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第52.5話


魔の森の中。進軍予定地点まで歩みを進めたアン率いるヴィゴーレ軍と、ブラッドとサーリャ。


日も暮れ始め、移転した新たな野営地で、彼らは夕食を摂っていた。


討伐した魔獣の肉を焼いたものと、炊事兵が用意したパンとスープ。それらを頬張りながら、彼らは労いの言葉を交わし合う。


その温かい言葉は、“赤のギルド”の二人に数多く向けられていた。


彼らがいつもより早く進軍できているのは、間違いなくブラッドとサーリャの助力があるからこそだ。


このペースで進めば、順当に行けば明日の午前中には監獄塔に到着し、夕方頃には魔物を掃討し終える事ができるだろう。


早く家に、家族の元に帰る事が出来ると、彼らは喜びと安堵から表情を緩ませる。


「……時に、少々気になったのだが。もしやお二人はやんごとなき身分なのではあるまいか?」


「あぁ。それは自分も気になっておりました。ブラッド様もサーリャ様も(うつくし)いのは勿論のこと、所作に品があり洗練されておられますので」


話を振られ、口の中の物を飲み込みながらサーリャが頷いた。


「えぇ、私はヒノモトのとある神職宗家の生まれです。西洋風に言うなら……大司教の娘、のようなものでしょうか」


「ほぉ……そのような尊い方が、なにゆえ国を出てギルド活動を?」


「血統を重んじる家風の実家において、西洋の血が混ざった私は忌み子も同然の扱いだったんです」


サーリャの言葉に、ヴィゴーレの貴族や騎士達は首を傾げる。


ミーティング時にブラッドが軽く言及していたが、ヴィゴーレは強さが全ての国だ。


腕が立つ傭兵を娶ったり婿養子として迎え入れる事が少なくないが故に、『一族に身元の知れない血を混ぜること』への抵抗や嫌悪が他の国よりも薄い。


それは偏見や差別が無いという美徳ではあるが……一族の血を守る事に無頓着であること、婚約により勢力を広げたり事業を盤石にする政治的駆け引きが不得手という欠点でもある。


一長一短だな、とサーリャは内心苦笑する。


「ではブラッド殿も神職のご出身で?」


「いえ、自分の出自はとある国の公爵家です。サーリャと同じく、実家では肩身が狭い想いをしていたので、祖国を出てギルドに身を寄せる事にしたのです」


「肩身が狭い……? ブラッド様のような方が、ですか?」


「ええ、祖国は魔力至上主義と言いますか、より高度で派手な魔術を使える者が尊ばれる国風だったのです。

 特に、属性魔法のような分かりやすい魔術が好まれ、エンチャントや身体強化は効果が分かりにくいと敬遠されていまして」


「成る程……。ブラッド様の身体強化魔術は素晴らしいですが、炎や水を扱う魔力の方が見た目は華やかですからね」


「うむうむ。自分も身体強化魔術の使い手ですから、その気持ちは分かりますぞ。

 しかし、最後に立っていた者が勝ちの戦場においては、属性魔法なぞ花拳繍腿! 身体強化こそ王者の技よ!!」


ガハハ、と豪快に笑う壮年の男性。彼は確かトロリー子爵だったか、と脳内で名前を思い出しながら、ブラッドは飲み物を口へ運ぶ。


……そもそも魔法を使えない彼にとって、祖国での生活は肩身が狭いなんてものでは無かった。


平民ならまだよかったが、よりによって貴族。それも歴代の王女が幾人か降嫁しており、裏の王家と呼ばれる程の公爵家で魔無しが生まれたのだから。周囲の、特に父親の落胆っぷりはそれはもう凄まじかった。


ブラッドが生まれつき負けず嫌いで反骨心が強かった事、身近に気功を教えてくれるマオがいたからこそ、心が折れずに成長する事が出来たが……もし何かひとつでも要素が欠けていたら、彼はここにいなかっただろう。


まあ、そんな身の上話をいちいち説明もする必要も無い、とブラッドは適当に相槌を打った。武勇伝を自ら語り出すほど、彼の承認欲求は高く無いし、老いてもいない。


「ふあぁ……おや、トロリー子爵。お隣に座ってもよろしいか?」


「やや、魔術士団長殿!どうぞどうぞ!!」


あくびを噛み殺しながら歩いていた男が、子爵の隣へ腰を下ろす。深緑色のローブという出で立ちは他の魔術士と同じだが、裾の刺繍がより緻密で豪華だ。


昨日聞いた話によると、魔物大量発生(スタンピード)に対処する際、ヴィゴーレの魔術士団は役割に合わせて大きく二分されるらしい。


戦場で魔物と戦う者達と、野営地の夜間護衛を担当する者達。その区別が一目で付くように前者は白いローブ、後者は深緑のローブを羽織っている。


野営地の夜間護衛は昨夜にも目にした通り、土壁に擬態させたゴーレムによって行われる為、兵士に寝ずの番を任せる必要は無いが、ゴーレムを召喚した者は魔術を維持する為、夜通し起きている必要がある。


その為、深緑のローブを着た魔術士達は一晩中護衛を行い、朝日と共に馬車の中に入って眠りに付く。眠っている間に食料等の他物資と共に次の野営地に移送され、そこで再び夜の護衛を行い……を繰り返す。


先程、魔術士団長と呼ばれた男があくびを漏らしていたのも、今さっき起きたばかりだからだろう。


「我々が眠っている間に、皆様随分と進軍されたようで。これは定時報告する私の指にも熱が入るというもの。とても喜ばしい事です」


「ははっ、今日の戦果を聞けば、城で待つ者達もさぞ驚くでしょうな!」


カラカラと笑う子爵に頷きながら、魔術士団長はスープに口を付ける。


魔の森内部では通信用の魔道具は使えない、とブラッド達は説明を受けた。


それは間違ってはいない。森に満ちている瘴気はあまりにも濃く、ジャミングのような役目を果たしてしまうからだ。


だが、こと戦場において、本営との通信は重要だ。今、自分達はどの辺りまで移動したのか、目的地までの距離はあとどれぐらいか、怪我人の有無……等々、伝えるべき事柄は沢山ある。


だが、前述の通り通信魔術は使えない。早馬を出すのも手だが、この魔の森を駆ける以上、魔物に襲われて王都まで言伝が届かない事もあり得る。


そこでヴィゴーレ国の戦士達が選んだのは、魔力光を用いる方法だった。光の点滅、その長短の組み合わせで言葉を伝える、ゲンダイニッポンでいうモールス信号のような手段だ。


この定時報告は朝昼夜の一日三回行われ、昼は白ローブの魔術士が、朝と夜は緑ローブの魔術士が担当する決まりになっている。


「しかし、あまりにも帰りが早すぎると屋敷の者達が残念がるかもしれませぬな……」


「家主の出陣中は、使用人達が羽根を伸ばす時間でもありますからね」


「………………っ」


ワイワイと談笑する彼ら。そんな賑やかな声に混ざり、小さく息を呑むような音がブラッドの耳に届いた。


隣に座っているサーリャが漏らした声だ。見ると、他者に悟られぬように髪を整えるフリをしてこめかみ辺りを押さえている。


「……どうした?」


「うん…………少し、頭痛がして」


「大丈夫か?あまり体調が優れないなら、明日は下がっていても構わんが」


「平気、本当に一瞬ズキッとしただけよ。今はもう何とも無いわ」


周囲に気付かれないよう小声で尋ねると、同じぐらいの声量で言葉が返ってくる。何でもない、と言うようにヒラヒラ手を振るサーリャを見て、ブラッドの脳裏にふと疑問が浮かんだ。


野営続きで疲労が溜まっていたのだろうか? いや、サーリャは“赤のギルド”として何回も討伐任務を熟してきた。野営をしながら数日間も連続で魔物と戦い続けたのも一度や二度ではない。


そんなサーリャが、今更二日野営した程度で体調を崩すだろうか。


勿論、男性に比べ女性は体の造り的に、体調を崩しやすいものではあるが。


「…………」


とある可能性が頭の中に浮かび上がり、ブラッドはふと息を吐いた。


体内の魔力を意図的に循環させる、気功の呼吸法だ。


研ぎ澄まされていく感覚。更に数回呼吸を繰り返し、極限まで五感を強化していく。


森の奥に潜む魔物達の息遣いが、耳に届く。生臭い獣の吐息が、鼻を掠める。


それはいい。魔物が跋扈する森の中にいるのだ、それは別段珍しい事ではない。


深い呼吸を二、三度と重ね、ようやくブラッドは異変を感じ取った。


ここからずっと南。王都の更に向こう側に、()()はあった。しかもひとつではない。何十、下手をすれば百を超えるほどの数が集い、まるでひとつの大きなうねりのようだ。


これは一体何か、など疑問を感じるまでもない。ブラッドにとって()()は、とても身近なものなのだから。


これは、神力だ。魔力とは似て非なるもの。神たる存在に由来する力。


人が、己の許容量を越える魔力に当てられ魔力酔いをするように。神力を操る者が強大な神力を感知した際に、頭痛や目眩を引き起こす事がある。


サーリャが頭痛を訴えた原因は、これだろう。


(……っ、不味い────)


パチリ、とパズルのピースがはまるように。ブラッドの脳が、ひとつの結論を弾き出す。


いつぞやに迎賓館で話していたが、スタンピード、という単語にはふたつの意味がある。今、ヴィゴーレ国を脅かしているのは魔物の大量発生だが、元々は動物の群れが興奮状態になった事による集団暴走を示す言葉だ。


突然の雷による光や音、山火事などの刺激により集団パニックを起こし、一斉に同じ方向に走り出す暴走状態。それがスタンピード。


そして、神力は瘴気を浄化する作用がある為、瘴気によって動物から変貌する魔物達は本能的に、この力を忌み嫌う性質がある。


勿論、サーリャは森の魔物達を不用意に刺激しないよう神力を調整していたし、そも彼女は武甕槌神の性質上、ヴィゴーレ国では全力を出せない為、特に問題は無かった。


だが、今感じた神力のうねりは。神職の生まれであるサーリャが頭痛を感じる程の神力が自分達の縄張りに入ってきたら、魔物はどうなるだろか。


魔物の群れに、膨大な神力という強すぎる刺激。……何が起きるか、なんて考えるまでもない。


大量発生した魔物による集団暴走。魔物大量発生(スタンピード)集団暴走(スタンピード)。スタンピードの二重発生。


魔物ですらない、ただの牛の群れが集団暴走しただけで、小さな村なら跡形も無く消し去ってしまう程なのに。


もし、それよりも強力な魔物が集団暴走を起こしたら、どうなるか───


「っ、サーリャ!」


ブラッドが、名前を呼ぶ。


何も言われずとも、それだけで意図を理解したのか。それとも彼女もまた同じ可能性に考え付いていたのか。サーリャは立ち上がると、懐へ手を入れる。


周囲の人々だけが、その様子を見て首を傾げていた。


「ブラッド殿? 一体」


一体どうなされたのですか、と続くはずのトロリー子爵の言葉は、不意の地響きによって阻まれた。


カタカタという小刻みな揺れ。防壁のゴーレムを召喚する時に少し似ている、が全然違う。


あれは、魔術によってコントロールされたものだった。だが、これは違う。無秩序に、段々と、再現無く膨れ上がっていく。


「祓え給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え────!!」


祝詞を唱えながら、サーリャがお札を地面に叩きつける。


未だ困惑する人々の鼓膜を叩いたのは、防壁ゴーレムが砕け散る爆発のような破砕音と


「          !!!!!!!」


荒れ狂う魔物達の、天地を揺るがすような咆哮の大合奏だった。



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