006.幸せは増えていくのね
双子が生まれて名付けて、皆に祝福された。あの日からもう三年経つのね。時間は早いわ。
「おかぁしゃま! はい!」
元気に差し出されたのは、小さなお花。立派な薔薇や百合じゃなくて、小さな黄色い花だった。たんぽぽと呼ばれる野の花は、鮮やかな色で揺れる。
「ありがとう、ユディ」
嬉しそうに笑うユーディットは、汚れた手をさりげなくスカートで拭った。こういうところ、上手なのよね。気づいたら指摘したほうがいいかしら? たんぽぽは茎を握って千切ると、白い液体が出るの。べたべたしてしまう。迷う私より先にシリルが注意した。
「ユディ、手を洗おうか」
「やっ!」
走って、しゃがんだ私の後ろに回り込む。あらあら、元気なこと。シリルに追われて、私を中心にぐるぐると回りだした。最後はラーラに捕まって、しっかり手を拭かれる。
「ゆでぃは、ころも、なんだから」
大人びた口調でつんと顔を逸らすのは、兄ギルベルト。双子なのでどちらが上で下でもいいけれど、ソールズベリー王国は男子が家督を継承する。そのためギルベルトを兄として届け出た。ユーディットは妹になる。
子供なんだからと言いながら、自分も花を摘んできたのね。
「おか、ぁさま。どじょ!」
「ギルもくれるの? 嬉しいこと、ありがとう」
こちらは初めて見る花ね。白くて花弁が細長い、名前がわからないけれど綺麗だわ。二人の花をラーラに渡すと、丁寧に包んでくれた。花びらを落とさないよう、紙で保護して屋敷まで運ぶ。花瓶に活けて、毎日眺めたいわ。長持ちするといいわね。
「二人とも、僕にはくれないよね」
戻ってきたシリルが唇を尖らせた。肩を竦めて立ち上がり、摘んだばかりの赤い花を差し出す。シリルの襟に飾った。
「私からでは足りない?」
「いいや! 最高だよ、マリー」
ちゅっと音を立ててキスをしたら、足元のギルベルトが大騒ぎした。ぴょんぴょんと飛び跳ね「ぼくも!」と強請る。それを大人げないシリルが一刀両断にした。
「マリーは僕の妻だ。ギルにはキスをする権利がない」
がーん。顔に文字が浮かんだかと思うほど衝撃を受けたギルベルトが可哀想になる。だから頬に唇を触れさせた。
「唇はお父様のものよ。でも頬にならいいわ」
「……うん」
あら、物足りないの? でもシリルがヤキモチ妬くからダメよ。駆けてきたユーディットにも、頬に唇を当てる。二人と手を繋いで、こてりと首を傾けた。シリルが拗ねているわ。でも私には両手しかないのよね。不格好でもいいから、腕が三本欲しいわ。
「ギルベルトとユーディットを馬車に乗せるわ。少しだけ待ってくださる?」
すぐ目の前の馬車を示して、シリルに譲歩を求めた。頭の中でいろいろ考えていたのか、僅かな間があって「いいよ」と了承が聞こえる。子供達を馬車に乗せて、大急ぎで戻ったら躓いて! シリルがさっと抱き留めた。しっかり抱き着いた状態で、安堵の息を吐く。
「転ばないように気を付けて……次の子に差し障るよ」
「……ごめんなさい。いつもありがとう、シリル」
まだ膨らんでいないお腹を撫でて、私は大好きな人と唇を重ねる。馬車のほうから「あああ!」と騒ぐ声が聞こえて、途中で笑ってしまったけれど。キスはそれでも続いた。