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恋愛短編

無価値な落書きと揶揄される引っ込み思案な令嬢が、好きな人のために自分を変える話

"小さな屋敷の壁に飾るのもおこがましい、無名作家の落書きのような人間"、それが男爵令嬢ミリーだった。


 ミリーは幼い頃から引っ込み思案で、社交の場でも目立たず、うつむきがちで声も小さい。

 会話に加わっていたことすら忘れられてしまう。

 まるでそこにいないかのように感じられることが多かった。

 周囲から「無名作家の落書きレベルに華がない」と揶揄されることもあった。


 ミリーはそれに慣れてしまっていた。


 ミリーの家は裕福ではなかったが、ミリーは心優しく、使用人たちにもいつも丁寧に接していた。ありがとう、とお礼を言うことを忘れなかった。

 そのため、ミリーのことを理解し、好意を持つ人も少なからずいた。



 しかし、ミリー自身は自分の性格をだめだと思っていた。自分の内気な性格に悩んでいた。


「変わりたいわ。リック様のように、太陽のような明るさがほしい」


 ミリーは地上の太陽とうたわれる、明るい青年に憧れていた。



✼•┈┈┈┈•✼✼•┈┈┈┈•✼




 子爵家の長男リックは、ミリーとは対照的に快活な性格で、どこにいても周囲を明るく照らすような存在だった。

 彼は子爵の息子として多くの社交の場に顔を出し、誰とでも親しくなれる性格だった。

 冗談も言うけれど、人を傷つける冗談や揶揄はけっして言わない。

 友人や使用人の体調が悪そうなことにもすぐに気づき、さり気なく声をかけるような青年だった。



 ある日、リックは仕事の関係で、王立の図書館にいた。

 そこで「無名作家の落書き」と呼ばれる令嬢ミリーを見かけた。


 ミリーは司書に丁寧な物腰で話し、深々とお辞儀をする。

 重そうに本を抱えている老人の手助けをしていた。



「口数が少ないだけで、とても優しい子じゃないか」


 リックはそれから夜会でミリーを見かけると、率先して声をかけるようになった。

 




✼•┈┈┈┈•✼✼•┈┈┈┈•✼




 ある朝、ミリーは一人で庭を歩きながら、リックのことを思い出していた。

 前夜の舞踏会で話しかけてくれたリックのの明るい笑顔や、落書き呼ばわりされるようなミリーにも優しく接してくれたことを思い出すたびに、胸が温かくなった。


「リック様のような方が夫なら、どんなに素敵だろう。でも、私のように後ろ向きな人間が妻では、リック様の恥になってしまう。例え話でも失礼ね」


 夜会に参加する令嬢たちはみんな、美しいだけでなく社交的で気配りもできる人ばかり。

 そんな才色兼備な令嬢がいるから、ミリーが選ばれる可能性はゼロ。


 けれど、リックの隣にほかの令嬢が並ぶのは、リックが誰かと結婚するのは、想像して苦しかった。


 きっとリックの結婚式に参列しても、「おめでとうございます」と心から祝福できない。


 なら、努力しよう。

リックに好いてもらえるような、隣に立って恥ずかしくない良い女になろう。ミリーは決意した。



✼•┈┈┈┈•✼✼•┈┈┈┈•✼




 ミリーはまず、自分の内向的な性格を改善するために、日常の小さなことから始めた。


 毎日鏡の前で笑顔の練習をする。

 挨拶は相手の顔を見てしっかりした声でする。

 社交の場で自ら話しかける。

 話題の幅を広げるために、多くのジャンルの書物を読んだ。


 小さな挑戦を繰り返した。


「あらいたの?」

「そんな声も出せたのね」

「意外と博識なのですね」


 人々の反応は揶揄半分、驚き半分。


 ミリーはリックに会ったときに、好きなものを聞いた。

 趣味、好きな食べ物、好きな本、休日の過ごし方。

 とにかく、なんでも。


「リック様。あなたの好きなものを知りたいです。本はお好きですか? おすすめがありましたら教えてください」

「ミリー殿は本がお好きなんですか? でしたら、馬術入門が良かったです。暴れ馬の対処の仕方も詳しく載っていて」

「ありがとうございます。私も乗馬がうまくなりたいので、読んでみます」


「ふふっ。なら貴女が乗馬の腕に自信がついたら、一緒に遠乗りに行きましょうか」



 リックが好きなものの知識と理解も深めて、リックの好きなものを自分も好きになった。




✼•┈┈┈┈•✼✼•┈┈┈┈•✼


 ミリーの努力は少しずつ実を結び始めた。

 彼女の明るい笑顔や積極的な態度に、周囲の人々も驚きとともに好意を抱くようになった。


 そして何よりリックも、ますますミリーに惹かれていった。


 もう、無名作家の落書きなんて笑う人はいない。


 

✼•┈┈┈┈•✼✼•┈┈┈┈•✼


 ミリーとリックの関係は日々深まっていき、やがてミリーは自分の気持ちを伝える勇気を持つようになった。

 鏡の前で何度もシュミレーションして、振られたらそのときは潔く諦めて枕を濡らそうと決めた。


 ある夕暮れ時、ミリーはリックに思い切って告白した。


「リック様。私はあなたのことが好きです。ずっと前から、あなたの明るさや優しさに惹かれていました。あなたのように、なりたかった」


 リックは微笑みながら答えた。


「ミリー殿、俺も君のことが好きだよ。君さえ良ければ婚約して、結婚してほしい」

「ほ、本当に、良いんですか? 落書きと呼ばれていた、私で」


 空想は、告白するところで終わり、どんな返事をもらうかは怖くて想像できなかった。

 君ではだめだと言われる覚悟のほうが大きかった。

 いい返事をもらえたのに、涙目でうろたえるミリー。


 リックはミリーの手を両手で包んで笑う。



「君の生来の優しさや、変わろうと努力する姿が好きなんだ。君は壁の落書きなんかじゃない」


 二人はお互いの気持ちを確かめ合い、幸せな時間を過ごした。



✼•┈┈┈┈•✼✼•┈┈┈┈•✼



 ミリーとリックはただの顔見知りから友人へ、そして友人から婚約者になった。


 休日は仲良く過ごし、仕事で会えない時間が長くなるなら手紙を送った。

 周囲の人々からも祝福された。


 ミリーは引っ込み思案だった自分を乗り越え、新しい自分を見つけることができた。

 そしてリックも、ミリーの真の魅力に気づき、ますますミリーを大切に思うようになった。



 二人の物語はこれからも続いていく。

 

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― 新着の感想 ―
[一言]  面白かったです。  自分を変えようと頑張るミリーを素直に「応援したい」と思いました。もともと性格が悪いとか、人に不快感を与えるような女性じゃないですからね。  リックが自分の目で見て、感…
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