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第44話


「“赤のギルド”の皆様、ご入場です」


煌くシャンデリアに照らされたホールへ、一歩足を踏み出す。


貴族達が参加するパーティ会場に入るのはファルベ国でもあったが、前回は気配遮断の結界(シャボン玉)で身を隠していたのに対し、今回は正式に招待された参加者として、だ。


緊張感が段違いである。エスコートの為にノワール先輩の腕に添えた手が、生まれたての子鹿のように震えていた。


すでに入場していた貴族達の視線が、一斉に私達へ向けられる。


「彼らが、魔物大量発生(スタンピード)の援軍として女王陛下が招いた者達か」


「四人全員が宝石付きの腕輪とは、此度の傭兵は頼りになるようだ」


「えぇ。特に赤髪の殿方と銀髪の女性、只者では無い雰囲気を感じますわ」


「あの火傷の令嬢、なんと美しい………後で一曲踊って頂けないだろうか」


ヒソヒソとした声が、耳へと届く。


値踏みするような視線と言葉。だが、どちらかと言うと好意的なモノが多いように思う。


次いで最後に、女王陛下としてアンさんが入場する。


豪勢なドレスに着られる事なく、堂々と胸を張る彼女。影武者(ニセモノ)であると知らなければ、アンさんが本物の女王だと信じてしまいそうになるぐらいだ。


何だろう、場慣れしている、と言うんだろうか。それだけ彼女は、女王陛下として人前で振る舞ってきたのだろう。


「皆、よく集まってくれた。明日から始まる魔物討伐に向け、今宵は存分に英気を養って欲しい」


そんなアンさんの言葉を合図に、夜会が始まった。楽団がダンスの為に円舞曲(ワルツ)を奏で始める。


………いよいよ、か。


「緊張、してますか?」


「ま、まぁ、少し……」


嘘だ。ものすごく緊張している。二重の意味で。


そんな私を見て、ノワール先輩はいつも通り微笑むと、こちらへ手を差し出して来た。


「練習通りに踊れば大丈夫ですよ。ね?」


夜会の雰囲気にそぐわない、いつもと同じ調子の誘い文句。


けれど、そのいつも通りが、私にはとてもありがたくって。


「……約束通り、リードして下さいね?」


差し出された手に、自分の手を重ねるのだった。




曲に合わせて、ステップを踏む。


ここ数日間、ずっと練習してきた一通りの動作だ、


右、左、くるりと一回転。そしてまた、右、左。


豪華な会場にいるからか、それとも綺麗なドレスを着ているからか。


動き自体は今までと同じはずなのに、どこか違う。


フワフワして、どこか現実味が薄いような、周囲全てがキラキラと輝いて見えるような、不思議な感覚。


その感覚に身を任せたまま、曲に合わせてゆっくりと動きを止め、ダンスが終わる。


「ティア嬢、次は私と踊って頂きたく!」


「いや、ぜひ僕と!」


そのタイミングを見計らったように多くの男性が殺到し、ダンスを申し込んできた。


だが、そこは教育の行き届いた貴族の令息達。事前の打ち合わせ通り、足の火傷が痛む事を伝えれば、彼らは理解を示し身を引いてくれた。


申し訳無さそうに微笑みながら、ノワール先輩に手を引かれて壁際へと移動する。


ダンスの喧騒から少し離れたそこにはテーブルが置かれ、様々なご馳走が置かれていた。


その周囲でお酒や料理を楽しんでいるのは、隻腕だったり車椅子に腰掛けている宝石付き腕輪の人達。戦いによって傷を負い、前線を退いた者達だろう。


「俺達も何か頂きましょう。ティアさんはお酒を飲まれますか?」


「いや、まだ十八歳だから飲めませんし……というか、先輩も十九だから飲んじゃ駄目なのでは?」


「俺の祖国では十六歳から飲酒可でしたから。ヴィゴーレ国は十八からオーケーなので、この国で飲むには問題ありませんよ」


成る程。そう言われると飲んでみたくはある、けど


「うーん、止めておきます。一応任務中ですし、今」


「ふふ、分かりました。アルコールの無いものを持って来ますね、少し待っていて下さい」


そう言って、ノワール先輩は離れて行く。一人残された私は何となしに、近くのテーブル上に置かれた料理をしげしげと眺める。


こういうパーティに出されるご馳走って、肉や魚が中心なイメージだけど、目の前に並ぶ皿には野菜主体の物が意外と多い。


国や地方の違いによる希少性の差、だろう。


ヴィゴーレ国は、王都は魔物の森に包まれているし、他の村や街も他国と比べて魔物の出没率が高い。


獣害ならぬ魔物害で農業に被害が出やすい為に野菜の希少価値が高く、それに対処するための狩猟技術が発展した為、肉(特に魔物肉)が他国に比べて安価なのだろう。


そんな事を考えながら、何となくニンジンのマリネへ手を伸ばす。緊張したりダンスで体を動かしたりしたので少しお腹に何かを入れたいが、綺麗なドレスを着たこの状態で肉を頬張るのは少し躊躇われたが故のチョイスだった。



「ごきげんよう。“赤のギルド”の方ですわよね?」


しょりしょりとニンジンを噛んでいると、不意に声を掛けられた。


一瞬心臓が強く跳ねるも、つとめて冷静に口の中にある物を飲み込み、私は声の主の方へゆっくりと頭を下げた。


「はい、異世界探偵事務所、通称“赤のギルド”のティア・スキューマと申します。えぇと…」


(わたくし)はコルヴォ伯爵の娘、ビアンカと申します。どうかビアンカとお呼び下さいませ」


そう言ってこちらへ礼をしたのは、白を基調としたドレスを纏った、黒い瞳が印象的な令嬢。年齢は……整った顔立ちと化粧をしてるため分かりにくいが、おそらく十代後半(わたし)二十代前半(サーリャさん)ぐらいだろう。右腕に付けられた腕輪の色は、銀色だ。


「そんな……平民である私が、伯爵令嬢をお名前でお呼びするなど恐れ多い事です」


「いえ、ティア様は女王陛下が招いた賓客であり、宝石付きの腕輪を許されたお方。銀腕輪止まりの私よりも、この国において身分が上ですわ。

 それに、私には姉と妹がいますの。コルヴォ伯爵令嬢、と呼ばれては姉妹が混乱してしまいますので、どうぞビアンカとお呼び下さい」


「分かりました、それでは、ビアンカ様、とお呼びさせていただきます」


私がそう言うと、ビアンカ様は花が綻ぶような満面の笑みを浮かべる。


良く言えば人懐っこい……悪く言えば未熟さというか幼さを感じる、そんな笑顔だった。


「ティアさん、お待たせしました………おや、そちらの方は?」


「まぁ、先程ティア様と踊ってらした殿方ですわね。私はコルヴォ伯爵の次女、ビアンカと申します」


「“赤のギルド”、ノワール・ゴフィスールです。お話を遮ってしまったようで申し訳ありません。ティアさんに何かご用でしたか?」


「いえ、ティア様個人に用があった訳ではありませんわ。“赤のギルド”として働く皆様に、お話をお聞きしたいと思いましたの。

 “赤のギルド”は依頼を受けて色々な国へ出向いていると伺いましたわ。私、生まれてこのかた領地と王都の往復ばかりで、国外に出た事がありませんの。

 ですので是非! 他の国についてお聞かせ願いたいのですわ!!」


ずい、と迫るビアンカ様の瞳はキラキラと輝いていて、まるで絵本を読んで強請る子供のようだ。


私とノワール先輩は、顔を見合わせて小さく苦笑すると、ビアンカ様へ頷いた。


「承知しました。では、少しだけお耳汚しを。ご希望の種別(ジャンル)等はございますか?」


「そうですわね、各国の英雄譚のようなお話があればお聞きしたいですわ!」


「英雄譚、ですか。では、とある港街に伝わる海の男のお話を」


そう前置きして、行商人時代に立ち寄った事がある、とある国での話を掻い摘んで語る。


何でも、その国の鮫は砂地を泳いだり、台風に乗って空を飛んだり、双頭や三ツ首になったりと凄まじい進化を遂げており、

そんなもはや鮫と言っていいのか分からないサメの群れに、とあるナイスガイが単身で挑み、なんとそのまま勝ったんだとか。


正直、私が現地民からこの話を聞いた時はサメの進化が無茶苦茶すぎて話があまり頭に入って来なかった。なんだ、飛ぶサメって。


だが、ビアンカ様にはお気に召したらしい。サメを狩っていく男の話を聞くたび、段々と瞳の輝きが増していく。


「まぁ、まぁ! やはりどの国にも、勇者エルヴィン様のような方がいらっしゃるのですね!素晴らしいですわ!」


胸の前で両手を組み、頬を紅潮させるビアンカ様。


その発言を聞いた周囲が一斉にこちらを……いや、ビアンカ様を見た。冷え込んだような、触れてはいけない禁忌に触れた者を見るような、そんな瞳だ。


「ビアンカ!その話はするなと、いつも言っているだろう!」


真っ青な顔をした隻腕の男性が、ビアンカ様へ近寄って叱りつける。おそらく彼女の父である、コルヴォ伯爵だろう。


「申し訳ありません、“赤のギルド”の皆様。うちの愚女がとんだ失礼を……」


ペコペコと頭を下げるコルヴォ伯爵に、気にしないで下さい、と微笑む。


そもそも、私達はこの国に来たばかりであり、彼女の発言の何が悪かったかすら分からない状態だ。だから謝る必要は無いと、ノワール先輩がやんわり伝えると、コルヴォ伯爵は最後にもう一度、深く頭を下げた。


「まったくお前という奴は……このような場でそのような裏切り者の名前を出すんじゃあ無い!」


「ですがお父様! エルヴィン様は紛れもなく───」


「ええい、その名を出すなと言ってるだろう! いいからもう喋るな、こっちに来い!!」


コルヴォ伯爵はビアンカ様の手を掴むと、ぐいぐいと強い力で引っ張り、そのまま連れて行ってしまった。


「……………」


「い、いやぁ! 相変わらずかの伯爵令嬢はお転婆であらせられる! “赤のギルド”のお二方、騒がしくて申し訳ない」


「ティア嬢、でしたか。よければ我々にも、他国の話を聞かせて頂けませんか?」


呆然と伯爵達が去っていった方向を見詰める私達に、周囲の貴族達が声を掛けてくる。


どこか、焦りを滲ませた声。先程の失態をフォローして覆い隠そうとするような、そんな雰囲気だ。


(………これは、深入りしない方がいいな)


彼らの冷たい視線の意味。伯爵が怒っていた理由。


そして、ビアンカ様が口にした『勇者エルヴィン』という存在。


それらについて詳しい話を聞きたかったが、この様子では例え尋ねてもはぐらかされるか、再度空気が凍りつくかのどちらかだろう。


チラリ、とノワール先輩を見る。彼も同じ考えなのだろう、私の視線に気付いて微かに頷いた。


それに頷き返すと、私は何事も無かったように、他国での話を語り始めるのだった。






「ふむ。勇者エルヴィン、か」


パーティを終え、迎賓館に帰ってきた私達は昨日と同じようにブラッド団長の部屋へ集合した。


ドレスを脱いでお風呂に入った後の為、体は今すぐにでも休みたい程の疲れが溜まっているが、ここで寝落ちする訳にはいかない。


だって明日には、団長とサーリャさんは魔物討伐に向かってしまう。魔物を規定数減らすまでは森の中で野営となる為、ここでしっかりと情報共有をしておく必要があるのだ。


「私達も色々な人と話したけど、勇者のゆの字も出てこなかったわね」


「裏切り者、と伯爵(しゃま)が仰っていた事を鑑みましゅと、かちゅて謀反を企てた者だったのでございまちょう。

 周りの者達があまり話に上げたがらないのも無理無いかと思いましゅ」


「まぁ、確かに気になるというか、引っかかる事柄ではあるな。俺達も、野営中にアンから話を聞いてみるとしよう」


…………………ん?


「あの、少し気になるんですけど」


「何?」


「その、なんか一人いません?」


そう言いながら、聞き慣れない声が聞こえてきた方向を指差す。ついでに視線も向ける。


そこにいたのは、ぴっしりと背筋を伸ばして座っている、幼い子供だった。


輝かしい白銀の髪に、これまた眩いばかりの金の瞳。幼いながらも整った顔立ちをした、五歳ぐらいの男の子だ。


「………………」


そんな子供を見て、とある可能性が脳裏を掠めた私は、ふと視線を動かした。


赤髪金瞳のブラッド団長、銀髪紅瞳のサーリャさん。そしてもう一度、男の子を見やる。


「………お子さん、いらしたんですか?」


「違うが」


「んッ……ふふふ…………」


私の隣で、ノワール先輩が吹き出した。サーリャさんは「んー」と声を漏らしながら、微かに首を傾げている。


「みーんな、初見は似たような反応するのよね。何でかしら?」


「色の問題だろう」


「ふふ………ティアさん、彼はヤツフサです。ほら、森を移動する時にサーリャさんが乗っていた白鹿ですよ」


「こちらの姿(しゅがた)では、お(はちゅ)にお目にかかりましゅ。八房(やちゅふさ)、と申しましゅ」


見た目通りの舌足らずな喋り方とそれに相反する大人びた言葉を口にしながら、ヤツフサは頭を下げる。


……そういえば、確かにあの時サーリャさんが召喚した鹿も、白毛に黄金の瞳をしていたっけ。


人の姿になれる事には少し驚いたけど、そういえば、偉大な魔女や魔導士が操る上位の使い魔は変身能力を有する、と聞いた事がある。


召喚時の詠唱からして、このヤツフサはタケミカヅチの使いらしいし、人の姿になれるのもおかしくは無い、のかも。


「ヤツフサには万一に備えて、ここに待機して貰ってたの。拠点の守りは重要だものね」


「はい。サーリャ(しゃま)のご命令通り、この館の(しゅべ)ての部屋に感知の結界を張りました。

 邸内で不審な動きがあった際、即座にサーリャ(しゃま)と私に伝わるようになっておりましゅ」


「ありがとう。ヤツフサは明日以降もここで待機して、ティア達のサポートに回って頂戴」


「かしこまりまちた」



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