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第39話


マーシュに案内されたのは、建物内の中庭のような場所だった。


本来なら花を植えたり人工的な池を作ったりして、皆の憩いの場になるだろう場所だが、眼の前に広がるのは騎士の修練場……いや、闘技場(コロッセオ)を思わせるような無骨な広場。


彼が先程言っていた『腕前を示す』その為の場所なのだと、一目で分かった。


「向こうの建物には、我々が生け捕りにした魔物達が収容されています。御三方にはその魔物達と交戦し、自らの腕前を示して頂きたく」


「分かりました。皆様の期待に応えられるよう、最善を尽くしましょう」




そうして、私を除く三人の腕前を証明する為の魔物戦闘が始まった。


戦わなくてもいい私は、脇に設置されたベンチに座りその様子を観戦する。


数日間の移動で疲労した状態での戦闘ではあるが、ブラッド団長とサーリャさんは相変わらずとても強い為、特に心配は不要だろう。


ほら、今だって。サーリャさんの雷を受けたグリフォンが、消し炭になってサラサラと崩れてったし。


ただ………


(ノワール先輩って、どうなんだろう)


ふと、疑問が脳裏を掠める。


そういえば、彼が何かと戦ったりとか、魔法を使うような場面は一度も見てないような気がする。


隠密魔法が得意で毒の知識が豊富という情報から、彼の戦闘スタイルというかギルド内での役割は、何となく察する事ができるけれど。


「何やら難しい顔をなされていますね」


不意に、声を掛けられた。


見ると、先程応接室にいた騎士の一人がそこに立っている。


「憂いに目を伏せる貴女も美しくはございますが、微笑む貴女こそが最も美しいかと」


「え、っと………」


「おっと、自己紹介がまだでしたね。私はゼノン、ヴィゴーレ騎士団南門警備部隊の一人です。以後お見知り置きを」


そう言って、騎士ゼノンが一礼する。その動きに合わせて、彼の胸元で不思議な形をしたネックレスがカチャリと揺れた。


何だろう。あの紋章のような形状、どこかで見た覚えがある気がする。どこで見たんだっけ……。


……あぁ、そうだ。ケノラナの町にあったパン屋の夫妻、彼等が付けていたネックレスに似ているんだ。


私の視線に気付いたのか、ゼノンが「あぁ」と呟いて私に見えやすいようにネックレスを持ち上げる。


「こちらの首飾りが気になるのですか?」


「はい。ケノラナで、これと似たような物を付けていた人を見かけまして。あぁ、でも細部が少し違うような………」


「成る程。ではその方も、敬虔な信徒なのでしょう。これは我が国の守護神である女神ベローナ様を示す紋章(シンボル)です。私は女神派ですので、紋章のみのシンプルなデザインですね。

 宗派によっては、聖女の結界を示す円でこの紋章を囲んだり、教会を示す十字架が付けられたりと細かく変わってくるのですよ」


ベローナ、という名前の女神はまったく聞いた事が無いが、彼の様子から察するにヴィゴーレ国では広く信仰されているのだろう。


この国で任務をする以上、国教については知っておいた方が良いのかもしれない。私は目の前で開始されたブラッド団長と二角獣(バイコーン)の対戦を眺めながら、ゼノンへと話を振る。


「女神派、とは?」


「ベローナ様こそが信仰を捧げる唯一の存在である、という理念を掲げる宗派です。

 他にも、数百年前の聖女様を信仰対象に含める聖女派、教会や教皇猊下に重きを置く教会派など、色々な宗派がありますね」


ようは、信仰に対する解釈の違い、みたいなものか。


こういうのは得てして段々と過激になり、やれ宗教対立だの宗教戦争だのに発展していきそうなものだが、ゼノンの話し方の穏やかさから、そういうギスギスしたものは感じなかった。


()っ!」


目の前で、魔物の巨体が地に沈む。


ブラッド団長の一撃により、一瞬で勝負が決したのだ。


脳震盪でも起こしたのだろうか。血液混じりの泡を吐いて倒れたバイコーンが、騎士達に引き摺られて奥の魔物舎へと消えていく。


「流石です。サーリャ様もブラッド様も、輝かしいほどに(うつくし)いですね」


ゼノンの言葉に、曖昧に微笑む。


ブラッド団長もサーリャさんも、森の中で魔物と対峙した時に比べて明らかに手を抜いている。


ここが建物に囲まれている場所だった為、周囲を壊さないように配慮しているのだろう。


実は彼等まだ全然本気じゃないですよ、なんて言えるはずもなく。


「最後はノワール様ですね。体躯はブラッド様よりも華奢ですが、さて」


ゼノンの言葉に、私は視線を広場へと向ける。


ブラッド団長と入れ替わるように、先輩がそこに立っていた。彼はこちらをチラリと見ると薄く微笑んだが………やはりどこか圧を感じる。


私の隣でゼノンが「ヒェッ」と小さく悲鳴を漏らした。


「ノワールの奴、フラストレーション溜まってるわね………」


「まぁ、だろうな。あのゼノンという騎士、先程ティアに交際を申し込んだ者だろう」


「あー……察したわ」


「申し訳ありません、うちの部下が空気を読めず」


「いえ、こちらも躾が成って無くて申し訳ない」


ちょっと離れた所で、戦闘を終えた団長達とマーシュが何やら話している。声量が小さい上に微妙に距離があるのでうっすらとしか聞こえないが……しつけ、とは一体どういう意味だろう。


内心首を傾げていると、ガチャンと鎖が鳴る音が響き渡る。


どうやら、先輩の対戦相手である魔物が到着したらしい。騎士達が三人がかりで連れてきたのは、オルトロスと呼ばれる種族の魔物だった。


狼よりも一、二回りほど大きい体躯をした双頭の魔犬。体毛は夜に溶け込むほど黒く、臀部からは尻尾の代わりに大蛇が生え、チロチロと舌を出しながら周囲を威嚇している。


グルル……と唸り声を上げる口からは鋭い牙が覗き、その隙間からはヨダレがポタポタと垂れていた。


「では、これよりノワール様の強さを証明して頂きます。準備はよろしいですか?」


「はい。いつでも」


「それでは……はじめ!」


審判が手を挙げる。


ノワール先輩が腰のベルトからナイフを抜き放つのと、騎士達が鎖から手を離して魔犬が自由を得たのは、ほぼ同時。


この場の雰囲気に呑まれたのか、それとも先の戦いで流れた魔物の血を嗅いで獣の本能が刺激されたのか。やや興奮気味のオルトロスは、それでも冷静に目前で武器を構えた人間(ノワール先輩)が敵だと理解したらしい。


黒い脚が地を蹴り、先輩へと迫る。


彼はそれを見据え、焦る事なく冷静に詠唱を紡いだ。


「───影よ」


ノワール先輩が、詠唱を紡いだ瞬間


彼の姿が、消えた。


空気に溶けたように、なんてありきたりな例えだけど、本当にそうとしか思えない程に。


まるで最初から、そこには誰も存在しなかったのではないかと勘違いしてしまいそうになるぐらい、ノワール先輩は完璧に姿を消してした。


標的を見失ったオルトロスが急停止する。人間より気配に敏感で鼻も利くはずの魔犬が姿を捉えられずにいるのだから、先輩の隠密魔術の精度は凄まじいものだ。


中途半端な隠密魔術を習得した事で『これで魔物に気付かれずに動き回れるぜー!』と驕り、魔犬や魔狼の餌食になる冒険者は少なくないのに。


オルトロスはいまだに、消えた先輩を見つけようと苦戦している。片方の頭をキョロキョロと動かしながら、もう片方の頭を低く伏せて匂いを辿ろうとしている。


「ギャゥ!?」


そんなオルトロスが突然、短く悲鳴を上げた。


見ると、魔犬の首筋には一文字の切り傷。


どうやら、動脈に届くほどに深い傷らしい。まるで壊れた蛇口のように、とめどなく血があふれ出した。


どばどばと零れ、だらだらと体を伝い、じわじわと地面を染めていく鮮血。


己から今なお出続け、広がっていく赤を、オルトロスは不思議そうに見つめ


そのまま、ゆっくりと地面に倒れた。


広場に広がる赤い花の真ん中で魔犬が絶命したのを確認し、魔術を解除したのだろうか。ノワール先輩が姿を現した。


ぶん、とナイフを振って、得物に付いた血を払う先輩。


その赤い軌跡が、何故だかいやに私の目に焼き付いた。




「お見事です。皆様の腕前、しかと拝見させて頂きました」


魔物との戦闘を終え、私達は一番最初に通された応接室へと戻って来た。


結果は勿論、三人とも文句無しの合格だ。


「では、入都受領印をお渡しします。どうぞこちらを」


マーシュが恭しく差し出したジュエリートレイの上には、人数分の腕輪が置かれていた。


水色の宝石が埋め込まれた、金の腕輪だ。


「この腕輪を、右腕の上腕に装着して下さい。服の上から着けるようお願いします」


よく見ると、彼等の右腕にも同じような腕輪が着けられている。


もっとも、彼等のそれは銀色で、宝石も付いていない。てっきり鎧の一部だと思ってしまうぐらいシンプルで、それが市民証明の腕輪だと気付かなかった。


マーシュからの説明曰く、この腕輪は真鍮、銅、銀、金の四色あり、後者であればあるほどに(うつくし)いとされる。


私達に渡された宝石付きは、金のさらに上。この国において最高評価の(うつくし)さとされているらしい。


この腕輪を与えられるのは基本的に、魔物との戦いで四肢を欠損したりして一線を退いた者達。五体満足のまま宝石付きの腕輪を身に着けているのは、現在ではエルフリーデ女王しかいないんだとか。


トレイから腕輪を手に取った私達は、各自右腕へと通す。私の腕にはだいぶ余るほどの大きさだと思ったが、自動調節の魔術が掛けられていたらしい。腕輪はひとりでに縮み、二の腕にぴったりとフィットする。


私達全員が腕輪を身に着けた事を確認すると、マーシュは再び恭しく頭を下げた。


「では、早速ですがどうぞこちらへ。女王陛下が王城にて、皆様をお待ちです」






女神派やら聖女派やらは、現実世界のキリスト教でいう教会中心主義(カトリック)聖書中心主義(プロテスタント)みたいなもんだと思ってたいただければ…

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