第8話 リリーが幼馴染になった日
「ようこそ。ウィザース男爵家へ」
館の外で父上が挨拶する。
いつもより声が高い。緊張しているようだ。
僕も背筋を伸ばして僅かに顔を上げる。
父上の言葉に頷いているのは恐らく公爵様だとおもう。公爵様は短い黒髪をしたがっしりとした男性で赤い瞳を持っている。領主というよりかは騎士といったイメージを受けるけど、この黒髪赤目がリリーの父親であることを何よりも示しているね。
一歩下がって横にいるのはどこか気品を感じる女性で長い金髪と茶色い瞳をしている。きっと彼女が公爵様の奥さんでリリーのお母さんだろう。
そしてその隣にリリーを発見。
僕の目線に気が付いたのかぱちくりと瞳をさせると僅かに笑みを浮かべてこちらに軽く手を振って来た。
僕も軽く手を振り返すとリリーがさらに笑みを深める。
「では館を案内させていただきます」
父上の言葉でウェルドライン公爵家の人達を館に入れる。
公爵家の人達を部屋に案内していると後ろから物凄い目線を感じる。
けど案内している時に話掛けられるということは無かった。
「では改めて自己紹介をしよう。私はリリアナの父、ガイア・ウェルドラインだ。そして隣は妻のローズマリーと娘のリリアナだ」
ガイア様が家族を紹介する。
今度は父上の番になり僕達を紹介する。
紹介も終わりまず席に座ろうということになった所でガイア様が僕に向いた。
「君が、リリアナが話していたアルフレッドか」
ギロリと睨みつけいう。
呟き程度の声だったけど威圧感が半端ない。
リリーがガイア様にどんなことをいったのかとても気になる。
変なことを言ってないだろうな。
いやもしかしたらこれは「俺の娘は渡さーーーん」というやつじゃないか?!
若干冷や汗を流していると公爵が一歩前に出る。
マリー達が少し殺気立つが気にせずもう一歩踏み出した。
「そうかそうか! 君がアルフレッドか。リリーから色々聞いているよ。リリーを助けてくれてありがとう!!! 」
「むごっ?! 」
いきなり視界が真っ暗になる。
抱き着かれたみたい。
「君のおかげでリリーが無事だった。良かった。本当に良かったよ! 」
まだむぎゅーーーっとされている。
生暖かい。
体から生気が抜けていく。
好意的なのは嬉しいけど僕は男に抱き着かれて喜ぶ趣味はない。
「ははは。ありがとう! 本当に、ありがとう!!! 」
「むごーーーーー!!! 」
やっと解放された。
けど、あぁ……。気が遠くなる。
なんか口から大事なものが抜けていくような気がする。
「えい! 」
と思ったらアリスが僕の口に押し込めた。
はっ?! 僕は一体?!
何か重要な事を忘れているような気がする。
僕は何を忘れたんだ?
「お兄ちゃんは少し気が遠くなっていたのですよ」
「ええ。ガイア様に熱い……「まて! 聞きたくない! それ以上は僕の頭が拒絶している! 」……」
フレイナが言葉を放つと頭に痛みが走る。
ダメだ。これ以上思い出したら危険だ。
そう頭が、魂が訴えている!
「ハハハ。少し取り乱してしまったようだ。すまない」
「取り乱し過ぎですよ。彼を見て見なさい」
「いや悪かった。リリーの命の恩人と聞いてつい、ね? 」
厳つい顔がぐにゃりと歪む。
こ、これは笑っている……んだよね?
頬が引き攣るのを感じながら公爵に笑い返す。
ガイア様は想像していたよりも感情豊かで怖くない人かも。
確かに顔は厳つい。けどそれだけだ。
僕達は公爵の意外な一面を見て本題に入った。
「さて正体不明の賊についてだが騎士から報告を受けている。だが実際に倒したアルフレッドの話も聞きたい。どんな敵だったか教えてくれるかね? 」
一転して真面目な顔をするガイア様にどんなことがあったのか伝える。
「魔物に変化する人間、か」
「私は魔物が人間に化けていたのではないかと考えますが」
「確かにその方が現実的だ。しかしウィリアムズ。その魔物は他の賊も統率していたのだろ? ならばやはり人間が魔物になったと考える方が自然だと思うが」
「確かに……」
魔物の正体について話し合われる。
けれど結果は出なかった。
あの後僕もマリーに聞いてみたけれど、彼女も詳しい事はわからないみたい。
この家の中で最も魔物について知識のあるマリーがわからないのなら誰にもわからない訳で。
サンプルがあれば調査が出来ると言っていたけど、あれを持って帰る気にはなれない。
結局の所現状誰も何もわからないという状況である。
「リリーとアルフレッドは退屈かもしれない。アルフレッド、もしよかったらリリーと一緒に遊んでやってくれないだろうか? 」
「構いませんが……」
「私もアルとご一緒したいです! 」
お互いの情報共有の話になった頃ガイア様が提案した。
僕は少し気が引けるけどリリーは乗り気。
リリーが「早く」と目線で訴えてくるけど、どうしよう。父上に目を向けると「行ってきなさい」と頷いた。しかし女の子と二人というのは僕にはきつい。
だからアリスとマリーを連れて行ってもいいかとガイア様に聞いた。
「構わないよ。アリス君とマリー君、そしてフレイナ君もリリーと友達になってくれると嬉しい」
「わかりましたぁ」
「お友達になるのです! 」
「主殿が良いとおっしゃるのならば」
「ありがとう。どういう関係であれ本心を話せる相手というのは貴重なものだ」
「……お父様は意地悪です」
不機嫌そうに言うリリーを連れて僕達は部屋を出た。
★
「ここがアルの部屋ですか」
リリーが右に左に部屋を見る。
「珍しい所なんてないと思うけど」
「そんなことありませんよ。それにアルの部屋というだけでなんだか特別感があります」
「そんなものかな」
ただ広いだけの部屋なんだけどね。
というよりもそんなに見られると恥ずかしい。
出来ればもっと大人しくしてほしいが……。
「話しには聞いていたけど可愛い♪ 」
「わ、私は一人の淑女です。可愛いなんて……むぎゅ?! 」
「あらあら大人ぶっちゃって。そんな所も可愛いわぁ」
「あわわわわ……。大変なのです! マリーが暴走し始めたです! 」
僕がガイア様のおもちゃにされたようにリリーがマリーのおもちゃになっている。
マリーはリリーをむぎゅーーーっと抱きしめているがリリーは苦しそう。
リリーは逃げようと手足をばたつかせているが、どうやら逃げることが出来ないようだ。
頭がすっぽりおさまった胸から「もぐっ、もぐっ」と音が聞こえてくる。
何やらマリーに反論しているみたいだけど、何を言っているのかさっぱりわからない。
「……き、危険です。マリーさんは危険です」
「あれだけ抱きしめられたらな」
「それもそうなのですが……。いえなんでもありません」
ぷいっとリリーが顔を背ける。
よく窒息しなかったなと思ったけど彼女の捉え方は違ったらしい。
「マリー……。少しは自重してくれ」
「ごめんなさいねぇ。可愛いものをみて、つい」
微笑みながらマリーが言う。
リリーの方をみるとアリスが近寄り肩に手をやっている。
「アリスも時々被害にあうのです。良く気持ちは分かるのです」
「え、え? 」
「マリーの可愛い物好きは困ったものなのです」
うんうんとアリスが頷きながらリリーに同情している。
けれどリリーからは戸惑いしか見えない。
リリーが混乱する中アリスとマリーが質問攻めを始める。
いつの間にかリリーと自然な関係を結んでいた。
「アルに助けてもらったあの時、馬車から様子を見ていたのですがアルは何であんなに強いのですか? 」
聞かれて腕を組む。
どうしてと言われてもちょっと困る。
僕が手にしているのは膨大な魔力と無属性魔法だ。
あとはマリーとフレイナが色々と教えてくれていることくらい、か。
「毎日鬼達の特訓を受けているおかげ、かな? 」
「鬼? 」
「ねぇねぇアルちゃん。それってわたしの事かな? 」
「……黙秘します」
「アルちゃんのいけず~。そんなアルちゃんなんか、次からフレイナちゃんの特訓が激しくなればいいんだぁ~~~! 」
「ちょ?! マリー! それは洒落にならない! 」
今でさえギリギリな訓練だ。
今の状態で訓練がきつくなったら幾つ命があっても足りない。
フレイナに言うためだろう。
扉へ向かうマリーにしがみついて必死に止める。
すると「クスクス」と笑い声が聞こえる。
声の方を見るとリリーが可笑しそうに笑っていた。
「楽しそうですね」
「そう? 割と本気でマリーを止めていたんだけど」
「ええ。アルもマリーさん。そしてアリスさんも楽し気です」
まぁ仲が悪く見えるよりかは良いのかな。
「私もご一緒したく思います。また……」
「? 」
「またアルの所に来ても、いいですか? 」
僕が断る理由はない。
「うん。もちろん」
リリーが時々家に来るようになった。
この後リリーやガイア様にアリスの能力を教えてリリーが安全に来ることができるように手配した。
アリスのことは武姫としても力としてではなく時空間属性魔法の適合者として説明。
かなり驚かれたが有り得ない事ではないということで、強引に納得してもらった。
異様な賊から始まり色々なことがあったけれど僕とリリーは幼馴染と言える関係になった。
★
リリーが家に来るようになった翌年の事。僕は十歳になった。
今もマリーやフレイナに近付くために訓練をしているけれど、どういう訳かリリーも実家で剣と魔法の訓練を始めたらしい。
最初は僕達とやりたいと言っていた。けれどマリーが「アルちゃん用の訓練だから、ちょっと無理かな」と断ったら素直に引き下がった。
ああ見えて負けず嫌いなのか、この前「絶対に超えてみせます」と言っていたけど、あの鬼気迫るような目を見たら越えられそうで怖い。僕ももっと頑張らないとね。
そんなある日のこと。父上が僕を執務室に呼んだ。
ノックをし入ると執務台で頭を抱える父上がいる。
「アルフレッド。緊急事態だ」
「焦ってどうしたのですか?! 父上らしくないですよ? まさか異常事態ですか?! 」
「異常事態……。異常事態といえば異常事態だな」
父上が一枚の手紙を机の上に出す。
いつも穏やかな父上が焦るなんて一体何が?!
「……今年第二王子殿下が十歳になる。その誕生パーティーの席に、――私達が呼ばれた」
……なんだって?
ここまで読んで如何でしたでしょうか。
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