20.あだす、隠されちまうだかや?
「結婚式はもう済んでいる。お披露目なんだから、遅くする必要はない。そうだよね!」
言い切ったあと、シリル様はぼそぼそとソベリ語で呟いた。
『僕の妻だ。お披露目して、公爵邸で隠しておくんだから』
『シリル様、あだす……隠されちまうだかや?』
シーンと静まり返った。四人だけの部屋で、ディーお義姉様がカップを置いた音が響く。
「き、こえて?」
「はい」
母国語に戻したシリル様に合わせ、返答する。意外と耳はいいほうですし、シリル様の声は子供特有の高い音域でよく響きます。もしかして、心の声が漏れちゃった……とか? 聞かないフリをするべきだったかも。
「……っ、ごめん……なさい」
なぜか俯いて謝るシリル様は、声が震えていました。泣いているかと心配になるほど、細い声です。覗き込んだら失礼よね。困惑しながらも手を伸ばした。シリル様の黒髪に触れて、頭を撫でる。
「ああ、その……シリルの物騒な発言は、だな……」
「言わないで!」
叫んだシリル様の一言で、説明しようとしたクリスお義兄様が口を噤む。これは膠着状態でしょうか。シリル様がいない場所で説明をお聞きしたいのですが、私の袖を指先で掴んだシリル様を解きたくないですし。
「シリル様?」
「うん……」
返事はしてくれるので、怒っているわけではなさそう。クリスお義兄様はおろおろして、ディーお義姉様は眉尻を下げる。どちらも対応に困っている様子で、私が動くしかなさそうだわ。
「シリル様、二人でお話ししましょう」
「……いいの?」
首を傾げる。いいの、とは……何に対して?
「はい」
わからないので同意しておく。シリル様は私の手を握り、きちんと繋いだ。立ち上がる彼に従い、私も歩き出した。どうやら離宮へ戻るみたい。
無言のシリル様は、いつもより早足だった。年上でよかったわ。足の長さの差で、きちんとついていけるもの。寝室の手前で、ラーラが何か声をかけたが……聞き取れなかった。扉は無情にもそのまま閉まる。
「マリー、さっきの話はどこまで聞いていた?」
「えっと……ほとんど全部です」
声に出た部分は聞き取ったと思います。扉に押し付けられた状態で、私はシリル様の頬を手で包んだ。
「心配させてごめんなさい。まだわからないことが多くて。でも、シリル様を自由にしますから」
「自由?」
眉根がきゅっと寄る。その表情、本当にクリスお義兄様にそっくり。やっぱり兄弟ね。
「私はあなたより年上ですし、子を生すのも遅くなりますでしょう? 今後を考えるなら……っ」
どん、私の脇にある扉をシリル様が叩いた。大きな音に目を見開く。何か気に障ることを言ったかしら。
『そんな言い訳で逃げるの? 逃がさない、絶対に逃さないから……、覚悟するといいよ』
なぜソベリ語なの? それと、不穏な響きが怖いわ。申し訳ないのだけれど、最後のほう……意味がわからない。
絶対に逃さないから、確保するといいよ……と聞こえました。何を確保するのか、聞きづらい雰囲気に肩を落とした。




