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第50話


そして、昼過ぎ。


私達は光の扉を通って、ケノラナへとやってきた。


“赤のギルド”の団員証である銀のバンクルは様々な機能が備え付けられた魔道具だが、個人的に一番便利なのがこの光の扉だ。


遠く離れた場所まで、即座に移動できる。この一言で利便性を説明するには十分だろう。


最も、この光の扉は何処にでも移動できる訳ではない。


トモキさんの空間魔術をより単純で扱いやすくしたのだが、それ故にトモキさんの魔力がある場所にしか光の扉は繋がらないんだとか。


例えば同じ機能がつけられた『団員証の付近』とか、『ギルドハウスの前』とか。


今回は『最初にトモキさんが私達を転移した場所』……つまり町の入口に残る彼の魔力残滓に光の扉を繋げた為、こうして一瞬で王都からケノラナへ移動ができたのだ。


「…………ふぅ」


大きく息を吸って、吐く。


「ティアさん、大丈夫ですか?」


「…………正直、かなり緊張してます」


「ご安心をティア(しゃま)、この八房(やちゅふさ)がお側におりましゅ故」


ふんす、と胸を張るのは男児の姿をしたヤツフサだ。


私とヤツフサはそれぞれ、この国の一般市民が着るような服を身に纏っていた。髪色が同じ白色という事もあって、何も知らない人からすれば年の離れた姉弟か何かに見えるだろう。


……アインさんから聞いた『王都の兵士が人を拐っていくのを見たと証言した教会関係者』。


それが純粋な目撃者なのか、誘拐に関与しているかは分からない。ただ、もし後者だった場合、最悪この教会の何処かに攫われた人達が囚われている可能性もある。


そう考えた私達は、教会を調べるに当たって潜入捜査を行う事にした。


私とヤツフサが一般的な訪問者を装って教会を訪ね、その裏でノワール先輩が教会内部を捜索する。


それで誘拐犯に繋がる証拠が出ればクロ。シロであればこちらの素性を明かして、調査に協力してもらえばいい。


「でも、先輩こそ大丈夫ですか?単独で潜入するのはそちらでは……」


「ふふ、平気ですよ。俺の影魔法の精度はご存知でしょう?」


くす、と微笑みながら、ノワール先輩がこちらへ手を伸ばす。


私の首に下げられたミルキーアクアマリンのペンダントを握り、認識阻害の魔術を込める。ぼんやりと光る彼の魔力は、何故かとても温かく感じた。


「では、ここで一度別れましょう。各々教会に潜入して……そうですね、この町に最初に来た時に寄ったパン屋の前で落ち合う事にしましょうか。

 ヤツフサ、ティアさんの護衛は任せましたよ」


「心得ておりましゅ」


「あの、先輩もお気をつけて」


私の言葉に彼は笑みを深めて答えると、ひらりと手を振って歩き出した。人混みに紛れ、あっという間に見えなくなってしまう。流石ノワ先輩、手慣れてるなぁ。


「ティア(しゃま)、我々も参りましょう。身元を装う故、言葉を崩しゅことになりましゅが、ご容赦下しゃいませ」


「うん……あ、流石にヤツフサって呼ぶのは目立つよね。何て呼ぼうか」


「そうでしゅね……八房(やちゅふさ)……八…………アハト、とお呼び下しゃい」


「アハトね、了解」


頷き、ヤツフサの手を取って歩き出す。久しぶりに外気に晒された左手首が、少しだけ寂しく感じた。


……一般人を装うという事もあって、大粒のルビーが嵌め込まれているバンクルは目立つという事もあり、私は今団員証を外していた。


教会の調査を終えたら光の扉ですぐに王都へ戻れるように、王都の迎賓館に置いてある。


「……向こう、か」


教会がある方を見る。目的の建物はとても高く、少し見上げるとすぐに尖塔部分が視界に飛び込んで来る為、迷う事は無かった。


数分ほど歩き、ようやく辿り着いたそこは、私の地元の教会とは比べ物にならないぐらい立派な教会だった。


一点の汚れもない白亜の教会。建物自体が立派だというのに、更にその周囲には貴族のお屋敷かと思う程に整った花壇が備え付けられている。


「あら、こんにちは。何かご用でしょうか」


そんな花壇に水をやっていたシスターが、私達に気付いて声を掛けてきた。


ごく普通の修道服を着た彼女の首には、女神ベローナのネックレスが下げられている。女神の紋章の背で槍と剣が交差しているソレは、昨日王都で出会ったビアンカ様が身に付けていた物と同じデザインだ。


「こんにちは。あの……私達、最近ケノラナに引っ越して来たばかりで。新しい生活の始まりを女神様に祈りたくって……」


予め決めておいた設定を口にすると、シスターは「まぁ!」と顔を綻ばせた。


「信心深いのは素晴らしい事です。どうぞ、中へお入り下さい」


ニコニコ全開のシスターに促され、教会の中へ足を踏み入れる。


内観も外観と違わぬ荘厳さだ。教会の玄関ホールなはずなのに、まるでお城か何かかと間違えてしまいそうになる。


「おや、お客様かな」


雰囲気に呑まれそうになっている私の耳に、不意に低く響く声が届いた。


そちらへ顔を向けると、ダークブロンドの髪を後ろでひとつに纏めた男性がそこにいた。年齢は……三十半ば辺りだろうか? カソックを来ている事から、この教会の神父なのだろう事が伺える。


「カッツェ様! ええ、こちらの方々が新生活の門出に、女神様へ祈りを捧げたい、と」


「それは素晴らしい事ですね。ではどうぞこちらへ……と言いたい所ですが、申し訳ない。

 今日は典礼を行う日でして、今はその準備中なのです。

 祈りを捧げるのは、典礼が終わってからでも構いませんかな?」


「あ、はい。すみません、そんな忙しい日に来てしまって……」


「構いませんよ。そうだ、もしよかったら是非、典礼を見学してって下さい」


「いいんですか? それなら、ちょっとお邪魔させてもらおっかな……」


一般市民を装いながらおずおずと返答する私に、カッツェと呼ばれた神父とシスターは笑みを深めて頷いた。


「あ、そういえば……この教会はどの宗派なんでしょう? これだけ豪華な教会を構えているとなると……教会派ですか?」


ふと疑問を口にしながら、荘厳すぎる内観をもう一度見回す。


ヴィゴーレ国の女神信仰は、よくある宗派同士の対立とか敵対とか、そういうのはほぼ無いらしい。


聖女だろうと教会だろうと、何処に重きを置こうがその信仰は最終的に女神ベローナに帰結するが故、という考えのようだ。


王都のように栄えた街ならともかく、片田舎だと『自分は女神派だけど、住んでる村には聖女派の教会しかないから、そこで祈りを捧げる』なんて状況がよくあるらしい。


「いえ、我々は勇者派です。女神ベローナ様と、女神より聖剣を賜った勇者エルヴィン様を信仰しております。

 ここ数年で新たに設立された宗派ですから、知らずとも無理はないでしょう。教会も、まだケノラナにしかありませんから」


勇者派…………成る程、この宗派のネックレスを、熱狂的な勇者ファンであるビアンカ様が身に付けていた理由はそれか、と脳内で納得する。


「本日行われる典礼も、勇者派独自のものですから、少し驚かれるかもしれませんな」


そう笑いながら、カッツェ神父はギギ……と重たげな音を響かせながら扉を開く。


その向こうには、玄関ホールよりも荘厳で豪華な大聖堂が広がっていた。


正面には、緻密なステンドグラスを通して降り注ぐ色鮮やかな陽光に照らされた祭壇。


その中央には、羽飾り(プルーム)が付いた兜を被った女性の像が置かれていた。片手に槍、もう片手に松明を持った、精巧な造りの美しい女性の銅像。


説明されずとも分かる、これは女神ベローナを象ったものだろう。


神秘的な女神像の左右には、上質な絹や金銀の糸を使って織られたこれまた見事なタペストリーが飾られていた。天から差し込んだ光の中、輝く剣を手にした若者が魔物を討つ様子が描かれている。


ギルドハウスの食堂よりも広いんじゃないか、と思うほどに大きい聖堂には多くの長椅子が並べられ、沢山の人が座っていた。


シスターに促され、かろうじて空いていた最後尾の端っこに、私とヤツフサも腰を下ろす。


不自然にならない程度に首を動かして、周囲の様子を伺う。参列者は老若男女様々だが……浮浪者が多いのだろうか、擦り切れた服を着ている人がかなりの数見受けられた。


「嬢ちゃん達、初めて見る顔だな。新入りかい?」


「あ、えっと……私達この町に引っ越してきたばかりなんです。だから引っ越しの挨拶と女神様への祈りをしようと思って」


不意に、隣に座っていた男性から声を掛けられた。彼も浮浪者なのだろうか、着ている服は所々が破けていたり、解れたりしている。


無精髭が生えている為、ぱっと見老けているように見えるが、よく見たら思ったよりも若い。二十半ばから後半辺り、といった所か。


「そうかい、聖剣の儀の日に教会に来るたぁ、ツイてるねぇ」


「せーけんの、ぎ? それが、今から始まることなの?」


普段のキッチリした喋り方と違う、見た目相応の幼い喋り方をしながらヤツフサが首を傾げる。


この教会の宗派が勇者派である事を考えたら、勇者の象徴とも言える聖剣の名を関する儀礼を行うのは不自然ではない。


男性の言葉から察するに、その聖剣の儀とやらがこの教会の目玉というか、勇者派において最も重要な典礼なのだろうか。


「おう、坊主ぐらいの年だったらきっと喜ぶに違いねぇぜ」


まるで悪戯を思いついた子供のように彼が笑みを浮かべると、背後の大扉がコンと一際大きく叩かれた。


その音が聖堂に響き渡った瞬間、ざわついていた人々が一斉に口を噤んだ。その静寂を打ち破るように、背後で扉が開く音がする。


入ってきたのは神父カッツェだ。先程の平服(カソック)とは違う、豪華な祭服を纏いストラを首に掛けた神父が、扉から祭壇に向けてゆっくりと歩いていく。


彼は左右に神官を伴い、手には一振りの剣を握っていた。鞘に仕舞われた片手剣。直に触れないよう、光沢のある純白の布越しに持っている事から、その剣が儀礼において重要なファクターである事が分かる。


神父は剣を高く、目線の辺りまで掲げながら歩を進め、前方の祭壇へと到達する。


女神像の眼前に、向き合うように立つカッツェ神父は緩やかに頭を下げる。幾度か儀式的な意味があると思しき動作をした後、右手を離して柄を直接握り締めた。


ゆっくりと剣を鞘から抜き放ち、空になった鞘と白布を神官達に預けた神父は、参列者達が座るこちらへ向き直ると、天を指し示すように剣を高々と掲げてみせた。


一点の曇りも無い、白銀の剣身が美しい剣だった。周囲の光を冷たく反射するその様子から、その刃が鋭く研がれている事がわかる。


鍔に埋め込まれた赤い宝石が、ステンドグラスの光を受けてキラキラと輝いていた。


周囲の信徒達から、感嘆の溜息が漏れる。


確かに、こんな厳かかつ華やかな大聖堂に備え付けられたステンドグラスの下で、あれだけ見事な剣を掲げられたら、それはとても神聖な物に見えるのは理解できる。


信徒達が興奮するのも、無理はないだろう。


「…………っ」


そんな、数多くの静かな熱狂とは少し異なる冷静な吐息が、微かに私の鼓膜を震わせた。


ヤツフサだ。彼は幼い見た目からは考えられない程に深刻さを滲ませた瞳で神父を、彼が手に持つ剣を食い入るように見ていた。


カッツェ神父は暫くの間、信徒達からの静かな熱を十分に受け取ると、再び儀礼的な動作を数回行い、

騎士のように剣を顔の前で構えると、くるりと踵を返して女神像と対面する。


そして────


「え…………!?」


──神父の行動に、思わず思考が停止した。


なんと彼は、手に持った剣を、信仰対象であるはずの女神ベローナの像へと振り下ろしたのだ。


それは女神像の頭──ではなく、女神が持つ槍へと、まるで打ち合うような軌道を描いていた。


カアァン、という金属音。見ると、振るわれた剣は刃で切断するように、ではなくて剣身の腹で叩くように接触している。


どうやら、女神像を傷付ける意図で振るわれたのではないようだ。


……うーん、女神ベローナは戦を司る神様だから、神との剣戟を模す儀礼があっても可笑しくはない、のかな?


そう頭の中で何とか納得しようとしていると、神父はさらに驚くべき行動をとった。


女神像の右腕。槍を持つその手には、女神が纏う羽衣のようなストールのような物がふわりと巻き付いている。


その腕と布の隙間へ、神父は剣を差し込むと──


「っ!?」


テコの原理を利用して、手に持つ剣をへし折ったのだ。


ちょうど剣身を二分割するようにパッキリと折れた剣先は、思ったよりも軽い音を立てて床を転がっていく。


静寂が、大聖堂内に満ちる。けれどこの沈黙は、神父の行動に参列者達が唖然としたから、ではなくて。


……ふと、幼い頃の記憶を思い出した。お芝居を見に行こう、と養父に劇場へ連れて行って貰った時の事を。


それはとある有名な古典文学を演劇にしたもので、幼い私には兎も角、観客の殆どの大人はストーリーを完全に把握していたはずの作品だった。


けれど、クライマックスの直前。話の展開を知っているはずなのに……いや、知っているからこそ、観客の興奮(ボルテージ)は高まっていたと、幼いながらに感じていた。


……うん。今この雰囲気を例えるなら、それに一番近いと思う。


結果を知っているからこその熱。望む結末を目前にしたが故の溜め。

熱狂を的確なタイミングで爆発させる為の、沈黙という名の助走。


そんな張り詰めた緊張感の中で、神父カッツェはこちらをゆっくり振り向くと、自ら折った剣を再び高々と掲げて見せた。


────鍔の宝石が、強く輝く。


瞳に焼き付く程の光に、思わず片手を眼前に掲げた。それでも、何が起きているか確認する為に、目を細めながら眼前の祭壇を見つめる。


煌々と輝く宝玉。その光がパッと弾けたかと思うと、折損部位に光の粒が集い始めた。折れた剣先を再現するように、本来の姿をなぞるように、新たな刀身が形作られていく。


宝玉の輝きが収まった頃には、神父の手に握られた剣は元のカタチに戻っていた。欠けた跡も何もない、相変わらず美しい剣がそこにある。


祭壇の床に折れた剣先が転がってなかったら、先程の神父の行動は何かの見間違いだったのかと思う程に。


そして


「「「わぁああああぁああ!!!」」」


再度形成され、元に戻った剣をカッツェ神父が両手に持ち直し、三度高く掲げてみせた瞬間。


参列者達の熱狂は、最高潮に達した。


荘厳な大聖堂には似つかわしくない、まるで素晴らしい舞台演劇を見た後のような喝采。


ビリビリと響く大声。唸りを上げ室内に反響する興奮、高揚、狂喜。それはまるで、全てを飲み込む波濤のようで


「………………」


そんな人々を、ヤツフサはただただ氷のような瞳で見つめていた。


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