15.使うものは贅沢ではない
粗忽者なので、家具を傷つけてしまいます。シリル様にそう伝えて、遠回しに高価な品を断ってもらおうとした。ところが、シリル様はきょとんとして首を傾げる。
「家具を使えば傷になる、当たり前だね。問題ないよ」
さらりと流されてしまった。えっと……そうじゃなくて、傷つけそうで怖いと伝えたかったのだけれど? 傷ついてもいいと言われても、限度があると思う。
「家具の傷? ふふっ、私なんて夫婦喧嘩で投げた櫛が鏡を割って……、あの時は大変だったわ」
「ああ、覚えているよ。割ったのはディーなのに、泣きながら拾おうとしたんだ。指を切るからやめるように伝えたら、もう手を切っていてね」
「これがその時の傷よ」
笑いながら見せてくれたのは、人差し指に残る傷痕だった。周囲よりほんのり赤く、盛り上がった感じになっている。これが鏡で切った痕?
「痛そうですね」
「それがね、興奮していて痛くなかったのよ。次の日にズキズキしたけれど、その程度ね」
話が逸れた気がします。私の家具の話でしたよね?
「その鏡台も直して使っている。家具とはそういうものさ」
クリスお義兄様は、にっこりと笑って締めくくった。話を終わりにされてしまったけれど、傷つくのは当たり前で選ぶのね。
「新品が綺麗なのは当たり前で、使っていくうちについた傷や色の変化も楽しむのが豊かさだと思う」
年下なのに、シリル様のほうが大人びて感じられる。傷つくことを恐れて、この方達の心遣いを無駄にするのが申し訳なくなった。厚意を素直に受け入れたら、もっと喜んでくれるかしら。
「ありがとうございます。こちらの鏡台の彫刻は好きですが、薔薇より小花があれば嬉しいです」
自分の好みをしっかり伝えると、次々に質問が返ってきた。
「小花ね、着色はあってもいいの? 重厚な黒色や暗褐色系の家具はどうかしら」
「女性向けなら白木だが、木が柔らかいからな。こういう加工品のほうがいいと思うぞ」
ディーお義姉様とクリスお義兄様が、競うように家具を勧めてくる。両手を広げて、私との間に立ったシリル様が話を遮った。
「ダメです、僕達の新居ですから! 僕やマリーの意見で決めます」
あらあら、と微笑むディーお義姉様が、何かをクリスお義兄様に囁いた。私のほうをちらちら見て頷き合う。
「わかった。家具はアルとマリーに任せるわ」
置いてある家具類は、すべて同じデザインで統一も可能らしい。薔薇デザインは鏡台、ベッドはリーフ模様など。見本として種類ごとに一つの家具を運んでいた。当然だわ、全部運んだら入りきれないでしょう。
「小花の柄で、綺麗な……そうだな、赤い木材があったはず」
シリル様が真剣に選んでくれるので、私は夫に一任することにした。後で二人きりになったら、緑のガーネットのことを相談しなくちゃ。とんでもない高額品が届いてからでは遅いもの。




