第7話 リリアナ・ウェルドライン
馬車から豪華なドレスを纏った黒髪ロングの少女が出て来た。
彼女は周りを見て少し止まる。
付き添いの騎士のような人が声をかけるが横に首を振っている。
顔を上げたかと思うとキリったした表情で僕の方を見て来る。
どこか強い意思を感じる瞳である。
「危ない所を助けていただきありがとうございました」
少女がお供の騎士と一緒に一礼していう。
「こちらのお方はウェルドライン公爵家長女、リリアナ・ウェルドライン様になります」
ウェルドライン?!
隣の領地の公爵様じゃないか!!!
すぐに膝を折る。
けれど膝をつくのを阻止されて立ち上がる。
「私達を助けてくれた恩人にそのようなことをさせることはできません」
「は、はぁ……」
「はわわ……」
「……」
「先ほど紹介がありましたが、改めまして私の名前はリリアナ・ウェルドラインと申します。お名前をお聞きしても? 」
聞かれて自己紹介を始める。
「僕……いえ私はウィザース男爵家長男、アルフレッド・ウィザースと申します。そして彼女達は……、「え?! 」……」
え?
リリアナ様が赤い目を見開いて驚いたような表情をする。
僕、何かおかしなことをいった?
チラリとお供の騎士に目をやると騎士も目を見開いて僕の方を見ていた。
「――いえ……でも……」
「あの~」
「しかしあの強さ。では噂は嘘ということに……」
リリアナ様が一人考え始めた。
どうやら僕は噂されているらしい。この感じだと良いようには噂されていないようだ。
「コホン。失礼しました」
「い、いえ。続けて家の者を紹介してもいいでしょうか? 」
「続けてください」
了解も出たのでフレイナとアリスを紹介する。
「アルフレッド様にフレイナ様、そしてアリス様。失礼ですが少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか」
リリアナ様が真剣な顔で聞いてくる。
高位貴族の娘の言葉を拒否するわけにもいかない。
それにまだ時間はあるし大丈夫。
リリアナ様にゆっくり頷くと「ありがとうございます」と返事をする。
何をするのだろうと思っていると、僕の心を読んだかのようにリリアナ様は説明してくれた。
「勇敢に戦った我が家の騎士達を、埋葬したいのです」
断る理由なんてない。
僕達も何か手伝えることがないか聞く。
「ありがとうございます。ではこちらを、よろしくお願いします」
生き残った騎士達と一緒に彼らを埋葬する。
果敢な騎士達を称えながら、魂の平安を祈った。
★
埋葬を終えた僕達は近くにあるエズの町に移動した。
エズの町はウィザース男爵領の交易の町。
すぐそこにあるウェルドライン公爵領は当たり前として東に西に、各種様々な商人がやってくる町だ。
その町にある高級宿の一角にて僕達とリリアナ様、そして従者や騎士達が集まっていた。
「パーティーの帰りに襲われたのですか」
僕の言葉にリリアナ様が頷く。
何故ウェルドライン公爵家のお嬢様がこの領地にいるのかと思ったけど、帰りの通り道だったみたいだね。
このエズの町は各領地に街道が伸びている。
商人だけでなく貴族達も他の地に行く時、利用すると聞いている。
狙われたのか、それとも誰でも良いから貴族を襲ったのか。
あの魔物の腕をもつ賊がいたことを考えると、狙ったと考える方が自然かな。
「しかしアルフレッド様に助けていただきました」
「リリアナ様。私に「様」は必要ありませんよ」
「ならばアルフレッド……さん? 」
「いえ呼び捨てで。言葉も崩していただいても」
彼女に言うと、練習だろうか。何度か復唱している。
こう連続して同年代の女の子に名前を呼ばれるのは少し恥ずかしいね。
いやいつもマリー達に呼ばれているけど、それとは違うし。
けれどリリアナ様をよく観察すると指先が震えている。
それも無理はない。
僕が一歩遅ければ死んでいたかもしれないのだから。
「……コホン。ではアル……フレッド。いえアルも私の事はリリーとお呼びください」
それはダメだろ!
せめて父上が同格の爵位なら気にせず呼べるかもしれないけど格下も格下。
超格上の相手に愛称で呼ぶのはダメだろう。
「ダメ、ですか? 」
潤んだ瞳で訴えて来る。
ぐぬぬ……。可愛いが、困った。
こうなれば、ということでお付きの騎士にどうにかするように目線で訴える。
けれど騎士は良い顔で「グツ! 」と親指を立てた。
「わ、わかりました」
「敬語もなしです」
「ならり、リリーも敬語はなし、だよ」
「ふふ。わかりました。あ、いえ……、案外言葉を崩すというのは難しいですね」
リリーの言葉に「ははは」と笑う。
少し和やかな雰囲気が流れリリーの出発の時間が来る。
リリーはまた今度正式にウィザース男爵家にお礼に来ると言い残し、今日の所は解散となった。
最後に見た時、リリーの手はもう震えていなかった。
★
「……ウェルドライン公爵家のご息女を助けた?! 」
家に帰った時は夕食ギリギリだった。
先に料理を食べた方が良いと思った僕は食後父上に今日あったことを話した。
すると今までに見たことのない程に目を見開いて驚いている。
「その時なのですが――」
ついでに魔物の腕をくっつけたような賊について話す。
父上の顔が驚きから一転かなり険しい顔になる。
「公爵家の護衛騎士が束になっても敵わない存在か」
「魔物の腕もそうですがアリスが情報を引き出そうとすると魔物に変身しました」
「……脅威だな」
父上は更に考え込んでしまった。
「もし町で変身されたらとんでもない被害が出ますね」
「そうだな。しかし聞いたことのないような賊……、いや魔物だな」
「変身したのは情報を引き出そうとしたからでしょうか? 」
「それはわからない。情報を引き出そうとしたからなのか、命の危険が迫っていたからなのか。それとも何か……、そう。時間制限のようなものが迫っていたのか」
「父上の話を聞くと防ぎようがないように思えてきました」
「確かにそうだが、対抗策を練れないわけでは無い。現に人に紛れて暴れる魔物、例えばドッペルゲンガーやシャドー、ヴァンパイア、ナイトウォーカーと言った魔物には個々に対策が練られている」
「なるほど」
「これは冒険者ギルドと情報を共有し出来る限りの情報を集める必要があるな。しかし他の領地の情報が入ってこないのが厳しい。出来れば他の領地の情報と合わせて対策を練りたいがこればかりは仕方ない、か」
父上が難しい顔をして視線を下げる。
こればかりは仕方ない。
多くの領地と隣接するウィザース男爵領だけどぼっち貴族。
他の貴族と連携どころか情報を得ることすら難しい。
あれ? けどそれなら……。
「父上。まだお話していないことがあるのですが」
「……なんだい? 」
「リリー……。リリアナ・ウェルドライン様が後日改めてお礼に我が家にくると言っていたのですが」
「なに?! 」
「もしかするとその時ウェルドライン公爵様が訪れるかもしれません。その時話をしてみては如何でしょうか? 魔物の腕を持った賊というのはウェルドライン公爵様からしても娘を危険に晒した存在。領地が隣ということもあるので、もしかしたら助力を得られるかもしれません」
言うと父上が固まった。
硬直から溶けたと思うとすぐに母上を呼ぶ。
「あら。アルに新しいお友達が出来たのね」
「アネモネ。確かにそれは喜ばしい事だけど今はそれどころじゃない。ウェルドライン公をもてなす準備をしないと」
「ん~。間に合わないと思うわよ? 」
「だが、せめて何か用意しないと……」
「ウェルドライン公爵様もこちらの事情は分かっているはずよ。今更取り繕っても意味はないんじゃないかしら? 」
焦る父上にマイペースに「取り繕うのを諦めたら? 」という母上。
この後も少し悶着はあったけれど、それぞれに役割分担がされた。
僕の役割は大森林でもてなし料理の食材を採りに行くことだ。
素材も採り終えたら館の掃除を手伝うことに。
マリーの生活魔法で一気に綺麗になったけど、より細かく掃除をしていく。
そしてウェルドライン公爵一行がやってきた。
ここまで読んで如何でしたでしょうか。
少しでも面白く感じていただけたらブックマークへの登録や、
広告下にある【★】の評価ボタンをチェックしていただければ幸いです。
こちらは【★】から【★★★★★】の五段階
思う★の数をポチッとしていただけたら、嬉しいです。