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第43話


そして夜が明けて、翌日。


夜会当日という事もあってか、城内は朝からどこか慌ただしい雰囲気に包まれていた。


別棟である迎賓館でも、その空気は何となく察する事が出来た。


勿論、それは私達も同じ。夜会に参加する側の者として、色々と準備が必要だ。


午前中にノワール先輩と最後のダンス練習を終え、昼食を頂いた私は、エルフリーデ女王陛下が手配して下さった侍女達に連れられ、浴室へとやってきた。


時間を掛けて、頭の天辺から足の爪先まで、丁寧に磨き上げられる。髪や体を他人に洗ってもらうなんて、初めての経験だ。


勿論それだけでは終わらず、入浴後は肌や髪に香油を惜しげもなく使い、マッサージを受ける。行商人時代に扱ってたから何となく分かるけど、これ、物凄く高価で品質の良い香油ではないだろうか。


そんな物を、この火傷まみれの肌に使って申し訳ない……と思いながら、マッサージを終えて次に通されたのはドレッサールームのような部屋。


私がお風呂に入っている間に、光の扉を通じてギルドハウスから届いたのだろう。そこには、 ドレスがかかったトルソーが置かれていた。


ミーティングの後サーリャさんに連れられて、服飾部署の人達に作ってもらったドレスだ。


デザイン画としては見せてもらったけど、ちゃんと出来上がった物を見るのは、これが初めて。


「……………………っ」


これを、着るのか。私が。


気恥ずかしいような、恐れ多いような。嬉しいけど勿体無いような。不思議な感情。


何と言うか、分不相応な物を渡された人間って、こんな気持ちになるんだなぁ。


「ティア様、どうぞこちらへ」


促され、ドレッサーの前へと座る。化粧筆の準備をする侍女を見て私は、ギュッと目を瞑った。




「ティア、どう? 準備は終わった?」


ドレスを着て、メイクを終え、髪も綺麗に結ってもらった頃。サーリャさんが、部屋に入って来た。勿論、彼女も夜会に参加する為にドレスアップしている。


彼女が着てるドレスは、何と言うか少し特殊だった。形自体はよく見る形状なのだが、使われている布が違う。


ドレスというものは普通、華やかさを出す為に繊細な刺繍やフリル、宝石を縫い付けるものだが、サーリャさんの着ているドレスには、それらの類は見当たらない。唯一の装飾は、背面に付けられた大きなリボンのみ。


けれど、その代わりに、布地自体に壮麗で精妙な柄が描かれていた。


色とりどりの花々に、両翼を広げた白い首長鳥。……これと似たような布を、ギルドハウスで見た事がある。キモノ、というヒノモトの民族衣装だったはずだ。


どうやらサーリャさんのドレスは、キモノの布地で西洋のドレスを作った代物らしい。腰の大きなリボンは、オビを模したものだろう。ヒノモトとのハーフである彼女に、これ以上無い程にピタリと似合ってる。


そして、彼女の銀髪を飾るアクセサリーも、ドレスに合わせてヒノモト風のものだ。


確か、カンザシ、だったか。金の棒の先端に、大粒のルビーがひとつ。そこから飾りが付いた数本の細いチェーンが垂れ、サーリャさんの動きに合わせて、しゃらり、と揺れている。


サーリャさんの銀髪に、金と赤のコントラストがよく映えていた。


異国情緒溢れるそのドレスを、胸を張って見事に着こなす彼女を見て、私の中でぐるぐると渦を巻いていた不安がより一層唸りを上げる。


「お、終わりましたけど……おかしくない、でしょうか………」


おそるおそる、壁に備え付けられた姿見を、 もう一度見やる。


そこに映っているのは、ドレスを来た自分。


爽やかな空色の生地に、黒いレースをあしらったドレス。ウエストの辺りからふんわりと広がるこの形は、プリンセスラインと言うんだっけ。


スカート部分にはオーガンジーという薄くて軽い生地が十重二十重に使われ、ふんわりとした印象で可愛らしい。


総じて、とても綺麗なドレスだ。私には勿体無い程に洗練された、私によく似合うデザイン。


……だが。だからこそ、問題が。


私のドレスはベアトップという、胸元や首元が開いた形状をしている。少し露出の多いデザインだが、これは私の趣味ではなく、ヴィゴーレ国の国風によるものだ。


強さ=美しさであり、身体の傷も生命力の強さ=美しさの証であるこの国において、肩が出てたりスリットが入っているような、露出がやや多めなドレスはスタンダードなものらしい。


美しさの象徴である傷は晒すべきだし、傷が無くとも筋肉の付きを見せれるので、己のうつくしさをアピールできるから、とか何とか。


実際、昨日拝謁した女王陛下……の影武者であるアンさんもスリットの入ったドレスを着ていたし、サーリャさんの和風ドレスも私と同じベアトップの形状だ。


ただ、流石にドレス初心者の私にこの露出はハードルが高すぎる為、レースのケープを上に羽織らせてもらった。


普通に肌が透けて見える薄さだが、それでも何か一枚上に纏っているという精神的な安心感がある。


「大丈夫よ。その色、とっても似合ってるわ」


扇子で口元を隠したサーリャさんが、くすりと笑う。


(うぐぐ……、サーリャさんの意地悪…………)


……そう。そして、もうひとつの問題。それはこのドレスの色だ。


いや別に、この色が嫌だとか、そういう意味ではない。すごく綺麗な色だと、心から思う。


ただ……黒と空色という、この組み合わせが………うん。


それに、ドレスだけじゃない。ネックレスや髪飾り等の宝石も、右目を覆う眼帯すらも、薄青色や黒色で統一されている。


……いくら平民出身の私でも、ドレスや装飾の色を合わせる事が何を意味するのかぐらい、知っている。


そして、この色が何を表しているのか、も。


そんな事を考えながらサーリャさんに連れられ、私達の控え室としてあてがわれた部屋へと移動する。


今日のような国を挙げての正式なパーティーの場合、会場に入場する順番というものが決まっている。


基本的には爵位が低い順。男爵家、子爵家、侯爵家。次に公爵家、他国から招いた賓客。そして最後に王族と、現国王が入場する。


国や状況によっては公爵家と賓客の順番が前後したりする事もあるが、大まかにはこの順番。


私達は『女王陛下が直々に招いた来賓』という立場である為、入場は後ろの方。今は男爵家や子爵家が入り始めた辺りの為、まだ暫く時間がある。


部屋の中には、既に準備を終えたブラッド団長とノワール先輩がいた。


正装を纏い、髪型をしっかりと整えた彼らの姿はいつもと違う雰囲気で、一瞬誰か分からなかった程だ。


「あら、もう居たのね。ごめんなさい、待たせてしまったかしら」


「いいや、俺達も今来た所だ」


気にするな、という風にブラッド団長が軽く手を振る。


シワひとつ無いパリッとしたシャツ。最低限の飾りで上品に仕立てられたジャケットとスラックス。どれも良い品質の生地を使った一級品だが、ブラッド団長はごく自然にそれらを着こなしていた。


首元に結ばれたクラヴァットは赤色で、カフス等のボタンは銀色。サーリャさんの瞳や髪の色に合わせたものだろう。


赤い和風ドレスを纏い金のカンザシを挿したサーリャさんに、銀のカフスを付け赤いクラヴァットを結んだブラッド団長。


元々、銀髪赤瞳に赤髪金瞳というコントラストが見栄えする二人ではあったけど、正装した今はより際立って見える。


「ティアさん、とても綺麗ですね。そのドレス、似合ってますよ」


ふふ、と微笑む先輩に、なぜか気恥ずかしくって私は「あ、ありがとう、ございます………」と蚊の鳴くような声で答えた。


私からしたら、先輩の方が似合っている、と思った。


……うん、素直に一言で言うなら、とても格好良い。


元々整っている顔立ちの先輩だが、きっちりとした格好をした姿は凄く新鮮だ。の黒い髪はざっくりと後ろに撫でつけられ、ガラスのような空色の瞳が良く見える。


胸元で結ばれたクラヴァットは純白で、留め具には薄青色の宝石が使われている。彼の瞳(そらいろ)より少しだけ色が濃い、水色の宝石だ。


私の瞳と、同じ色。


よく見ると、袖口のカフスにも同じ宝石が使われている。


「の、ノワール先輩も、素敵です、よ……?」


「………………」


「せ、先輩?」


「ブラッド君、お願いがあるんですが」


「却下だ」


「まだ何も言ってませんけど」


「言われずとも分かる。

 とりあえず、流石に夜会にはちゃんと出ろ。不安で仕方ないのなら、しっかりと周囲を牽制しておくんだな」


急に変な会話を始めるノワール先輩とブラッド団長に、私はただ首を傾げるのだった。





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