第60話 武闘会の報酬 1 王族の短剣
「――左様ですか。しかし仕官に興味があればぜひお声がけください」
ホテル「ナナホシ」に緊急で備えられた一室で、文官の男性がペコリと頭を下げる。
彼は屈強な騎士を従えて部屋を出た。
「ふぅ。今日も多かったね」
「アルちゃんは人気者ね」
「嫌な人気だけど」
苦笑しながらも椅子にもたれる。
さっき来ていたのは子爵家の使いで用事は「自分の家に仕官をしないか」というものだった。
僕はこの前王都で開かれた武闘会で優勝した。
その影響かこうして仕官の話が毎日のようにやってくる。
これが貴族家三男とか四男なら飛びついたのだろうけど、僕はウィザース男爵家の一人息子。
――やるはずがない。
中には「期間限定でいいから」という人もいたけどもちろん却下。
次期領主の勉強はそこまで暇じゃない。
「何故彼らは主殿が仕官する気もないとわかっているはずなのに申し込んでくるのでしょう? 」
「男爵家の子供なら飛びついて来るだろうという希望と、主君から言われたからの二つだろうね」
状況を考えれば主君から言われたというのが大きいだろうね。
「これで終わったかな? 」
「飛び込みが無ければ最終よ」
「アアアアアア、アルフレッド様!!! 」
バタン! と大きな音を立ててアイナが入ってくる。
彼女がノックをせずにやってくるなんて珍しい。
そんなに慌ててどうしたのだろう。
「エエエエエエ、エニー殿下がお越しです! 」
これをフラグと言うんだっけ。
★
「し、失礼しまひゅっ! 」
アイナがロボットのような動きで部屋を出る。
緊張する気持ちはわからなくもない。
むしろ僕も今すぐここから出たいほどだ。
「そんなに慌てなくても迎えに行ったのに」
気持ちを切り替えエニファーに向かう。
アイナがエニファーが来たと伝えてくれた後、すぐに彼が部屋に入って来た。
どうやらアイナのすぐ傍で控えていたみたい。
彼女が見たことのない緊張の仕方をするわけだ。
「友達の部屋に行くとなってはやる気持ちが抑えることが出来なかったのさ。許してくれ」
「いや責めたりはしないけど」
エニファーが爽やかに言う。
そう言われたら咎めることができないじゃないか。
咎める気はないけど。
「ケイトもこの前ぶり」
「お久しぶりです! 」
エニファーの隣に護衛として控えているのは近衛騎士ケイトだ。
こう見ると本当に近衛騎士になったんだと実感する。
けど、エニファーが護衛を傍に置いているとは。
護衛を傍に置かずホテルに来ていた時から思うとかなりの進歩だ。
僕の胃の調子が少し良くなるよ。
「で、今日はどうしたの? 」
「今日はアルフレッドに武闘会の商品と賞金を渡そうと思ってね」
マリーが聞くとエニファーがケイトに目配せする。
「まずはこちらになります」
「おっもっ! 」
普通よりも少し大きめの袋を受け取ったが、予想以上に重かった。
もしかして一般貨幣じゃない?
「次に大会でも説明しましたが館が贈られます。地図と権利書はこちら」
「……貴族街。それもウェルドライン公爵家の近く、か」
「アルフレッドはウェルドライン公と仲が良いと聞いているからね。そこにした」
「それはありがたいよ」
「それにそこは王城からも近い。つまり私も遊びに行きやすいということだ」
結局そこかよ、と苦笑しながらもエニファーにお礼を言う。
王都に館を貰ったけれど使いようがないね。
今は父上の仕事の関係で王都にいるけど、頻繁に王都にいる訳ではない。
基本的に僕はウィザース男爵領で活動しているのだ。
どうしようか。
受け取ったは良いもののすぐに返却するか売りに出したい気分でもある。
やらないけど。
「あとは……、本当はここで王国騎士団か近衛騎士団に誘うのだけれど」
「悪いけど仕官はしないよ」
「だろうね」
くすっとエニファーが口に手を当て笑う。
「アルフレッドは男爵領の次期領主だからね。でもそれを分からず押しかけた奴らがいるんじゃないのかい? 」
「そうなんだよ。実は――」
その後、僕とエニファーはお喋りを続ける。
やはりというか王城ではエニファーの暗殺事件と悪魔獣の襲撃が議論されているみたい。
今は暗殺事件の件が終わって悪魔獣について話し合っているようだ。
ここにいていいのかと聞いたけど、時には息抜きも必要とのこと。
僕達が思っているよりも王族という生まれは優雅ではないのかもしれないね。
「あぁそうだ。これを」
一区切りしてエニファーが帰ろうとした所で彼が懐から一つの短剣を渡してきた。
まさかとは思うけど爵位を示す短剣?
「これを門番に渡せば私の所に直通で通してくれるよ」
違ったみたいだ。
極太の短剣の鞘を手に取り受け取る。
漆を塗ったような黒い鞘にあちこち金細工がされている。
これだけでも高価なことがわかるが、全てのラインが交わる所にはフォレ王国の紋様と大きな緑の宝石が嵌められている。
もはやどれだけ価値があるのか金額ではわからないな。
「こんな重要なものを一介の男爵家の子供に渡してもいいの? 」
「アルフレッドは友達だし、なにより受け取る資格がある。それにこれがあると私の所に遊びに来やすいだろ? 」
結局そこかよ、と頬を緩ませながらもお礼を言い受け取る。
エニファーはこれでやることを終えたのか「またくる」と言い帰っていった。
第二王子殿下との会話は疲れる。
けれどエニファーと話していると本当に一人の男友達のようで新鮮だったよ。
ともあれ僕の手元に残った多額のお金と館の権利書。
どうしたものか。
「館をどのくらい使うかは一先ず置いて館で掃除をしてくれる人を探さないと」
「掃除? 」
「そうよ。流石に下賜されたものを放置するわけにはいかないでしょう? 」
マリーの言う通りだね。
それに貰った館は長く使っていない可能性もある。
それを考えると体力のある人が好ましいね。
「使用人や警備員がいるということか」
「多分だけど貰ったお金はそれも見越して、じゃないかな? 」
多いと思ったよ。
袋の中に入っていたのは金貨の上位貨幣白金貨。
百枚以上あるそれを賃金や食費にって考えると、数十年は懐が無傷のまま過ごせるだろう。
国内各地から武人が集まる理由がわかる。
武闘会に優勝できれば一生安泰だからね。
「問題はどうやって人を集めるかだ」
一つはガイア様に人員を派遣してもらう、というものだ。
ガイア様ならば職に溢れている使用人候補を知っているだろうし紹介もしてくれるだろう。
同じ理由でエニファーに人材を用意してもらうという手もある。
だがこの二つは却下だ。
ガイア様に関しては今までかなり頼ってきたから出来るだけ頼りたくない。
それに出来るだけ借りを作りたくないというのもある。
例え後で「何で頼ってくれなかったんだ」「私とアルフレッドは友達じゃないのかい? 」と言われても却下は却下だ。
「ん~。ならナナホシ商会から人材を集めるのはどうかしら? 」
それはありだね。
けれどお店の方は大丈夫なのかな?
「大丈夫よ。これから展開する事業はともかくとして、今の時点では少し多いくらいね」
「……いつの間にそんなに集めたんだ? 」
「あら。それについてはアルちゃんも心当たりがあると思うんだけど」
「うぐ……」
現在幅広く事業を展開しているナナホシ商会だけれど、人員の問題は常につきまとっている。
けれど今は大丈夫なようだ。
心当たりはと言うと――。
武闘会も終わり一人時間を潰していた頃。
僕はアリスの力を使いこっそりとこの宿を出ていた。
見知らぬ土地で冒険者として働き、村を助けたり。
時には行き場を失った人達がいた為、人員不足で悩んでいるナナホシ商会を紹介したんだ。
行き場を失った人達は衣食住を手に入れ僕達ナナホシ商会は人材を手に入れることができる。
一石二鳥だと思ったのだけれど、ここで返し刃で斬られるとは。
「おかげで人材不足は解消されたから良いのだけど少しは自重してね」
「……努力します」
「よろしい。じゃ、選抜を始めましょう」
マリーの一言で王都の館で働く人員の募集が始まった。
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