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第48.5話

ティア達が王都で聞き込みをしてる頃の、魔の森の中での話。


ヴィゴーレ国の王都を包む魔の森は、名前の通り魔物が数多く跋扈している。その理由は、濃すぎる瘴気によるものだ。


そも瘴気とは大地を奔る膨大な魔力の流れ……霊脈や龍脈と呼ばれるものが、流動する際に発生する老廃物を指す。


生物が酸素を吸ったら二酸化炭素を吐き出すように、瘴気自体はごく自然に発生する当たり前の存在なのだ。


これらは時間経過によって自然に消滅していくのだが、霊脈の形状によってはどうしても瘴気が溜まりやすい地というものがある。


その際は聖属性魔法を使える聖女や神父などの教会組織、または神力を操る事ができる(かんなぎ)やシャーマンのような者達が瘴気を浄化する事が多い。


だが、ヴィゴーレ国は数百年前に聖女を追放してしまった為、自然浄化では追いつかず瘴気が蔓延。魔物に変貌する動物が増え、現在に至る。


つまり魔物が多い一番の理由は聖女追放だが、それ以外にもヴィゴーレ国が地理的に瘴気が溜まりやすいから、という一因もあるのだ。


そして、そんなヴィゴーレ国で魔物と戦う貴族や騎士達は、攻めよりかは守りを主体とした戦法を基本としている。


無闇矢鱈に突撃して負傷するようなリスクを避け、少しでも戦力が不足するようであればあえて撤退して整備を行う。


魔物が少数、かつ数的優位が取れている状態であれば戦力に物を言わせて突撃する事もあるかもしれないが、多対多であれば無理をせず守備に徹する。


彼らは貴重な戦力であり、無為に消耗するのは得策ではないが故の戦法だろう。当たり前の事だ、兵士は畑から取れたりしないのだから。


だが、此度の戦は今までとは違う。


“赤のギルド”からの援軍を得たヴィゴーレの戦士達は、生まれて初めて攻めの戦いを経験していた。


「掛け巻くも畏き 武甕槌の大神に 畏み畏みも白す」


サーリャが呪文のような、祝詞のような言葉を紡ぎながら右手を掲げる。


……いつかの朝に話した通り、この国において武甕槌が持つ『軍神』の権能は使う事ができない。厳密に言うと使用自体は可能だが、この国で信仰されている女神ベローナの力を奪いかねないのだ。


日本三大軍神に数えられる武甕槌は日本神話の『国譲り』という説話において、同じく三大軍神の一柱である建御名方(タケミナカタ)と力競べをし、その両腕を引き千切り遥か遠くの地まで退散させた、と語られている。


故に、この国で軍神としての力を振るってしまえば、ベローナ神の両腕(チカラ)をも奪ってしまう恐れがあるのだ。


……だが、逆を言えば。それ以外の権能(チカラ)なら、何の気兼ねもなく使えるということ。


振るわれる権能は『剣』。上空で精製された数え切れない程の日本刀が、地上の魔物達目掛けて落下する。


降り注ぐ白刃に貫かれ、次々と倒れていく魔物達。


だが、この刀の群れは一体一体に狙いを定めたものではなく、ただの自由落下。運良く刃を逃れた魔物もいれば、体の端を掠めた程度の魔物もいるだろう。


ただ刃を降らせるだけでは、掃討には程遠い。


「───!」


そんな刃の豪雨の中を、ブラッドが疾駆する。


彼はけして空を見上げる事なく、地に落ちる影から刀の落下位置と速度を把握。落ちてくる刀を避けながら両手を伸ばしてその柄を掴むと、何の躊躇いもなく魔物の群れの中へ飛び込んだ。


魔物の首を断つ。迫り来る牙や爪を防ぐ。落ちる刀を弾き、遠くの魔物を射抜く。


両手の日本刀を振るいながら、魔物を屠っていくブラッド。赤い髪を揺らしながら、より赤い鮮血を散らすその様子は、どこか上等な舞のように見えて。


そんな彼の元へ、ダンスの参加を求める影がひとつ。


サーリャだ。彼女もまた腰に差した日本刀を抜き、もう片方の手で雷魔法を操りながら最前線へと躍り出る。


「あっ。あの一番強そうな魔物、狙ってたのに」


「早い者勝ち、だ」


むぅ、と頬を膨らませるサーリャを見て、ブラッドは小さく笑みを漏らす。


二人はその後も競うように武器を振るい、魔物を掃討していくのだった。





「流石は宝石の腕輪を許された者達だ。見事な戦いぶりであったぞ、“赤のギルド”よ」


「お褒めに預かり光栄です、女王陛下」


アンの言葉に、ブラッドとサーリャは恭しく頭を下げた。


人目がある故、アンは普段通りエルフリーデ女王として振る舞い、ブラッド達は彼女が真の女王であるかのように接する。


今彼らがいるのは、森の中の少し開けたような場所。周囲の魔物を掃討し終え、野営の準備を始めていた所だった。


各貴族家から連れてきた使用人や騎士団の炊事兵は食事の準備を始め、他の者達は自分達の寝床であるテントを協力して建てていく。


各家の代表や騎士団の幹部、“赤のギルド”は女王陛下(アン)の周囲へ集い、明日以降の進軍予定を話し合っていた。


「お二人のお陰で、予定よりも速く進行する事ができました。なので、明日以降はこの地点までの魔物を掃討する予定でしたが、今日のペースを鑑み……」


他の騎士達よりも高位の騎士服身に纏った男……おそらく騎士団長であろう者が、広げた地図をなぞりながら説明していく。


その地図には、ブラッド達も見覚えがある。女王陛下に謁見した時に受け取った、王都周辺の軍用地図だ。


軍用、というよりは魔物大量発生(スタンピード)用、だろうか。地図上にはポツポツと黒い点が書かれているが、これは瘴気が吹き出しやすい場所……つまりは魔物が集まりやすい場所を記したものだろう。


その中に、一際重要と思われる大きな黒い丸がひとつ。ここが森の中で最も瘴気が濃い地点であり、彼らの終着点。


そこに蔓延る魔物達を掃討し終える事が、魔物大量発生(スタンピード)対処の最終目的だ。


「……よし。では明日は、第五地点までの進行を行う。各自、十分に体を休めるように」


女王の一声を受け、戦士達は張り詰めていた空気を緩ませ解散していく。


己のテントに入って休んだり、部下に労いの言葉を掛けたり、他者の手伝いをしたりと様々だ。


「女王陛下、魔術式の準備が整いました。起動の許可を」


話し合いが終わるのを見計らっていた魔術士達が、アンへ声を掛けてくる。魔術士団の制服なのだろうか、皆同じような深緑のローブを纏い、先端に魔石が付いた杖を手にしていた。


「うむ、許す。疾く防壁を拵えよ」


「はっ!」


女王の命を受け、魔術士達が魔力を込めた杖で地面を軽く叩く。


途端、地面に一瞬だけ魔法陣が浮かび上がる。その後即座にカタカタという小刻みな振動と共に地面が隆起し、野営地を取り囲むように壁が生えてきた。


一メートル程の高さのそれは、一見ただの土の壁のように見える。


だが、込められた魔力のパターンや先程の魔法陣に刻まれた形式から、単なる壁ではないとブラッド達は察した。


これは土系の使い魔……ゴーレム等を壁に擬態させたものだ。


“赤のギルド”の団員であり、保護対象(■■■)でもあるカズヒコの埴輪に比べると流石に劣るが、この使い魔魔術もかなりのレベルに練り上げられている。


使い魔魔術の才能を持つ精鋭揃い、というよりは、その魔術を極める為のカリキュラムが高いレベルで整っている、といった印象だ。


「ゴーレムの防壁ですか。成る程、これなら不寝番を立てる必要も無く、兵士達の消耗を減らす事ができますね」


「なんと、一目見ただけで気付くか。そなたらは真に強者よの」


「我々の仲間に、土から使い魔を作り出すことに長けた者がいまして。……見た限り、ヴィゴーレ国は使い魔を使役する魔術に重点を置いているのですか?」


「あぁ、我が国では使い魔を使役する魔術を修める者が多い。勿論、火や風などの魔法を使う者もいるが、この戦場とは相性が悪いからな」


アンの言葉にサーリャは「確かに」と相槌を打つ。


鬱蒼とした森の中で炎魔法なんてものを使ってしまえば、森林火災が発生して戦闘どころではなくなってしまうだろう。


他にも、風魔法で木々を薙ぎ倒してしまったり、氷魔法で足元を凍結してしまったりして味方の妨害をしてしまわないように、細心の注意が求められる。


森の中の集団戦、というこの状況では、ただ何も考えずに大魔術を撃てばいいという事ではないのだ。


そこのサーリャは雷魔法をバカスカと連発しているが、それは彼女が武甕槌の巫女であり、魔術と巫術の両面から雷をコントロールしてるが故の芸当だ。


そこらの魔術士が軽い気持ちで真似すれば、二、三発撃っただけで森林火災が起き、一面の焼け野原と化すだろう。


「それに、戦場において兵士の数を補う意味でも、使い魔魔術は重要だからな。ゴーレム以外にも、魔動人形(オートマタ)死霊魔術(ネクロマンシー)による死体操作、テイムを扱う者もいる。

 ……魔力を注げば作り直せる使い魔と違って、人は一度負傷してしまえば中々治らない。使い魔を有効活用すれば人々が怪我をする回数も減るだろう、とサリーにも言われてな」


サリー、つまりは真のエルフリーデ女王。


成る程、使い魔の行使を推奨したのは彼女か、とブラッドは内心納得する。


「……時に、“赤のギルド”よ。ひとつ尋ねたい事があるのだが」


「何でしょう」


「そなたらは神々が振るう力……神力に詳しいと聞いた。ならば、此処(・・)の問題も解決できるかもしれぬ、と思ってな」


そう言うと、アンは台の上に置かれたままの地図、そこに描かれた大きな黒丸を指でトントンと叩いた。


先程も説明した通り、それは森の中で最も瘴気が濃い地点であり、彼らの終着点でもある場所。


ここには、かつて使われていた監獄塔が建っているとの事だ。


数百年前に追放された聖女も、裁判を受け冤罪を被せられてから実際に追放されるまでの一ヶ月、この塔に収監されていた。


そして、聖女が追放されて以降。監獄塔からはより一層瘴気が吹き出すようになり、これにより周囲の動物は魔物化。ヴィゴーレ国は定期的に魔物大量発生(スタンピード)が発生するようになってしまった。


現在は単純に魔物の数を減らして対処しているが、大元の原因である塔からの瘴気を対処しない限り、根源的な解決にはならないだろう。


また、ヴィゴーレ国民の間では、塔から吹き出す瘴気は『ベローナ様の天罰』と認識されているらしい。


出立前に受けた説明を思い出しながら、サーリャは口元に手を当て考えるような仕草をする。


今、この中で一番『神力』に詳しいのは、武甕槌の巫女である彼女だ。東洋と西洋の違いはあれど、だからこそ見えてくる点というのもある。


「少なくともこの森に、神なる存在が直接罰を下した名残は見られません。

 推測にはなりますが……塔周辺の瘴気が増した理由は、かつての聖女の力が反転したのだと思われます。

 和御魂(にぎみたま)荒御魂(あらみたま)は表裏一体。厄神が『厄をもたらす悪神』でもあり『厄を払う善き神』でもあるように、魔物を払う力が魔物を呼び寄せる力になったとしても不思議ではないかと」


「反、転……?ニギミタマ、というのは良く分からぬが、塔に囚われていたのは聖女、つまりは聖属性魔法の使い手であろう?

 聖女の力が反転する、という事はあり得るのか?」


アンの言葉に、サーリャは微かに頷いて答える。


そも、『聖属性』や『聖力』という単語は西洋独自のものであり、人間にとって有益(プラス)に働く神力をそう呼称してるだけにすぎない。


聖女の力と呼ばれていようとも、それはただの神力。善神がいれば邪神もいるように、何かの切欠で有害(マイナス)になってしまう事も十分にあり得るのだ。


「……サーリャ、祓えるか?」


ブラッドが、サーリャに問いかける。塔を包む神力がどれだけの濃度だろうと、より強い神力で干渉すれば、淀んだソレを洗い流すなり、方向性を変える事は可能だろう。


だが


「……祓うだけ(・・)なら、簡単ではあるわね。でも、私が扱う神力は武甕槌由来のもの。出力を上げすぎると『国譲り』の逸話通り、ベローナ神の力を奪いかねないわ」


「成る程。本格的に祓うなら、ギルドハウスからシューを連れてきた方が安全か」


「っ! 塔の瘴気をどうにかする事ができるのか!?」


思わず、といった具合に身を乗り出すアンに、ブラッドは首肯する。


「えぇ。我がギルドの団員に、祖国で聖女をしていた団員が在籍していまして。

 もっとも、彼女は今他の依頼に向かっている為、すぐに対応する事は難しいかと思われます。


 今回の依頼が無事に完遂した後、改めてお話致しましょう」



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