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第42話


「何故、我々の対応を影武者に任せ、真の女王陛下である貴女が、侍女の真似をなされているのですか?」


遮音のシャボン玉の内側に、ブラッド団長の声が響く。


獅子を思わせる金色の瞳は、嘘偽りを述べる事は許さないと言わんばかりの圧があった。


耳が痛くなる程の沈黙。その空気を和らげるように、サーリャさんが口を開いた。


「……誤解しないで頂きたいのですが。我々は悪意を持って質問を投げかけているのではございません。これは、依頼主をお守りする為に必要な確認なのです」


今回の依頼内容、ふたつのうち片方は『誘拐事件の解決』。


未だに誘拐犯の影もカタチも目的さえも不明な状況だけど、もし誘拐犯がこの近くにいて、万が一その魔の手が女王陛下へ伸ばされた場合。


誰が女王陛下(依頼主)か明示して貰わなければ、私達は必然的に女王として振る舞っている浅黒肌の女性を守ろうとするだろう。


勿論、余力があればサリーさんの事も最大限守ろうとはするけれど、依頼を承諾している立場である手前、どうしても依頼主を優先せざるを得ない。


故に、真に守護するべき人は誰か、我々に教えて頂きたいのです。


サーリャさんのその言葉を受け、浅黒肌の女性はチラリとサリーさんを見やる。


……その行動を見て、ブラッド団長の言葉が真実か否かを何となく察する。


「……いつから、私が女王であると思われたのですか?」


「最初に疑問を感じたのは、貴女が左利きだと分かった時です。

 昨日、迎賓館に到着した我々へ紅茶を淹れた時、貴女は左手にティーポットを持っていました。先程この部屋の扉を開ける時も、貴女は先に左手を伸ばしていた」


そして、と言葉を紡ぎながら、団長は懐から封筒を取り出す。


昨日私達に見せた、エルフリーデ女王陛下の名前が書かれた手紙だ。便箋には昨日見た通り、筆圧が高めだが綺麗な文字が綴られている。


「こちらの手紙に綴られた文字は、筆圧やインクの流れ方からして、左手で書かれたものである事が分かります。

 つまり、この手紙は貴女が書いたという事になる」


……実家にいた頃、誰かから聞いた事がある。


文字を左から右に横書きする時、ペンを引っ張るように書く右利きに比べると、左利きはペンを紙に押し付けるように書く為、右利きよりも筆圧が高くなりやすいらしい。


そして、書いたばかりの文字の上に左手がくるようなカタチで書き進めるので、まだ乾いてないインクに手が触れてしまい、文字が滲む事が多い、とも。


「確かに私は左利きで、その手紙を書いたのは私です。けれど、それだけで私がエルフリーデ女王だとは確定できないのでは?

 こちらに座る方が女王陛下であり、私に代筆を命じた可能性もあるのではないでしょうか」


「……この手紙は、元々我々が女王陛下へお送りした営業手紙(セールスメール)の返信として頂いた物、と記憶しております。

 ギルドの事務官がヴィゴーレ国へ手紙を送ったのが今日から三週間前、お返事を頂いたのが十日前。


 そして……今日の午前中、騎士団や魔術士団の方々へ挨拶に伺った際に、このような事をお聞きしました。

 女王陛下は一ヶ月前に騎士団を引き連れて魔物討伐の遠征に向かい、帰って来たのが1週間前、と」


王都南門にて、入都受領の腕輪を受け取る際、騎士達はこんな事を言っていた。


エルフリーデ女王陛下は、この国において最上級のうつくしさを示す宝石付きの腕輪を付けている。


そして、他人の腕輪を勝手に付ける事。本来の自分とは違う色の腕輪を装着する事は、たとえ貴族や王族だろうと罪に問われるほどの禁忌、だとも。


サリーさんの腕に通されているのは真鍮の腕輪で、浅黒肌の女性は宝石付きの金の腕輪。


つまり、騎士達が女王と認識しているのは。騎士達と共に遠征に向かった“女王”は、こちらの浅黒い肌の女性という事になる。


「そして、魔術士団の方々より、王都を包む森の瘴気はあまりにも濃い為、通信系の魔道具はジャミングされて機能しないとも伺いました。

 つまり、我々の手紙がこの城に届き、返信されるまで。騎士達と遠征に出ていた彼女には、手紙の存在を知り得るはずがないのです」


仮に、浅黒肌の女性が真のエルフリーデ女王陛下だった場合、サリーさんが女王宛の手紙を許可なく開封し、その返事を勝手に送った事になる。


専属侍女に就くにあたり、最も重要なのは主への忠誠心だ。勿論、家柄や教養も大事な要素ではあるだろうが、身近な世話をするという立場上、一番大切なのは主への忠義だろう。


一国を背負う女王陛下の侍女、ともなれば尚更だ。


そんな肩書を持つサリーさんが、女王宛の手紙の返事を書いて送った理由は……今のところ、考えられるのはふたつ。


サリーさんが何処ぞから送られて来た間者であるか───サリーさん自身が女王であるかの、どちらかだ。


「……成る程、お見事です」


認めるように、もしくは諦めるように。団長の言葉にサリーさんは………否、侍女の姿をしたその人は、優雅に頭を下げる。


非の打ち所がない、完璧な淑女の礼だった。


「改めてご挨拶を。私がヴィゴーレ国の女王、エルフリーデ・サンドラ・ヴィゴーレです。

 諸事情にて、十年ほど前からこちらのアンが表向きの女王として立ち、私が裏で政を行っております」


侍女サリー改め、エルフリーデ女王がゆっくりと顔を上げた。


主が正体を明かした事を確認した浅黒肌の女性……アンさんは立ち上がると、女王陛下をソファへとエスコートする。


侍女の服を来た女王陛下がソファに座り、きらびやかなドレスを纏った影武者が、その背後に控えるように立つ。

何も知らない人が見ると、混乱してしまいそうな光景だ。


「諸事情、ですか。もしよろしければ、理由をお聞きしても?」


ブラッド団長の言葉に女王陛下は頷くと、静かに語り始めた。


要約すると、「エルフリーデ女王陛下が、ヴィゴーレ王家の唯一にして最後の生き残りだから」との事だ。


ヴィゴーレ国は数百年前に聖女を国外追放し、王都が瘴気の森に包まれて以降、不定期に発生する魔物大量発生(スタンピード)に対処してきた。


騎士や魔術士は勿論、貴族の家系に生まれた者や、その従者達。そして彼らを纏める王族は、文字通り最前線に立つ事が求められる。


だが、今から二十年前。ヴィゴーレ国にて大規模な魔物大量発生(スタンピード)が発生した。


魔王クラスの魔物が複数体出現する程の、これまでに類を見ない魔物の大軍勢。これらから王都を守る為に討伐に向かった女王陛下のご両親……先代の国王夫妻や兄姉達は、ことごとく戦場で命を散らしたのだという。


生き延びたのは、当時まだ三歳だったエルフリーデ女王陛下と、同じくまだ幼かった故に戦場に立つ事がなかった二歳上の兄のみ。


だがその兄も、十年前のとある事件で命を落とし、現在はもう彼女しかいない状態らしい。


「本来であれば、ヴィゴーレ王家の者として、私が皆を導くべきなのでしょう。

 ですが……私にはどうやらお父様やお姉様方のような戦いの才能は皆無だったようで………」


エルフリーデ女王陛下が、微かに顔を歪めた。無意識だろうか、彼女の左手が右腕の腕輪を掻き毟るように触れている。


この国において、最も力無き者に与えられる真鍮の腕輪を。


「故に、戦闘力に優れたアンに、女王として立ってもらう事にしたのです。幼い頃の私は病弱で、あまり人前に出ませんでしたから、入れ替わりを疑う者はいませんでした」


「成る程……アン様、でしたか。貴女も、この入れ替わりの件については了承して行っている、という認識でよろしいですか?」


「……あぁ。エルフリーデ様は、この国に必要なお方だ。戦うしか能が無い私がエルフリーデ様の役に立てるなら、魔物と戦うなど苦でもない」


先程の大仰な喋り方とは違う、素朴な口調でアンさんは頷いた。おそらくこちらが、彼女の素なのだろう。


「成る程。でしたらこれ以上、確認する事はございません。不躾な質問をしてしまい、申し訳ございませんでした」


「いえ、こちらこそ。依頼する立場にも関わらず、情報を秘匿した私にも非はありますから」


立ち上がり頭を下げるブラッド団長を、エルフリーデ女王陛下が片手を上げて制する。


それを見た団長は「陛下の寛大なお心に感謝します」と会釈し、再度ソファに座ると仕切り直すように手を組んで女王陛下を見つめた。


「では、改めて。依頼について、詳細をお聞かせ願えますか」






「……で、どう思う?」


その日の夜。夕食をいただいた私達は迎賓館の一室……ブラッド団長にあてがわれた部屋に集合していた。


私の寝室と全く同じ間取りのその部屋は、四人が入ってもまだ余裕があるほどの広さがある。


私がノワール先輩と共に、女王陛下から聞いた情報を書き取った紙をめくりながら内容を確認していると、不意にサーリャさんが口を開いた。


顔を上げると、彼女の視線は団長に向けられていた。先程の問いかけは、彼に対してのものだろう。


「あぁ、これ以上は特に隠している事はないだろうな。女王陛下と影武者が入れ替わる事になった所以も、おそらく事実だろう」


謁見の際に王女より受け取った、王都周辺の軍用地図を見ていた団長が、サーリャさんの言葉に頷いた。


「えっ。ブラッド団長、何で分かるんですか?」


「会話中、二人の様子を観察していたからな。視線、息遣い、まばたきの回数、目元や口元の筋肉の動き……特に不自由な点は見当たらなかった」


「………なるほど?」


やけに女王陛下を真正面から見据えていると思ったけど、そういう意図があったのか。


そういえば確か、豪商だった養父が「嘘は本人が思ったよりも顔に出やすい」「だから相手の嘘を見抜きたければ、目を見て話すといい」と言っていたっけ。


顔に火傷がある私は、他者から火傷を隠す必要があった為、その特殊技術を物にすることはできなかったのだけれど。


「そう特殊な物でもないさ。こういうのはつまる所、経験による勘のようなものだからな。

 魔物や敵対者と交戦する際、相手の目線や構えから動きを予想するのと同じだ」


……成る程。そう例えられたら、何となくではあるが、理解というか納得できる。


ブラッド団長は、他の皆と違って魔法を使えない。魔物を制圧する時は気功を用いた白兵戦を行う事になるが、それはつまり魔法を使う者よりも真正面から相手に対峙するという事だ。


彼の鋭い観察眼は、それ故に磨かれたものだろう。


「もっとも先程も言った通り、これはただの直感で確証は無い。だが少なくとも、俺達を欺いたり悪用しようとする意図は薄いだろう」


そう言って、ブラッド団長は持っていた地図を畳むと、私達の顔を見回すように視線を動かした。


「さて、そろそろ解散するか。ミーティングでも伝えた通り、明日は夜会に参加する事になるからな」


「…………………うぐ」


夜会という単語を聞いた瞬間、私の口から小さく声が漏れた。


そっか……。移動やら女王陛下への謁見やら影武者やら侍女のフリをしていた本物の女王陛下やらですっかり忘れていたけど、明日の夜には貴族の人達に混ざってパーティーに参加するのか………


……どうしよう。ダンスとか、上手に踊れるかな。一応、動きは一通りできるようになったとは思う、けど………


「ふふ、大丈夫ですよ。俺がちゃんとリードしますから、ね?」


「うぅ……お願いします…………」


微笑むノワール先輩の言葉に、曖昧に頷く。


ソワソワと落ち着かない感情と緊張を抱えながら、解散して寝室に戻った私は、ふわふわのベッドに潜り込むのだった。



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