第49話
日付を跨いで、次の日の朝。
王城内の迎賓館で朝ご飯を食べながら、私とノワール先輩は今日の動きについて打ち合わせをしていた。
「今日も城下街で聞き込み……ですね?」
「えぇ。できれば露店の店主さんが言っていた人から話を聞く事ができればいいのですが」
「アインさん、でしたっけ」
私の言葉に、先輩はパンを食べながら頷いた。
店主達から話を聞く所によると、このアインという人は『誘拐事件は王家の強制徴兵だ』という噂の真偽を確かめる為、一、二ヶ月ほど前に田舎から王都までやって来た人らしい。
現在はとある貴族の屋敷で住み込みの下働きをしており、休日は庭師から剪定した花を貰っては露店で売っているとの事だ。
もし彼が王都に来た後も誘拐事件を調べ続けていたのなら、有益な情報を持っているのかもしれない。
「ヤツフサはどうします? 一緒に来ますか?」
先輩の言葉に、幼子の姿で朝ご飯を食べていたヤツフサはふるふると首を横に振る。
「いえ、午の刻まではエルフリーデ様のお側にいようと思いましゅ。昼餉まではお一人で書類仕事をされるとの事でしゅので、護衛に回ろうかと」
「申し訳ありません。午後からは他の侍女達と一緒に仕事をするのですが、流石に国営に関わる機密書類を人前で処理する訳にはいかず……」
「いえ、問題ありません。依頼主の身を守る事もまた、我々の任務の一環ですから」
朝食を食べ終えた私達は、昨日と同じように露店が並ぶ大通りを歩いていく。
目当てのお店は、すぐに見つける事ができた。
出店が許されているエリアの端っこ。他の屋台に埋もれるように、ひっそりと開かれた露店。
アッシュブラウンで外ハネ気味の癖っ毛をした男性が、色とりどりの花が入ったバケツを並べて開店の準備をしている。
「すみません、アインさんですか?」
「ん?あぁ、いらっしゃい。彼女さんへの贈り物かい?」
「あぁ、いえ、お花を買いに来たのではなく」
ノワール先輩がそう言うと、男性……アインさんは怪訝そうに眉根を寄せた。冷やかしか何かだと思ったのだろう。
「我々は“赤のギルド”と申します。此度はエルフリーデ女王陛下より、誘拐事件を解決するよう依頼を賜りました。
つきましては、少々お話を伺いたいのですが」
周りに盗み聞きされないようにか、影魔法を発動しながらノワール先輩がそう言うと、彼のオリーブ色の瞳が見開かれた。
少しの間、思案するように沈黙すると、アインさんはこちらをまっすぐ見つめ返して、ゆっくりと頷いた。
「わかった。ここじゃなんだ、裏で話そう」
店先に『準備中』の看板を置いたアインさんに連れられ、露店の裏側へと回る。
先輩の影魔法に加え、私の結界も重ね掛けする。これで隠蔽はバッチリ。盗み聞きされる心配は無いだろう。
まぁ、座ってくれ。と手で促され、休憩の為に置かれていた椅子に腰を下ろした。私達が座った事を確認し、アインさんがゆっくりと口を開く。
「……で。誘拐事件について聞きたい、だったか」
「はい。露店の方々から、貴方が王都へ来た理由を伺いました。誘拐事件の犯人が王家の仕業と疑い、真偽を確かめに来た、と」
「あぁ、その通りだ。最も、今はそれがただのデマである事は身にしみて理解している。毎日命懸けで魔物と戦う貴族達を、実際に見てるからな」
アインさんは腕を組むと、ゆるく溜息を吐きながら軽く首を横に振る。「何故、あんなことを信じてたのだろう」と、かつての己を嘲笑しているような仕草だった。
「………だが、俺が知ってる事はそう多くはないぞ?
所詮は素人調査だし、王家が犯人と決めつけてたせいで、偏った調べしかしてないしな」
「えぇ、問題ありません。我々はまだ情報が足りていない状況ですので、知ってる事は全て教えて頂ければ」
先輩の言葉にアインさんは「わかった」と頷き、言葉を紡ぎ始めた。
「そうだな……順に話そうか。俺はトロリー子爵
の領地に弟と二人で住んでた。弟の名前はポール、俺のひとつ下だ。
そんな弟がある日、忽然と姿を消した。買い物に行ったっきり、帰って来なくなったんだ。
周りの皆は、例の連続誘拐事件だって騒いでた。トロリー領でも「誘拐は王家の強制徴兵だ」って噂が強かったから、当時の俺もポールは王都に連れて行かれたと思い込んでしまったんだ。
ケノラナの町に来た時『ポールを見た、王都に連れてかれた』って目撃情報も聞いたしな」
「………」
ぴくり、と先輩が微かに反応を示した。
けれど彼は即座に口を挟むような真似はせず、ただ相槌を打って話の続きを促す。
「それで………まぁ命からがら王都に辿り着いたんだ。偶然、地元の領主のトロリー子爵に拾って貰えたから、住み込みで働きながら調べ回った。
館の人も露店仲間達も皆、あの噂は根拠のないデタラメだって笑い飛ばしてた。
………恥ずかしながら当時の俺は『これだけ巧妙に隠されてるって事は、やっぱり王家が悪い事をしてる』って思い込んでてな。
一ヶ月近く城や騎士団の詰所を徹底的に見張って、ポールを探し続けた。旦那様の忘れ物を届けに行くついでに、城の中を散策したりとかな。
でも、王家が誘拐事件を起こしてるという証拠は見つからなくて。逆に、王家が誘拐事件を起こしてないんじゃないかという根拠ばかりが見つかるようになった。
………俺が知ってるのは、以上だ」
一通り話し終え、息を吐くアインさん。
そんな彼に、ノワール先輩は言葉を投げ掛ける。
「すみません、先程の『ケノラナでの弟さんの目撃情報』について、もう少し詳しく教えていただけませんか?」
「ん? あぁ、ケノラナで俺に「ポール?」って呼びかけてきた奴がいてな。
俺とポールは瞳の色は違うけど、髪の色と癖は同じでな。後ろ姿だと双子みたいにソックリらしくてな。
それでその人も、俺が振り向いたら人違いだって察してな。弟の事を知ってるか尋ねたら『王都の兵士達に攫われて逃げてきたのを一時うちの教会で匿ってた』『結局兵士達に捕まって連れていかれた』って言われたんだ。
当時の俺は王家が誘拐犯と信じ込んでたから………やっぱり徴兵されて王都に連れてかれたとしか考えなかった」
「その、貴方と弟さんを見間違えた人の特徴は?」
「女神様のペンダントを首から下げた男だったな。服装からして教会関係者だと思う。うちの教会、とも言ってたし」
アインさんのその発言を聞いて、口に手を当てて思考する。
彼に声を掛けた男が言及した、王都の兵士。勿論、実際の王家は誘拐犯ではないのだから、この兵士というのは誰かが意図的に扮した存在だろう。
つまり、兵士の姿で人々を拐っていったその者こそが、真の誘拐犯か。
「……もしくはその男が誘拐犯で、意図的に嘘を吐いたか、ですね」
私に聞こえる程度の声で、ノワール先輩が呟いた。
確かに。言われてみればその可能性もある。
(………そう言えば)
不意に、ふたつの事柄が脳裏を掠めた。
ひとつは、ケノラナについて。初めてあの町に訪れた時、荘厳な教会が建っているのを見た。その男が本当に教会関係者なら、あの教会に勤めている、と考えるのが自然だろう。
そしてもうひとつは、昨日聞き込み時に先輩と話した内容。
人というのは維持コストが高く、嵩張る。数十人という人数をずっと収容しておくとなら、それなりの広さの建物が必要になる、という話。
……あの教会は、遠目から見ても目立つ程に立派な造りをしていた。低く見積もっても三階以上はあるだろう。
そして、葬儀を執り行う教会には地下共同墓地や遺体を安置する為の地下室が作られている事が多い。
三階建てかつ、広い地下室を備えた教会。これだけあれば、誘拐してきた人々を収容する事が可能なのではないだろうか……?
そこまで考えて、凝り固まりそうになった思考を、首を横に振って打ち消す。
確固たる証拠があるならばともかく、ただの憶測だけで決めつけるのは良くない。冤罪を招く恐れがある、と昨日先輩から聞いた話を思い出した。
……とにかく。白であれ黒であれ、一度ケノラナの教会を調査するべきだろう。




