第37話
その後、ノワール先輩がお風呂から出てきて、私達は夕食の準備を進める。
机の上に並ぶメニューは、獣型魔獣の肉をローストしたものに野菜のスープと、野営中の食事とは思えない程に立派なものだった。
肉は現地調達だろうが、野菜は団員証に備え付けられた機能である光の扉を使って持ってきたのだろう。
「ティア、パン出してくれる?」
「はい」
サーリャさんの言葉に頷き、私は紙袋から今朝購入したパンを取り出す。劣化を防ぐシャボン玉で包まれていたそれは焼き立てのまま維持されており、焼き立て特有の温かさと小麦のいい香りを纏ったままだ。
シャボン玉から人数分のパンを取り出して皿に並べる私の様子を見て、ブラッド団長は「ふむ」と声を漏らした。
「以前から思っていたが……どうやらティアの特異属性魔法は、ヒノモト式の結界魔術に近いものらしいな」
「結界って………あの結界?」
「あぁ、詳しい話は食べながらするとしよう。折角の料理が冷めては勿体無いからな」
ブラッド団長の言葉に頷き、準備を終えた私達はテーブルを囲う。
いただきます、と手を合わせた私達は銘々に料理へ口を付けた。
(お、美味しい………!)
じっくりとローストした肉は柔らかく、丁寧に下処理されてるからか獣臭さが無くて食べやすい。
独特の風味がある黒いソースはおそらく、ヒノモトの調味料であるショウユをベースにしたものだろう。さっぱりとしてるのに、しっかりとした旨味がある。
どこか異国風のローストとは裏腹に、スープは慣れ親しんだ味わい。馬での移動やダンスの練習で汗をかいた体に、程良い塩気が染み渡る。
「えっと……それで、私の魔法が結界魔術に近いって話でしたっけ」
あまりの料理の美味しさに、一瞬忘れそうになった話題を慌てて引き戻す。
確かに魔法を反射したり、シャボン玉の内部にモノを閉じ込めたりするのは、冒険者達がよく防御や魔物捕縛に使う結界に類似しているとは思っていた。
けれど、拒絶魔術だけは説明が付かない気がする。
結界魔術は基本的に守る為のものだ。定めたものを徹底的に消滅させる拒絶魔術とは真逆のように感じるけれど。
パンを千切りながらそう口にすると、私の隣に座るノワール先輩が答えた。
「いえ。むしろ拒絶魔術こそが、結界において重要な点らしいんです。そうですよね? サーリャさん」
ちらり、とノワール先輩がサーリャさんへ視線を投げる。
団長は先程『ヒノモト式の結界魔術に近い』と言った。ヒノモトの魔術となれば、ハーフである彼女が一番詳しいだろう。
「えぇ。結界という言葉は漢字で『世界を結ぶ』と書くわ。異なるふたつの世界を結び付ける………もっと言ってしまえば、世界の中に異なるルールの世界を作り、その境界を引くのが結界魔術よ」
勿論、西洋でも似たような術式は幾つか見たけれど。目に見えない“何か”を掴むのは、八百万の神の国と言われる日本の得意分野よね。
そうサーリャさんは呟いて、私にも解り易い例をあげて説明してくれた。
例えば、とある場所に人が生きていけない程に瘴気が濃い土地があった。そこに一人の乙女が聖なる力で結界を張って瘴気を防ぎ、人々はその結界内に国を築いた……という、よくある建国の昔話。
この聖なる結界をヒノモト術式風に解釈すると、人が生きていけない世界の中に人が生きていける世界を作り上げた、という事になる。
此処からは違う世界だと遮断し、
境界を超えようとする瘴気を反射し、
内部の瘴気を拒絶して瘴気の無い空間を作り出す。
この一連の流れこそが結界魔術の本質だと、サーリャは語る。
「遮断、反射、拒絶…………」
ポツリ、と呟く。
それは、私の魔法にて精製されるシャボン玉が持つ効果と一緒だった。
「勿論、ただ障壁を張るだけの結界魔術も『壁の向こう側』と『こちら側』を区切る立派な結界ではあるけどね。外部の規則を捻じ曲げて異なる世界を内部に作る結界は、かなり上等な魔術よ。
多分、ティアの特異属性魔法を正しく表現するなら『シャボン玉形の結界を張る魔法』になるんじゃないかしら」
……成る程。今まで自分の魔法をよく分からないままに使っていたけど、そう言われると何だかしっくり来る。
「魔法を極めるにおいて、己の魔法を知る事は重要だと聞く。自分の魔法をしっかりと理解できた今なら、魔術を使う際の効率も少しは上がるだろう」
ブラッド団長が言ったその言葉は、たしか学校に通っていた頃、魔術の授業を受けた時に聞いた事がある。
あの時は、私の特異属性魔法に先生はお手上げ状態だったっけ。当時の私はしっかりしてよ先生と思っていたが、ここまで特殊かつ異国の術式に近しい物なら一介の教師には荷が重すぎたと思う。ごめんなさい先生。
(己の魔法を知る、か………)
脳内でそう呟いた時、ふと、ある事に気が付いた。
(………そういえば。私、まだ皆の魔法属性とか聞いてないや)
任務を行うに当たって、仲間達の技量や力量……誰が何を出来るのか知るのは非情に重要だ。
一番最初のリゼとの任務だって、トップシークレットだったセイレーンの魔声云々はともかく、彼女が風属性を持っている事はファルベ国に到着してすぐに聞いていた。
その後の任務も、基本的にはすぐに同行者の使える魔法について尋ねていたが……今回は到着直後にすぐ移動したり、そもそも人数が多かったりですっかり忘れていたのだ。
(ギルドから出発する前……いや、ミーティングの時に聞いておけばよかったな)
失敗失敗。まぁ、次から気を付けるとしよう。
そんな小さな反省を、スープと共にコクリと飲み下す。
「魔法云々で思い出したんですけど、皆さんが使える魔法って何なんですか? サーリャさんが雷魔法、団長が身体強化魔術を使える事は何となく察したんですけど……」
そんな私の質問に、三者はそれぞれ「ふむ」「おや」「言わなかったかしら」と三様の反応。
小さな違いはあるものの、その感想は一貫している。
「……そういえば、言ってなかったわね」
「ですね。丁度良い機会ですし、ティアさんに説明しておきましょう」
コホンと咳払いして、ノワール先輩が己の胸に手を当てる。
「ではまず、俺から。俺が持つ魔法属性は影、特に隠密魔術が得意ですね。逆に他の属性は全然ですけど」
影属性の魔術は、大きく分けてふたつに分類される。
ひとつは何時ぞやのギルドハウスでシンが影から予言書を取り出したような、影を操ったり媒介にするもの。もうひとつは影を薄くする……いわゆる隠密系のものだ。
どうやら話を聞くに、ノワール先輩の魔力は相当ピーキーな性質らしい。同じ影属性でも影の操作にも苦戦する程に、隠密魔術に特化しすぎているんだとか。
逆に。隠密魔術の適性は凄まじい物で、目の前で発動しても気配を完全に断つ事ができたり、ほんの僅かな魔力で一日中隠密状態を維持できたりと破格の性能を誇る。
サーリャさんが言うには、“赤のギルド”には先輩のように偏った才能を持つ人は多いらしい。
曰く「ウチにいるのは特定の教科で二百点取れる代わりに他が全てゼロ点の特化天才タイプか、全教科八十〜九十点の万能秀才タイプが殆ど」との事だ。
「かくいう私も特化タイプね。使える魔術は雷属性と武器錬成魔術ぐらいよ。あとは巫としての術かしら」
「カンナギ?」
「ヒノモトで『神に仕える者』を指す言葉よ。内容は全然違うけど、一応こっちの言葉だと神父とかシスターに当てはまる……のかしら。
巫術というのは、神に祈りを捧げその力の一端を借り受ける儀。御神璽の作成や神鹿の召喚は、この巫術によるものよ」
聞くに、サーリャさんのお父さんは神職家の出身らしい。とある軍神を代々祀る一族で、彼女の父はその直系も直系だとか。
サーリャさん自身も幼い頃はヒノモトにある父の実家で過ごしており、そこで目にした巫術を見様見真似で使っている、との事だ。
……見様見真似の儀で力を貸してくれるのか、その神様は。
「ほら、うちの神様は軍神だから。強い人間は問答無用で気に入って、力を貸したくなっちゃうのよ。武甕槌様は」
困ったものよね、と。まるで身内の悪癖を笑って受け入れるような表情で、サーリャさんはそう言った。
タケミカヅチ。それが、彼女の家系が祀っていた神様の名前らしい。そういえば白鹿を召喚する時に、そんな言葉を言っていた気がする。
『出でよ、武甕槌の眷属』と。
「武甕槌神は軍神であると同時に、雷神でもあり剣の神でもあらせられるわ。私が雷と武器錬成の魔術しか使えないのも、血筋の影響かしらね」
成る程、彼女の雷魔法が桁外れに強力だったのはそれが理由か。納得してロースト肉をもぐもぐしながら、私の斜め前に座るブラッド団長をチラリと見る。
ノワール先輩、サーリャさんと来たら、次は彼の番だ。
ブラッド団長の魔法は……やはり身体強化辺りだろうか? 基本的に何でも卒無くこなす人だから、どんな属性を持ってても色々な魔法を使いこなしてそうだけど。
私の視線の意図に気付いたのか、団長は持っていたグラスをコトリと机上に置く。
「期待に満ちた目を向けているところ悪いが、俺はいわゆる魔無しだ。そもそも魔法を使えない」
さらり、と。何でも無いようにブラッド団長が口にした事は、なかなかに衝撃的な事だった。
魔無し。魔力無し、無能力者、不魔力体質とも言われるそれは、簡単に言うと魔法を使えない人の事だ。
もっと正しく言うなら、体内にある魔力を体外に放出できない人。
人の体には魔力が宿っており、血液や酸素と同じように体内を循環している。これは魔法が使える使えないに関係無く、生きている者であれば絶対に有するものだ。
そして魔法は、この体内の魔力を体外に放つ事によって紡がれる。
水や炎を出したりする魔法は勿論。身体強化魔術も、魔力を一度体の外に出して対象部位に魔力を纏わせコーティングする事によって強化する為、魔力の体外放出は必須だ。
ほら、初任務の際にリゼが風を脚に集めて速度を上げていた事が何回かあったでしょ? わかり易く言えば、あれと同じ。
だが、魔無しの人達はこれが出来ない。
汗腺という目に見えない小さな穴から、汗が滲み出して来るように。私達の肌には魔力を放出する為の穴があるのだが、魔無しの人達はこれが先天的に塞がってしまっているのだ。
ちなみに、魔無しという体質は決して珍しいものではない。私の地元では六割ぐらいの人が魔無しだったし、行商人として旅をしていた時も、人口の過半数が魔無しの町が殆どだったように思う。
「え……じゃあ今朝に門の前でドラゴンをぶっ飛ばしたのは、自前の腕力によるもの何ですか?」
「あぁ、いや、言葉が足りなかったな。あれはちゃんと身体強化を用いたものだ。気功や内丹と言われる東洋術式でな」
聞くに、バーラトやヂョンファ、ヒノモトには瞑想による精神統一や独特の呼吸法、体捌きによって体内の魔力を意識的に循環させ、身体を強化する技術があるらしい。
国によってヨーガ、気功や内丹、禅と呼び方が異なり、毛色や詳細も違うんだとか。
「俺が学んだのはヂョンファ式だな。幼い頃から、マオさんに手解きを受け会得したものだ」
ブラッド団長は簡単に言ってのけるが、遠い異国の魔術を身に付けるというのは大変な事だ。
その国独特の魔術というのは、そこに住む人達の体質に合わせてチューンナップされた物。ましてや体の内部に作用する術式であれば、十年以上の長い鍛錬と血が滲むような努力が必要になるのは想像に難くない。
「幼い頃からって事は……マオさんと団長は長年の付き合いなんです?」
「あぁ、マオさんはかつて父の部下をしていてな、当時から色々とお世話になっていた。実の父よりも父親らしい事をしてもらったものだ」
成る程……と相槌を打つと同時に、とある事に気が付く。
マオさんはノワール先輩の養父だ。とある理由で実親と生き別れた先輩を、マオさんが引き取った、と聞いた。
なら、先輩と団長もまた、昔からの付き合いなんだろうか。
思った事を尋ねると、私の隣に座る先輩は小さく頷いた。
「はい、いわゆる幼馴染みですね。昔から、ブラッド君の我儘によく振り回されたものです」
「それはこちらの台詞だ。意味も無く森へ冒険に行こうとしたお前を、何度止めたと思っている」
「意味無くはないですよ。何度も言ってますけど、当時の俺にはちゃんとした目的があったんです」
「兎を見たい、はちゃんとした目的ではないだろう。そのまま丸一日帰って来なかった時は肝を冷やしたぞ」
「あぁ、懐かしいですね。あの時は父さんに凄く怒られましたし、母さんにも姉さんにも心配をかけてしまいました。流石の俺も反省しましたよ」
「俺に対しても少しは申し訳ないと思って欲しかったがな。というより、その笑顔はほぼ反省してないだろ」
「えー?そんな事ありませんよ。もう心配は掛けない、と宣誓させられてますし」
「……はぁ。それはあくまで家族に対して、だろう。俺への配慮がされていない所は変わってないと、気付いているからな?」
「え? ブラッド君に配慮とかいります?」
「こいつは全く………。次本当に何か問題を起こしたらマオさんに報告するからな、ノワール」
ひくり。その言葉に顔を引きつらせた先輩が「分かりましたよ」と仕方なさそうに頷く。
その後も、軽口を叩きながら昔話に花を咲かせるノワール先輩とブラッド団長。
サーリャさんと私はそれに相槌を打ちながら話を広げて、彼等の幼少期に思いを馳せていく。
ヴィゴーレ国一日目の夜は、こうして過ぎていくのだった。




