19.なにやら不穏な単語が?
しんみりしたところへ、激しい音が場を切り裂く。勢いよく開いたドアの蝶番が悲鳴を上げ、扉は跳ね返った。どちらも大きな音を立てたので、私は慌てる。驚いて心臓がどきどきしているわ。
「マリーは僕の妻だ! 絶対に帰さないからな! もう神の前で契りも交わした。君は僕のものだろ?」
「あ、はい……」
反論を封じるシリル様の勢いに、思わず頷いた。すごいセリフだったわね。確かに神殿で一夜を過ごしたし、神様に婚礼の誓いも立てた。妻なので、夫のもの……なのかしら。
「帰らないよね?」
「はい……」
今のところ、まだ判断できない。だって、アッシャー侯爵のご子息が生きているか、確認するところからだもの。続いて賠償の話をもう一度決め直して、それから婚姻した私達の関係を決めるはず。
「落ち着いて、アル」
『嫌だ。絶対に別れない。もし兄上や義姉上が無理を通すなら……マリーを閉じ込めて、そうだ。手足はいらないね。僕が全部面倒を見てあげる』
ぶつぶつと呟く後半は、なんだか恐ろしい表現があったような……。ソベリ語に戻っているのは、なぜなの? この場合、私もソベリ語にしたほうがいい?
『まんず、心配いらね。すぐでねっからよ。あどでぇ、話すっぺ』
『……可愛い』
夫の口から溢れた単語に、首を傾げた。何か可愛いこと言った? 後で話して決めればいいと告げただけなのに。
ディーお義姉様は肩を振るわせ、顔を背けた。そうよね、シリル様が錯乱している姿なんて……家族としてはショックだと思う。
「アル! 何をしているんだ。まだ話の途中だぞ」
大股で怒りも露わに飛び込んできたのは、クリスお義兄様だった。シリル様は事情を聞いて、すぐに飛んできたのね。軋む音を立てる扉をくぐったクリスお義兄様は、私を見て固まった。
「……その、すまない。もう知っているのか?」
「はい、おおよその話はお伺いしました」
クリスお義兄様の言葉に合わせ、母国語で返答する。混乱する室内は、壁際の使用人達が家具のように無言を貫いていた。
「部屋を移動しよう」
クリスお義兄様の提案で、私達はそれぞれ夫婦で組んで歩き出した。シリル様は唇を尖らせ、なんとも愛らしい顔で私を見る。上目遣いなのが可愛くて、頬が緩んでしまうわ。
初顔合わせで使ったお部屋に通され、お茶が用意された。お茶菓子の皿も並び、侍女や侍従は一礼して退室する。ディーお義姉様は、カップを引き寄せて一口。それから大きく息を吐いた。
『どこまで説明した?』
『私が聞いたところまでですわ。この先はどういたしましょう』
国王夫妻の会話に聞き耳を立てていたら、隣に座るシリル様が抱きついた。咄嗟に受け止め、腹と胸の間に顔を埋めた夫を覗き込む。残念ながら顔は見えなかった。
「……マリー、僕達は夫婦だよね?」
「はい、そうですね」
肯定したのに、不安そうに腕に力を込めてしがみついてくる。
「……詳細は調査中だ。数日かかるから、その間は準備を全て止めよう」
「嫌です」
クリスお義兄様の言い分はもっともなのに、シリル様は間を置かず否定した。




