02.積極的に言葉を使っていこう
王女として生まれたからには、政略結婚は義務よ。平民には手の届かない豪華な衣服や装飾品を与えられ、美味しい食事を頂き、綺麗に掃除された部屋で暮らす。その代わり、国や民にとって利のある王侯貴族と結婚して縁を結ぶのが、王家に生まれた姫の役割だった。
今回の結婚は、かなり政治的な要素が強い。隣国ソールズベリー王国の貴族が、我がリヒテンベルク王国で死亡した。その代償として賠償金と共に差し出されたのが、末姫の私だった。望まぬ強制的な結婚と思われそうだが、実はそうでもない。
私は兄や姉と年齢が離れていた。一番上の兄とは十五歳も年が違う。今の私が二十二歳だから、姪と二歳しか違わない。その所為もあって、早くに母を亡くした私を可愛がってくれた。過剰なくらいの愛情をたっぷり浴びて、幸せに暮らしてきたのよ。
国を支える家族が苦境に陥った今、助けられる立場でほっとした。若い王弟殿下が相手でなければ、一つ上の姉が婚約を解消する羽目に陥る。側妃として国王陛下に嫁ぐ話もあったの。相思相愛なのにお気の毒だし、私なら誰とも婚約していないので迷惑もかけない。
溢れんばかりの愛と保護のお礼をするには、ぴったりの役割だった。他国で冷たくされるかもしれないけれど、一生分の愛情を注がれたと思っている。だから恩返しは私にとっても望む状況だった。
この世界はすべて多神教の国ばかり。崇める神様に違いがあっても、それを理由に迫害されることもない。私は女神アルティナ様の加護を受けているから、粗雑に扱われる可能性は低いけれど。念のために、と家族は私に護衛もつけてくれた。
結婚式が終わり、慣例通りに花嫁花婿は神殿に入る。ソールズベリー王国の主神は戦いの神アレスト様だった。アレスト様の凛々しい神像が立つ神殿の奥、普段は立ち入れない宮で初夜を迎える。禊用のぬるい温泉を使い、体を清めてから薄布を纏う。
「姫様……うっ、うう……あのような、子供相手に……」
目出度いはずの結婚で、ずっと目を晴らして泣き続けるのは、ねえやのラーラだ。今は専属侍女として、私の世話をしている。彼女にしたら、大切に育てた姫様が、あのような子供に嫁ぐなんて……となるらしい。
「泣かないで、ラーラ。私は国や家族の役に立てて、本当に嬉しいのよ」
母国語での会話は、これで最後にしなくては。覚悟を決めて、まだ拙いソベリ語を声に出す。
『だんじょぶ。おらぁ、しああせになっからよ』
ソールズベリー王国出身の先生を三人もつけて、みっちり学んだ成果で、王弟アリスター殿下を悩殺してやるわ。
『ラーラ、けしょうば、たのむっけ』
「承知いたしました」
私以上にソベリ語に疎いラーラは、まだ母国語を使っている。聞き取れるが、話すのは苦手らしい。確かに発音しづらいのよね。でも積極的に使って、慣れたいわ。
この国に嫁いできたんですもの。
『がんばっぺ! ……つか、おしたおって、ええんかぁ? まだ、おこしゃんだっぺなぁ』
年齢差十二、犯罪のような気がするわ。でも政略結婚では、この倍近い年齢差もあると聞くし、大丈夫よね。
鏡の前でくるりと回り、薄絹の衣装を確認する。いろいろと透けているけれど、これが正しい作法だ。最悪、夫になった少年を私が襲う必要があるかも。緊張しながら、初夜の行われる寝屋へ続く扉に触れる。夫が待つ部屋の扉をゆっくりと開いた。