第38話 リーグルド隊 5 悪魔獣の手がかり
この町の助祭ナインがイライラした様子で町を歩いている。
「ナイン様。こんにちは」
町の住民が朗らかに挨拶するも、まるで聞こえていないかのように歩いている。
いつもとは違う様子に町の人は首を傾げる。
しかし向かっている方向を見て、「体調でも悪いのだろうか」と思い、ナインを見送った。
ナインがデベルト医院に着くと「休診」の看板が目に入る。
軽く舌打ちを打つと彼は医院の裏手に回る。
デベルト医院の広い裏口に出ると、ナインは苛立ちのままに「ドンドンドン! 」と扉を叩く。
遅れて反対側から軽く扉を叩く音がすると、ナインが返事をし、そして扉が開いた。
「報告はまだかっ……」
医院に備えてある部屋でナインはデベルトに言う。
焦り故か苛立ちがこもった口調だ。
しかし焦っているのはナインだけではないようだ。
デベルトも冷静な表情を浮かべながらも、貧乏ゆすりをしながら手を組んでいる。
「……あまりにも遅すぎますね」
「まさか国内トップの暗殺者集団がたかが商会の襲撃一つこなせなかったということはないだろうな」
「考えたくありませんがこの遅さ。それも頭に入れておくべき……ですね」
ふぅ、と大きく息を吐いて落ち着こうとするデベルト。
「ただ待っていても仕方ありません。この先どうするかを考えましょう」
「……どういうことだ? 」
「この町を出ることも考えておく、ということです」
デベルトの言葉を聞き眉を顰めるナイン。
「……せっかく集めた信者を手放せということか? 」
「切り捨てればいいでしょう。そもそも貴方は助祭ではないのですから」
「……っち」
デベルトに図星を突かれて舌打ちを打つ。
この町ではナインは助祭ということになっている。
しかし彼は助祭でなければ、聖職者でもない。
ナインという男は聖職者のふりをして金儲けをしているだけのどこにでもいるようなならず者。
作法は見様見真似、法衣や錫杖は正規とは違うルートで手に入れたもの。
そんなナインだが町の人に慕われるようになり、どこか優越感を感じるようになっていた。
デベルトがこの町を出て行くと言い出し不満を感じたのもこれ故。
長い時間をかけて手にしたものを失うことに未練を感じていた。
「いいじゃないですか。貴方の才能なら他でもやっていけます」
「だが……」
「考えてみてください。もし彼らが本当に失敗したのならわたし達の事がばれる可能性があります。すぐに逃げるに限ります」
「たかがウィザース男爵家の小僧一人に何をビビってる? 確かに奴は強いかもしれん。だが、ただそれだけじゃないか」
ナインは引き下がろうとしない。
その様子にデベルトは脅すように言う。
「貴方は知らないかもしれませんがウィリアムズ・ウィザースという男を侮ってはいけません」
「領地経営すらまともにできん奴をか? 」
「それは一面に過ぎません。ウィリアムズは領民に絶大な人気を誇る冒険者でした。わたし達がとっている策も、今回の襲撃が失敗したのならば、ホエミの町への影響力を全て奪われるでしょう」
デベルトの言葉を聞き、口をあんぐりと開けるナイン。
信じられない。
そういった表情だ。
「まぁ信じないのならばそれでもかまいません。貴方の冥福を祈っていますよ」
「ま、まて。まだ出て行かないと言ったわけじゃないだろっ! 」
「分かればいいのです。さて、一旦引いて立て直しましょう」
二人は話を終えて腰を上げる。
しかし立ち上がることは出来なかった。
「そこまでだ」
★
リーグルド隊がデベルトとナインに剣と魔杖を突き立てる。
二人は驚き振り向こうとするも、ヒョウカの氷の束縛で拘束されて、地面に転がった。
「な、なぜ……」
白衣の男性デベルトが困惑した表情で僕を見上げる。
何故と言われてもこれがリーグルド隊の本来の力としか言いようがない。
リーグルド達は冒険者業をしながら今まで命のやり取りをしてきた。
デベルトが僕達に気付かなったのはその差だろう。
しかし、流石リーグルド隊だ。
正直何で今までCランクだったのか疑問に思う程の手際の良さだった。
こういった依頼があったのだろうか?
「アルフレッドさんは地下へ」
「?! 」
「じゃぁ、あとは任せた」
言い残して僕はその場を離れる。
「こっちです! 」
ウサギを抱えるアリスの案内の元、暗い医院の中を歩く。
彼女について行くと一つの扉に着いた。
アリスが扉の鍵を開け中に入ると何やら様子を見ている。
何か見つけたかと思うとウサギを置いて床を持ち上げた。
「隠し扉か」
「この下なのです! 」
アリス先導の元、暗く細い道を行く。
少し歩くと視界が開る。
ランプを取り出し辺りを照らすと衝撃的な光景が広がっていた。
「……牢屋」
「う”う”う”……」
うめき声が聞こえる。
声の方を見るとそこには横たわっている人がいれば座っている人もいれば。
性別に年齢もバラバラ。しかし健康そうな顔色はしていない。
空腹を知らせる音も聞こえる。
「アリス。食べ物を」
「はいなのです! 」
「き、君達は? 」
掠れる声で牢屋の向こう側から話してくる。
「貴方達を助けに来ました」
「た、すけ? 」
「ここから出られるの? 」
「出られるのです! 」
アリスの答えに子供の瞳に生気が宿る。
アリスが保管している携帯食を全員に渡す。
訝しめに見ていた人達も食事を手に取り食べ始めた。
「食べ物だ」
「久しぶりのまともな食べ物だ」
「なんだこれ! 美味いぞ! 」
「食べたことのない味だ! 」
「うめぇ! 」
渡したのはナナホシ商会製の携帯食。
携帯食と侮ることなかれ。味にもこだわった一品だ。
脱出の前に食事を出したのは脱出するだけの気力がないと予想したから。
歩けないのでは脱出するにも出来ないからね。
「皆さん食事を終えたらゆっくりでいいので外に出ましょう」
そして僕達は彼らを解放した。
★
囚われた人達の解放はスムーズにできた。
ホエミの町の医師と聖職者の引継ぎも終わってゆっくりしたかったのだけれど、デベルトの医院を調査した時に出てきた資料からとんでもないものが見つかる。
そして現在僕は父上とガイア様と一緒に頭を悩ませていた。
「……昔リリーを襲った魔物の腕をした賊が悪魔獣の実験体だったとは」
驚いている、にしては落ち着いている。
恐らくこの前の調査で予想していたのだろうね。
「回収した資料では直接的な関係はわかりませんでした」
「しかし人々を「魔力素体」と呼び誘拐し、その後悪魔獣を作っている組織に渡す役割を持っていたようで」
魔力素体、か。
そう言えば僕も襲われた時そう呼ばれていたような気がする。
あれは僕を実験体にしようとしていたのか。
「いずれにせよ彼らの事は男爵領で収まりそうにありません」
「デベルトとナインの二人の処遇は国に任せようと考えますが、如何でしょうか? ウェルドライン卿」
「……今回はやむなし、だな。私の顔に泥をかけた相手に引導を渡してやりたかったが、ウィザース卿の判断に任せよう」
デベルトとナインの処遇について決めることができた。
その日はガイア様と別れて館に帰った。
二人を国に渡す手続きを終えて、館で休んでもらっている解放した人達の様子を見る。
「様子はどう? 」
「あらアルちゃん。順調よ」
彼らから話を聞くと出身も職業もバラバラで統一性がない。
けれど一つだけ共通することがあった。
それは平均よりも遙かに高い魔力を持っていることだ。
「これからどうするか決まった? 」
こちらを見上げている、囚われていた人達に聞く。
皆顔を見合わせて困ったような顔をしている。
まだ決まってないようだ。
けどずっと館に置いておくわけにもいかないし。
そうだ!
「ねぇマリー。ナナホシ商会の従業員の枠って空いてる? 」
「空いているわよぉ」
「ならこの人達を雇えない? 」
僕がマリーに聞くと皆驚いたような表情をする。
ナナホシ商会は健全でクリーンなお店を目指している。
この世界では時々ネックになる衣食住も完備だ。
これなら彼らが路頭に迷うことはないだろう。
「や、雇っていただけるので?! 」
「きちんと働いてくれたらだけど」
「働きます! 身を粉にして働きますので働かせてください! 」
「いや体を壊すほど働かれても困るけど」
彼らの勢いに戸惑いながらも彼らを雇うことが決定した。
何であんなに食いついて来たのか聞いてみると、帰りたくない人もいるとの事。
もういない人として扱われているかららしい。
けどそう言う人達の顔はそこか寂しく感じる。
……もしかしたら帰りたくなるかもしれない。
その時はそっと背中を押せるようにしようか。
それから時間は経ちデベルトとナインを国に引き渡し終える。
これでやっと一息つけると思ったらいきなりリリーがやってきた。
「アル。ちょっと相談にのっていただけませんか? 」
ここまで読んで如何でしたでしょうか。
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