第51話
典礼を終え、参列して居た人々が熱狂を孕んだまま次々と席を立ち去ってもなお、私は長椅子に座ったままだった。
この教会を訪れた『女神に祈りを捧げる為』という建前的に……という点もあるが、一番の理由は先程の光景を飲み込むのに時間が掛かっていたからだ。
聖剣の儀。聖剣を手にした勇者を信仰対象とする勇者派にとって、それは最重要な典礼であるはずなのに。
神父カッツェは祭壇で女神像に向けて剣を抜き、その剣身をへし折った。
儀式の内容からして、あの剣は典礼内において、それこそ聖剣を模したモノだったろうに。
それを、あまつさえ信仰の原点である女神の銅像を使って折った。これは何と言うか、背徳的が過ぎるような…………
「如何でしたかな、聖剣の儀は」
祭壇を片付ける神官やシスターの姿を眺めながらそんな事を考えていると、不意に声が掛けられ、思考が中断された。
声の主はカッツェ神父だった。典礼時に着ていた祭服を脱ぎ、最初見た時と同じ黒い平服を身に纏っている。
「えぇと……見慣れない儀式で少しビックリしたというか……」
「ねーねー神父様ぁ、あの剣なぁに? なんで折っちゃったの? 何で元に戻ったの? 何で何でー?」
「こ、こらアハト……失礼でしょ!」
なぜなぜ期の子供のフリをして、ヤツフサが質問を投げ掛ける。
姉の役に従ってそれを諌めていると、カッツェ神父が「構いませんよ」と微笑んだ。
「教えてあげる代わりに、ひとつ約束してくれるかい? この事は絶対に人に言いふらさないって」
「うん、約束しゅる! 神父様と、おねーちゃんと、僕だけの秘密!」
「はは、じゃあ教えてあげよう。実はね……あの剣はかつて勇者様が女神より賜った聖剣なんだ」
「えっ………!?」
神父の言葉に、思わず口から声が漏れた。
「聖剣って………実物なんですか?」
「はい。勇者様は十年前……国外に追放される直前、この教会に聖剣を託されました。我々はそれ以降、勇者派という宗派を立ち上げ、勇者様を信仰しております」
「成る程……じゃあ、さっき折れた剣が戻ったのも、聖剣の能力ってことですね」
昨日、ビアンカ様から聞いた勇者エルヴィン語りを思い出す。
確か聖剣には女神ベローナの加護が込められており、悪を断つ光を放ち、勇者と共に戦う者達へ力を与え、その刃が折れても蘇る、だったっけ。
「えぇ。我々は勇者派を立ち上げて以降、女神様と勇者様の威光を知らしめる為に、定期的に聖剣の儀を行っています。
最初の儀から今日まで、聖剣に込められた女神の加護はまだ失われておらず、聖剣はその姿を蘇らせ続けている。
きっと勇者様を是とする我々を、女神様も肯定して下さっているのでしょう」
ニコニコと微笑むカッツェ神父の言葉に曖昧に相槌を打ちながら、私は内心で首を傾げた。
……うーん、私があまり信心深くないからかもしれないけれど、神父の「女神と勇者の威光を示す為に聖剣の儀を行っている」という言葉に、少し違和感を覚えた。
だって、女神の威光を示す為と言いながら、その女神から賜った聖剣を圧し折って、その復元を見せ物のように行っている。
確かに、衆前で教皇やら聖女やらが奇跡を起こす儀式というのは、他国の宗教でも行っている事だ。
例えば、怪我をした騎士の傷を聖女が癒す、とか。行商人をしていた頃、色々な国でよく見た儀式的な技能披露だった。
けれどそれらの国では、魔物討伐とか他国との戦争とか、外的要因で負った傷を癒していたのに対し、この聖剣の儀は自分達の手で聖剣を折って、聖剣の能力で剣を直している。
女神ベローナに対して『貴女を信仰してます』『貴女の威光を遍く知らしめます』『その為に貴女の聖剣を圧し折るので、貴女の力で剣を直して下さい』という……なんだろう、上手く言語化できないけれど……試し行動、が近いだろうか。
神を試すことなかれ、だっけ? 私の故郷の教会では、神父様がそう言ってた覚えがあるのだけれど。
いやでも、私がそういう宗教とかに詳しく無いが故の困惑なのか。世の中には実際にこのような信仰の方法があるのか、うーむ…………
「ところで、お二人はケノラナに来たばかりだとか。失礼でなければ、どちらから来られたのか伺っても?」
「あ、えっと……トロリー子爵領から来ました。親が急死して、ケノラナに住む親戚を頼りに来たんです」
「そうですか……それはお悔やみ申し上げます。幼い弟さんを連れてケノラナまで来るのは、さぞや大変だったでしょう。
トロリー領に、頼れる方はいらっしゃらなかったのですか?」
「その……近くに親戚が住んでたんですけど、少し前にいなくなってしまって…………」
「いなくなった、ですか?」
「はい…………あの、アインとポールという名前に聞き覚えはありませんか?
近所に住んでいた従兄弟なんですけど、ポール兄さんがある日突然行方不明になって……アイン兄さんも『ポールを探しに行く』と出てってそれっきり…………」
予め決めていた設定を口にしながら、本命について切り出してみる。
……少し性急だったかな? いやでも会話内容から不自然ではないし、タイミング的に間違いではないはず。
私の言葉に、カッツェ神父は記憶を探るように視線を彷徨わせ、やがて「ああ」と小さく呟いた。
「二ヶ月ぐらい前でしたか、トロリー領から弟さんを探しに来られた方がいたと神官から聞きましたね。
ポールという方を探している人に出会った、と」
「そ、その人です! 何処に行ったかご存知ですか?」
「弟さんは王都に連れていかれたと伝えると、魔の森へ入っていってしまいました。その後どうなったかは、分かりかねますが」
「そう、ですか…………。あの、ポール兄さんは王都に連れて行かれてしまったんですか?」
「はい。王都の兵士達に連れて行かれた、と聞きましたね」
やけにキッパリと言い切るカッツェ神父。これは本当の事を言っているからか、それとも…………
「ショックを受けるのは最もですが……事実です。私も、王都の騎士や魔導士が何回も人々を拐っていくのを見ていますから」
その後、教会を出た私とヤツフサは、待ち合わせ場所であるパン屋の前へとやってきた。
先輩の姿は……まだ見当たらない。訪問者を装った私達とは違い、隠密魔術を使った本格的な潜入という事もあり、時間がかかっているのだろう。
暫く待つか、と考えていると、不意に声を掛けられた。
「そこのお姉さん、よかったら買っていかないかい?」
声の主はパン屋のおじさんだった。彼は数日前と変わらぬ人当たりの良い笑みを浮かべ、焼きたてのパンを店先に並べている。
「おや、見ない顔だね。最近越してきたのかい?」
おじさんは私の顔を見ると、そう尋ねてきた。どうやら私が、数日前にパンを購入した冒険者達の一人とは気付いていないようだ。
まぁ、あの時はフードで顔を隠してたのに比べて今は素顔、しかもノワール先輩が隠密魔術を込めたペンダントを着けている状態だ。同一人物と気付かないのも無理はないだろう。
正直に説明するのも面倒な為、私は教会で話した設定をそのまま流用し、適当に話を合わせる事にした。
「あ……はい、トロリー領から引っ越して来ました。地理を覚える為に色々歩いてたんですけど、その……一緒に来た人と、はぐれてしまいまして」
「おにーちゃん、迷子になっちゃったの。おいしそうなパンの前で待ち合わせ、って言ったのに」
「はは、ケノラナは栄えてる分、道が複雑というか分かりづらいからねぇ」
ぷんぷん、と子供のふりをするヤツフサに、おじさんは微笑ましそうに笑みを漏らした。
「まぁ、ここは大通りに面して分かりやすいし、待っていればそのうち合流できるんじゃないかな。
ほら、そこのベンチにでも座ってな」
そう言って薦めてくれたのは、数日前に私とサーリャさんが腰を下ろした店前のベンチだった。
お言葉に甘え、お礼を言いながらベンチに座る。流石にただ使うだけでは悪いので、適当に焼き菓子を買ってヤツフサと食べていると、おじさんが話を振って来た。
「いつごろ引っ越して来たんだい?」
「あ、っと……二、三日前です。やっと荷解きが終わって、地理を覚えようと散歩してて……」
設定に矛盾がないよう、適当に話を考えながら会話を続ける。
「そうかいそうかい。この街は色んな建物があるから、散歩してるだけでも楽しいだろう。
ああでも…………」
そう言ったおじさんは、辺りを窺うように見回すと私達にだけ聞こえるように声量を落とした。
「あの教会には、あまり近付かない方がいいよ」
「…………え、あの立派な教会、ですか?」
私の言葉におじさんは小さく、けれど確かに頷いた。
「……何故ですか?」
「………………四、五年前かな。神父様が急に変わってしまわれてね。とても立派な方だったのに、急に勇者派なんて宗派を立ち上げ、聖剣の儀なんて罰当たりな事をし始めたんだ」
おじさんの言葉は、とても興味深いものだった。
女神ベローナのネックレスを着ける程に信心深い彼から見ても、あの聖剣の儀は異質に見えるのか。
「そもそもあの教会は元々、数百年前に追放された聖女様へ贖い、女神ベローナ様へ許しを請う為に建てられた物なんだ。
そんな場所で、聖剣をわざと折るなんて…………女神様がお怒りにならないといいけどねぇ」




