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第35話


薄暗い魔物の森を、馬を操って疾走する。


……いや、操ると言うよりは、自動運転している馬に振り落とされないように必死にしがみついている、と言った方が正しいか。


もっとも、馬形埴輪の走りは速くはあるが、荒くはない。


それに、鞍に跨った際、ベルトが独りでに動きながら粘土のように伸び、私の体を馬の胴体にしっかりと固定した為、よほど変な事をしないかぎり落馬する事は無いだろう。


隊列は縦長に。前からサーリャさん、私、ノワール先輩、ブラッド団長の順番に並んで疾駆する。


顔を上げると、サーリャさんが乗る鹿の白い体毛と仄かに光る角が、この薄暗い森の中でもハッキリと見て取れた。


成る程、サーリャさんが先導を買って出たわけだ。あの輝きを(しるべ)にすれば、逸れたり迷ったりする心配は無い。


「来たれ、八雷(やくさのいかづち)が一柱、大雷(おおいかづち)!」


サーリャさんは時折、ヒノモト風の独特な呪文を詠唱し、眼前へ向けて雷魔法を放つ。前方にいる魔物を散らす為、だ。


私達四人はそれぞれ、サーリャさんが用意した獣避けの御神璽を持っている。


だが、馬という高速の移動方法を用いている為、獣避けに気付けなかったり、気付いたとしても動きが遅すぎたりして、私達にかち合ってしまう魔物がちょくちょくいる。それに対処する為のものだ。


サーリャさんが放つ雷は膨大な光を孕んでおり、彼女が魔法を紡ぐ度に、周囲がまるで砂漠の真昼であるかのように煌々と照らされる。


また、威力も凄まじいもので、雷に撃たれた魔物は絶命を通り越し、肉体が炭のようになってボロボロと崩れていった。


しかも、小型の魔物ではなく、防御に秀でているはずの亀型の魔物までもが、だ。


「…………」


サーリャさんは、一体何者なんだろう。


紙に分霊を宿したり、白鹿を召喚したり。実力者が集う“赤のギルド”でも、頭ひとつ抜きん出てるように思う。


それを言えば、ブラッド団長だってそうだ。先ほど門の前で、武器も使わずドラゴンを一人であっさりと倒して見せた。


(………そういえば)


ふと、ギルドに入団した時の事を思い出す。最近は依頼だ何だと忙しくてすっかり忘れていたが、そもそも私がギルドに勧誘された理由は何だったか。


───『単刀直入に言えば、お前が普通の人間ではないからだ』


……そうだ。私が“赤のギルド”における保護対象に該当する存在だから。


保護対象とは、調合室で働くウサギ達が見える人……としか聞いていない。そして、現在“赤のギルド”でウサギが見えるのは五人だけ。


埴輪達の主であるカズヒコさん、転移門を担当するトモキさん、ブラッド団長にサーリャさんと………そして、私。この五人が、ギルドの保護対象。


この保護対象が何を意味するのか。何の条件を以てして保護の対象とするのか。そもそも“赤のギルド”が保護するのは、一体どのような存在なのか。


つまり、この五人に共通して、先輩やリゼ達にはない何か……保護対象となる条件のようなものがある筈だ。


疾走する馬に乗りながら、私は考えを巡らせる。


(例えば、何か強力な魔法を使える……とか?)


多種多様な大量の使い魔、空間転移、桁外れの膂力を得る身体強化魔術に、高威力の雷魔法。私は……夜限定だけど魔力の拒絶と考えれば、一応説明は付く。


リゼやフロワさんも特筆する力を有しているけど、彼女らの力は魔族由来のものだし。


魔族の血や魔力が混ざっていない純粋な人間で、なおかつ強力な魔法を使える事が『保護対象』の条件………?


……駄目だ。やはり、自分一人で考えるのは無理がある。思考がグルグルと巡って止まらなくなってしまうし、何より回答が得られない。


(王都までは五日ぐらい、って言ってたっけ。どこかのタイミングで、団長やサーリャさんから話を聞ければいいんだけど………)




その後、暫く馬を走らせ、少しの休憩を挟み、再び馬を走らせ………を繰り返し、気が付くと日が傾いていた。


ただでさえ薄暗い森の中が、より一層暗い闇に沈み始めている。


いくら光を帯びた白鹿という標があるとはいえ、これ以上の移動は危険だろう。


「総員、止まれ! 今日はここまでだ」


背後から、ブラッド団長の号令が響く。それが聞こえた瞬間、馬達は緩やかに速度を落とし、やがて完全に停止した。


私が下りると、馬はポフンと音を立て元の馬形埴輪の姿へと戻る。


「はにほー」と不思議ながらも可愛らしい声を上げる馬形埴輪を抱え、私は団長達へと向き直る。


「あら、もう? 完全に日が沈み切るまで移動してもよかったんじゃない?」


私の前を走っていたサーリャさんも白鹿から下り、手綱を引きながらこちらへ歩いて来る。


「いや、俺とお前だけならともかく、乗馬に慣れていないティアにこの夜道は危険だ」


ブラッド団長の采配に内心感謝しながら、周囲を見回す。近くに丁度いい洞窟や横穴のような物は見られない。


となると、屋根も壁もない完全な野宿だ。行商人時代にも数回ほど経験した事はある為、問題は無い。


とりあえず、まずは焚き火を……


「大丈夫ですよ、ティアさん。用意はちゃんとしていますから」


そう思い、準備の為に動こうとした私を制しながら、ノワール先輩が左手首の団員証(バングル)に触れる。


それはまるで先程、馬形埴輪を取り出した時と同じだ。


もしかして……いやでもまさか、ね…………?




「まぁ、その“まさか”なんですけどね」


「いやだって、まさか家形埴輪なんて物があるなんて思わないじゃないですか……!」


そう、そのまさかだった。


先輩が光の扉から、粘土を捏ねて家の形にして素焼きしたような物体を取り出し、適当な地面に置いた瞬間。


馬形埴輪と同じような、ポフンという音を立て───なんと、そこには見事な一軒家が建っていたのである。


外観は古代のヒノモト式だが、内装は馴染みのある西洋風。何だか、どこかギルドハウスに似た雰囲気だ。


料理が出来るキッチンにリビング、仕切り壁の向こうには人数分のベッドが並んでおり、向こうには二階に続く階段まである。


「古代ヒノモトの埴輪文化を甘く見ちゃいけないわよ。犬形、鳥形、武人(ぶじん)形……果ては船形埴輪なんて物まであるんだもの」


私の言葉にそう返しながら、サーリャさんは「さて」と手を叩く。


「このままゆっくりしたい所だけど、王都に向けて色々と準備しなきゃいけない事があるのよね? ブラッド」


「あぁ。ミーティングでも話した通り、俺達は王都にて夜会に参加する事になるが……ティア」


「はっ、はい」


「お前、ダンスは出来るか?」


「無理です!」


ブラッド団長からの問いに、即答する。


こちとら商豪の養子だったとはいえ、貴族ではない平民だ。そんな教養なんて、あるはずも無く。


「ふむ。では王都に到着するまでに、ティアにはダンスを覚えてもらおう」


「え……でも、そんな付け焼き刃で何とかなるもの何ですか?」


「本来なら、ならないだろうな。だが、今回はヴィゴーレ国の夜会だ。あまりマナーには細かく無い国風で、王侯貴族にも魔物と交戦した際の負傷から体が不自由な者は少なくない。多少のぎこちなさは問題無いだろう」


それに、とブラッド団長は言葉を続ける。


「これは自論だが、夜会のダンスが難しいのは、不特定多数の相手と踊る必要があるからだ」


団長曰く、たとえ同じ曲、同じステップを踏むにしても、そこには個人の癖等による微かな差異がある。


夜会のダンス練習は、その僅かな差異に対応する為の技量と、己の癖を徹底的に抑えお手本通りの動きを行う鍛錬こそが、一番大変なのだと。


「つまり、特定の人物と踊るだけなら、一通りの動きを体に叩き込めば済む、という事だ。

 夜会当日、ティアは俺達と………いや、ノワールと踊るだけでいい。火傷に釣られて言い寄って来る男は多いだろうが、適当にあしらって構わんぞ」


「な、成る程…………?」


団長の発言は、ダンスの動きを短期間で把握できる事が前提のような気がするけど………でもまぁ、言わんとする事は理解できる。


仕事でも何でも、基礎的な事なら覚えるのは簡単だ。仕事の出来や完遂具合ならともかく、動きだけ(・・)なら、の話ではあるけれど。


そして、踊る相手は見知らぬ人ではなく、慣れ親しんだノワール先輩なら。まぁ、何とかなる、かも、しれない。


本当はダンス自体丁重にお断りしたい所だけれど、女王陛下から直々にお誘いを頂いた以上、流石にそういう訳にもいかないだろう。


なら、せめて精一杯努めるまでだ。


「わ、分かりました………。やれるだけ、やってみます」


「決まりね。じゃあちょっと、付いて来てくれる?」


そう言ってサーリャさんに案内されたのは、建物の二階。生活感に溢れた一階とは違い、そこは家具がひとつも置かれてないだだっ広い空間だった。


少し物寂しく感じたけれど、ダンスの練習をするには丁度いい広さだ。


「じゃあ、まずは私達がお手本を見せるわね。ブラッド」


「あぁ」


サーリャさんの言葉に団長は短く頷くと、彼女の手を取りもう片方の手を腰へと回す。


いち、に、さん、と足で床を叩いてリズムを合わせると、何方からともなくステップを踏み始めた。


ブラッド団長とサーリャさんのダンスは、とても綺麗で。感嘆の声が口から自然と溢れてしまう程に素敵だった。


サーリャさんが身を翻すと、服の裾がドレスみたいにフワリと広がって。団長も騎士風の服を着ているものだから、まるでここが本当に夜会のホールになったかのよう。


とても優雅な二人のダンスは、でもよく見ると動き自体はそこまで難しく無いのが分かる。


男性側は難易度が高い動きが多少あるものの、女性側の方は本当に簡単だ。


あれぐらいなら、私でも何とかなるかもしれない。……多分。きっと。おそらく。……出来たらいいな、うん。


くるり、ふわりと踊っていた二人は、やがて緩やかに動きを止める。どうやら、一連の流れが終わったらしい。


「………どう? ティア。こんな感じだけど、できそう?」


「た、多分……」


頭の中でサーリャさんの動きをリフレインさせながら、曖昧に頷く。


「そう? じゃあノワール、後はお願いね。私とブラッドは下で夕食やお風呂の準備をしておくわ」


そう言って二人は階段を下りて行き、ガランとした二階には私とノワール先輩だけが残される。


ふと、隣に立つ先輩へ視線を向けると、彼はニコリと微笑みこちらへ手を差し出して来た。


「ふふっ。では早速、練習を始めましょうか。お手をどうぞ」


「はっ、はい……」


変に緊張して、声が上擦ってしまった。


でも、仕方ないと思う。ダンスなんて生まれて初めてだし。


……いや、記憶失ってるから本当に初めてかどうかは分からないけど、少なくとも覚えている中では初めてだ。


差し伸べられた掌に、自分の手を重ねる。


火傷でぐちゃぐちゃのその手を先輩は優しく、けれど確かに握ると、もう片方の手を私の腰へと回した。


少しくすぐったいような、気恥ずかしいような感覚。先程サーリャさんと団長が踊った時と同じ体勢のはずなのに、こんなに距離が近かっただろうか。


ここまで接近してしまうと、先輩の顔が本当に整っている事とか、空色の瞳が綺麗だとか、そういう所が嫌でも目に付いてしまう。


……背の高いシンや鍛え上げられた筋肉が付いた団長と比べると、ノワール先輩は細いというか華奢な印象だったけど。それでもやはり男の人というか、重ねられた手は大きくて、腰に回された腕はしっかりと私の体を支えている。


恋愛経験皆無な私にとって、これは劇薬だ。


顔へ無意識に熱が集まる。それをどうやっても抑えられなくて、私はただ静かに俯いた。


「ティアさん、大丈夫ですか?」


「だ………だいじょぶ、です……」


先輩の声に、しどろもどろになりながら何とか返答すると、先輩が首を傾げる。


「そうですか? もし移動疲れがあるなら、一度休憩を挟んでからでも構いませんよ?」


「いっ、いや、本当に平気です! ただ……こういう事に慣れてない、というか……」


近いん、です。色々と。


いやもうほんと、異性とここまで接近したのって、養父に抱っこしてもらった時以来じゃないかな……!


私が一人で狼狽えていると、その様子を見たノワール先輩はくすくすと笑みを零した。  


「なら、いいのですが。ほらティアさん、顔を上げて下さい。ダンスの時は、相手の顔をちゃんと見ないと。

 あまり目線を合わせないでいると、パートナーと不仲と思われる可能性も出て来ますから」


先輩のその言葉に、ぬぐ……と変な声が口から漏れる。


いや、言いたいことは分かる。私達は女王陛下が個人的に招待した来賓という立ち位置で夜会に参加する為、イヤでも注目を集めてしまうだろう。


そして、(未だに信じがたくはあるが)私はこの国の感覚では、絶世の美女であると認識される。女王陛下が直々にお呼びした美女、そんな女性がパートナーと仲が良くないとなれば、声を掛けてくる男性は沢山出てくるだろう。


それを避ける為にも、ダンスの際にはノワール先輩の顔を見て、良好さをアピールする必要がある。


それは理解できる。できるのだが………


「む…………無、理……です……」


「どうしてですか?」


どうして、って。


だって、なんか物凄く恥ずかしいし、それに───


「……その…………火傷、が」


──そう。私の体には、顔には、酷い火傷の跡がある。


この国では美しさの証かもしれないけれど、ヴィゴーレ国の人間ではない先輩からすれば、見てて気分の良いモノではないだろう。


日常生活で会話する程度の距離ならともかく、ここまで近付くなると……黒ずんで焼け爛れた見苦しい肌とか、赤くひきつれた痛々しい皮膚とかをまざまざと見てしまう事になって────


「ティアさん」


不意に、名前を呼ばれた。ぐい、と腰を抱き寄せられた事に驚いて反射的に顔を上げると、空色の瞳と目が合う。


人形のように表情が乏しいけれど、とても綺麗に整った先輩の顔。ガラス玉のような瞳が、じっと私を見詰めていた。


「ティアさん自身がどう思っているかはともかく、俺はティアさんの顔を見苦しいとは思ってませんよ」


言葉を紡ぐノワール先輩の瞳が、微かに細められる。


繋いだ手に、わずかに力が込められる。火傷が刻まれた私の手を、慈しむように。


「醜い、なんてとんでもない。だってこれは、ティアさんが今まで頑張って生きてきた証でしょう? 綺麗ですよ、とても」


微笑む先輩の、その言葉に。


胸の深い部分に火を点けられたような、息苦しさと熱さを感じた。


実際に触れられているのは手なのに、まるで心臓を鷲掴みにされたみたいだ。


鼓動が、五月蠅い。肋骨が折れるんじゃないかってぐらい高鳴って、他の音が全然聞こえてこない。


「ティアさん?」


不意に動きを止めた私を不思議に思ったのか、ノワール先輩が声を掛けてくる。


それに対して、私は何とか言葉を返したいのに、口から溢れてくるのは「あ…」だの「えっと……」だの、言葉にならない鳴き声ばかりで。


「………これでは、ダンスの練習どころではありませんね。少し休憩しましょうか」


先輩の言葉に、コクコクと全力で頷く。


それから、練習を開始するまでの数分間。私は馬鹿みたいに跳ね回る心臓を落ち着かせる事に、全力を尽くすのだった。





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