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幕間 第1.5話

タイトル通り、第1話と第2話の間に起きたお話です。

ミーダ城内には、それは見事な薔薇庭園がある。


美しく整えられた薔薇。造形美を計算して置かれた噴水。ベンチひとつ取っても、緻密な装飾が施されている。


そんな楽園のような庭園に、ミーダ国の皇太子であり魔王討伐の勇者アランドルフと、同じく魔王討伐に貢献した聖女テレサの姿があった。


薔薇に包まれたベンチに並んで腰を下ろすアランドルフとテレサ。その二人の様子を、()は噴水に隠れて伺っている。


「やっと悪しき魔王を倒し、城に帰ってくる事ができたな」


「はい、殿下。誰一人欠ける事無き凱旋、とても嬉しく思います」


二人の会話は、言葉だけを捉えたのなら、魔王という強敵との戦いを乗り越えた戦友同士の穏やかなやり取りに思うだろう。


だが、実際にその光景を見てみると、随分と違う印象を受ける。


テレサはアランドルフにしなだれかかり、彼の左腕に胸を押し付けるように抱きついている。女の色香を振り撒くその様子は、聖女よりも娼婦なのでは……と思う程に手慣れていた。


アランドルフの方も、そんなテレサの事を蕩けた顔で見つめ、空いた右手で彼女の頬や髪を撫でている。


どう考えてもただのイチャイチャ、恋人達の逢瀬にしか見えない光景だ。


(ん……それにしても………)


誰一人欠ける事無き凱旋、と聖女テレサは口にした。アランドルフ殿下も、その言葉を否定する様子は見られない。


民衆には『魔王との戦いで魔剣士は命を落とした』と説明しているはずなのに、だ。


つまり、彼らにとって魔剣士は“元々欠ける前提の存在だった”、という事だろう。依頼主(・・・)もそう言っていたが、これで裏付けができた。


「魔王を倒した勇者である僕と、その僕を支え共に魔王を討った聖女である君………これだけの功績を挙げれば、僕達二人の婚約に意を唱える者はいない。

 明日の夜会、皆の前で君との婚約を告げるのか、今から楽しみだよ」


そう言って、アランドルフはテレサの頬に軽くキスを落とす。


「えぇ、私もその時を心待ちにしております。ただ……パトリツィア様に少し、申し訳無くて………」


「パティの件は仕方ない、ただの不幸な事故だったんだ。あのパティのことだ、僕達が結ばれるのを祝福してくれるに違いないさ」


パトリツィア。その存在は依頼人から既に聞いている。皇太子の婚約者である公爵令嬢の名前だ。正しくは“元”婚約者だが。


……そもそも、アランドルフが魔王討伐を決めたのは、婚約者であるパトリツィアが魔物に殺された事に端を発していた。


ある日突然、公爵邸に現れた魔物によって、その命を奪われたパトリツィア。その後も魔物達は次々と王都内に出没し、事態を重く見た皇太子殿下は魔王を討つ事を決めた。


………そう、聞いている。民衆は、少なくとも。


(婚約者を殺された皇太子は見事その仇を討ち、共に戦った聖女と新たな恋に落ちて婚約を結ぶ、ね…………)


成る程、確かに筋は通る。かつての婚約者を悼み、だが過去に囚われる事なく前を向こうと励む皇太子殿下……と一見すれば美談とさえ思えるかもしれない。


だが、依頼主の話を聞き、調査にて裏付けを取った私には、彼等の会話は何か裏があるようにしか思えなかった。


「ん………」


ふわり、と。不意に、噴水の水面に何かが落ちた。


そちらを見ると、先程までなかった青い花びらが、水の流れに合わせて揺れている。


ここが薔薇庭園の中である事を考えると、どこからか花弁が飛んできたのだ、と普通は思うだろう。


だが、この庭園に青い花は存在していない。


この花びらは合図だ。こちらの準備は完了した、作戦を決行せよ、という相方からのメッセージ。


了解了解、と頷いて、私はずるり(・・・)と噴水から姿を表した。


「っ、何者だ!」


流石に気配に気付いたらしい。アランドルフは弾かれたようにベンチから立ち上がると、腰に差す剣に手を添えてこちらを睨む。


聖女テレサもまた、すぐに魔法を放てるように魔力を練り上げながら、侵入者(わたし)を警戒するように見詰めている。


緊急の事態にもすぐに対応できる辺り、流石は魔王を倒した勇者達だ。


私はこちらに向けられた敵意を孕む視線を軽く受け流し、服の裾を摘まむと緩やかに頭を下げた。


私が今着ているのは、祖母の出身国ヂョンファの伝統衣装……高襟とスリットが特徴的な旗袍(チ―パオ)と呼ばれる服を、冒険者風に改造したものだ。この国のドレスと形状は異なるが、カーテシーの真似事をするだけの丈はある。


やや拙い礼かもしれないが、少し多めに見て欲しい。そもそも騎士爵の娘である私は、上位貴族のような教育なんて受けていないのだから。


「お初にお目にかかります、アランドルフ殿下、聖女テレサ様。私は異世界探偵事務所、通称“赤のギルド”に所属するフェノンと申します」


頭を下げて名乗る私を見て、少なくとも会話の余地ありと判断したらしい。


聖女を背に庇い、腰の剣に手を置いた警戒状態のままではあるが、アランドルフは私との対話に応じるように口を開いた。


「赤の、ギルド……?」


「はい。此度は()るお方から依頼を受け、ミーダ城にお邪魔させて頂きました。仕事の為とはいえ、正式な挨拶も無く忍び込むようなカタチになってしまった事、謝罪致します」


申し訳ございません、と重ねて頭を下げる。


「……つまり、お前は僕の暗殺を依頼された刺客、ということか?」


ん、そう解釈されたか。いやまぁ、さっきの言い方だとそう思われても仕方ないかもしれない。


「いえ、私が受けた依頼は、殿下の暗殺ではありません」


私は首を横に振るが、皇太子も聖女も顔には警戒を浮かべたままだ。


……バタバタと足音が聞こえる。先程アランドルフが発した誰何の声を、衛兵が聞き付けたのだろう。


駆け付けた衛兵達は、アランドルフ達と対峙するように立つ私を見て、状況を把握したらしい。槍を構え、私の背後と左右を塞ぐように包囲する。


退路は断たれ、眼前には魔王討伐の勇者と聖女。


まだ主からの命令が下ってないからか、衛兵はこちらに襲い掛かってはこない。だが、これだけの人数に囲まれて武器を向けられるのは、流石に圧を感じる。


「フェノン様、と申されましたか」


アランドルフの背に隠れていたテレサが、一歩前に出た。


庭園に響き渡る凜とした声。私を見詰めるその眼差しは、一見すると不審者相手にも対話を促す清く正しい聖女に見えるだろう。


「貴女は先程、とある方から依頼を受けてここに来たと仰いましたね」


「はい。守秘義務がありますので、依頼内容はお答えできませんが」


「その依頼主というのは、本当に人間なのですか?」


「……どういう意味でしょうか」


「今日は悪しき魔王が討たれ、世界が正しく人の手に返還された事を祝う聖なる日。先程貴女は否定されましたが、このような祝祭の日に城に潜り込むよう依頼するのは、我々を害する為としか思えません。

 例えば、魔王の仇を討つ事を目的とした魔族、とか」


魔族、という言葉を聞いた瞬間、衛兵達の間にざわめきが広がる。


……成る程。どうやら聖女様は私を魔族の手先という事にして、難しい事は考えず捕まえてしまえ、と考えてるらしい。


というか、一見対話を受け入れるように見せかけて、さりげなく周囲を扇動してないかな。


汚いなさすが聖女きたない。


「いえ、我々の依頼主は魔族ではありません。殿下も聖女も、よくご存知の人物です」


「僕達が知っている、だと…?」


「えぇ。彼女(・・)は皆様からこう呼ばれていたはずです」


しっかりと聞こえるように、わざとここで一呼吸置き、次の言葉を口にしてやる。



「───魔剣士、と」



私が、依頼主の正体を声に発した瞬間


「っ、光よ!!」


テレサが、魔法を私に向けて撃ち放った。


それ以上は言うな、と。まるで、私の言葉を遮るように。


光輝く魔法の矢。込められた魔力から見て、人体を軽く貫通するぐらいの威力はあるだろう。


だが、その鏃が肌に到達するよりも早く、私が先程まで隠れていた噴水の水が、動いた。


もぞり、と動いた水の塊は蛇のように体を伸ばすと、私の周囲を高速で回転し、迫る光矢を全て弾き落としていく。


「聖女様、どうなさいました?急に魔法を放つなんてご無体な」


ふふ、と嫌らしく笑ってみせる。勿論わざとだ。


見ると、テレサは青ざめた顔をしていた。心なしか呼吸が荒く、目が泳いでいるように見える。


まるで、犯した罪を眼前に突き付けられた罪人のように。


「聖女様!?何を……」


「何故、奴が魔剣士様の事を……?」


聖女が急に攻撃魔法を放ったこと。私の依頼主が魔王討伐にて戦死した魔剣士であること。


様々な情報を突き付けられ、衛兵達の間に動揺が広がっていく。


「静まれ!その女は魔族の手先だ、すぐに捕らえよ!」


そのざわめきを一喝するように、アランドルフが声を上げた。


「殿下……しかし今、奴は魔剣士様の名を……」


「魔剣士は死んだ!魔王との戦いで!!死んだはずなんだ!……そうだ、奴は死んだ仲間の名前を出してこちらの心を乱そうとしてるだけだ!死んだ仲間を冒涜する魔族の手先を捕らえよ!!」


最もらしい言葉を言って、衛兵へ命令を下すアランドルフ。


だが、その顔色はテレサ同様に青白い。まるで、隠蔽した罪が暴かれるのを恐れているように。


皇太子の言葉を受け、衛兵達は一斉にこちらへと襲い掛かってくる。


「ん、たった一人のか弱い女性に対してこの仕打ちとは」


やれやれと息を漏らしながら、髪をかけあげる。


その手元で、ぱしゃり、と水が弾けた。


どこからともなく現れた大量の水。私が手を掲げると集い、渦を巻いて、ひとつの物を形成する。


槍だ。水魔法と錬成魔法を組み合わせて精製した、名槍や魔槍もかくやとばかりの切れ味を誇る私の愛槍。


くるり、と手元で回して握り締め、迫る衛兵を迎え撃つ。


「遅い遅い…っと!」


水塊を操りながら、槍を振るう。


まるで水とダンスを踊っているかのようだ。一回、二回とステップを踏むたびに、衛兵が地面に倒れ伏せていく。


うーん、あくびが出そうな程のスピードに、ナマクラのような技の冴え。これならサーリャやゲイルさんと打ち合ってた方が何倍も楽しいかな。


「ひっ……!」


「っ、テレサ!こちらへ!」


衛兵をなぎ倒していく私を見て、戦況の不利を察したらしい。アランドルフはテレサの手を取り、城内へと駆け込んでいく。


戦略的撤退……いや、あの様子はただの遁走かな。


「ん、サーリャ、もういいよ」


私がそう呟くと、光で構成された扉が出現した。ゆっくりと戸が開き、中からふたつの人影が現れる。


片方は相方であるサーリャ。もう片方は今回の依頼主であり、この国で魔剣士と呼ばれている人物だった。


「ご足労頂き、ありがとうございます」


依頼主に頭を下げると、彼女は構わないと言うように首を横に振った。


……そう、彼女。先程アランドルフ達の前でも言ったが、魔剣士という肩書きの印象とは裏腹に、彼女は紛れもなく女性である。


黒いローブマントを被って顔を隠している為やや分かりづらいが、背丈や体のラインをよくよく見れば、男にしては随分と華奢である事が分かるだろう。


「協力者とも話を付けて来たわ。小隊をふたつ丸々貸して下さるそうよ」


「小隊ふたつも?」


私の言葉に依頼主はゆっくりと頷くと、背中に背負った大剣を抜き放つ。


魔剣士と呼ばれる元となった、呪いを秘めた大剣。彼女はそれを、己の影へと突き刺した。


途端、彼女の影は爆発するような早さで何倍もの面積に広がった。表面はまるで沸騰してるようにボコボコと泡立っている。


そして。ずるり、と


水から陸へ上がるように彼女の影から這い上がってきたのは、無数の魔物達だった。


人狼、リザードマン、ヒュドラ、アンデッド、アルラウネ、ドラゴン……様々な魔物達が、次から次へと現れる。


……先程、協力者が小隊をふたつ貸してくれた、とサーリャは言っていた。


軍隊の構成人数において、一小隊は五十人ほどの兵から成る隊の事を指す。つまり小隊ふたつとなると、その人数は百を越える。


三桁を越える数の魔物。敵対するとなると中々に大変な数だが、味方に付いてくれるなら心強い。


「……ちなみにサーリャ、人払いは大丈夫?」


「えぇ。ウサギ達に結界を張ってもらったわ」


そう言って、サーリャは虚空に手を置いて、撫でるように掌を動かしている。まるで、見えない使い魔がそこにいるかのようだ。


……いや、本当にいる、らしい。私は見えないからよく分からないけど、サーリャやカズヒコには見えているらしく、時折こうやって虚空を撫でたり、何もない所に話し掛けたりしてるのを見る。


「ん、なら安心だね」


ウサギ達の人払い結界はかなり強力で、外部の人達の意識をズラすことで“ここに近付こう”という考えすら抱かせなくさせる代物だ。


この結界に覆われている間は、例え城が爆発して瓦礫の山になったとしても、城の外にいる人達はそれに気付く事ができないだろう。


「えぇ。ウサギ達の結界は絶対に破れない、相手が神でもない限りね」


もし、この結界をすり抜ける者がいるとしたら───


「それは、私と同じ(・・)存在しかいないわ」




フェノンの衣装云々で分かりにくいだろう箇所があったので捕捉を……


旗袍(チ―パオ)とは、チャイナドレスの中国での呼び方のことで、

プロローグでも名前だけ出てきたヂョンファは中国モチーフの国だとお考え下さい

(「中華」を中国語読みすると中→ヂョン、華→ファ)


要するに、祖母が中国出身でフェノンも中国とのクォーターだから、改造したチャイナ服っぽいのを着てるよ!ということです



ちなみに、中国語読み云々はネットの無料ツールで調べたものなので、本当にあってるかどうかは分かりませんw


今後もフェノン周辺で中国語読みがちょいちょい出てくる予定ですが、全てネット検索レベルの知識なので

雰囲気でふんわりと受け流して頂ければ幸いです……!



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