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第41話


………今までに感じたこと無いほどにフワフワで温かい感覚(布団)に包まれ、私は目を覚ました。


一国の王城内にある迎賓館。そこに使われている寝具なんだから、品質が上等なのも納得だ。


寝惚けた頭でそんな事を考えながら、ゆっくりと起き上がる。カーテンを開けると、昇り始めた太陽が優しく部屋に差し込んできた。


昨日、食事とお風呂をいただいた私達は、この部屋に寝室として通された。一人一部屋の個室だ。


本来なら貴族の人達と同じように、侍女がカーテンを開けに来てモーニングコールをする予定だったが、それは昨夜の時点で丁重にお断りした。


平民である私からすれば、そんな超VIP待遇をされても恐れ多いというか、萎縮して逆に気疲れしてしまうというか。


先輩達も『人の気配がすると気が休まらない』等、各自の理由でモーニングコールを断っていた。


元々、ここに泊まる人達は魔物大量発生(スタンピード)対処の為に雇われた傭兵……つまり私達のような人々が多く、似たような理由で断る事が多かったらしい。私達の申し出は、すんなりと受け入れられた。


身だしなみを整え、部屋を後にする。最初に私達が通されたサロンへと向かうと、そこにはブラッド団長とノワール先輩が椅子に座って何やら話していた。


「ティアさん、おはようございます」


「おはよう。休息は十分にとれたか?」


私に気付いた二人が、挨拶の言葉を掛けて来る。それに「おはようございます」と返し、彼らの近くへと腰を下ろす。


ふと、サーリャさんの姿がまだ見えない事に気付いた。まだ眠っているんだろうか、と首を傾げると、その様子を見て私の考えを察した団長が「あぁ」と声を漏らした。


「サーリャは今、外に出てる。ほら、そこに」


団長の指が窓を差す。壁の半分以上を埋める、大きな窓。見るとガラスの向こう側に、朝日を浴びて輝く銀色の髪を見つけた。


サーリャさんだ。


彼女は刀を恭しく持ち上げ、虚空に向けて刀を振るうような動作をしている。


最初は鍛錬で素振りでもしているのかと思ったが、刀は鞘に収まったままだし、その動きはとてもゆるやかだ。敵を撃ち倒す所作というよりは、魅せる為の動きのように思う。


……何故だろう。様子も雰囲気も全くもって異なるのに、朝日を浴びながら刀を振るうサーリャさんの様子は、教会で祈りを捧げる神父や讃美歌を歌うシスターを彷彿とさせる。


神秘的、神々しい……ありきたりな言葉ではあるが、そうとしか言い表せないほどに美しい。


   おそらくあれは、武甕槌神に捧げる巫舞なのだろう。


「昨日、この国で信仰されている女神について話をしただろう? その件で、少し気になる事があるらしくてな。タケミカヅチに神意を伺う、と言っていた」


その姿を見つめる私が、彼女の行動を疑問に思ったように見えたのだろう。補足するように、団長が言葉を添えた。


朝の日差しに包まれ、荘厳さすら感じる流麗さで舞を行っていたサーリャさんは、やがて決められた動作を一通り終えたのか、ゆっくりと動きを止めた。


その肩が、小さく動く。踊り終えて乱れた呼気を整えているようにも、何か思っていた事が上手くいかずに少し落胆したようにも見える、そんな仕草。


彼女はそのまま振るっていた刀を腰に差すと、すてすてと歩いて行き、窓から見えなくなってしまった。


数十秒後、ゲストハウスの玄関が開くような音が微かに耳に届く。近付いてくる足音に振り向くと、先程まで外で舞っていたサーリャさんがサロンに戻って来た。


「おかえり、サーリャ。どうだった」


「うん、やっぱり無理だったわ。最初からダメ元だったから別にいいけど………っと、起きてたのね、ティア。おはよう」


「おはようございます、サーリャさん。……あの、どうかしたんですか?」


「えぇ、ちょっとね」


小さく肩をすくめるような仕草をして、サーリャさんが空いていた椅子へと座る。


「昨日、ティアが女神ベローナについて教えてくれた時に私、この女神はウチの神様と同じで戦の神かもしれない……って言ったでしょ?

 その確認をしたくってね。結果、その予感は残念なことに的中しちゃったけど」


「……? ベローナ神が戦の神様だったら、何か問題でもあるんですか?」


純粋な疑問が、口から溢れる。戦の神様と言うことは、つまり軍神、武神。軍事や戦争を司る神の事だろう。


魔物大量発生(スタンピード)に対応するのだから、そういう神が複数存在しているのは、むしろ有り難いと思うのだけれど。


「うーん、長くなるから詳細は省くけど、うちの神様はヒノモト神話において他の軍神と力比べに勝ち、国を譲り受けた逸話があってね。

 簡単に言うと、武甕槌が軍神としての権能を使う時、近くに他の軍神がいると、その力を喰いかねないのよ。


 いくら依頼の為とはいえ、この国が信仰する神の力を侵食するのはマズいでしょ? 何らかのバランスが崩れたり、瘴気が強まったりするのかもだし」


「成る程……えっ、でもそれ大丈夫なんですか?」


「問題ないわ。他神を脅かすのはあくまで軍神としての力を使う時だけ。雷神、剣の神としての権能は問題なく使えるもの。

 まぁ、一緒に魔物大量発生(スタンピード)に出撃する人達に、軍神の加護を与える事が出来なくて少し面倒、ってぐらいかしら」


それは………かなりの問題なのでは?


そう首を傾げる私の肩を、ぽむりとノワール先輩が叩く。


「大丈夫ですよ、ティアさん。この二人は骨の髄まで戦闘狂なので、むしろ『獲物が横取りされる可能性が減ってラッキー』『魔物倒し放題で超ハッピー』としか思ってませんよ」


「えぇ……………」


流石にそこまでは……と思ったが、団長やサーリャさんが先輩の言葉を否定する様子は見られず、むしろ


「うーん、別に量があれば良い、って訳じゃないわよ?」


「同感だ。一定以上の質がなければ楽しめないからな」


あっ、戦闘狂なのは否定しないんですね。


「……ほらね?」


そう言って、こちらを見て肩をすくめる先輩に、私は「あはは……」と苦笑いを返した。


いや、まあ、団長はドラゴンを殴り殺した時の反応で薄々察してたし、サーリャさんも軍神の巫女という立場からして分からなくもないけど……うん。


そんな話を続けていると、コンコンと控えめなノックの音が聞こえた。ブラッド団長が入室を促すと、入って来たのは昨日私達を出迎えてくれた侍女のサリーさん。


「おはようございます、皆様。目覚めの紅茶(アーリーティー)がご所望でしたら用意致しますが、いかがでしょう」


サリーさんの言葉に「大丈夫です」と手を軽く振る。他の三人も断ったのを確認して、サリーさんは頭を下げた。


「かしこまりました。現在、朝食の準備をしております。ご用意が整い次第、お声掛け致しますね」


失礼します、と相変わらず綺麗な動作で、サロンを後にするサリーさん。


「……………ふむ」


ふと、ブラッド団長が小さく声を漏らした。


団長はサリーさんの幻影を追うように、彼女が去った扉をジッと見つめ、己の口元に手を当てている。


「ブラッド? どうかした?」


「いや、少し気になる所があってな」


「ブラッド君……浮気は駄目ですよ?」


「断じて違う。ノワール、お前はいい加減その上がりすぎたテンションを元に戻せ。浮かれる気持ちは分からなくもないが、浮かれすぎだ」


溜息混じりに呟く団長。


……先輩は浮かれてる、のだろうか?


私から見れば先輩はいつも通り、人形のように綺麗で表情の変化が少ないようしか見えない。浮かれる理由や原因も、よく分からないし。


けれど、幼馴染の団長がそう言うのなら、そうなんだろう。


「……それで団長、サリーさんの何が気になったんです?」


「あぁ、これはまだ憶測の域を出ないんだが───」




その後、朝食を頂いた私達は、女王陛下に謁見するまで城内で各々過ごす事になった。


私はもっぱら、明日の夜会に向けてノワール先輩とダンスの練習。ついでに魔物大量発生(スタンピード)に備えてポーションの調合。


ブラッド団長とサーリャさんは、魔物討伐へ共に出撃する騎士団や魔術士団への挨拶回りをしていた。


そして、午後。


昼食を摂って少し経った頃、サリーさんが私達を呼びに来た。


「女王陛下が皆様をお呼びです。どうぞこちらへ」


美しく手入れされた庭を通り、城へと入る。案内されたのは、玉座が置かれた正式な謁見の間ではなく、女王陛下が私的な客人を招く為の応接室だ。


サリーさんが扉をノックすると、向こう側から入室を促す声が聞こえる。ハスキーでやや低めの、凛とした大人の女性の声。


入室の許しを得た私達は、サリーさんが開けてくれた扉を潜り、室内へと足を踏み入れる。


豪華な調度品で上品にまとめられた部屋の中には、ソファに座った一人の女性がいた。


その髪と瞳は、サリーさんと同じ金髪碧眼。……いや、確かに色合いは同じではあるが、髪はやや黄色が混ざっており、瞳も青というよりは青紫に近い。


ドレスの上からでも分かる、鍛えられたしなやかな筋肉。日に焼けた浅黒い肌は整った顔立ちと相まって、ワイルドな色気を醸し出している。


いつか読んだ本で見た、女戦士部族(アマゾネス)のようだ、と思った。


そして何より目立つのは、彼女の右腕。この国において最高級のうつくしさを表す、青い宝石が付いた金の腕輪。


ガチャ、という音が背後から聞こえた。サリーさんが、扉を閉めたのだろう。彼女はそのままドレスの女性の近くへ移動すると、相変わらず綺麗に背筋を伸ばしたまま女性の背後に控える。


「そなたらが“赤のギルド”か」


「えぇ、お初にお目にかかります。異世界探偵事務所、通称“赤のギルド”団長のブラッドと申します。この度は我々にご依頼賜り、誠にありがとうございます」


私達の代表として、ブラッド団長が一歩前に出て頭を下げた。


「ケノラナより森を抜けて王都へ来たと聞いている。大儀であったな、どうか楽にするといい」


そう言って手でソファを指し示し、座るように促される。私達は「失礼します」と各々頭を下げ、ふかふかのソファへと腰を下ろした。


差し出される紅茶。それを受け取り、口内を湿らせたブラッド団長がまっすぐに前を見つめる。


「さて、早速依頼の内容についてお話を伺いたい所ではありますが……その前にひとつ、お願いが。盗聴対策として、この部屋に遮音結界を張らせて頂けないでしょうか」


「盗聴、とな。そなたらとの会話を誰に聞かれたとて、困る事もないと思うが」


「確かに、魔物大量発生(スタンピード)の件では特に問題ないでしょう。ですが、もうひとつの方については、知る人は少ない方がいいかと」


成る程。つまり、団長は言外にこう言いたいのだ。


魔物大量発生(スタンピード)はともかく、誘拐事件についてはまだ詳細が分かっていない。誘拐の犯人、またはそれと繋がってる人物が城内にいるかもしれない、と。


「……確かに、そなたの言う通りだ。よかろう、結界を張る事を許す」


「ありがとうございます。……ティア」


団長に名前を呼ばれる。意図を察した私は、すぐさま手を叩いて魔法を発動した。


音を遮断するシャボン玉をドーム状に展開。席に着いていた私達五人と側に控えていたサリーさんの、計六人を包み込む。


「ほう、奇特な魔法だ。特異属性か?」


「はっ、はい。結界に特化した特異属性魔法です」


「結界に特化、か。成る程、そなたのような人材がいれば、魔物討伐の際に被害を抑えられるかもしれない。検討の余地があるな……いやしかし………いっそのこと…………」


ぶつぶつと続く独り言を諌めるように、「こほん」と小さく咳払いをするサリーさん。


「はっ! いやぁ済まぬ。こと戦闘の話になると考えが止まらなくてな」


「いえ、お気になさらず。……さて、依頼の詳細をお聞きかせいただく──その前に、確認したい事がひとつございます」


「確認、とは? 申してみよ」


「はい」


促され、ブラッド団長は言葉を紡ぐ。


……遮音の結界に覆われているから、だろうか。その言葉は、やけに大きく響き渡ったような気がした。



「貴女の名前を、教えて頂けませんか?」



「………」


しぃん、と。耳が痛くなる程の静寂が、私達を包む。


図星をつついてしまった時のような、妙な緊張感。その沈黙を破るように「は、はは……」と乾いた笑いが耳に届く。


「はは、そう言えばまだ名乗っておらんかったな、失礼した。┃わらわはヴィゴーレ国の女王、エルフリーデ・サンドラ───」


「分かりやすいように、単刀直入に申し上げましょうか」


被せ気味に、ブラッド団長は口を開く。


……一国の女王の言葉を遮るなんて、本来なら手討ちにされてもおかしくない程に不敬なことだ。


けれど、団長は微塵も臆する様子はなく、前を見据えて言葉を紡いでいく。


「お答え下さい、エルフリーデ女王陛下」


金色の瞳が、まっすぐに射貫く。


ソファに座る浅黒い肌の女性……ではなく、その傍らに控えるように立つ、サリーさんを。


「何故、我々の対応を影武者に任せ、真の女王陛下である貴女が、侍女の真似をなされているのですか?」




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