01.政略結婚は王族の義務ですので
婚礼衣装を身にまとい、整えられた赤い絨毯の上を歩く。神殿の厳かな雰囲気に似合いの、柔らかな曲が流れていた。未婚の貴族令嬢が、両側から花びらを撒く。白い花は教会の庭で育てられ、こういった場面で使用されてきた。
同じ白い花を束ねたブーケを手に、しずしずと歩いた。右足を踏み出して揃え、左足で一歩進んで揃える。まどろっこしいが、花嫁のしきたりなら断れない。実際に歩いてみると、裾を踏むこともなかった。実用性もあるのね。
感心しながら、私はさらに進む。やや俯いているのは、我が国のしきたりだ。花嫁は花婿がヴェールをあげるまで、視線を合わせない。くだらないと思うが、ご先祖様の決めたことは守らないと。
王であるお父様のエスコートでたどり着いた三段を、一人で登った。お父様が助けてくれるのは段下まで、ここから先は神様の領域だ。新郎新婦と神官様だけが立つことを許される。長い裾を引く私が並ぶのを待って、大神官様が声を張り上げた。
「アリスター・シリル・ソールズベリー、そなたはアンネマリー・カリン・フォン・ヴァイセンブルクを妻として迎え、生涯裏切らぬ愛を捧げることを誓うか」
「ソールズベリーの名誉に懸けて、誓います」
夫の声は若々しく張りがある。
「アンネマリー・カリン・フォン・ヴァイセンブルク、そなたはアリスター・シリル・ソールズベリーを夫として尽くし、生涯変わらぬ愛を守り通すことを誓うか」
「ヴァイセンブルク王国の名に懸けて、誓います」
互いに王族ともなれば長い名前が当たり前。読み上げる大神官様が良く噛まないものだと感心する。私なら最低、二回は間違えると思う。夫と妻で文言が違うのは、嫁ぐ側と迎える側の違いだけ。もしアリスター王弟殿下が私の婿に来るなら、誓いは逆になっただろう。
迎える側は望んだ以上、浮気せずに一途に愛して裏切らないと誓う。望まれた側は婚家を支え、変わらぬ愛……というより、貞操を守る約束を行う。多神教の為、神は一柱ではない。いずれかの神が、この誓いを聞き届けて祝福をくれるのが通例だった。
今回はピンクの花が降ってきたので、愛と豊穣の女神アルティナ様でしょう。ひらひらと空中から舞ってくる花びらに、金色の光が注いだ。こちらは全能の天上神ゼウシス様? 二柱も祝福を貰えるなんて、とても恵まれている。
「失礼する」
硬い口調のアリスター王弟殿下は精一杯背伸びして、私のヴェールをそっと捲った。一瞬固まる。もしかして、お好みではなかったかしら? こてりと首を右に倒すが、しゃらんと音を立てて揺れた髪飾りに遮られた。これ以上傾けたら、落ちてしまうわ。
「……っ、綺麗すぎます。女神の化身かもしれない」
え? いま、なんて?! 聞こえたが、思いがけない言葉だったので目を見開く。近づく夫となるアリスター殿下の顔……整った顔を縁取る黒髪も、優しそうな青い瞳もぼやけて。唇に触れるだけの口付けを受けた。
「これにて、二人の婚姻は成った」
大神官様が宣言し、結婚式は終わった。ここから私の新しい結婚生活が始まる。問題があるとすれば私の夫は十歳で、年の差は十二歳もある。初夜はどうしたらいいの。