第44話 武闘会準備 2 ケイトの天敵
「遅いお帰りね。アル」
冒険者ギルドから宿に戻ったらリリーが外で待っていた。
けれど尋常ではない雰囲気。
背中から「ゴゴゴ」と文字が見えた気がするけど……、いや風が渦巻いていないか?!
「リ、リリー……」
「私今日ホテル「ナナホシ」にくると言いましたよね。それとも忘れていましたか? 」
「わ、忘れるはずないじゃないか」
「もう昼が過ぎようとしていますが……どうしてでしょう? 」
リリーの笑顔が怖い。
しかし僕にも言い分はある。
宿に来る時間までは聞いていない。それに冒険者ギルドで放ってはおけない依頼、――悪魔獣の事もあった。
どうにかして伝えたいけど、出来る気がしないよ。
今のリリーに逆らえる気がしない。
「しかも知らない女まで囲って……。アルは私では不満なのですか? 」
リリーが悲しそうに言う。けれど纏う威圧の風は収まっていない。
それにその言い方は色々と危ない。
というか「知らない女」って誰!?
「……まさか疾風迅雷の婚約者だったとは、だにゃ」
「諦めるにはちょっと早いな」
「妾の座はまだ空いている」
ミカ達のことかぁぁ!
「違う。リリー、何か勘違いしてるよ! 」
「あんなに魅力的な女性を雇っているのです。勘違いもなにもありません! 」
「「「いやいや魅力的とは照れますなぁ~~~」」」
「おいそこ話がややこしくなるから照れない! 」
悲しそうなリリーの感情とは裏腹に纏う風に電気が走り始める。
「リリアナ殿。暴走するのは少し待て」
電気が走り始めてミカ達が宿に避難する。
感情が高ぶっているリリーを我が家のイケジョ・フレイナが止めに入る。
その後もリリーの感情が落ち着くまで少し時間が必要だった。
けれど落ち着き食事も終えてやっと事情を話すことができた。
「私の早とちりでした。申し訳ございません」
「いや、いいよ」
僕の部屋にリリー達と武姫達が集まる。
素直に謝るリリーに軽く手を振りながら「大丈夫」と言う。
正直リリーがかなり先走った感じはあったけど、それを口にするほど馬鹿ではない。
「確かに従業員の方達の事を考えると女性の方が気は楽かもしれませんね」
「ランクもB。前衛職で固めているし個人の強さもかなりのものだと思うよ」
女性だからと言って侮ってはいけない。
この世界には魔法がある。
身体強化の有無で、時には男性の力を上回ることはよくあることだ。
ミカ達もその一例だと思う。
それにちょっとおかしなところはあるけれど仕事はきちんとこなすタイプだろうと期待している。
「にしても王都の近くにまで悪魔獣が発生していたのですか」
「どこから来たのかはわからないけどね」
「それは少し異常ですね」
「異常? 」
「王都は領主の領地とは少し事情が異なります。詳細は省きますが冒険者ギルドによる魔物駆除に加えて王国騎士団による駆除も行われているはず」
「ウィザース男爵領で発見されたのに王都で目撃例がないことがおかしい? 」
「その通りですアル」
確かにそれはおかしい。
土地面積だけをみるとウィザース男爵領よりも国が直接治める王都の方が面積が少ない。
けれども魔物を狩る人材は王都の方が多い。
単純に考えてもウィザース男爵領よりも王都で発見される方が早くなければおかしい訳で。
研究の結果悪魔獣が発生するという性質を考えても、不自然だ。
怪しい組織が沢山ある王都。
王都周辺に組織の施設がある可能性が高いのならば……。
「意図的に隠されている? 」
「有り得ます。しかしこれは一旦保留にしましょう」
「……そうだね。下手に探って逃げられたらいけない。それに――、危険だね」
リリーが大きく頷く。
両手をパンと鳴らして「さて」と話を変えた。
「これから武闘会の参加申し込みに行きましょう! 」
「……ケイトがクタクタのようだけど? 」
「昨日は少し練習しただけです」
ケイトの瞳が虚ろになっているんだけど……。
休まなくてもいいの? と聞きたかったけどリリーは笑顔を作り有無を言わさなかった。
ごめんケイト。僕は何もできないよ。
何もできない我が身を嘆きながらも「行きましょう」と言うリリーについて行く。
大勢の人が行きかう中、王城の方向へ足を進め、会場に着いた。
「これ全員参加者? 」
「中には一緒に来ただけの人もいるでしょうが……、ほぼ参加者でしょう」
剣や杖を持った人が広く大きな闘技場に向かって歩いている。
普段目にしているものよりも大きい。大体王城の次くらい。
けれど闘技場はコロッセオ程は大きくない。雰囲気は野球球状のような感じだ。
不似合いだとは思うがその辺は魔法文明が発達した影響と言うことだろう。
「この数多くの選手の中から決勝トーナメントに参加するのは十六人になります」
人の流れに沿いながらリリーが教えてくれる。
倍率がすごい。
歩いている人だけでも百人は軽く超えているのがわかる。
正直なところよくこんなに集まるね。
「よって予選は数日に分けて行われます」
「一回に百人? 」
「例年だと一回数十人の混戦を午前と午後一回ずつ行います」
冗談で百人と聞いたのだけど近い数字を言われてドキッとする。
「あ! そろそろ着きますよ」
やっと受付が見えて来た。
長いこと歩いた。
サクッと終わらせて帰ろうと思い列が進むのを待っていると怒声のようなものが聞こえてくる。
「オイ! ケイトじゃねぇか! 」
「なんだちんちくりん。大会の棄権でもしに来たのか? 」
「はは。臆病者のお前の事だ。早く帰って馬の世話でもしてな! 」
「「あ”」」
不快な声が聞こえてくる。
その方向を見ると騎士服を着た不良がこっちに向かってきている。
周りの人は面倒事と思ったのだろう。
横にずれて彼らに道を開けている。
「あれは? 」
「恐らくケイトから聞く「先輩」とやらでしょう」
「おいケイト! それにてめぇら何無視してんだよ!!! 」
「名前知らないの? 」
「あまりにも名前に興味が無かったので」
「おい聞いてるのか! 」
「というかケイトは大丈夫? 」
「そう言えば先程からなにも喋りませんね」
ケイトがいる方を見ると空を見上げて口を開けていた。
「本当に大丈夫?! 」
「ケイト大丈夫ですか! 」
「オイガキども!!! 」
「……ダンス、マナー、ドレス……」
すぐにリリーに向く。が目を逸らされてしまった。
おいリリー。ケイトに何をした!
これは明らかに異常だぞ!?
「無視すんじゃねぇぇぇ!!! 」
「煩いぞチンピラ!」
「ゴワバァァァ!!! 」
「「エルピスさん!? 」」
不穏な雰囲気を感じたけどフレイナに飛ばされた後だった。
「エル……エル、ピス……、エルピス先輩?! 」
いじめてきた相手の名前で気が付いたのかケイトが目を覚ます。
吹き飛んだエルピスと仲間達を見て顔色が悪くなっている。
「ケイト。覚えてろよ! 」
「くそっ! 仲間内であたっちまえ! 」
チンピラ騎士達はエルピスを担いで捨て台詞を吐いて消えていった。
少しして何もなかったかのように列が動き出す。
誰も何も言わないんだな。
この慣れた動き。もしかしたら毎回の事なのかもしれない。
僕達も押されるように先に進んだ。
「……あれが言っていたいじめている奴? 」
聞くとケイトが青い顔で頷いた。
ケイトと手合わせをした感じだとあのレベルの相手に負けることは無いと思う。
やっぱり性格面が大きく出ているのか。
実力差を大きく埋める程プレッシャーに弱いとなると、やややりすぎな所があるけど、リリーのやり方は良いのかもしれない。
かなり強引だけど。
「受付完了しました」
少し無言のまま列を歩く。
順番が来たので受付を済ませ割り振りを見る。
「僕はBグループの午前。二日目だね」
「私はDグループの午後ですね」
「じ、自分は確かHグループの午後で予選最終日した」
よかった。皆ばらけたみたいだ。
確認を終えて僕達は列からずれる。
帰ろうとすると全身真っ黒なスーツ姿の男性が目を見開いて駆け足で近付いて来た。
「こんな所で会うとは奇遇ですね。リリアナ様」
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