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第50.5話

ティアがヤツフサと教会を訪れていた間、裏で潜入していたノワールの話です。


予定より長くなってしまい、投稿が遅れて申し訳ありませんでした。


「では、ここで一度別れましょう。各々教会に潜入して……そうですね、この町に最初に来た時に寄ったパン屋の前で落ち合う事にしましょうか。

 ヤツフサ、ティアさんの護衛は任せましたよ」


「心得ておりましゅ」


「あの、先輩もお気をつけて」


ティアさんの言葉に微笑んで頷いた俺は、軽く手を振って歩き出した。


……少し格好つけ過ぎただろうか、と内心苦笑するが仕方ない。好きな人の前では体裁を保ちたいのが、男という生き物であるのだから。


そんな事を考えながら、人混みにまぎれつつ魔法を発動する。俺が唯一得意とする、『他者から認識されなくなる』という隠密魔術。


最初はうっすらと、舞台の隅に立つ端役程度に。そこから少しずつ魔力を強め、最終的には完全に人々の意識から外れた透明な存在になる。


ただ、これはあくまで人から認識できなくなっただけであり、俺の体が幽霊のように人や物をすり抜けるようになった訳ではない。


手や肩が接触すれば、『何かがここに居る』とバレてしまうのだ。この点だけは、潜入時に気を付けなければならない。


暫く足を動かし続け、目的の場所へと辿り着いた。


白亜の教会。この街で一番豪華で煌びやかな建物だが、裏側は最低限の飾りをくっつけただけの質素なものだった。


どこもこんなモノか。そう考えながら裏戸口の扉に耳を当て、中の様子を伺う。向こう側に人の気配が無い事を確認し、ゆっくりと扉を開けて教会内部に侵入した。


教会内ではシスターや神官と思われる人達がパタパタと忙しなく走り回っていた。彼等の話に聞き耳を立てるに、どうやら今日は『聖剣の儀』という典礼が行われるらしい。


これは好機だ。建物内部にいる人達の意識がそちらに向くなら、堂々と物色する事ができる。


そう考えながら、教会内部の探索を開始する。


まずは一階。俺が潜入した裏戸の近くには炊事場と食堂。廊下に沿って進むと懺悔室として使われてる個室、その向こうには玄関ホールと、大聖堂へと続く大きな扉があった。


せかせかと典礼の準備をするシスター達を横目に、階段を登って二階へと向かう。


上階は住み込みシスターや神官達の居住区。二、三人で共同の寝室を使っているらしく、複数のベッドが置かれた個室が並んでいた。


次は三階。ここは上級神官や神父の個室フロアらしい。家具や調度品はやや華美すぎる気がしなくもないけれど、ここまで大きな教会となるとまぁ、分からなくもない範囲だ。


神父室の机を漁っていると、一冊の日記帳を発見した。何か情報がないかとパラパラ捲ってみるが、記入されている内容に不審な所は見当たらない。敬虔で真面目な、聖職者らしい字と文が綴られている。


ただ、気がかりがひとつだけ。四年前のとある日から、記入がぱったりと途切れているのだ。明日には国境付近に建つ廃教会の様子を見に行く、という内容から、それっきり白紙のページが続いている。


この神父はどうやら旅先に日記を持っていかないタイプのようで、遠出する際は他の紙に日記を記し、帰って来てからその紙を日記帳に貼っているらしい。


以前の記事では遠出の後、別の紙がページに貼られているのに対し、四年前のこの日以降は何も書かれても貼られてもいない。


(ただ単に書くのを止めただけ、でしょうか。それとも………)


思考を巡らせながら日記帳を元に戻す。神父室を後にして、次に足を踏み入れたのは事務室のような部屋。

本棚に収められていた帳簿と思しきノートを手に取り、中身を確認する。


(…………ここ数年で、随分とお布施が増えてるんですね)


名前の項目を見る。架空の名前が使われてるかもしれない為、確定はできないが特に怪しい点は無いように思う。日付も金額も、ちゃんとバラけている。


ただ


(お布施の増加と比例するように、生活費用が増えてますね。特に食費と被服費…………)


支出の明細を見るに、質の良い物を買って贅沢してるのではなく、単純に量が多いようだ。


これだけ大きな教会なら、住み込みのシスターや神官も一人や二人ではないだろうが、それを加味しても多すぎると思う。


例えば、これが一ヶ月だけなら『祭りや炊き出し等のイベントがあったのかもしれない』と納得できる。だがこの額が毎月となると、流石に首を傾げざるを得ない。


更に疑念を覚えたのが、大量の衣服発注だ。安価な布を使った安い服の、大量発注書。


いくら清貧を心掛けている教会とはいえ、シスターや神官の服に使うには安物がすぎる。バザーで売ったり浮浪者に無償で施すにしても粗悪な、二束三文以下の質の悪さだ。


それを何故、これほどまでに大量に買っているのか。大きな一枚の布では無く、わざわざ服という加工品を購入してる理由は何か。 


(…………まあ、そういう事ですよね)


つまりこれは、本来ならいるはずのない人達の為の服、という事だ。


ティアさんと話した通り、この教会に誘拐された人達が収容されている、というのも間違いではないのかもしれない。


他にも、幾つかの気になる書類に目を通し、内容を紙に書き留めておく。


これで地上階は一通り目を通した。次に調べるべきは


(地下、ですね)


足早に一階へと降り、地下に続く階段を探す。


廊下の奥。普通なら見落としてしまいそうな壁と壁の窪み部分。ひっそりと隠れるように、それはあった。


暗闇へと伸びる下り階段。側壁にはカンテラが等間隔に吊るされているが、光源とするにはあまりにも心許無い。


「…………」


ふ、と呼吸を整えながら、己の身体に纏う隠密魔術に綻びがない事を今一度確認する。


暗所への潜入は一見容易そうに見えて、思ったよりも難易度が高い。こちらの視界も制限されるからだ。


そして、これから向かう先は地下。何かあったら窓から飛び降りる事ができる地上階と違って、出入り口はこの階段のみになる。


つまりは、逃げ場の無い袋小路。火中に身を投じるのと同意だ。


いや、もしかしたら他にも通路があるかもしれないが、緊急時に悠長に探す時間があるかどうかと問われれば、答えは否だろう。


「…………」


もう一度大きく息を吐き出し、俺は暗闇へと足を踏み入れた。


僅かな明かりを頼りに、階段を下る。最初に辿り着いたのは、地下聖堂のような場所だった。


上階の聖堂よりは流石に小さいだろうが、立派な祭壇が備え付けられている。装飾の雰囲気を見るに、葬儀用のものだろう。


本来であれば、弔いの日にだけ使用される、厳かで静寂に満ちているべき空間。


だが、俺の耳に届くのはひっそりとした無音ではなく、人々のざわめきだった。まるで住宅地を思わせる、多くの人が集まる場所特有の喧騒。


見ると、祭壇の反対側から微かに光が漏れていた。両開き扉の片方が開いており、そこから声が漏れ聞こえてくる。


ゆっくりと近付き、内部を伺う。そこには十代から三十代ぐらいの男女が数十人、だだっ広い空間にワラワラと集まっていた。


本来であれば死者が眠っているはずの、薄暗く湿った教会の地下。だがそこに、これだけの生者が存在しているのは、少し異質に思える。


彼等は似たような服を身に着けていた。見るからに肌触りの悪そうな、粗悪な布で作られた服。


そして何より特徴的なのは、眼だった。皆一様に痩せこけてはいるものの、瞳には強い光が宿っている。キラキラというよりは、ギラギラと鋭い印象だ。血走っている、と言うべきか。


天井の一部はガラス張りになっているようで、部屋の中央には上から光が差し込んでいた。


位置関係から把握するに、この地下室の真上には大聖堂があったはずだ。ステンドグラス越しの鮮やかな光が、仄暗い空間を微かに彩っている。


そんなだだっ広い地下室を、人々に接触しないよう慎重に調べる。この部屋自体には特に、不審な所は無い。家具も何も置かれておらず、床や壁も剥き出しの土壁ので細工できるような箇所は見当たらない。


広場の左右にも、それぞれ部屋があった。右の部屋はこの広場に集まる人々の寝床のようだ。と言ってもベッドのような物は置かれておらず、床に布を敷いただけの簡素なものだった。


問題は……左側の部屋だ。ここに足を踏み入れた瞬間、眼前に広がる光景に思わず眉根を寄せてしまった。


そこには、猛獣や魔獣を捕らえておく為の檻がズラリと並んでいた。ただし、その中に入っているのは獣ではなく、人間だった。


檻の大きさはそれほど狭くは無いが、人が入るのに十分なゆとりがあるかと問われれば否だ。


サーリャさんがよく『畳一枚分』というヒノモト特有のサイズ基準を口にするが、丁度それぐらいの大きさだろう。

一応、人一人が横になる事はできるが、寝返りを打つのは難しい。背が高い人なら足を伸ばす事も困難な、それぐらいの檻。


それらの前に、簡素な机が講壇のように置かれていた。近くには神父見習いの格好をした青年が二人立っている。


「聞くがいい! 今日は我らが勇者派において最も重要な典礼、聖剣の儀が行われる日である。この聖なる日を前に、カッツェ様はお前達の為に聖杯を用意なされた。

 勇者派への帰正を望む者は、この中身を飲むがいい!!」


片方の神父見習いが声を張り上げると同時に、もう片方が手に持つ杯を恭しく掲げた。


檻の中の人達は縋るような喚き声を上げながら、鉄格子の隙間から銘々に手を伸ばす。


その腕は一様に細く、皮膚がだらりとたるんでいた。


「な、なります! 勇者派になりますから! ここから出して下さい!!」


「私も! 皆様の一員となります! どうかお慈悲を!!」


「おなかすいたよぉ……何でも言うこときくからぁ…………ごはん、ちょうだいよぉ……」


銘々に言葉を口にしながら、必死に手を伸ばす檻の中の人々。その様子と発言からして、彼らがどのような境遇に置かれていたから想像がつく。


(…………おや、あれは)


よくよく観察すると、檻内の人達全てが手を伸ばしている訳ではないようだ。数人は聖杯を求めず、抵抗するように視線を反らしている。

その中の一人に、ふと目が留まった。外ハネ気味の癖がついた、灰色ががった茶髪の男性。


「では……お前とお前、出ろ! 聖杯を賜わす!」


手を伸ばす数十人の中から、二人が選ばれる。相方の言葉を受け、青年は講壇の上に杯を置くと、懐から鍵を取り出して選ばれた二人を檻から解放していく。


(おっと……無用心ですね)


すかさずその聖杯とやらの元へと近付き、外套の内ポケットからスポイトと空の試験管を取り出して中身を採取する。


色合いや香りから、一見ただのブドウ酒のように思えるが、変な薬が入ってる可能性もある。念の為、調べておくに越した事は無いだろう。


神父見習い達の視線が杯から外れた一瞬の間に事を済ませ、壁際へと退避する。


解放された二人は「ありがとうございます」と壊れたように繰り返しながら檻から這い出ると、杯に口を付けた。


一気に飲み干さないのは、宗教の儀式的な意味合いに近いのだろうか。檻からの解放を象徴するブドウ酒を、ゆっくりと時間を掛けて飲み干すその様子は、まるで未だに檻に囚われている人達に見せつけているかのようだ。


誰かの口から、羨望の声が漏れる。その呻きはひとつ、またひとつと数を増やしていき、不協和音となって部屋全体に満ちていく。


人々の意識が前方へ向けられている間に、俺は檻同士の間を縫うように移動し、とある箇所へと近付いた。先程見つけた、灰茶髪(アッシュブラウン)の人物が囚われた檻だ。


鉄格子の隙間から手を伸ばし、彼の手に触れる。見えない何かに手を掴まれた彼が驚きの声を上げるよりも速く、俺が纏う隠密魔術の魔力が彼を包み込んだ。


「っ!? だ、誰だい!?」


想像よりも大きい声が、鼓膜を叩いた。


まぁ、無理もない。彼からすれば何かが手に触れたと思った瞬間、知らない男が近くに立っていたのだから。


繋いだ右手はそのままに、左手の人差し指を口元に立て「静かに」とジェスチャーをする。


隠密魔術のお陰で周囲に声は聞こえないだろうが、相手を落ち着かせる為に一呼吸置くのは大切だ。


「俺は“赤のギルド”のノワールと申します。エルフリーデ女王陛下より、誘拐事件を解決するように賜りました。

 貴方はトロリー子爵領に住んでいたポールさん、ですね?」


「あ、あぁ……そう、だよ」


戸惑いながらも檻の中の彼──ポールが頷いた。声を潜め周囲を伺うその様子は如何にも、おっかなびっくりといった感じだ。


「大丈夫です。俺の隠密魔術で、周囲に会話を聞かれる事はありません」


安心させる為の言葉を口にしながら、横目で前方の様子を確認する。


解放された二人は、神官見習い達から頭に水を掛けられたりと洗礼の真似事をしている。まだ時間がかかりそうだ。


「ポールさん、俺は貴方を助ける為に此処に来ました。ですが、同じ部屋に彼らがいる状態では脱出するにはリスクが高すぎます」


なので、彼らがいなくなるまでの間。貴方がどのような経緯で此処に来る事になったのか、檻に入れられて以降どのような境遇だったか。教えて頂けませんか。


そう言うと、ポールはゆっくりと頷き、言葉を紡ぎ始めた。


「えぇと……君も知っての通り、僕はトロリー子爵領に住んでたんだ。兄さんと一緒にね。

 ある日僕一人で買い物に行った時、あの神父見習いと同じ格好の人に声を掛けられたんだ。『馬車から荷物を降ろすのを手伝ってくれないか』って。

 それを了承して馬車に乗った瞬間、後ろから殴られて気を失って……気付いたらこの中さ。


 それからは…………ずっとこの檻の中だよ。食事は最低限しか出ないし、湯浴みも身体を拭く事もできないから、檻の中で亡くなる人もいる。

 何日かに一回、聖剣の儀が云々って言って、彼らの仲間になればここから出して貰えるんだけど…………見ての通りだよ」


困ったように力無く笑うポール。そんな彼の手は枝のように細く、所々で余った皮がたるんでいる。


極端に食事量が減る等して、急激に痩せた時に見られる皮余りだ。檻の中にいる人々も皆、同じような腕をしていた。


「成る程。貴方は先程、彼らの仲間になるのを拒んでいたようですが、それは何故?」


「流石に、自分達で捕まえておいて宗派変えを促すなんてマッチポンプには乗れないと思ったからさ。

 それに…………彼らの脅しを鵜呑みにする訳じゃないけど、あの聖杯とやらは上辺だけの帰正を許さないらしいんだ。


 実際、あれを飲んで彼らの仲間になった後に死んだ人も、それなりの数いるらしくてね……」


彼の言葉を聞きながら、再度前方の様子を伺う。


灌水礼を終えた彼らは服を着替えていた。先程の広い空間にいた人達が着ていた、粗悪な服だ。


(……成る程。この状況は人を洗脳する要素が揃ってますね)


檻の中という、尊厳を奪われた環境。最低限の食事量で、思考が上手く回らない状態。同じように囚われた隣人は命を落とし、自分もそうなってもおかしくない状況。


そんな中で「自分達の仲間になれば檻から出れる」というのは、檻の中の人達からすれば唯一もたらされた救いに思えるだろう。


だが、彼らの仲間となって檻から出たとしても、決して自由を得た訳ではない。次に伸し掛かるのは、集団心理による同調圧力だ。


一種の相互監視状態。彼らに従わなければまた檻の中に戻される、もしくはもっと酷い目に合うかもしれないという恐怖。


そんな緩やかな緊張状態が長く続いた人々の思考回路は、反発よりも従順に傾いていく。段々と思考が凝り固まっていき、恐怖からだった従順がやがて心からの感情にすり替わる。


そうして出来上がるのは、何でも言う事を聞く駒の群れだ。ここが教会である事を踏まえるなら、優秀な狂信者、と言うべきか。


……先程の部屋にいた人達の、ギラギラとした目を思い出す。問題は、あれだけの人数を揃えて一体何をするつもりなのか、という事だ。


思考を巡らせながら前方の様子を伺っていると、解放された二人と神父見習い達はやっと帰正の儀を終えたらしく、部屋から出ていく。


「……やっと行きましたか。ポールさん、ここから脱出しましょう。少し待ってて下さい」


横目で檻に取り付けられた鍵を確認する。どこにでもあるような南京錠(パドロック)だ。これなら手持ちの道具で簡単にこじ開けれるだろう。


外套の内側から工具を取り出し、鍵穴に突っ込んで動かす。すぐにカチャリという音がして、鍵が開いた。


「ありがとう……でも、いいのかい?

 僕がここから居なくなったと彼らにバレてしまったら、騒ぎになるんじゃ……」


「安心して下さい、ちゃんと対策をしますので。少し、髪の毛を貰いますね」


ベルトに下げたナイフを抜いて彼の髪を一房切り取り、外套の内ポケットから取り出した布で包む。


この布は“赤のギルド”の服飾部署と魔道具部署が共同で作成したものだ。蜘蛛型魔物の糸を使って織られており、魔石のように魔力を込める事ができる。


込める魔術は勿論、影魔法の隠密魔術。『この髪の毛(魔力)の持ち主が、ここに居るように感じる』という認識阻害。これを中に入れておけば、数日は時間を稼げるだろう。


檻から出たポールの代わりに彼の髪を包んだ魔布を入れ、元通り錠を掛けておく。


栄養不足故か、狭い場所に入れられて脚の筋肉が衰えたのか。ふらつくポールに肩を貸しながら、部屋を出た。


中央の広い部屋には、相変わらず目を血走らせた人達。檻から出たばかりの二人も、その中に混ざっているのが見える。大衆の前には相変わらず、先程の神父見習い二人が立っている。


これだけの人数が同じ部屋にいるにも関わらず、空間は耳が痛い程の沈黙に満ちていた。


人々の視線は一点、ガラス張りになっている天井へと注がれている。ただじっと、呼吸さえも忘れたかのように。


この真上に大聖堂がある事、今日が『聖剣の儀』とやらが行われる事を考えると、その典礼を天井越しに眺めているのだろうか。


そう思った瞬間、頭上から眩いほどの光が降り注いだ。肌をビリビリと刺激する程の喝采が、上階から聞こえてくる。それに呼応して、地下の人々も獣のようなの叫びを上げた。


狂乱。興奮。熱狂。それらを纏めるように、神父見習いの青年が声を張り上げる。


「諸君! 聖戦の日は近い!!」


音魔法でも使ってるのだろうか。その声は耳が壊れそうな狂騒の中でも、明確に聞こえる。


「恥知らずにも勇者様を追放した王侯貴族に、正義の鉄槌を下す時が来たのだ!

 今日から三日後!我々はあの壁を越え、魔の森を踏破し、王都へ攻め入る!!

 恐れるな、聖剣は、女神の加護は我らにあり!!」


その言葉に人々は更に熱狂し、拳を突き上げる。


「革命…………ですか」


その様子を、俺は自分でも驚くほど冷めた目で見つめていた。


……市民革命が起こるのは何故か、と問われれば。一言で言うなら『政治への不理解』から来るものだ。原因が君主にあるにせよ、民衆にあるにせよ。


個人的にヴィゴーレ国の治世は、完璧とまではいかなくともそれなりに優秀とは思う。


魔物が多く狩猟技術が発展しているヴィゴーレ国は少なくとも民が飢える事は少ないし、野菜を希少価値が高い物として王侯貴族が高く買い取る事で、第一産業にきちんと金を落としている。


ただ、この国は王都が魔の森に包まれて行き来が困難な為、どうしても政治が不透明になってしまう。その為、王族が何をしているのか分からず、民の不満が募りやすいのも分からなくはない、が……


……そもそも、彼らが革命を起こす理由が何なのか。


神父見習いの青年が言う通り、宗教思想的な理由なのか。それとも────


「……これは、少し不味いかもしれませんね」


「そう、なのかい? 王都の騎士団は国内でも選りすぐりの強者達なんだし、これぐらいの反乱なら問題無いんじゃ……」


俺の呟きに、ポールが応えた。心の中で独り言ちたつもりだったが、思わず声に出ていたようだ。


「平時なら、鎮圧は容易でしょう。ですが今、王都の騎士達はほぼ魔物大量発生(スタンピード)の対処で手一杯な状態です。

 魔物の群れとの戦いで疲弊した直後となると……少し荷が重いかもしれません」


熱狂を高めていく大衆を横目に、部屋を出て階段へと向かう。手負いのポールを支えながら、彼の身体になるべく負担を掛けないようにゆっくりと。


「もし、彼らの革命が上手く行ってしまった場合、国が滅ぶ可能性も十分あり得ますね」


「滅ぶ、って……。大袈裟じゃないかい?」


「いえ、“赤のギルド”として多くの国を見てきた経験則です。政治の専門家では無い人物が国の上に立つんですから、当然綻びは生まれますし」


「…………」


俺の言葉を聞いて、ポールが押し黙ってしまう。


……他にも国が滅ぶ可能性の要因は幾つかあるのだが、これ以上話しても不安を煽るだけなので大人しく口を噤んでおこう。


(それにしても三日後、ですか)


先程聞いた言葉を思い出しながら、頭の中で軽く計算をする。


ミーティングの時、ケノラナから王都までは五日ぐらい掛かると聞いた覚えがある。これは純粋に距離が遠いだけでなく、森に多数生息する魔物達を対処しながら進む事を加味しての時間だろう。


何ともタイミングの悪い事に、俺達“赤のギルド”が王都へ向かう際、それなりの数の魔物を蹴散らしてしまった。


その為、ケノラナ周囲の魔物は数が減っているだろう。一般の人達からすれば安心要素だが、彼らの行進に対する弊害が減ったのは少し困る。


仮に一日程短縮できたと仮定して、彼らが王都に到達するのは今日から一週間後、か。


ブラッド君の予測では魔物大量発生(スタンピード)の対処は最短で三日、多く見積もって五日ほどかかると言っていた。出陣して一日は経っているから、魔物討伐を終えて帰って来るのは最長でも残り四日。


確かに、疲弊したヴィゴーレ軍からすれば厳しい連戦だろう。


(……まぁ、ブラッド君とサーリャさんなら嬉々として交戦するんでしょうけど)


一応、二人が間に合わなかった時の為に、備えだけはしておきましょうかね。


頭の中でそう呟くと、俺はポールを支えながら階段を登り、地上へと帰還するのだった。












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