第51話 武闘会 5 決勝トーナメント本戦 1 天才の影に隠れた天才
戦いにおいて大切な事は何だろうか。
僕は対戦相手を前にしてふと考えた。
「貴族の坊ちゃんだからと言って侮らねぇ。全力で潰す! 」
目の前の男は言うが余裕があるようだ。
侮らない。
そう言っている割には集中力が散漫のように見える。
「お待たせしました! それでは決勝トーナメント第一回戦――」
男は戦斧を握り直し自信に満ちた笑みを浮かべている。
僕も全身に魔力を流して脱力する。
「――開始! 」
ボゴン!!!
「「「………………え? 」」」
ふぅ……。
強化した体に硬化した拳。
フェイントも何もない単なる正拳突きだったけど十分だったようだね。
「一撃ィィィ! 一撃で終わったァァァ。まだ彼は実力を隠しているのかァァァ! 」
審判兼司会者が真っ先に我に返り声を上げる。
「「疾風迅雷」にも劣らない速さで戦いを制したのはぁ……アルフレッド・ウィザース選手ゥゥゥ!!!」
「「「ワァァァァァァァ!!! 」」」
戦いにおいて大切な事は、しっかりと相手の力量を見極めることだと思うよ。
★
アルフレッドの試合が終わった後、一日開けてケイトが試合を迎える。
――大丈夫。きっと勝てる。
ケイトは剣を握りしめて会場に入った。
「さぁ白熱の試合が続いています! 本日の試合は王国騎士団所属エルピス・スクワードと静寂の殲滅者ケイト・ブラウンの対戦だぁ! 」
司会のアナウンスで会場が沸く。
けれど集中しているケイトは動じない。
いつもとは違うケイトの様子がエルピスの気に障ったのか、「ちっ」と舌打ちを打ち彼はケイトに話しかける。
「おいケイトどんな卑怯な手を使ったんだ? 」
エルピスの言葉に答える必要はない。
だがケイトは反射的に答えてしまう。
「卑怯? 」
「お前が決勝トーナメントに上がることができるなんて卑怯な手を使ったに違いない。だが……おかげでこうして公衆の面前でお前を叩き潰せるんだがな」
エルピスが剣を抜きケイトに向ける。
「それは違います」と訴え誤解を解こうとする。
しかし試合開始の合図がされる。
司会のアナウンスが流れて行く中ケイトは剣を抜いた。
「精々その張りぼての精神が崩れないようにしろよなァ! 」
「それでは武闘会決勝トーナメント第四戦。開始ィィィ! 」
開始合図と同時にケイトは集中を高める。
彼女の周りから音が消えていく。
だが――。
「来ねぇのなら俺から行くぞォ。臆病者ォォ!!! 」
エルピスが威圧の籠った声を放つ。
ケイトの集中力が乱れた。
「っ! 」
「おらァ! どうしたァ! 」
ケイトはエルピスの剣戟を剣で止める。
集中力が乱れたせいで観客の声が直接ケイトに聞こえ始める。
ケイトはプレッシャーを感じ始め動きが鈍くなった。
ケイトは最低限負けないように剣を盾にする。
けれどプレッシャーを受けているせいか避ける程余力はない。
彼女に身体強化はかかっている。プレッシャーを受けても魔力を体に巡らせることができているのは、リリアナの訓練のおかげだろう。
負けはしないが反撃できない。
そのような状況が続く。
一方すぐに仕留めることができないエルピスはフラストレーションを溜めている。
一撃で仕留めるはずだったのに。そう思うも激しさの中に冷静さを持っていた。
エルピスも一応王国騎士団の団員といった所か。
エルピスも力任せの攻撃ではなくきちんとした「剣術」でケイトに剣を打ち込んでいる。
「オラオラオラどうした静寂の殲滅者様よぉ! 」
「くっ」
「いつもびくびくしやがってよ」
エルピスは剣速を上げる。
ケイトはぎこちない動きでそれを止める。
「てめえの顔を見るたびにイラつくんだよォ! 」
(まるで昔の俺を見ているようじゃねぇか)
「おらァ! 鎮め! 」
「おおっとこれは予想外の展開! ケイト選手吹き飛んだァァァ! 」
かはっ、と肺から息が漏れる。だが身体強化を解かずに顔を上げる。
これはアルフレッドとの訓練の成果である。
ケイトは迫るエルピスを見ながら剣を握り直す。
ケイトはウェルドライン公爵家で剣術の稽古を始めた頃から才気を発揮していた。
将来を有望されたがリリアナの登場により彼女は陰に隠れた。
いつもケイトを褒めていた人達はリリアアの方へ。
彼らの行動は当たり前であるが、当時子供だったケイトには耐えることが出来ず、全てがバカらしくなった。
だが両親は彼女を見捨てず、またケイトも剣術を続けた。
だがあるパーティーで聞いてしまう。
ケイトの事を「泥臭い」「怪我だらけ」「女性らしくない」と陰口を叩いている所を。
あまりパーティーに出ず、それまで陰口というものを聞いたことが無かったケイトは、表に出ることが急に怖くなり、余計にプレッシャーを感じるようになってしまった。
「けど……。負けるわけにはっ」
剣を握りしめケイトは立つ。
集中できていない。
彼女の中では様々な感情が渦巻いている。
――逃げ出したい。
そんな思いを抑え込んでケイトは目の前に立ったエルピスを睨み返した。
「けっ! 気に入らねぇ」
エルピスが動く。
高く振り上げられた剣がゆっくりしたものに見える。
――動けっ!
「ケイト!!! 」
無理やり体を動かそうとした時、彼女の耳に声が届く。
アルフレッドのものではない。
リリアナのものでもない。
「父、さん? 」
「死ねやぁぁぁぁぁ! 」
――カチッ!
「――がぁッ! 」
ケイトの体中から魔力が溢れ出す。
――体が動く?!
ケイトは驚き感覚を研ぎ澄ませる。
彼女の耳には観客の声が聞こえている。
集中はしている。
が、明鏡止水に入った時のように周りの音が入らない状態ではない。
エルピスは立ち上がり忌々し気にケイトをみる。
剣を構えてケイトに向かう。
「ケイトの分際でぇ! 」
「明鏡止水・転変「蛟」」
それまでとは違う激流のような一撃をエルピスに与える。
「決勝トーナメント第四戦。熱い戦いを制したのは……ケイトォォォ・ブラウンンンン~~~!!! 」
割れるような歓声がケイトを襲う。
ケイトは顔を上げて大きく手を振る。
さらに観客が熱狂するもケイトに怯んだ様子は見られない。
人前に出るプレッシャーも、ケイトに向けられる歓声も、いつの間にか気にならなくなっていた。
★
ケイトの試合も終わりリリーの試合も終わる。
第八戦を終えて僕達はナナホシで休憩していた。
「流石リリーだね」
「それは嫌味でしょうか? 」
「ち、違うよ」
「ふふっ。分かっています。ちょっと揶揄っただけです」
リリーは昔から時々こうやって揶揄ってくる。
見た目は清楚系。
だけどやけに火力が強かったり、お茶目が入ったりと性格が見た目に反映されていない一例だ。
まぁそれも彼女の魅力だからその否定はしないんだけどね。
「私達の次の試合はケイトと、あのにっくき破廉恥貴族アンテとの対決ですね」
「じ、自分は戦いたくないのですが」
「あら。この前の戦いぶりなら負けないと思いますが」
リリーはアンテの事が本当に嫌いなんだな。
理由はわかるし、僕も嫌いだけど。
自分の好き嫌いはおいて、彼を侮り過ぎるのはよくない。
よって僕はアンテ・ノーゼの戦いを観戦した。
彼は多様な魔法を器用に使い、相手を翻弄した所で、剣で相手を仕留める魔法剣士タイプだった。
正直な所、ただ痛いだけの人だと思っていたから少し意外。
しかしケイトが負けるとは思えない。
「ケイトの試合はアルの後になりますね」
「僕の試合はどうでもいいんだ」
「そ、そんなことは言っていません。アルの勝利を確信しての言葉です」
「冗談だよ」
「じょ、冗談……。アルは意地悪ですね」
リリーが頬を膨らませてぷいっと顔を背ける。
突きたくなるの衝動を抑えて、一旦解散。
だが僕達はこの時誰一人思っていなかった。
ケイトがアンテに負けるなんて。
ここまで読んで如何でしたでしょうか。
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