向かった。それを知った次男は留学を口実にして、ヴァイセンブルク王国へ訪れる。
学業もそこそこに彼女を探し求め、二人は運命的に再会した。そこで盛り上がり、手に手をとって逃げたのよ。いわゆる駆け落ちというやつね。物語で読んだときは感動したけれど、実際に起きたら迷惑そのものだわ。
次男が亡くなったと報告されたのは、本当に運が悪かった。二人が逃げた方角で、狼の群れが小さな村を襲ったの。その際、旅人も巻き込まれた。背格好のよく似た人が亡くなり、ご両親は勘違いして大騒ぎしてしまった。
我が国の誰かが侯爵家の次男を殺した話だと聞いたけれど、私が知っている事情とだいぶ違うわね。




