第1話 転生、そして現状把握
「全くもって不愉快な朝だ」
TVの運勢占いを見て独り言ちた。
歯磨きをしながら朝の出来事を思い出す。
運勢占いによると今日の俺の運勢は最悪らしい。
しかも気を付けるものは「車」で身に着けると運気が上がるものは「車の鍵」。
矛盾しかない。
車に気を付ける必要があるのなら車に乗るという選択肢は無しだ。
例え鍵を身に着けるだけとしても、車に関わるものだから自分から離すのが一番だろうに。
まぁ愚痴を言っても仕方ない。
占いとはこういうものだと割り切り歯磨きを終えた。
ネクタイと共にぼやっとした顔を引き締める。
姿見の隣に置いてある写真立てを手に取り挨拶をする。
「じゃぁ行ってくるよ」
亜紀と茜を交通事故で失って早十年。
頬に温かいものを感じるのは俺がまだ二人の死から立ち直れていないからだろう。
――守れなかった。
二人が死んで何で俺だけが生き残ったのかと神を責めたのは遠い思い出。
神への恨みつらみはもう過ぎ去っているのに二人の死はまだ俺の隣。
こんな様子だと「不甲斐ない! 」とか「もっとしっかりしなさい! 」とか怒られそうだ。
二人の影が残る写真立てを見ているとピピピと音が鳴る。
ポケットに入っているスマホを手に取りタップして今度こそ「行ってきます」と言い写真立てを置いた。
何度か切れる靴紐に四苦八苦しながら扉を開けて俺は会社に向かうが、
――俺は車に撥ねられた。
★
意識が昇ると温かい感触が全身を包んでいることに気が付いた。
俺はまだ死んでいないのか?
俺はどのくらい血の温かみを全身に感じていればいいんだ?
あれか? 今は「Now loading」というやつか?
痛みはないが放置プレイというのは如何なものかと思うぞ、神様よ。
「~~、~~~~」
誰かの声が聞こえてくる。
誰だと思いゆっくりと瞳を開けると一気に光が目に入る。
目を細めてゆっくりともう一回目を開けるとそこには巨大な金髪碧眼の美女がいた。
本当に誰?!
驚いていると隣から短いライトグリーンの髪をした優し気な男性が覗き込んでいる。
二人は顔を見合わせにこりと笑った。
体が浮いたかとおもうと俺は男性に抱きかかえられる。
体を持ち直されると満面の笑みで高く持ち上げられた。
「~~~~!!! 」
待て。まさかとは思うがこの状況は。
「おぎゃぁぁぁぁぁ! 」
「~~~~~! 」
「~~~~~! 」
どうやら俺は前世の記憶をもったまま転生したらしい。
★
人生を一からやり直せと神は僕に試練を与えたようだ。
自分の尊厳を破壊され羞恥でまた死にそうになったが、七年の年月を生き残りもう少しで八年が経とうとしていた。
その中でわかったことが幾つかある。
僕の名前はアルフレッド・ウィザースというらしい。
転生先はウィザース男爵家という貴族の長男だ。
ある時父上と母上の話に聞き耳を立てていると、ウィザース男爵家は男爵家にもかかわらず広い領地を治める領主ということがわかった。
けれどかといって裕福というわけではないみたい。
何でそんなことがわかるのかというと、僕が見る限り使用人の姿を見たことがないからだ。
母上が炊事洗濯をしている所をみるとこの家が貧乏貴族であることは容易に想像ができる。
いやはや前途多難な転生先ではあるが存外僕はこの生活を気に入っている。
僕が生まれて数年して僕は魔法適正検査を受けた。
結果は散々。
僕の適正は「無属性魔法」。
この世界では無属性魔法は不遇扱いみたいで、検査をした魔法使いが「膨大な魔力があるのになぜ」と驚いていたのは記憶に新しい。
結果のせいで不遇を受けるのではないかと心配したけどそんなことは無かった。
――どんな結果であれアルフレッドはアルフレッドだよ。
と優しく微笑んだ父上と母上の姿を見て温かい気持ちになった。
そして僕はこの二人と共に頑張ろうと心に決めて、家族になった。
「アル。ご飯ですよ」
「はい! 」
母上が図書室に入ってきて、勉強していた僕に夕食を知らせてくれる。
返事をして先に戻るように伝えると母上は部屋から出て行く。
随分と大きくなった手で本を持ち上げて本が置いてあった場所を探す。
この図書室は馬鹿でかい。
正直図書館と言われても不思議ではないくらいには広い。
あまり手入れをしないけれど、どうやら偉大なご先祖様とやらがこの図書室に保存魔法をかけて掃除いらずにしているらしい。
かといって全く手入れをしなくてもいいわけではない。
新しく買った本や保存魔法が切れた本は掃除をして再度保存魔法をかけ直さないといけないからだ。
しかし偉大なご先祖様のおかげで労力が少なくて済むのは事実だ。
本当に様々である。
領地の事もそうであるが、図書室だけでなく馬鹿でかい屋敷も爵位に不相応のように感じる。
もしかするとこの男爵家というのはその昔もっと上位の貴族だったのかもしれないね、と思いながらも本を元の位置に戻して踏み台から降りる。
食堂へ向かおうとするとチラリと扉のようなものが本棚の向こうに見えた。
「開かずの間、か」
あの扉が開いた所をみたことがない。
父上にあの扉の事を聞いたことがあるけど、どうやら父上も開けたことがないようでよくわかってないみたい。
開かずの扉と聞けば少し冒険心が湧き出てくるのだけれど、それを抑えて開かずの扉に背を向けた。
「にしてもだんだんと年齢に引っ張られているね」
一人呟き苦笑いを浮かべて図書室から出て食堂へ向かう。
大人から歳相応へ。
良い事なのか悪い事なのかわからないけど、下手に知識がある分暴走しないように注意しないとね。
あの扉だってそうだ。
冒険心のまま考え得る全ての方法で攻撃すれば破れるかもしれない。
けれどそんな危ない真似を、ちょっとの出来心でやっていいのかというとノーだろう。
日本の記憶があるとはいえ今の僕はイレギュラーが起きたら一人では何も対処が出来ない七歳児。
開かないのにはそれなりに理由があるのかもしれない。
興味はあるが問題事に積極的に絡んで家族に心配をかけるのは僕の本意ではない。
せめて自分で対処ができるようになってからだ。
「勉強は捗ったかい? 」
「はい」
「今日は何の勉強をしていたんだい? 」
「魔物と魔法と……あとフォレ王国の歴史についてです」
答えながら席に座る。
母上が料理を並べていると父上が少し呆れた声で笑いかける。
「アルフレッドは優秀だとわかっているのだけれどいつも驚かされる。本来七歳の子が手にするような本ではないのだけれど」
「貴方いいじゃないですか。アルがこの国の歴史に興味を持つことは」
「しかしだねアネモネ。僕としてはもっと子供らしく遊んでほしいと思う訳で」
「確かにそうですがアルにとって勉強も遊びの一つかもしれませんよ? 」
母上が料理を並び終えると席に座る。
父上と母上が僕の前に並ぶと本当に僕はこの二人の血を引いているのだなと思い出す。
ある時貸してもらった鏡で自分を見た姿は短く綺麗な緑をした髪と青く澄んだ丸い瞳をもった男の子。
一つ違ったことと言えば僕の耳がやや長くとがっていたことくらい。
エルフかな? と思いながらも二人に聞いたけど「もしかしたら……」とやや意味深な言葉を呟いてその時は黙ってしまった。
気まずい雰囲気をまた出すわけにはいかないと思いそれ以上追及しなかったけど、この髪と瞳が二人の子である何よりの証拠でもある訳で。僕は十分である。
ともあれ談笑を終えて皆で祈りの言葉を口にする。
そして母上特製のスープを堪能した。
★
「アルフレッド。少し話がある」
食器を片付け寝る準備に入ろうとすると父上に呼び止められてしまった。
何だろうと思いながらも返事をし食堂の椅子に座る。
「……もうすぐ八歳の誕生日だな」
「ええ。あと一か月を切りましたね」
「貴族家の子供なら誕生日にパーティーを開いて他の貴族と交流を深めるのが通例なのだが今年も開くことが出来なさそうだ」
父上が申し訳なさそうに言う。
前から思っていたけどウィザース男爵家ってはぶられてない?
「寂しいかもしれないが今年も私とアネモネがアルフレッドの誕生日を祝うことになる」
「僕は父上と母上に祝ってもらえるだけで嬉しいですよ」
「そう言ってもらえると私達も気が楽なのだけどちょっと心配ね」
「む……むぅ」
片づけを終えた母上が椅子に座ると父上が少し気まずい雰囲気を出した。
「だ、だが今年はいつもと少し違う」
気まずい雰囲気を払うように父上が咳払いをして柔らかい表情で言う。
「だから楽しみにしていてくれ」
父上がこんなことを言うのは珍しい。
一体どんなことが待ち受けているのだろうと心躍らせてその日を待った。
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