第48話
それからビアンカ様の勇者語りをたっぷり二時間ほど聞かされた私と先輩は、ようやく解放された。
表面上、丁寧な対応を何とか取り繕いながらビアンカ様に会釈して、店の前で彼女と別れる。
正直、長すぎる勇者語りもそうだが、所々に挟まれる王家への批判も辟易する要因だった。どんな内容であれ、人の悪口を聞き続けるのは精神衛生的によろしくない。
ノワール先輩の背を追うように、街中を歩く。人混みと言う程ごった返してはないが、人気が無いほどでは無い、まばらな人の群れに紛れ込むように歩みを進める。
先輩の魔力が込められたペンダントのお陰で、私に声を掛けて来る人はいない。おかげで歩きながら、考え事に集中できた。
「………あの、先輩」
彼の名前を呼んだ途端、ふと左手に温もりを感じた。先輩が後ろ手で私の手を握ったのだ。
それに気付くと同時に、先輩の魔力が私達を包む。盗み聞きを予防する為の隠密魔術だろう。
「どうしましたか? ティアさん」
「いえ、さっきのビアンカ様の事が気になって……発言というか様子というか」
「あまりにも勇者贔屓がすぎた、ですか?」
「………はい。こういうのって、当人の立ち場や考えによって変わるのは理解していますけど、あまりにも勇者エルヴィンに対する評価が食い違ってるというか………すみません、こんなの依頼に関係ないのに」
「いえ、正直俺も少し疑問に感じていました。多少詳細が異なるならともかく、女王陛下からの情報と先程のビアンカ様の勇者談は両極端がすぎる、と」
まぁ、あの様子を見るに十中八九、過激派勇者ファンの贔屓目というか、嘘の域まで達した誇張だと思いますけどね。
そう笑うノワール先輩を見て、不意にとある疑問が浮かんだ私は、そのまま考えを口に出した。
「先輩、ちょっとお聞きしたいんですけど。“赤のギルド”って嘘を暴いたり、真実を明らかにする系の魔道具ってないんですか?」
先輩が言った嘘という単語を聞いて、ふと今まで訪れた国々の事を思い出したのだ。
ミーダ国で見た真実の鏡や、ファルベ国の“影”が持っていた聖木の剣。ああいったアイテムがあれば、こういう場合でも真偽が判断できて楽になると思うんだけど………今までギルドで何回か依頼をこなしてきたが、そんな物は見た事がないように思う。
「あるにはありますけど……色々な理由があって多用は推奨されていないんですよ」
「理由?」
「はい。そもそも先程ティアさんが言った『嘘を暴く』と『真実を明らかにする』、このふたつって同じように見えて微妙に結果が異なってきませんか?」
「…………確かに」
それこそ先程のビアンカ様や、露店の店主達から聞いた地元の人達。彼らが『この誘拐事件は王家の強制徴兵』と心の底から信じていたとする。
勿論、王家はそんな事していない為、真実を暴く魔道具は反応を示すだろう。その言葉は偽りである、と。
ただ、真偽はどうあれ、彼らは心の底から王家が犯人であると信じているのだ。真実を誤認しているだけで、嘘は吐いていない。
この場合、嘘を暴く魔道具は反応をしない、なんて事があり得る。
「そして、“赤のギルド”で用意できるのはフロワさんの精神系魔法を活用した、嘘を暴く系の魔道具のみです。
容疑者を絞った後に尋問で使用するのは効果的でしょうけど、無闇矢鱈に多用するのは良くありません」
「そう、ですね。もし相手が真実を誤認してた場合、私達が冤罪を作り上げてしまう可能性もあるわけですし……」
私の初任務……ファルベ国で出会った転生者達を思い出す。
予言を盲信し、マルグリット様を悪と決めつけて暗躍したり、リゼに酷い言葉を投げつけた人達。
自分が正義側と思い込んだ人間ほど恐ろしいものは無い、とリゼは言っていたけど、実際に見てソレが嫌というほど身に染みた。
一歩間違えたら“赤のギルド”もああなってしまいかねない危険性を考えると……うん、確かに乱用するのは良くないのかもしれない。
「えぇ。それに、事実を誤認していた、なんて可愛いものでして。狡猾な人は意図的に“嘘は言ってないけど、本当の事も言ってない”ような言い回しをして周囲を味方に付けたりもするんですよね」
相変わらず淡々とした先輩の声。その語尾に、僅かに感情が乗る。
どこか吐き捨てるようなその語尾は、まるで自分……もしくは友人や恩人のような親しい存在が受けた屈辱を思い出したような、そんな印象。
「……何か、あったんですか?」
触れていいものかどうか、おそるおそる確かめるように言葉を投げる。本当に触れたくないのなら、「えぇまぁ、色々と」とか言って誤魔化すだろう、と思いながら。
「はい。俺の母国……と言っても生まれた国ではなくて、“赤のギルド”に入る前に暮らしていた国で起きた事、なんですけど」
だが、先輩はそう言って詳細を語り始めた。誰かに聞いて欲しかったのか、それとも過去の出来事だからもう特に気にしては無いという事だろうか。
「その国の教会には、嘘を暴くタイプの魔道具が置いてあったんです。そんな教会にある日、一人の女が『夫が浮気してるかもしれない』とお悩み相談に訪れまして。
夫がとある女性と毎日のように会っている。かつて夫と交際をしていた人だ。まだ幼い娘も、母である自分よりも向こうの女に懐いている、と。
魔道具が反応しなかった為、教会の神父やシスター達は彼女の言葉を信じ、夫が不貞を働いていると思い込んでしまったんです」
……ここまで聞くと、旦那に浮気された上に娘まで取られた可哀想な女性の話、という印象だ。
けれど、ノワール先輩の雰囲気から察するに、それは恐らく違うのだろう。
「神父から不貞者と言われた夫はブチ切れて、自分にも魔道具を使わせろと詰め寄ったんです。で、神父の胸倉を掴みながら全てを暴露しまして。
そもそも今の嫁と結婚したのは麻痺毒を盛られ既成事実を無理矢理作られたから。毎日会ってるも何も、自分は騎士で彼女は詰所の食堂で働いてるんだから当たり前。勿論、不貞行為など行ってない。
娘の件も、嫁が虐待して食事を食べさせないから職場に連れて行っただけ。暴力を振るう実母より、食べ物をくれる彼女の方に懐くのは当然の帰結だ、と。
勿論、男の言葉に魔道具は反応せず、麻痺毒も既成事実も虐待も、全てが真実であると証明されました」
なんだ、それ。夫が不倫に子供を利用する卑劣漢のように見せておいて、一番非道なのは教会に駆け込んだ最初の女の方じゃないか。
そこまで考えて、ふと気が付く。
彼女は別に『夫が浮気した』と断定はしていない。浮気してるかもしれない、と推察しただけ。その言葉を聞いてそう解釈したのは、周囲の人々。
彼女は徹頭徹尾、ある意味で本当の事しか言ってない。
………って、ちょっと待って。
「あの、先輩……。もしかして、この男の人って」
「はい、父さんの事ですね」
さらっと、事も無げにそう言ってのけたノワール先輩。
じゃあつまり、この実母に虐待されていた娘はフェノンさんの事で、浮気相手とされていた女性は────
「えー………っと、いいんですか? そんな事を私に教えて」
「構いませんよ。ギルド団員なら皆知ってる話ですし、父さんも良いと言ってましたから」
な、成る程。本人の許可があるなら特に問題はないか。
にしても、リゼといいマオさんといい、みんな中々に壮絶な過去を持っているなぁ。
………というか、その。
「あれ、もしかしてマオさんって意外と武闘派だったりします?」
神父の胸倉を掴んだ、とかシレッと過激な事が聞こえた気がするんだけど。
「おや、知らなかったんですか?」
「だって普段そんなに怒らない穏やかな人ですし……、皆のお父さんポジションとしか」
「よくよく考えて下さい、ドラゴンを素手で殴り殺したブラッド君に気孔を教えた張本人ですよ?」
「た、確かに……」
私の呟きに、くすくすと微笑むノワール先輩。
そんな彼に手を引かれながら、他にも情報を集めるべく、私達は街の中を歩き回るのだった。




