18.泣きたい気分だわ
ディーお義姉様はきゅっと唇を噛んだが、すぐに深呼吸して話し始めた。
「クリスも私も、死んだと聞いていたの。ヴァイセンブルク王国で、殺されたと……。賠償を求めたのは、この話を信じたからよ。侯爵家次男ネイサンの遺体が戻され、きちんと埋葬して葬儀もしたわ」
王家も知らなかった? なら、どこから生存の話が出てきたのかしら。疑問をそのままぶつけると、ディーお義姉様はぽろりと涙を溢した。
当事者に説明するなんて、一番嫌な役だわ。でも国王陛下が頭を下げるわけにいかないし、夫のシリル様はまだ若い。お気の毒だけれど、ディーお義姉様が説明するしかなかった。
「連絡が入ったのは、先ほどなの。でもクリスは昨日、それらしい話を聞いていたわ。死んだはずのネイサンを見た、そう話す貴族がいるそうよ」
つまり、死んだはずの侯爵令息が、生きた状態で目撃された? それって、他人の空似だったのでは……だって、侯爵家のご両親が息子として葬儀をしたんだもの。
「クラッシャー侯爵夫妻に、お話は聞きましたか?」
「……アッシャー侯爵は呼び出したわ。いま、話していると思う」
もしかして、仕事中のシリル様はこの件で動いておられるのかしら。っと、いけない。被害者の実家の名前を間違えて……もし生きていたら被害者は私なのでは? 混乱してきて、私はソファーの背もたれに寄りかかった。
天井を仰いで、あんなところに彫刻が……などと現実逃避してみる。
「どうしたら、いいの」
「確認が済み次第、呼び出されると思うわ。もし間違いだったとしても、この国に残って……ほしいの。無理を言っているのは承知よ、でも……」
言葉に詰まったディーお義姉様は、俯いた顔を上げた。目元は真っ赤になり、痛々しい。すごく綺麗な方なのに、眦が腫れてしまうわ。
ソールズベリー王国での生活は、至れり尽くせりで。私は何も不満がなかった。逆にお金をかけさせて申し訳ないと思っていたの。来訪した他国の貴族令息が亡くなり、その事故の原因が我が国ならば……と政略結婚に応じたわ。
クリスお義兄様も、ディーお義姉様も優しい。夫であるシリル様は、年齢差以外は文句のつけようがない人だわ。お父様達はどう判断なさるかしら。私に戻ってこいと言うでしょうね。でも……居心地のいい婚家を離れ難く感じている。
ただ……シリル様のことを思うなら、別れたほうがいいのかも。まだ若いのだし、年齢の近いご令嬢と結婚し直せるわ。そのほうが、シリル様のためよ。彼が成長したら身を引くって決めたじゃない。
まさか、こんなに早く来るとは思わなかっただけ。まだ数日なのに、泣きたい気分だわ。




