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第5話


夢を見た。もう、覚えていない過去(ゆめ)を。


林の中で、二人の子供が遊んでいる。


駆けっこしたり、木登りしたり。ウサギみたいに跳ね回っている。


くるくる、くるくる。


ずっとこうして遊んでたい、そう思うのも当たり前。


けれど、それは無理な話。


気付けばお空は夕焼けで、カラスと一緒に帰る時間。


それを見て、片方の子が泣き出した。


帰りたくない、ここにいたい、と。


もう片方の子は、それをよしよしと慰めて。


じゃあ、こうしよう。


つらくならない、おまじない。


『みぎか、ひだりか。もどるか、すすむか。どっちでかえろうか』


泣き虫は深く考えないまま、片方を選んで。


そして───






ふと、瞼を開ける。


どうやら、夢をみていたようだ。


「ん………」


目の前には見知らぬ天井。体はフワフワとした感覚に包まれている。どうやら、ベッドに寝かされているらしい。


「あ……起きた?」


不意に、柔らかい声が鼓膜をくすぐる。


顔を動かしてそちらを見ると、私と同い年くらいの少女がベッドの近くに座っていた。


可愛らしい子だった。スミレの花のような薄紫の瞳。長く伸ばされた茶髪には緑色のリボンが結ばれ、髪と共にふわりと揺れている。


「ここ、は……?」


「“赤のギルド”の拠点だよ。…あ、待っててね、お医者さん呼んでくるから」


体を起こそうとする私をやんわりと制止して、リボンの少女は部屋を出ていく。


……どうやら、すぐ近くにいたらしい。十数秒もしない間に二人分の足音が聞こえ、リボンの少女が戻ってきた。


「おまたせ、連れてきたよ」


そう言った彼女の後ろから現れたのは、背の高い人影。


木漏れ日のような緑色の髪。眼鏡の向こうから覗く琥珀色の瞳は、冷たく知的な光を宿している。


見るからに、四角四面な堅物、という印象の青年だった。


「意識が戻ったか」


「は、い………えっと」


「質問したい事はあるだろうが、後にしてくれ。少し検査するぞ」


医者にそう言われては、患者は大人しく頷くしかない。


聴診器で体内の音を聞いたり、眼球に光を当て瞳孔の動きを確認したり。他にも自分の名前や今日の日付を言えるか、と簡単な事をみっつよっつ質問される。


暫くして。一通り確認を終えたらしく、医者の青年はこくりと頷いた。


「……体にも脳にも、特に異常はみられないな。頭痛や吐き気がなければ、動いても問題はない」


「あ……どうも……」


お医者さんの許可もいただいた事だし、心置きなく上半身を起こす事にする。


その時ふと、普段よりも視界が開けている事に気付いた。


……いつも被ってるはずのフードが、無い。よく見ると、今着ている服自体、そもそも見知らぬものだった。


「あぁ、服はね、汚れたから今洗ってるの。ウサギの外套は色々入ってたから、触っちゃ駄目かなって思ってそこに掛けてあるよ」


リボンの少女が指差す先を見ると、見慣れた白い外套が椅子の背もたれに掛かっていた。


……フードが取れているという事は、火傷を負った私の顔が見えている、という事だ。


普通の人なら目を背けたくなる程の傷であるはずだが、リボンの少女も医者の青年も、特に気にしている様子は無い。


医者という職業故、だろうか。何にせよ、私からしたらありがたい話だ。


いつぞやも説明したが、私が顔を隠すのは余計なトラブルを回避する為。周りの人が変に反応しないなら、隠す必要は無いのだから。


「今着てるのは私の服ね。…サイズは大丈夫? キツいなら他の人から借りてくるけど……」


リボンの少女の言葉に、大丈夫、と頷く。


むしろ、彼女の方が私よりも体のメリハリがしっかりしてる為、少し緩く感じるくらいだ。


特に私は火傷の都合、サイズぴったりの服よりもこれくらい大きめの方がありがたい。


「あ、ありがとうございます。……えっと」


「私はリゼ、こっちはシン。“赤のギルド”の団員だよ」


「赤の、ギルド………」


その言葉は、どこかで聞いた事がある。確か、気を失う前にミーダ国の城で……。


起きがけの頭でボンヤリ記憶を辿っていると、不意に扉がノックされる。リボンの少女…リゼが「どうぞ」と声をかけた。


入室してきたのは、銀髪紅瞳の女性……ミーダ城で見た、サーリャと名乗った人物だ。体を起こしている私を見て、「あら」と声を漏らす。


「目を覚ましたのね、よかったわ」


「あ………は、い…」


「まずは謝罪を。ごめんなさい、私達の任務に貴女を巻き込んでしまって」


「ぃや、だ、大丈夫、です……?」


サーリャが頭を下げるが、まだ混乱して頭が回ってない私は、しどろもどろな返答しかできない。


……まぁ、うん。どちらかと言うと、私が仕事中の彼女達に迂闊に近付いたのだから、彼女は悪くないというか、謝るべきなのは私の方というか………?


そんなどもり気味な私の返答を、謝罪の容認と捉えたのか。サーリャはもう一度私に微笑むと、医者の青年…シンに「容態は?」と尋ねた。


「特に問題は無い。おそらく、元々体調が悪かったタイミングで魔王の魔力に当てられて、意識を失っただけだろう」


実際に見た訳ではないから憶測に過ぎんがな、と付け足すシン。


……本当はサーリャの魔力に当てられて、その後魔王に追い討ちを食らったのだが。でもまぁ、魔王の魔力が気を失う切っ掛けになったのだから、あながち間違ってはいない。


「……ふーん、じゃあ連れてっても問題はないのね?」


「体に負担を掛けないなら、構わん」


「わかったわ。ねぇ、貴女」


「ひゃい」


急に話を振られ、思わず変な声を上げてしまう。


「ちょっと、ついて来てくれない? 団長がお呼びなの」




……そんなこんなで、私は今、サーリャに連れられて廊下を歩いている。


「あ、フードは外してね。顔見えないと困るから」とサーリャに言われた為、私は今、素顔を晒した状態だ。顔の周りがスースーして、どこか落ち着かない。


「やっほサっちん、おつかれ」


廊下の向こうから来た女性が、サーリャへと声を掛ける。セミロングの茶髪にオレンジの瞳をした、綺麗な人だった。


「あぁベルゼ、お疲れ様。……一人なんて珍しいわね、ユーリスさんは?」


「任務行っちゃった。教会からの依頼だから、私行けなくって」


「あぁー……成る程ね」


「ねぇ、隣にいるのって噂の新入りちゃん?」


「そうよ。今からブラッドに会いに行くとこ」


「そか、んじゃ邪魔しちゃ駄目だね。また後で」


二言三言交わし、ベルゼと呼ばれた女性は手を振って去っていく。


……いや、ちょっと待って。


今、サラッととんでもない事を言わなかった?この人。


「あの……サーリャさん?」


おずおずと声を掛ける。私より年上だと思われる為、とりあえず敬称を付けておいた。


「何かしら?」


「私、ここに入る事になってる感じです?」


変な敬語になってしまったのは、動揺のため大目に見て欲しい。


「まぁ、そうね。正直言うなら、貴女を“赤のギルド”に入れるつもりよ。嫌がっても無理矢理入団させる程にはね」


「何故!?」


「だって、あんた帰る場所無いんだから、ここに入っても問題ないでしょ? 商業ギルド内でも腫れ物扱いだから行商やってるわけだし」


「そんな事は………まぁ、あります、けど…」


何、“赤のギルド”の情報網ってそんなことまで分かるの? 怖っ。


「詳しい話はブラッドの前で。……ほら、着いたわよ」


そう言って、サーリャは目の前の扉をノックする。中から入室を促す声が聞こえ、緊張する私を置いてきぼりにするように扉が開かれた。


団長室、と呼ばれた部屋は、濃いブラウンとホワイトを基調にした、落ち着いた雰囲気の室内だった。まるで、ここが貴族のお屋敷にある執務室かのように錯覚してしまいそうになる。


「ブラッド、連れてきたわよ」


サーリャの声に、部屋の主がこちらへ視線を向ける。


……ギルドの長、なんて肩書きからてっきり岩のような大男を想像していたのだが、そこにいたのは端正な顔立ちをした青年だった。


血のように赤い髪に、金を溶かしたような瞳。獅子を思わせる黄金の目は整った顔と相まって、確かな品と圧を感じさせる。


圧、と言っても、ならず者達が見せびらかすような野蛮なものではなく、部屋の空気を引き締めるような冷たく静かなものだ。


正直「ギルドの団長」というよりも、「殿下」とか「貴族の令息」という肩書きの方が相応しいような、そんな人だった。


「あぁ、来たか」


ブラッド、と呼ばれたギルドの長が口を開く。静かに、けれど確かに響くような圧を感じる、支配者の声。


「“赤のギルド”団長のブラッド・アマラントだ。サーリャ達が迷惑を掛けたようだな」


「あ……ティア・スキューマ、です…」


彼の雰囲気に飲まれそうになりながら、名乗って頭を下げる。


「ティア・スキューマ。自分がミーダ城で気を失った経緯と、ここに運ばれた理由については聞いているか?」


「あ、はい……私をギルドに入れたいとか何とか」


「聞いているなら話が早い。その通りだが、何か質問は?」


「いや質問というか疑問しかありませんが!? せめて具体的な説明をですね………」


思わず私がツッコむと、ブラッドは「ふむ」と声を漏らして口元に手を当てた。どうすれば自分の考えを上手に伝えられるか、考えている様子だ。


やがて、うまい言い方が思い付いたのか。ブラッドはこちらを見て


「単刀直入に言えば、お前が普通の人間ではないからだ」


サラッと、そんな事を口にした。


「我々は受理した依頼の遂行以外にも、特定の条件を満たす人物の保護も行っている。そして、お前はその条件に当てはまる存在だ」


故に、入団というカタチで保護する。と。


そうは言われたが、正直私の頭の中は「?」でいっぱいだった。


私が普通の人間じゃない? まさか。


確かに、顔の火傷は世間一般的から離れてるかもしれないし、特異属性魔法も持ってはいる。


でも、それだけだ。全体的な割合で見れば特異属性はちょっと珍しい程度だし、魔力量も並み程度という、全くもって平凡な──


そんな事を考えていた私の目の前に、急に指先がビシッと突き付けられる。


ブラッドではない、この白く細い指はサーリャのものだ。


「根拠はあるわ。ティア、あんたミーダ城でウサギを見たでしょ」


「ウサギ? まぁ見ましたけど……」


『うさ』


足元から、鳴き声が聞こえた。下を見ると、まるころウサギがちょこんと座って、こちらを見上げていた。


……ブラッドの雰囲気に飲まれて気付かなかったけど、改めて部屋を見回すと、窓枠や机の上など色々な所にウサギがいる。


「残念だけど、それが見えてる時点で“普通”じゃないのよ。このウサギ達は私の使いで、保護対象にしか見えないし聞こえない特別な子達なの」


『うしゃ!』


ふんす、とどこか自慢気に鳴く足元のウサギ。……鳴き声のトーンや体のもっちり具合を見るに、おそらくこの子はミーダ城で会った個体だろう。


「もう察してはいると思うけど、私も貴女と同じ“保護対象”に当てはまる存在よ。……ミーダ城で私がどんな事をしたか、二階から見てたでしょう?」


……隠れていたのバレてた。いやまぁウサギに見つかった時点でもう今更か、と思いながら、サーリャの言葉に頷く。 


あの時サーリャは、聖女が顕現させた聖剣を素手でかき消していた。


防ぐ、ではない。ただ片手を振っただけで、神の力を宿した光剣の存在を打ち消したのだ。


保護対象(私と同じ者)なら、誰でもあれぐらいの事は出来るわ。勿論、あんたもね。だから、私達“赤のギルド”はその力を悪用されない為に保護してるの」


「……事情はわかりましたし、理解はしました。けれど、まだ信頼はできません」


彼らの言い分は今のところ、特におかしな点はない。


実際、サーリャは片手で聖剣をかき消した。あの時ウサギが大声を出して見つからなかったのも、サーリャ以外に鳴き声が聞こえていなかったから、とすれば納得がいく。


だが、私はまだ“赤のギルド”の全容を知らない。


彼らは『その力を悪用されないように保護する』と言っていたが、“赤のギルド”自体が保護対象の力を悪用していないかどうかは、まだ私には分からないのだ。


「慎重派だな」


ふっ、とブラッドが口角を上げた。


「……けれど。今の私に行く当てがないのも事実なので、入団の誘いはお受けします」


正直、まだ自分が特別な存在であるとは自覚できない、けれど。


私が入団の意思を示すと、サーリャは「決まりね」と笑顔を浮かべた。


「じゃあまず、フロワの所で入団の手続きをしてね。ウサギ、案内してあげてくれる?」


『うさ!』


主の言葉にウサギは頷いて、ミーダ城の時と同じように私の服の裾を咥えて引っ張っていく。


その強い力に引きずられるように、私は団長室を後にした。






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