第47話
前回からだいぶ間が空いてしまい申し訳ありませんでした…!
相変わらず不定期な更新となりますが、完結までは必ず書き上げる所存ですので、気長にお待ち頂ければ幸いです。
露店を後にした私達は、その後も街を歩いて様々な人達から話を聞いて回った。
雑貨屋の前で掃き掃除をしていた女性だったり、散歩している老夫婦だったり、私をナンパしようと声を掛けて来た男の人だったり。
彼らの話は、露店の店主から聞いた話とほぼ同じだった。
地元や親族が住む地……王都やケノラナ周辺では、謎の失踪が起きている。その領地や村が寂れているか栄えているかは、特に関係なく起きているようだ。
王都からだいぶ離れた地では事件は起きていないが、それでも『国内で連続失踪だか誘拐事件だかが発生してる』というウワサは広まっている。
そして、人々の基本認識は『誘拐の犯人は国で、その目的は魔物大量発生対策の為』『拐われた人達はむりやり魔物と戦わされる』といったものらしい。
王都に住み、実際に騎士や貴族達が魔物と戦っているのを視認している人達が真実を伝えても、聞き入れられる事は少ない。
……それ程までに、噂の内容が彼らにとって信じやすいというか、納得が行く答えなのだろう。
それか、もしくは。
「誘拐犯が意図的に噂を流したか、ですね」
ノワール先輩の言葉に、こくりと頷く。
この噂が流れて誰が一番得をするか、と問われれば、それは間違いなく真犯人だろう。
自分の犯行を国になすり付ける事ができるし、国民が国を疑う事によって自衛の士気が下がったり、騎士や領主の庇護を拒絶したりするようになれば誘拐もしやすくなる。
ただ………そこまでして人を拐う理由というか、目的がよく見えて来ない。
人が誘拐される理由として、真っ先に思い付くのは『反社会的欲求の解消』か『人身売買による金銭目的』だ。
殺したい。犯したい。という人間社会において良くない欲求を満たす為か、お金という人間社会において最も強い力を得る為か。
だが、今回の誘拐事件はそのどちらとも違う。
今回の事件が誘拐事件とされているのは、誘拐された人達の死体が誰一人として発見されていないからだ。
城から出る際に先輩が言った通り、殺しが目的ならわざわざ誘拐を挟む必要が無いし、拷問等の加虐趣味を満たす為だとしてもその残骸は残るはずだ。
性的欲求消費の為の誘拐、というのも考えにくい。拐われた人達は男女問わずだったし、年齢の幅も一桁から三十代とそれなりに広かった。
仮にそれら全てに食指が動く性豪だとしても、拐って来た人達全てを養うというのは、少し現実的じゃない。
こういう言い方をするのはどうかと思うが……人というのは、維持コストが高い。
食べ物が無ければ死んでしまうし、ある程度の清潔さを保たなければ病気になってしまう。そして何より……嵩張る。
二、三年前から発生している誘拐事件の被害者数は、少なめに見積もっても数十人。それだけの人数をずっと収容しておくとなると、それなりの広さの建物が必要になるだろう。
「うーん、その辺りはもっと情報を集めないと何とも言えませんね。もう少し聞き込みを続けてみましょう」
「………っ。そう、です……ね?」
ニコリ、と微笑むノワール先輩に思わず顔を逸らした。右手で情報を書き込んだメモ帳を捲り、内容を確認する事に集中する。
そんな私の心を見透かしたように、先輩がさらに笑みを深め、微かに右手に力を込めた。
私の左手を包んでいる右手を、である。
何故、先輩と手を繋いでいるのか。それは私の火傷を見て、寄って来る男の人が想像以上に多かったからだ。
最初は『向こうから来てくれるから聞き込みが楽だなぁ』と思っていたが、流石に多すぎて対応が大変すぎた為、ノワール先輩の影魔法にお世話になる事にした。
ただ、ここでひとつ問題が。隠密魔術というのは基本的に術者本人に施す魔術だ。他者に付与するには魔石や魔道具などに魔術を込めて渡すか、その人に触れたまま魔術を発動する必要がある。
故に今、私は先輩と手を繋いでいた。
………なんだろう。ケノラナで魔の森に入る時も手を握ってもらったのに、こう、改めて手を繋ぐのは何か、気恥ずかしいものがある。
くっ………落ち着け私。今は依頼中なんだから、集中集中………。
「ティアさん」
不意に、名前を呼ばれた。「な、何ですか?」と変に裏返ってしまった声で答えながら振り向くと、先輩がこちらへ両手を伸ばして来た。
しゃらり、と首元をくすぐるような感覚。数拍置いて、ノワール先輩が私の首にペンダントをかけたのだと理解する。
「これは……さっきのお店で買ったもの、ですか?」
シルバーのチェーンに、親指の爪ほどの大きさの石がついたシンプルなものだった。この石は……色合いからして、おそらくアクアマリンだろう。
アクアマリン、と言っても昨日の夜会で貴族の人達が身につけていたような、透明度が高く綺羅びやかな宝石ではない。純度が低かったり内包物が多かったりして、不透明になったものだ。
まるで牛乳に青い絵の具を数滴垂らしたような、優しげな淡い水色。このような石はミルキーアクアマリンと呼ばれ、宝石というよりパワーストーンのような扱いで比較的安価で取引されている。
実家の商会で扱っていた一般市民向けのアクセサリーにも、これらが使われているものがあった事を覚えている。
正直、高価な宝石が使われた装飾品は確かに綺麗だが、自分で使う分にはこういった物の方が気軽で楽だと思う。
「はい。あの店で並んでいた物の中で一番ティアさんに似合いそう、かつ魔力を込めやすそうだったので」
そう微笑みながらノワール先輩は再び手を伸ばし、私の首に下げられたペンダント……水色の石を軽く握る。
ポウ、と手の中に魔力の光が生まれ、消えていく。先輩がアクアマリンに魔術を込めたのだろう。
「隠密魔術、ですか?」
「えぇ、隠密というよりは軽い認識阻害のようなものですが。これで、ティアさんの火傷が目立つ事はなくなるかと」
そう言いながら、先輩が手の力を緩める。
指の間からすり抜けた水色の石が、しゃらりとチェーンを鳴らしながら私の胸元へ収まった。
「正確には、ティアさんの素顔を知らない人には、貴女の姿が上手く見えないようにしました。
石の純度が低いので、一日一回は魔力を充填しないといけないようですが」
成る程。つまり、もう既に私の 火傷をもう知っている人達……“赤のギルド”の仲間達やエルフリーデ陛下、アンさんや夜会で会った人達には、私の顔は元通り火傷のある顔に、
それを知らない街行く人達は、私の顔は火傷のない普通の顔に見える、という事だろう。
そう考えていると、不意に、声が掛けられた。
「まぁ!そこにいらっしゃるのは“赤のギルド”の方々ではありませんか?」
どこか聞き覚えのある声に振り向くと、そこにいたのは夜会で出会ったビアンカ・コルヴォ伯爵令嬢。
如何にもお忍びのお嬢様といった服装で、首には女神ベローナのシンボルが刻まれたネックレスが掛けられていた。
女神を示す紋章の背後で槍と剣が交差しているそれは、王都南門で見た騎士ゼノンが付けていた物とも、ケノラナのパン屋夫妻が付けていた物とも意匠が違う。別宗派を示すデザインなのだろう。
見た所、彼女は一人のようだ。貴族の令嬢、それも伯爵家というそれなりの身分の人が護衛もつけずに?と思ったが、ここはヴィゴーレ国。
おまけに、彼女の右腕を飾る腕輪の色は銀。王都門を守護していた騎士達と同じ色だ。例え不審者に襲われても、自力で何とかできる自信と実力があるのだろう。
「これはこれは……奇遇ですね、ビアンカ様。昨夜は興味深い話をお聞かせ下さり、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ昨日はお恥ずかしい所をお見せして、申し訳ありませんでしたわ」
私が頭を下げると、ビアンカ様は照れたように微笑む。そのやり取りを見て、ふとノワール先輩が口を開いた。
「……そういえば。ビアンカ様は魔物討伐には参加なさらないのですか?」
「えぇ、夜会で失態を犯した罰として、謹慎しているようお父様に仰せつかりましたの。なので、こうして大人しく街を散策しているのです」
謹慎って……普通は家の中で大人しくしている事を言うのでは?と内心で首を傾げた。
そんな私のツッコミを知ってか知らずか、ビアンカ様はいい事を思い付いたとでもいうようにパンと手を合わせ、花が咲くような笑みをこちらへ向ける。
「そうだ!もうじきお昼ですし、よろしければご一緒に食事でもいかがです?
丁度近くに、行きつけのお店がありますの」
その提案は、私達にとってはありがたい内容だった。
彼女の父親が治めるコルヴォ伯爵領は、失踪者が特に多い地域のひとつだ。ビアンカ様が領主の娘として領地経営に携わっていたとしたら、誘拐事件について何か有益な情報が聞けるかもしれない。
ノワール先輩へ視線を向けると……彼も同じ事を考えていたのだろう。目が合った私へ薄く微笑むと、ビアンカ様の言葉に首肯した。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、ご相伴に預からせて頂きますね」
ビアンカ様に案内されて入った店は、白樺材を基調にした柔らかくも上品な雰囲気のレストランだった。
行きつけの店、という言葉は本当らしく、ビアンカ様の顔を見た店員はこちらが何を言わずとも私達を個室へと案内した。いつもの席、というやつだろう。
その後、適当に注文を済ませた私は、いざビアンカ様から聞き込みをしようと意気込んでいた、のだが
「───で、勇者様は女神より聖剣を賜ったのです!
ベローナ様の加護が込められたその剣は悪を断つ聖なる光を放ち、勇者と共に戦う者達へ力を与え、例えその刃が折れてしまっても鍔に埋め込まれた宝玉の力で剣身が蘇るのだとか!
こんな素晴らしい剣を女神様手ずから与えられるなんて、エルヴィン様は真の勇者と思いませんこと?」
何故こうなったのか。私は今、勇者エルヴィンへの思いが止まらなくなったビアンカ様の熱い語りに付き合っている。
正直、この国の勇者とやらにちっとも興味は無いのだが……相手の話を受け入れて印象を良くするのは営業の基本だし、聞き込みをするにもそちらの方が色々と都合が良い。
笑顔を浮かべ、相槌を打ちながらコッソリとノワール先輩へ視線を向けると、彼はいつも通り人形のように綺麗な無表情だけど………うん、どこか気怠そうな雰囲気を感じる。
ほら、あれだ。学生時代、お昼ご飯のすぐ後の授業が小難しい歴史とかで「あーダルいー、ねむいー……」って顔しながら先生の話を聞いていたクラスの男子。あれと似た感じ。
そんな事を考えながら、崩れそうになる顔を誤魔化すように、運ばれてきたキッシュを口へ運ぶ。
貴族令嬢の行きつけなだけあって、味はものすごく美味しい。
ザクザクとしたパイ生地に、なめらかな玉子のフィリング。その中にはキノコやベーコンがたっぷりと詰まっている。
「はぁ、なのに何故、女王陛下は勇者様を追放なされたのでしょうか。
勇者様がいらっしゃったのなら、此度の大量発生も今国内を騒がせている事件も起こりはしなかったでしょうに」
憂うように目を伏せ、頬に手を当てて溜息を吐くビアンカ様。
ここだ。そう思った私は口内の物をごくりと飲み込むと、本題を切り出す事にした。
「事件………そう言えば、先程露店の店主から聞きました。ヴィゴーレ国内で誘拐事件が多発していると」
「えぇ、そうなのです!我がコルヴォ領でも多くの失踪者が出ていまして………お父様も頭を悩ませていますわ。
その旨は女王陛下にもご報告申し上げましたのに、ちっとも解決の為に動く様子がございませんの。
あの御方は本当にこの国のことを思って下さっているのか………臣下として憂いておりますわ」
その解決の為に呼ばれたのが私達です、という言葉を紡ぐ代わりにキッシュを口へ運ぶ。
この連続誘拐事件に誰がどう関わっているか不明な以上、みだりにこちらの事情を話すのは止めた方がいいだろう。
……犯人を確保する為には調査していること自体を秘さなければならないのに、隠しているが故に「何もしてない」と不満が溢れる。
しかもおそらくだけど、私達への依頼が遅れたのは各領地の経営管理を引き受けていたからだろう。
何と言うか、為政者というのは難儀なものだなぁ。そう考えながら、ビアンカ様の話に曖昧に相槌を打つ。
「はぁ……ここまでだと、領地で流れている噂が本当なのか、と勘繰ってしまいますわね」
「……王家が徴兵の為に人々を誘拐している、という話ですか?
ですがビアンカ様は、貴族や騎士の方々が出陣し魔物と戦っているのを実際にご覧になっていますよね? 噂が事実無根だという事はご存知なのでは?」
「それもそうですが……私としては女王陛下は怪しいと、我々に何かを隠しているのでは、と思いますわ。
サリー、だったかしら。真鍮の腕輪を付けた侍女をいつも隣に置いているのも怪しいし、そもそも聖女と勇者様の追放という二度の過ちを犯した王家なんて、とても信じられませんもの」
うーん。何と言うか、返答のようで少しズレているというか、「噂が嘘だって知ってるよね?」という質問の回答になってないような。
……これは、アレかな。ヒノモトの諺でいう「坊主憎けりゃ袈裟まで」ってやつかな。
憧れの勇者様を追放した王族憎しが先走って、何でもかんでも女王陛下が悪い、疑わしいという思考で凝り固まっている、そんな印象だ。
……ビアンカ様の発言は話半分というか、そういうフィルターが掛かっていること前提で聞かないといけないなぁ。
そう思いながら、少しでも情報を引き出すべく、私達はビアンカ様へ話題を振るのだった。




