第46話
朝食を終えた私達は、本命である誘拐事件の調査に向け、城下町へ足を運ぶ事にした。
ヤツフサは城に残る。城門やエルフリーデ女王陛下の寝室などにも、感知の結界を施しておきたいとの事だ。
表門から出るのは流石に目立つ為、城の庭を突っ切って裏門から出る事にする。綺麗に整った庭を歩きながら、一昨日に聞いた誘拐事件の概要について、ノワール先輩と話し合う。
エルフリーデ女王陛下からの情報は以下の通りだ。
現在、国内で多発している誘拐事件。
少なくとも二、三年ほど前から発生しており、被害者は主に十代から二十代の若者。おそらく最少年齢は八歳、最年長でも三十一歳ほど。
何故事件の発生時期が曖昧なのかと言うと、どうやらこの事件、最初は誘拐事件ではなく、全く関係ない個々の失踪事件だと思われていたらしい。
ある日突然、昨日までそこにいたはずの人が、ひっそりと消える。居なくなる。
散歩に行ったまま帰って来なかったり。学校や職場を出たのは多くの人が確認したのに、家に戻らなかったり。
最初は若さ故の逃避だろう、と言われたり、ヴィゴーレ国に嫌気が差して他国に渡ったのでは?と思われていたが、
年齢が一桁の幼子や、結婚式を目前にした男性、子供が生まれたばかりの女性など『失踪する理由の無い人達』まで姿を消していた為、不思議に思ったエルフリーデ女王陛下が調査を命じたらしい。
ヴィゴーレ国の王都を魔物の森に囲まれている為、最寄り町のケノラナでさえ、行き来するには中々に骨が折れる。
各地に点在する騎士団詰所へ伝書鳩を飛ばし、何とか指揮を執って集めた情報によると、失踪者は王都……ひいてはケノラナ周辺の地が一番多く、それなのにケノラナや王都での失踪者はゼロという事が判明した。
この情報から、女王陛下は『これは失踪ではなく、誘拐ではないか』『誘拐犯がケノラナか王都に潜入しているのではないか』と考え、私達へ依頼をした、との事だ。
「国外へ出た云々は、考えなくていいんですよね?」
「はい。国境は閉鎖されてますからね」
ヴィゴーレ国は魔物大量発生の前兆が見られた際、すぐに周辺国に通達して国境を一時的に封鎖する決まりだ。
表向きは、万が一にも暴走した魔物の被害が他国に及ぶのを防ぐ為。本心は魔物大量発生の混乱にかこつけて、他国が攻め入って来るのを防ぐ為の処置だろう。
この国境閉鎖が行われたのが、今から二ヶ月ほど前。それ以降も失踪が発生するペースは減ることなく、むしろ増えているとの事だ。
「そして、盗賊等の犯行という可能性も低いですね。ヴィゴーレ国内では、犯罪行為で生計を立てるメリットがありませんから」
そう。何度でも言うが、このヴィゴーレ国は強さ=美しさの国。腕に覚えがあるのなら、山賊や盗賊なんてことをしなくても、正式に兵士として働けば安定した収入と名声を得る事ができるのだ。
それ故か、この国は他国と比べそれなりに治安が良かったりする。
「となると。誘拐された人達は国内にいて、人身売買……いわゆる裏ルートとかに流されている可能性は低い、ってことですね」
「はい。ただ疑問なのは、拐われた方達が何処にいるのか、という点ですね。彼らが売られた訳でもないなら、被害者はまだ誘拐犯の手元にいる事になります」
「……あの。こういう言い方はアレかと思いますけど、もう殺されてる可能性もある、のでは?」
「無きにしもあらず、とは思いますが……殺しが
目的なら、わざわざ誘拐を挟む必要が無いと個人的には思います。
連続殺人事件、ではなく『連続誘拐事件』として俺達に依頼が来てる時点で、拐われた方達は生きてる可能性が高いかと。
……勿論、何らかの手順で人を殺す必要があったとか、死体を活用する等の理由があるなら、その限りでは無いですけどね」
そんな事を話しながら裏門を潜り、表側へと回り込む。
魔物大量発生で貴族や騎士達が出払っているというのに、街中はそれなりに賑わいを見せていた。人々が行き交い、表通りには露店がいつくか並んでいる。
……いや、逆か。貴族達が不在である今は、屋敷に住み込みで働いている使用人達がノンビリと羽根を伸ばすのに丁度いい期間なのだろう。
そんな様子の街並みを眺めながらノワール先輩と大通りを歩いていると、不意に露店の店主から声を掛けられた。
「そこのカップル! よかったら見ていかないかい?
彼女さんに似合う物があるかもしれないよ?」
「かっ………!?」
その言葉に、思わず変な声を上げてしまう。
いや、別に発言内容自体はおかしくは無い。気さくな声掛けで足を止めてもらうのは呼び込みの基本だし、年の近そうな男女が一緒に歩いてたら恋人同士と思っても不思議は無いだろう。私だって行商人時代に似たような客寄せをした記憶がある。
だが、いざ自分が言われる側になってみると、何とも言えない気恥ずかしさと、私と恋人同士と勘違いされた先輩への申し訳無さが混ざり合ってモニョモニョとした気持ちだ。ごめんなさい、あの時のお二人さん。
「そうですね。折角ですし、少しだけ見ていきましょうか」
そんな私の内心を知ってか知らずか、ノワール先輩は普段通りの綺麗な無表情で、露店に並ぶ商品を眺め始めた。
どうやら、アクセサリーを取り扱っているお店らしい。木彫りのネックレスや、紐や糸を編み込んで作られたブレスレット、天然石や産出量の多い安価な宝石が使われた髪飾り……色とりどりの装飾品が並んでいる。
「おや、見ない顔だな。こんな美人さん、一度見たら忘れないはずなんだが……外国の人達かい?」
「はい。今回の魔物大量発生対処の為に女王陛下から御声掛け頂きました、“赤のギルド”の者です」
「へぇ〜……ん、でも魔物討伐の隊は今朝に森へ入って行ったはずだろう? お兄さん達は出陣しなくていいのかい?」
「戦場には戦闘担当の団員達が出ていますので。……俺達はポーション作り担当の裏方でして、薬草の乾燥作業が終わるまで、少し街を散策してた所なんです」
「成る程ねぇ。俺達からしたら魔物を倒してくれるのは有り難いが……今のヴィゴーレ国によく来てくれたもんだ」
「と、言いますと?」
「いやぁホラ、そもそもうちは呪われた国だの、女神に見放されただの評判が良くないだろ?
それに最近は物騒な事件が起きてるって聞くし」
店主のその言葉に、ノワール先輩が僅かに目を細めた。私も並べられたアクセサリーを見る素振りをしながら、先輩と店主の会話を聞き逃さないように耳をそばだてる。
「事件…………ですか。そう言えば、ヴィゴーレ国に向かう時、国内で誘拐事件が発生している、と耳にした事はありますね」
先輩の発言に、店主の男性は「そうなんだよ!」と頷いた。
「俺はコルヴォ伯爵領の片隅にある村から出稼ぎに来てるんだがよ、お袋からの手紙で聞く限り、村内でもう三人も行方不明になったんだとか。
村にゃまだ十歳になるかどうかぐらいの弟妹がいてな。心配で仕方ないったらありゃしねぇ」
コルヴォ伯爵領……夜会で出会ったご令嬢、ビアンカの父が治める土地だ。ケノラナの南西に位置し、国内でもとりわけ失踪者が多い土地の一つでもある。
「ひとつの村から三人も、ですか。それだけ失踪者が出たのなら、流石に村も自衛団やらを手配して対策しているのでは?」
「あー………それが、だな。何でも地元だと、国中で起きてる誘拐は魔物大量発生対策の為の国による徴兵だ!って思われてるらしくてな。国が黒幕なんだから対策しても仕方ないって雰囲気なんだってさ。
お袋も手紙で毎回『王都で〇〇君を見てないか。兵士の詰所に送られてないか見て来てくれ』って聞いて来るぐらいでよ」
ため息混じりに店主がそう言うと、隣で手芸品を売っていた女性が「おや、そっちもかい?」と声を上げた。
「うちの地元でも似たようなもんさ。妹達から『✕✕ちゃんがいなくなった、王都に連れてかれたんだ!』って手紙が来てね。
隣町でも、誘拐は国からの強制的な徴兵、ってのが共通認識さ」
「……成る程」
人というのは、好き勝手に噂を流すものだ。
特にその相手が、国や王族のような『自分一人では到底太刀打ちできないような強大なもの』であるのなら、尚更。
特にこのヴィゴーレ国は、王都が魔の森に覆われており、他の領地との交通が容易ではない。
故に他国よりも国政の透明性が低いというか、王家がどのように国を治めようとしてるのか、民からして分かりにくいのだろう。
「まぁ、仕方ねぇ事なのかもなぁ。
俺達は騎士や貴族サマがちゃんと魔物と戦ってるのを知ってるが、お袋達は知る由もねぇからな」
「手紙で違うって伝えても『姉さんまで都会に染まった!』って裏切り者扱いさ。
……まぁ、実際に王都に来てなきゃ、私もその噂を信じちまってたかもしれないけど」
店主達がアハハと笑い合う。
その様子に暗い意図は見られず、まるで言う事を聞かない子供を笑って見守るような雰囲気だ。
「ですが、それだけ広い地域でそんな噂が流れているのなら、確認の為に王都へ乗り込んで来る人もいるのでは?」
「あぁ、そういやここで店を開けてる奴の中に、そんな奴がいたな。今日は来てないのか?」
「アイン君なら、今日はお屋敷の仕事があるって言ってたね。明日には来るんじゃないのかい?」
「………成る程。興味深い話をありがとうございます。あぁ、そこのペンダントを頂けますか?」
「はいよ、まいど!」




