#1 魔獣ダイヤの発掘事業
この世には、絶対令嬢と呼ばれる者が存在する。
絶対令嬢とはその名の通り、何かにおいて絶対的なのだ。
そのため権力は令嬢に集中する。
その領地においては、あるいは王よりも権力があると言えるかもしれない。
それを王家が咎めないはずがない、と思うかもしれない。
だが、王家にも、絶対令嬢は止められないのだ。
大抵、絶対令嬢と呼ばれる者たちは、権力を持つ理由がある。
何かにおいて絶対的なものがある。
あるいは金鉱、あるいはダンジョン、あるいは資産…数えきれないほど可能性はある。
絶対令嬢を目指すレイモンド家の令嬢、ノース・ブーディカ侯爵令嬢は、その中でも、最難関のものに挑戦しようとしていた。
"魔獣ダイヤ"、である。
魔獣ダイヤについて説明しておく必要があるだろう。
魔獣ダイヤとは、ある特定の魔獣から産出される希少なダイヤのことだ。
膨大な魔力を秘めた魔力貯蔵の塊であり、魔法に心得がないものが触れると、死んでしまうこともあるほどの劇物なのである。
なぜノース・ランデリーナ侯爵令嬢は、それを求めるのか。
それは———
「それしか道がないから!」
ランデリーナは焦っていた。ベットの上で。
朝には弱い。だが、焦りからか、今日は早く起きることができた。
だが、もう少しだけベットにいたいという怠慢から、起きてから数十分は経っていた。
ベット近くの小窓を見て、雨が降っていることに気がついた。
最近は雨が降っていて、ジメジメして、あまり好みの天気ではなくて、彼女的には最近気落ちしやすい気質になっていた。
それも相まってか、いつベットから出たものか、選択に迷っていたところ、コンコンと、ドアを叩く音が聞こえた。
「ランデリーナ様、失礼いたします」
音を立てないように、慎重にドアを開けたこの侍女の名は、コラーユという。
コラーユは、ミディアムの長さの赤い髪を携え、透き通った緑の目を持つ美しい顔立ちの美少女なのだ。
まあ、一言で言うと、可愛い。
彼女は、今日は髪を一つ結びでまとめ上げていた。
黒を基調としたメイド服で、シンプルな服装で入ってきた。
昨日までは、もう少し違うデザインだったが、そうか、もう春が近づいているのか。と、ランデリーナは気がついた。
冬用のメイド服から、春用のメイド服に変えたのだろう。
気づきの多い一日だ。
「おはようございます、ランデリーナ様」
そう言って、ベットまで近づいてきた。
「いつまでそうしているつもりですか、今日は花見の日ですよ」
花見、その言葉を聞いて、ランデリーナはハッとした。
そうだ。花見、今日だったか。
「花見にしちゃ少し湿ってて見頃じゃないわ、明日か明後日にしましょう」
「冗談です。それに、花見の日はあと一週間後です」
「あれ?そうだったっけ?」
「今日は、魔獣ダイヤの発掘事業についての会議があります。それと、昼頃に、スイレン様とのお茶会のお約束もあります」
意外と予定が詰め詰めなことに、ランデリーナは驚かずにはいられなかった。
今日は、何もない日だと思っていたから、ベットの上でダラダラすることを許容したというのに。
これでは話が変わる。
ランデリーナは上半身だけを起こして、コレーユと面した。
「コラーユ、会議はいつから?」
「およそ二時間後ほどかと」
「まだ時間があるわね、朝食は?」
「もうご用意出来ております」
ガラガラと、食器が動く音が廊下から聞こえた。
金属製の移動式の机がぞろぞろと召使によってランデリーナの部屋に運ばれてきた。
パンとエビのパテとオニオンスープ。
大好きなメニューだ。
「用意がいいわね、さすがコラーユ。私の自慢のメイドよ」
そう言ってからランデリーナはコラーユのことを抱きしめた。
ランデリーナはコラーユを抱きしめるのが好きだった。
いい匂いがするからだ。
「ちょっと、おやめ下さい」
半笑いになりながらコラーユは答えた。
「いや」
実はコラーユとは年齢がほぼ同じなのだ。
こうやってスキンシップをすることで、ランデリーナはストレスが消えるように感じるのだ。だから抱きしめることが好き。
「…もうすぐ絶対令嬢になるんじゃなかったんですか?」
そう。ならなくちゃならない。
「そうよ〜。だからこれから会議しようって話になってるじゃない。もうお父様は居ないんだし、長女である私が頑張らないと」
異教の国との戦争でランデリーナの父は二年前に亡くなった。
この家には、女しか生まれなかった。必然的に長女であるランデリーナが座を務めるしかなかった。
ランデリーナはコラーユのことをより一層ギュッと抱きしめた。
「ほんとは嫌だった、私」
「…私もです、ランデリーナ様」
この国で貴族の座を女が継ぐということは、出来ないわけではないが、冷ややかな目で見られることになる。
それはつまり、家のブランドを下げることにも繋がる可能性がある。
ランデリーナとって、レイモンドを背負うということは、まだ、若干十八の身にとっては、あまりに重いものだった。
そのため彼女は絶対令嬢となり、世間からの目を出し抜く必要があった。
ランデリーナはコラーユから離れた。そしてふたたびベットに倒れた。
「私、もう嫌だわ、絶対令嬢なんかになったって、うまく務まらないもの。今回の魔獣ダイヤだって、他の人がやっていないからやろうってなっただけで、本当はどうでもいいのよ」
「いっそ、貴族の地位をお捨てになされるのも手かと存じます。北の絶対令嬢は、貴族の地位を捨てて国外に遊ばせなさったそうです」
「いや、え、北の絶対令嬢様って、国外に行ってしまわれたの?」
「ええ、先日朝の朝刊に載っていましたよ」
マジか、とランデリーナは思った。そんなのありなの?と。
北の絶対令嬢…通称氷の鉄人。
カトレイナ家の令嬢で、北の地方の全ての金鉱を独占した上、自ら考案して魔力炉と呼ばれる高出力魔力装置を作った。
いわば絶対令嬢界においてはカリスマとも呼ばれる存在だ。
かの有名な氷の鉄人がなぜその権利を放棄して、絶対令嬢を辞めたのか。
調子が狂う。
「なーんであんなにすごい方でも辞めちゃうのかなー。」
「…謎ですね」
そこからもダラダラと会話を続け、二十分くらい経った後、母上から、「起きなさい!」と怒鳴られたので、流石に起きなければ忍びないと思い、起きることにした。
朝食は部屋の中でコラーユと一緒に食べた。
召使はいつのまにかいなくなっていた。
朝食を食べてから、私は会議に行くことにした。