第34話 ディザスター・マリー
ある日の夜。
黒い影が匂いも音も無く大森林を走っている。
数は十人に満たない数だ。
けれど夜の大森林を走るなど常人が行うことではない。
彼らは闇ギルドに属している暗殺者集団のグループだ。
その中でも貴族や要人の暗殺を行う、実力を認められている者達である。
しかし今回、彼らが行うのは暗殺ではない。
依頼はある商会の施設を襲撃して欲しいというものだ。
暗殺以外の、――しかも難易度がかなり低いものでグループのリーダーは依頼者をつき返そうと考えていた。
けれども結果として依頼を引き受けている。
これは「依頼を確実にこなせる」という自信と、その「金額の膨大さ」であった。
彼らは暗殺者で貴族達の暗殺も行う。
故に一度に支払われる依頼料は途方もない金額だ。
しかしその彼らの目が眩むほどの依頼料。
この集団のリーダーは、依頼を出された時、「騙そうとしている」と感じた。
しかし前金として出されたお金で全てが覆る。
依頼を出した人物の屈辱に満ちた表情も彼らを動かす理由の一つになった。
――騙そうとしていることは無いだろう。
そう判断した暗殺集団のリーダーは依頼を引き受け大森林を抜ける。
そしてその先にあるナナホシ商会の温室に向かった。
★
ナナホシ商会の温室は領都から離れた場所に存在する。
領都に作った方がウェルドライン公爵領へ火竜草を卸す時に輸送コストが減るのだが、敢えて離れた場所に作ったことには理由があった。
まず一つは温室自体が危険であるからだ。
温室の中はマグマ湧きたつ溶岩が循環している。
普通の人が近寄るだけで火傷をしてしまう可能性がある。
住んでいる人に考慮した結果、何もない所に温室が作られた。
二つ目は温室が襲撃を受けた時、周囲の住民に被害を出さないためである。
襲撃を受けた時、もし住民が襲撃者を見てしまうとどうなるか想像は簡単。
そんな悲劇を無くすため誰もいない所に建てた。
そして三つ目がこの温室の迎撃システムだった。
この温室には自動防衛システムだけでなくマリー考案の迎撃・追撃システムが組み込まれている。
これは凶悪極まりない。
そうでなくても魔法攻撃が大雑把なマリー。
魔法を放つと領都が消えた、なんてことを未然に防ぐためにも誰もいない所に建てた。
そのことを知らずにナナホシ商会の温室を襲撃しようとしている暗殺者達は今温室の前に立っていた。
夜であるにもかかわらず太陽のように輝く温室を見上げる襲撃者達。見上げるその瞳には自信しか映っていない。
がそれもそのはず。光が当たっているのにも関わらず影もない。
超高度に隠蔽がかけられた彼らの姿は誰にも見ることができない。
その技術は王国一、いや周辺各国を見渡しても同じレベルの者を探すのは難しいだろう。
そのはずなのだが。
「あら~。今日はお客さんがいっぱいねぇ」
間延びした声が辺り一帯に広がる。
瞬間暗殺者達はすぐに温室から距離をとる。
けれどすぐに隠れる場所を探すが隠れる場所がない。
場所の悪さに心の中で舌打ちを打ちながらも状況を整理する。
彼らに動揺はない。
――自分達の隠蔽が消えていたわけでは無い。
暗殺者が声の方向を見上げる。
するとそこには魔法使いの女性が一人浮いていた。
相手は彼らに気付かれずに接近した。
つまり隠蔽だけをみても彼らを上回る圧倒的強者だということがわかる。
久しぶりの圧倒的強者に冷や汗をかきながら対策を練る。
(依頼は襲撃だが失敗。相手は圧倒的な強者。……逃げれるか? )
「寝ている所を起こされてアリスはぷんぷんなのです」
さっきと同様に気配のないまま声が聞こえる。
(またかっ! )
暗殺者は「仲間がいる可能性」を排除した自分に心の中で毒づきながらも少女を観察する。
その場にそぐわない姿の少女が眠たそうに目をこすりながら魔法使いの女性を見上げている。
見た様子では戦闘能力はない。
だがその少女を見た瞬間滝のように汗が流れるのを感じる。
――あの魔法使いよりも不味いっ!
少女になにか特徴的なものがあるわけではない。
しかし暗殺者としての勘が彼に訴えている。
――逃げれない、と。
緊張感のない魔法使いの声が地面に立つ少女に向けられる。
「ごめんね。あとで甘いお菓子をあげるから許してね」
「……まぁ良いです。それにお兄ちゃんが大事にしているものを襲うという悪いヒトを放っておくのはアリスのぽりしーに反するのです」
「一人だけは残しておいてね」
「その言葉をそっくりマリーに返すのです」
言うと少女が彼らに向く。
すぐさま離れようとするが、――。
「う?! 」
「なんだこれは! 」
「み、みえない」
「聞こえないぞ! 」
未知の攻撃で感覚の全てを奪われた。
「こんなにいても困るわね。捕まえた所で逃げられたら困るし……。ん~~~」
「マリーがまた悪い事を考えているのです」
「そうだわ。迎撃システムがきちんと発動するか確かめなきゃ」
そう言った瞬間少女は嫌な予感がしその場から離れる。
同時に温室が光り始め光が一点に集中する。
「――光収束砲」
ズォォォォォォォォ!!!
温室から極太の光線が放たれる。
暗殺者達が光に気付いた時には、もうこの世にいなかった。
★
残した暗殺者から情報を引き出して処分する。
そしてマリーとアリスは犯罪組織の拠点となっている町に着いた。
「ウィザース男爵領に大規模な犯罪組織があるとはね。予想はしていたけれど」
「……そうなのです? 」
「ええ。だってアルちゃんも当主ちゃんも甘いもの。甘々よぉ」
言いながらマリーは魔導書を起動させて魔法陣を描く。
「戦争の時はこのくらいの犯罪組織なんていくらでもいたけど、今の時代には不必要ねぇ」
「全て消滅させるです? 」
「もちろんよぉ。信頼のおける情報によると、この町の人達全員がグルだから」
「それはアリスが調べたあの男の情報なのですが……」
マリーの返事を聞いてアリスは町全域の空間を閉じた。
「そう言えば悪魔獣に関する情報はいいのです? 」
「この町にはないわよぉ」
「なんで言い切れるのです? 」
「だってあの襲撃者達が悪魔獣じゃなかったからよぉ」
首を傾げるアリスにマリーが魔法陣を展開しながら説明をする。
「つまりね。簡単に言うとあらゆる手段で自分を改造していた襲撃者が悪魔獣になっていなかった。腕利きの襲撃者が改造を施さないはずがない、ということよ」
「……むむ。難しい事はアリスにはわらかないのです」
「その辺は追々お勉強しましょうね。さて、準備完了だわ」
魔導書を手に持つマリーがチラリと下を見る。
今になって町の人は異常に気が付き慌てふためいている。
混乱しているようだ。
「さぁ今までの罪を洗う時間が来たわよ。聖女の救済」
閉じた空間に「ゴン! 」と鐘のような音が鳴る。
そして神罰のような救済が、――始まった。
一回鳴ると雷雲が集まる。
ゴロゴロっと音が鳴り始めたかと思うと「ズドン!!! 」と無数の雷が家に直撃する。
悲鳴が上がるも魔法は終わらない。
二回目のベルが鳴ると風が吹き大きな渦となり町を蹂躙する。
三回目のベルが鳴るとゴゴゴと地面が割れて火が噴きで、四回目のベルが鳴るとどこからともなく大量の水が発生した。
大量の水により一面を焼いていた火は沈下されるがすべてを飲み込み、五回目のベルが鳴ると地割れの中に水が流れて行った。
水が通ったあとには何もない。
そしてまるで何事も無かったかのように地割れが元に戻っていく。
「甘々なのはあの人達だけで十分よ」
かつて厄災の魔女と呼ばれたマリーに慈悲はなかった。
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