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第52話


パン屋前で合流した私とノワール先輩は、光の扉を通って王都の迎賓館へと戻って来た。


先輩は見知らぬ人を連れていて、最初見た時は少し驚いた。そして、その人が教会の地下に囚われていたアインさんの弟……ポールさんだと知って、また吃驚。


王都に戻ってすぐ、エルフリーデ女王陛下に報告。私達が使ってなかった迎賓館の一室を、ポールさんの療養部屋として使用する事にした。


王城勤めの医者にポールさんを診てもらった結果、栄養失調と不衛生な環境にいた事による衰弱との事だ。


誘拐時、気絶させる為に殴られたのか。ポールさんの後頭部には治りかけの傷があった。不衛生な状況でまともに手当てをされて無かったからか、少し膿んでいる。


私はその傷跡に塗る為の軟膏を調合して、先輩は“赤のギルド”へ何やら連絡をして。それぞれ一段落して、ふうと一息つけるようになったのが、今。


エルフリーデ女王陛下は侍女サリーとして、ポールさんの食事や湯浴みの準備の為に動き回っている。


手伝いを申し出たが「他の侍女もおりますし、お二方もお疲れでしょうから体を休めて下さい」とやんわり断られた。


潜入任務で疲労を感じているのは事実だ。お言葉に甘え、私と先輩はサロンで休憩しつつ、潜入して得た情報の共有を行う事にした。


私は「聖剣の儀」の光景を。先輩は地下で行われていた出来事を。


……やはり、誘拐された人々はあの教会に囚われていたらしい。周辺の地区から拐ってきた人々を檻に入れ、食事や身の安全と引き換えに仲間に引き入れる教会関係者。


先輩曰く、地下にいた神父見習いは檻の中の人達に「カッツェ様はお前達の為に聖杯を用意なされた」と言ってたらしい。つまり、あのカッツェ神父もほぼクロと見ていいだろう。


目的は、何だろう。やはり勇者を追放した王家への報復、なのだろうか。


「ええ、少なくとも誘拐された人達を管理していた男達は、そう言ってましたね」


……先輩が聞いた話では、彼らは三日後にケノラナを出て、王都へ向けて進軍するとの事だ。


無意識に顔がこわばる。そんな私を安心させるように、先輩がゆるく微笑んだ。


「安心して下さい、ティアさん。ブラッド君とサーリャさんがいれば、大事にならずに制圧できますよ。

 もし二人が間に合わなければ、“赤のギルド”から増援を頼めばいいですし」


そんな先輩の言葉に、


「……ノワール(しゃま)


ぽつり、と反応したのはヤツフサだった。


「その増援、明日(あしゅ)の朝一番にでも要請した方が良いかと思われましゅ」


「ヤツフサ…………?」


その表情は、幼い容姿には似つかわしくない程に冷たく、険しいものだった。


教会で聖剣が圧し折られ、光を撒き散らしながらその形が蘇った時。熱狂する人々を見詰めていた時と、同じ顔。


「あの『聖剣の儀』とやらは、良くないものでしゅ」


……ヤツフサは、タケミカヅチの使いである神鹿だ。そしてタケミカヅチは軍神であると同時に、雷神であり剣の神でもある、とサーリャさんが言っていた覚えがある。


主と同じ軍神である女神ベローナが授けた聖剣。それが意図的に折られているのを目の当たりにして、思う所があるのだろうか。


「あの剣は、この国の女神…………ベローナ(しゃま)、でしたか。その御方と直接繋がっておりましゅ。あのような事を繰り返しては、良くないかと」


「直接、繋がっている…………?」


大まかなニュアンスは何となく察するが、詳細が分からず首を傾げる私を見て、ヤツフサはゆっくりと頷いた。


「ティア(しゃま)は、西洋の神と東洋の神では加護の与え方が異なる事はご存知でしゅか?」


ええと、これもサーリャさんから聞いた気がする。


確か、西洋の神様は物や人に神力を与える事で加護を与え、東洋の神様は己の複製(コピー)である分霊を宿す事で加護を与える、だっけ。


そう答えると、ヤツフサは「概ねはその通りでごじゃいましゅ」と首肯した。


「ティア(しゃま)は、元々商人でごじゃいましたね。分かりやすく、金銭に例えてお話しましょう。

 加護を与える為の神力は金銭、神はそれを貯める銀行口座、人々の信仰心は宝石や金塊のような物とお考え下しゃい」


例えば、人間に加護を与えようとした時。


東洋の神は分霊(口座)を作り、その中に神力(お金)を入れて授ける。神力(お金)と引き換えに加護が与えられ、最初に込めた分が尽きたら加護もそこで終わり。


よく御守は一年で交換せよと言われるが、その理由がこれらしい。御守には購入金額に比例した分の神力が込められており、丁度それが一年分の量だから、との事だ。


もし所有者が信仰心(宝石)を持っているなら、それを神力に換える事で一年後も加護を維持する事もできるだろう。


対して西洋の神は、直接神力(お金)を与える事で加護を授ける。人々の信仰心(宝石)は直接神へ捧げられ、より多くの神力を得た神は更に強く、より多くの加護を与える事ができるようになる仕組みだ。


どちらも信仰心→神力→加護→信仰心のサイクルは同じだが、手元の分霊(予備口座)で完結しているか、大元の(口座)が関わるかの違いがある。


「そして西洋の神々の中には、『己から神力を引き出す権利』を与える神もおられましゅ。

 金銭の例えで言うなら手形……ゲンダイニッポン風に言うならクレジットカードを貸し与えるようなものでしゅね。

 あの聖剣は、その権利に剣のカタチを与え、具現化したものと思われましゅ」


それは………大丈夫なのだろうか。


くれじっとかーど、というのはよく分からないけれど。つまりあの聖剣は、家の財産管理を家令に任せる為に当主が書いた委任状、みたいなものだろう。


……教会で聞いた話だと、『聖剣の儀』は週に一回、決められた曜日に行われているとの事だ。


剣を修復するのに神力をどの程度消費するのか、女神ベローナが神力をいくら貯蓄しているかにもよるけれど……もしかすると破産(・・)も有り得るのではないだろうか。


「はい。人々の信仰心の質や量、神格の高さ、習合の有無によっては神の力が枯渇しゅる事は十分に有り得ましゅ。

 ベローナ(しゃま)は国の主神として信仰されている御方でしゅので、膨大な神力をお持ちと伺えましゅが……あの『聖剣の儀』とやらは実質、もう一振り聖剣を生成するのに等しい程の神力を消費しているように見受けられまちた。


 推察になりましゅが……あと一回聖剣の儀を行う、もしくはそれと同量の神力を消費してしまえば、ベローナ(しゃま)の神力は枯渇してしまわれるかと」


「…………それは、マズいですね」


ノワール先輩が口元に手を当て、思考を巡らすように黙り込んだ。


……正直、神力が枯渇した神様がどうなるのか、何が起きるのか私は知らない。


けれど、先輩とヤツフサの表情や反応から、絶対に碌な事にならないのは理解できる。


耳が痛い程の沈黙が、部屋に満ちる。その静寂を破るように、ぼんやりとした赤い光が視界の端に映った。


光は、先輩の左手首から。団員証(バンクル)に埋められていたルビーが、星のように瞬いている。


「おや、丁度良いタイミングですね」


呟いた先輩は、光を帯びるルビーの表面を決められた手順でなぞり、魔力を流す。


ぱっと弾けた光の粒が空中に集い、四角を形作る。トモキさんの空間魔術、光の扉が作られる時に良く似ていると思ったが、今作られているのは扉ではない。強いて言うなら窓だ。


これもバンクルに備え付けられた機能のひとつ。人の行き来はできないが、遠くにいる人と対面で話す事ができる通信魔術だ。皆は光窓、と呼んでいる。


便利な魔術ではあるが、如何せん輝いてとても目立つ為、任務中の団員へギルドから連絡する事はほぼ無いのだが……先輩は先程、ギルドへ何やら連絡をしていた。


聞くに、地下室で囚われていた人達が飲まされていた聖杯、その中身の鑑定を頼んだらしい。それに関する事だろう。


「ノワール、今連絡いいですか? 先程送って貰ったワインの鑑定が終わりましたよ」


光窓に映ったのは、茶髪に薄紫の瞳をした中性的な男性。リゼの兄であるゲイルさんだ。


彼の隣には双子の弟であるヴェントさんもいて、「お疲れ様ぁー」とこちらへ手を振っている。


「フロワ曰く、精神に作用するタイプの薬は入っていない可能性が高い、との事です。

 呪術的な物も、混入してないようですね」


「……そうですか」


「あー、でもねでもね、俺達的にはちょっと美味しそうな匂いがしたんだよねぇ。ワインの香りで分かりづらかったけどさ」


そう笑うヴェントさんの口から、ちらりと犬歯が覗く。


……いつぞやに聞いた話によると。リゼが幼い頃にセイレーンの魔力を注がれた為、その能力を使えるように。ゲイルさんとヴェントさんもまた、とある魔族の力を扱える存在との事だ。


彼らが注ぎ込まれた魔力は、吸血種……所謂ヴァンパイアと呼ばれる魔族だ。字面的には血を主食とするイメージがあるが、それは半分正解で半分ハズレ。血を飲む事自体は事実だが、正確には血に混ざる『魔力』を糧としているらしい。


そんなヴァンパイアの特性を有する彼らは、“赤のギルド”にて血液鑑定や魔力鑑定を担当している。


つまり、ゲイルさんとヴェントさん的に美味しそうな匂いがした、という事は


「えぇ、気になって少し飲んでみて分かりました。このワインには誰かの血液(魔力)が混入してますね」


「しかも、何か変な感じだよねぇー。オリジナルブレンド、みたいな?」


「ブレンド……複数人の血が入っている、って事ですか?」


私の疑問に、ヴェントさんは「うーん……」と首を傾げた。己の感覚をどんな言葉にして説明しようか悩んでいる様子だ。


「色んな人の血、じゃなくて……一人の血だと思うんだけど、その味が変なんだよねー。なんだろう、リンゴだって思って食べてみたらブドウの味がした、みたいな?」


血液()魔力(舌触り)が噛み合ってない、と言うべきでしょうか。以前、輸血経験のある転移者の方から血を頂いた事があるのですが、その時にやや近い感覚ですかね」


「あれはほぼリンゴで、その中ちょっとだけブドウの風味がするぐらいだったんだけどねぇー。今回はリンゴの味が完全に掻き消えて、ブドウの味しかしない感じかなぁ」


二人の言葉に「な、成る程……?」と相槌を打つも、吸血鬼独特の説明に、分かったような分からないような微妙な心地になる。


輸血、と言うのはゲンダイニッポンで行われている医療法らしい。簡単に言うと、大量出血して命が危ぶまれる際、他人の血を体内に入れる事で治療する方法、との事だ。


そんな治療法がある、なんてとても信じられなかったが、“赤のギルド”に所属してる転生者によると、さらに上位の臓器移植なんて方法もあるらしい。


文字通り、病気や怪我で駄目になった内臓を取り替える事で治療するんだとか。いやはや、世界は広いんだなぁ。異世界だけど。


「成る程……他者に血を与える事による思考誘導ですか」


「えっ、血液ってそんな事ができるんですか?」


先輩の呟きに、思わず疑問が口から溢れる。ノワール先輩はこちらを見て、ゆっくりと頷いた。


「正しく言うなら魔力、ですね。血というものはその人の魔力が特に濃く混ざっていますから。込められた魔力の濃さや属性によっては不具合(バグ)を起こしたり、最悪だと亡くなる事もあります。

 ほら、実際そこに、自分以外の魔力を注がれた結果、特殊な性質を持ってしまった実例がいるでしょう?」


先輩の言葉を聞き、ヴェントさんが自分である事をアピールするように両手でピースをした。隣のゲイルさんに軽く肘鉄され、むぅーと抗議の声を漏らしている。


「魔力の無いゲンダイニッポンでも、輸血した事で食べ物の好みが変わったり、臓器移植を受けた人に提供者の記憶や性格が伝わる記憶転移、なんて現象もあるみたいです。

 向こうでは半ば迷信(オカルト)扱いされている、とイクヤさんから聞きましたが……魔力があるこっちの世界なら、強い感情と魔力次第では十分に起こり得ますね」


先輩の言葉に同意するように、光窓の向こうのゲイルさんとヴェントさんも口を開く。


「まぁ、このワインに入っている血液(魔力)量なら、軽い暗示ぐらいだと思いますけどね。精々、か弱い生霊(スピリット)に耳元で数回囁かれるのと同程度、でしょうか」


「檻の中の人達にはその程度で効果的だったんだろうねぇー。

 でもでも、ちょっとやり方が杜撰かな? 本当に思考誘導が目的なら、もっといい方法があると思うけど……」


んー……と考え込むヴェントさんを、ゲイルさんが「今はそこを考えなくて良いでしょう」と再度肘で小突いた。


「兎に角、ワインに混入していた魔力の件は了解しました。それと、こっちの状況なのですが──」


ノワール先輩が、先程話していた件をかいつまんで説明する。


教会で行われていた『聖剣の儀』。消費される神力。その為、女神ベローナの神力が枯渇するかもしれない事。


「──と、言う訳で。明日の朝にでも、増援を送って欲しいんです。人選はお任せします」


「成る程…………、随分と面倒な事案になってるんですね。わかりました、選抜しておきます」


「大人数を一斉に無力化できる人となると、魔声を使えるリゼちゃんかな? ちょっと任務入れてないか聞いてくるねぇー」


そう言って、部屋から出ていこうとしたヴェントさんは「っと、そうだそうだ」と呟き、再度こちらを見やる。


「ノワール君がさっきの通信で話してたアレ(・・)、どうする? 増援送るんなら必要無さそうだし、止めとく?」


「いえ、一応準備は進めておくように伝えて下さい。もし無駄骨に終わっても、何かに再利用できると思いますし」


「おっけー、じゃあちょっと確認してくるねぇー」


ヒラヒラと手を振り、ヴェントさんは今度こそ部屋を出ていく。


「まったく……相変わらず落ち着きがないですね」


その様子を見て、ゲイルさんはやれやれと溜め息を吐き、改めてこちらを見やる。


「兎に角、明朝に増援をそちらへ送ります。転移先はケノラナ……で良いんですよね?」


「はい。俺達も朝一でケノラナへ転移、合流した後に教会を制圧します。これ以上、彼らが下手な事をして神力が枯渇してしまう前に」


「分かりました。では、また明日。増援を送る前にもう一度連絡を入れます」


ゲイルさんの言葉に先輩は頷きを返すと、左手首の団員証(バンクル)に手を伸ばし、ルビーを指で数回軽く叩いた。


通信魔術を切ったのだろう。役目を終えた光窓が、空気に溶けるように掻き消えていく。


丁度光窓が完全に消えた頃、控えめに扉がノックされた音が耳に届いた。「どうぞ」と入室を促すと、侍女サリーの姿をしたエルフリーデ女王陛下が入室して来る。


「皆様が助けて頂いたポール様ですが、体調も安定して今ようやくお休みになられました。

 誘拐の被害に遭った民を助けて頂き、感謝申し上げます」


エルフリーデ女王陛下が、私達へ頭を下げた。正直、恐れ多いにも程がある。ファルベ王国でも国王に頭を下げられた事があったが、何度経験しても慣れそうにない。


「ポール様から、ケノラナ教会の地下で行われていた事を聞きました。まさか、カッツェ神父がそんな事をしていたとは……」


「女王陛下は、カッツェ神父をご存知だったのですか」


「はい。十年前に勇者エルヴィンを追放した際、彼が持っていた聖剣をケノラナの教会へ収蔵するように命じたのですが……その際、王都からケノラナへ聖剣を運んだのがカッツェ神父でした。

 当時のケノラナ教会の神父はご高齢で引退される事が決まっていて、後任に選ばれたカッツェ神父が派遣される際、聖剣を託したのです。

 若いながらも信仰に篤い、素晴らしい方だったのですが………」


女王陛下が僅かに眉根を寄せる。


国内で一番重要と言ってもいい、数百年前の愚行を贖う為に建てたケノラナの教会。そこを任せた神父がよりによって、このような事を行うのが許せないと、それ以上に解せないと。その瞳の奥には困惑の色が浮かんでいた。


……カッツェ神父は、参拝者を装った私に『勇者が国外に追放される前、この教会に聖剣を託した』と言った。つまり、意図的に嘘を吐いて求心力を高めていた事になる。


そして、パン屋のおじさんはこう言っていた。


四、五年前に神父様が急に変わった。とても立派な方だったのに、急に勇者派を立ち上げて、『聖剣の儀』を始めた、と。


先輩が発見した神父カッツェの日記にも、四年前のとある日から記録が途切れていると言っていた。


つまり、四年前に神父カッツェの身に何かが起き、今のような行動を取るようになったのだろう。


その『何か』は一体何なのか……気にならないと言えば嘘になるが、それは神父から直接聞き出せばいい。


今は教会を制圧してこれ以上無駄な神力の消費を防ぐ事、そして何より、地下に囚われている人々を救い出す事が最優先だ。


「女王陛下。当初の予定とは異なりますが、我々は明朝にケノラナの教会へ向かい、囚われた人々を救助する所存です。

 つきましては、ポールさんのように衰弱した人達を多数こちらへ移送する事になりますので、彼らを保護する為の準備をお願いしたく存じます」


「わかりました。……あの、差し支えなければ、予定を繰り上げた理由をお聞きしても?」


「檻内の環境があまりにも劣悪で、囚われた人達の安全が保証されて無い……という点がひとつ。

 そして、先程情報を整理して気付いた事なのですが───」


女神ベローナに神力枯渇の可能性がある件を、女王陛下へ説明するノワール先輩。


それを隣で聞きながら、私は服の裾をキュッと握りしめた。


「……………っ」


明日になれば、増援が来る。ギルド団員は粒揃いの実力者ばかりだ。それこそヴェントさんが言ったとおりリゼが来てくれるなら、教会の制圧・無力化は容易いだろう。


なのに、何故だろう。


(…………何か、嫌な予感がする)


ざわざわと落ち着かない心地。言い知れない不安感。さざ波のようなそれを握り潰すように、私は更に手に力を込めるのだった。





ほぼ同時刻、ケノラナの教会。


『聖剣の儀』を終え、参拝者を見送った彼らは再び大聖堂に集まり、次の典礼である『欠刃の儀』を行っていた。


前方の豪華な祭壇の上には、先程の『聖剣の儀』で折った聖剣の剣先が置かれ、カッツェ神父がその近くに立っては説教か祈りの言葉と思われる文言を口にしている。


しん、と静まる聖堂内。神父の言葉を一言すら聞き漏らすまいと、信者達は熱心に耳を傾けていた。ノワールが地下で見た、似たような粗悪な服を着た人達だ。


そんな彼らを取り囲むように、神官やシスター達が左右の壁沿いに立っていた。長椅子に座る彼らに、品定めするような視線をじっと向けている。


ピリピリと張り詰めた空気で満たされる大聖堂。無理もない、何故ならこの典礼は彼らにとって、下手をすれば『聖剣の儀』よりも重要な────


「か、カッツェ様! 大変です!!」


大聖堂内の雰囲気をぶち壊すように、扉が開かれる。


入って来たのは、一人の神官。神官内の序列が最下位故にこの『欠刃の儀』に参加できず、祭器の手入れをしていた男だった。


「貴様ッ! 典礼を邪魔するとは何事か!

 またあの不浄なる地下に押し込まれたいのか!!」


そんな神官へ、カッツェ神父の隣に立ち典礼の補佐をしていた神父見習いが怒号を飛ばす。ノワールが地下で目撃した、あの青年だ。


「も、申し訳ありません……! ですがその、いち早くカッツェ様の耳にお入れするべき事と思いまして……」


「まだ言うか、貴様───!」


「地下に戻すのは、話を聞いてから判断しても遅くはないだろう。君、話してみなさい」


神父見習いの青年を「まあまあ」と片手を上げて制しながら、カッツェ神父は神官へ続きを促す。


その表情は微笑んでいるようにも、不快さに目を細めているようにも見えて。神官は震え上がりながら、何とか言葉を絞り出した。


「その、聖剣の様子が、おかしくって………」


「……何?」


カッツェ神父の眉根が寄る。その様子を見て、神官はますます震え上がった。ただ不具合を報告しに来ただけなのに、まるで自分がとんでもないミスを犯してしまったような気分になって、泣きそうな表情を浮かべている。


「……君、聖剣を持って来なさい」


「えっ……よ、よろしいのですか? カッツェ様以外の者がみだりに聖剣に触れてはならぬ、と仰っていたのでは……」


「その私が、持って来いと言っているのだよ?」


「っ! も、申し訳ありません!直ぐにお持ちします!!」


涙目になりながら、バタバタと大聖堂から出ていく神官。五分も経たない内に、聖剣を両手で抱えて戻って来た。


光沢のある白い布に覆い包まれた聖剣。それを見た瞬間、聖堂内にいた人々は驚きの声を漏らる。


布越しでも分かる程の異変だった。


十字をシルエット、その中央。ちょうど鍔に埋め込まれた宝石があるとおぼしき箇所に、光が灯っていた。


ちかちか、と。赤い光が、星が瞬くように点滅している。


カッツェ神父は神官から聖剣を受け取り、布を解いて詳細を確認する。想像通り、鍔部分の赤い宝石が光を発していた。


「カッツェ様、これは一体……」


長椅子に座っていた信徒達の間に、困惑のざわめきが広がっていく。


彼ら勇者派にとって、聖剣は最も重要な要素だ。そんな大切な聖剣が見せた異状に、人々は戸惑いを隠せない。


「……これは、女神ベローナ様からの思し召しだ!

 三日後の出陣では遅いと、今すぐ聖戦に向かうべしという女神からの天啓だ!!」


カッツェ神父が、声を張り上げる。その声が震えているのは興奮故か、それとも


「な……成る程! カッツェ様が仰るのなら間違いない!」


「女神様も、我々の行いを肯定して下さっているのか!」


「急いで準備を!」


「外住みの同胞達にも声を掛けろ!」


まさに鶴の一声。神父の言葉を聞いた信徒達は長椅子から立ち上がり、慌ただしく聖堂から去っていく。


その様子を見て、カッツェ神父は何処かぎこちなく口角を吊り上げながら、手に持つ聖剣へと視線を落とす。


ちかちか、ぴかぴか。鍔の宝石は何も変わらずに、ただ赤光の明滅を繰り返すだけだった。


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