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第36話


その後、やかましい心臓を何とか押さえつけけた私は、ノワール先輩とダンスの練習を始めた。


夜会まであと六日。一から基礎を地道に積み重ねている時間は無い。


先程ブラッド団長が言った通り、一連の動作をただひたすらに繰り返して体に叩き込んでいく。


右、左、ここでクルリと一回転。そして次は、えっと………


「こう、ですよ」


「あっ! す、すみません…………」


ノワール先輩に手を引かれ、ステップを踏み直す。


おそるおそる、ゆっくりと。ぎこちない動きすぎて、傍から見ると踊りとは思えないかもしれない。


一連の動きをただひたすらに反芻し、頭ではなく体に覚えさせたコレは、きっと本物の貴族からすると鼻で笑ってしまうレベルだろう。


でも。私からしたら、これはれっきとしたダンスだった。


誰とでも踊れる訳ではない、ノワール先輩としか踊れないダンス。


「さて、今日はここまでにしておきましょうか」


不意に足を止めた先輩が、そう口にした。


「え……もう、ですか? まだ続けても………」


「慣れない乗馬で、疲れているでしょう? 明日も馬に乗って移動するんですから、無理は禁物ですよ」


先輩にそう指摘され、私は自分の体に疲労感がのしかかっている事にようやく気付いた。


……ダンスに夢中で、すっかり気付かなかった。


やや重くなった手足を動かして、階段を下りる。一階ではサーリャさんが、キッチンで夕食の準備をしていた。


ブラッド団長の姿は、見当たらない。彼が背負っていた直刀がそこの壁に立て掛けられているため、家の中にはいると思われるが。


私達が降りてきた事に気付いたサーリャさんが、手を動かしたまま「あら」と言葉を漏らした。


「ダンスレッスンお疲れ様。どう? 夜会にまで間に合いそう?」


「はい、このままいけば何とかなると思います。……ブラッド君は?」


「ブラッドなら今、お風呂入ってるわ。魔物(食材)を狩ってもらったりとか、その血抜きとか色々やってもらったから。

 流石に血の臭いがついたまま、料理の手伝いをしてもらう訳にはいかないもの」


そう言いながら、サーリャさんはブロック肉を切り分けていく。


「まだ料理出来るまで時間があるから、二人もお風呂に入ってきたらどう?」




サーリャさんに勧められた通り、浴室へと移動する。


なんとこの家のお風呂、一人しか入れない程の広さではあるが、男湯と女湯のふたつが設置されていた。


元々はカズヒコさんから借りた家形埴輪である為、最初からそのように作られていた物だろうが……作り込みが凄い、というべきだろうか。


浴槽の近くの壁には、魔石がふたつ埋め込まれている。それぞれ水魔法と火魔法が込められており、これに魔力を通すと勝手にお湯が溜まる仕組みになっていた。


何でも、ゲンダイニッポンに存在する自動給湯器を再現したんだとか。


髪と体を洗って、お湯が張られた浴槽に入る。じんわりと体が温まり、疲れがゆっくりと解けてお湯に溶けていく。


「………ふぅ」


自然と、息が漏れる。


乗馬もダンスも、普段は使わない筋肉を行使する行動だったらしい。


体の節々が悲鳴を上げ………とまではいかないけれど、所々から泣き言が聞こえる程度には疲労していた。


これでもし屋外での野宿だったら、疲れが取り切れずに翌日にも影響が出ていたかもしれない。


暫く湯に浸かり、十分に温まって浴槽から上がる。体を拭いて着替えに袖を通し、髪を乾かしてリビングに向かうと、サーリャさんと団長が椅子に座り何かを話していた。


ノワール先輩の姿は無い。彼は団長と入れ替わりで風呂場に向かったので、入浴を始めるのが私より遅かった。まだお風呂から帰ってきていないのも無理はないだろう。


私が戻って来た事に気付いたサーリャさんの手招きに促され、私は二人の元へ近付いていく。リビングに設置された机、それを囲む椅子のひとつに腰を下ろす。


机の上には、何時でも配膳出来るように重ねられた皿が置かれていた。私と先輩がお風呂から出てきたら、すぐにでも料理を盛れるようになっている。


団長の手元には、ヴィゴーレ国王都周辺を描いた地図。黒く引かれた線はきっと、私達が移動した距離を記したものだ。


縮尺はあまりよく分からないけど、黒線の長さはケノラナから王都までの距離と比較して、約二割から二割五分といったところ。


王都までは五日ほどかかると言っていたから、大体予想通りのペースだろう。


冷えた水の入ったグラスを差し出され、お礼を言って受け取る。それに口を付けながら、チラリと二人に視線を向けた。


ブラッド団長とサーリャさん。ウサギが見える人達、ギルドの保護対象に当てはまる二人。


……もしかしなくても。話を聞くいい機会、なのかもしれない。


ごくり、と水を飲み込んで覚悟を決めると、私はおそるおそる口を開いた。


「あ、あの……少し聞きたいことがあるんですけど」


「どうした」


「その、私がギルドに誘われた理由って、私が保護対象だから、ですよね?

 ……そもそも、保護対象って一体何なんですか? 条件とか理由とか詳細とか、その辺りをまだちゃんと聞いてないなぁって」


私も“赤のギルド”の一員なのだから、知る権利はあるはずだと、思う。


そう言うと、ブラッド団長はふむ、と相槌を打ち、口元に手を当て考えるような仕草をした。


「………確かに、疑問に感じるのはもっともだ。ここで全てを教えるのは簡単だろう。だが……団長としても俺個人としても、現在(いま)のティアにはまだ教えるべきではない、と思っている」


「それは………何故?」


「まず、俺達が本当の事を教えたとして。ティアがその内容を信じるかどうか分からない点。

 ……保護対象の説明はやや複雑でな。荒唐無稽すぎて、空言だと思われても仕方ないぐらいには突拍子もない内容だ」


………“赤のギルド”も、大概ムチャクチャだと思うけれど。異世界から来た転生者や転移者とか、予言書とか。


でも、それらを総括するブラッド団長が改めてそう言うんだから、それぐらい途方も無い事なんだろうか。


「そして、こちらの理由の方が比重が大きいんだが……前列があるんだ。保護対象に最初から全てを話した結果、重大な事故に繋がった事例がな」


「じ、事故………?」


「あぁ。……これはあえて隠していた事だが、実は“赤のギルド”にはもう一人、保護対象の団員がいた(・・)。アユミ・イチノセというヒノモト人の少女だ」


………聞いた事のない名前だ。


ギルド内でそんな名前の人には会った事がないし、皆の口の端に上がった事も無かったと思う。


ブラッド団長は淡々と、まるで書類に書かれた文字を読み上げるように説明を続けていく。


「我々は勿論、アユミを保護しギルドに勧誘した。……彼女はお前と同じように、自分がなぜ保護対象とされているのか、あまりよく分かっていなかった様子だった」


故に皆は、アユミに対して保護対象の彼是(あれこれ)を包み隠さず話した。


話して、しまった。


「ティアも薄々察しているだろうが、保護対象は個々に強い力を持っている。聖剣を素手で打ち消したり、多種多様な使い魔を数多く操ったり、空間転移を使えたり。

 そんな強大な魔術を使う事が出来ると、昨日までごく普通の人間だと思って過ごしていた者に教えてしまったら、どうなると思う?」


「……………」


何となく、幼い頃に養父から聞いた話を思い出した。


ただの庶民が、とある偶然から大金を得てしまい、金銭感覚が壊れてしまった。お金が少なくなってもなお豪遊を止められずに………という、よくある教訓話。


強大な力と巨万の富という違いはあるものの、チカラという点では同じだ。


他者を凌駕する能力が本人の努力等も特に無くポンと手に入ったら、そのとき人間というのはどうなるか。


「事実が受け止めきれないか、もしくは……力に溺れてしまう?」


「あぁ、その通りだ。そして彼女は後者だった。

 先程も言った通り、アユミは今のお前と同じく自分が保護対象である事に無自覚で、それを上手く振るう事はできなかった。………本来なら」


けれど、彼女は『保護対象が如何なる存在か』『何故、保護対象に選ばれたのか』を教えてもらっていた。


どんなに己のチカラに無自覚でも。最終的な答えが分かっていれば、その途中式を省く事なんて容易い。


結果、アユミは己が持つ強大な術を。十全とまではいかないものの、その一部程度であれば操る事が出来るようになっていたらしい。


「………その。彼女は結局、どうなったんですか?」


淡々と話を続けるブラッド団長に、おそるおそる尋ねる。その話は、どこか他人事とは思えなかった。


事情を知らぬまま、自分を保護対象と自覚しないままギルドに入団した少女。もし順番が違ったら、私がその立ち位置になっていたかもしれない。


「自滅したわ。魔力を使いすぎて」


さらり、と。ブラッド団長の代わりに、サーリャさんが答えた。


「当たり前だけど、強大な力を行使するにはそれ相応の対価やリスクが必要なの。魔術を使うなら魔力を消費するし、高位魔術になれば魔法陣や詠唱、術式によっては生贄が必要になる。

 でも、アユミは自分の性能(スペック)を超えてもなお力を使い続けた。己の力を過信しすぎたわけね」


「アユミはある日唐突に、血を吐いて倒れ意識が戻らなくなった。ここの設備では診きれない為、現在は同盟先の医療ギルドが運営する病院にいる。

 ……入院する際に向こうから、最低でも数十年、下手したら一生目覚めないかもしれないと、そう言われた」


「………………」


思ったよりも壮絶な結末に、言葉を失った。


魔力の使い過ぎで倒れる、というのはよく聞く話だ。まだコントロールが覚束無い幼少期に、感情のまま魔法を使ってしまって、魔力切れで倒れたりとか。


でも、それはせめて、たちの悪い風邪を拗らせた程度。長くても一週間寝込むぐらいだ。


それが、数十年。下手したらずっと目覚めない程に。振るう力が強大であるほど消費する魔力も膨大になると考えると、その反動も大きくなるのだろう。


アユミという少女の魔力がどれぐらいだったかは知らないが、私の持つ魔力量はギルドにおいて平凡だ。


そんな私が、もし保護対象の事についての詳しい説明を受け、強力な魔術を扱えるようになったら。……まぁ自分で言うのも何だが、絶対に力に溺れないという保証はない。


なんせ私の感性は、平凡も平凡の一般人。大金を見たら一瞬やましい事が脳裏を掠める程度には、心が弱い自覚がある。


「……つまり。アユミさんという前例があるから情報の開示には慎重にならざるをえない、って事ですか」


「あぁ。ティアの事を信用していない訳では無いが、俺はギルドの団長として団員を守る義務がある。同じ轍を踏んでお前を危険にさらす訳にはいかない。

 説明は以上だ。理解してくれる事を願うが」


くい、と顎を反らしてブラッド団長はそう言った。


暗に『これ以上食い下がっても、もう何も説明するつもりはない』と示すように。


金色の瞳が、まっすぐに私を射抜く。


静かな圧。けれど、恐怖は無い。


彼はきっと、真剣に向き合っているのだ。新たな“保護対象”である私と、かつて自分達の浅慮によって起きてしまった事件。それら全てに対して真正面から、逃げる事なく。


それは多分、ギルドの長としての強い責任感。


身に纏う威圧感から一見冷酷な印象を受けるブラッド団長だが、彼は己が重責を担っている事をしっかりと自覚している。


義理堅いというか。一見暴君に見えて、そのじつ優しい。そういう人なんだろう、団長は。


「……分かりました。保護対象云々について、これ以上私は詮索しません。団長達が『私に話してもいい』と思えるタイミングが来たら、その時にまた改めて教えて下さい」





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