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第34話


その後、換金を終えて戻って来た団長と先輩に合流し、パンを購入した私達はそのまま町の北側へと向かう。


パンは少し多めに買い、残った分を私のシャボン玉で包んで劣化を防ぐ。これから先、王都までの保存食だ。


到着した町の北部。眼前に聳え立つのは、町の入り口からも見えた巨大な壁。


周囲に、人は見当たらない。森へと続く門……ゲートハウスのようになっている所に兵士が数人立っている程度で、道行く町人とか他の冒険者のような人は一人もいなかった。


先程パン屋のおばさんの様子から何となく察してたが、王都やそれを包む魔物の森はこの町において一種の禁忌(タブー)というか、触れてはいけない事のような扱いなのかもしれない。


ともあれ、一目が少ないを通り越して無いのは、“赤のギルド”としては好都合だ。私達は足早に、門兵へと近付いていく。


「失礼。王都に用向きがあるので、ここを通して頂きたいのだが」


「……貴殿らは」


「我々は異世界探偵事務所、通称“赤のギルド”だ。女王陛下から、聞き及んではおられないか?」


ブラッド団長の言葉を聞いた兵士達はハッとして、すぐさま「お待ちしておりました」と私達へと頭を下げる。


どうやら、事前に話は通してあったようだ。


「今、開門します。少々お待ち下さい」


兵士達が、慌ただしく動き出す。


魔者が徘徊する森へ続く、という事もあり、門は厳重に封鎖されているらしい。


大きい閂が備え付けられた、鋼鉄製の扉。ギギ……と軋む音を立てながらゆっくりと開く扉の奥には、落とし格子が二枚下ろされていた。


よくある城門のような装飾の付いた鉄格子とは違う、華やかさをかなぐり捨てて機能性に特化したような、無骨な鉄格子。


その向こうに見えるのは、鬱蒼とした森。魔物がうようよ居る、瘴気の森だ。


「…………っ」


鉄格子がゆっくりと上がって行くのを見て、私はゴクリと唾を飲み込む。 


行商人として旅をしていた頃に森を歩く事もあったが、それは騎士や冒険者によって魔物があらかた駆逐された、比較的安全な場所だった。


こんな、魔物が跋扈するような地に、足を踏み入れた事など、ない。


手が、震える。恐怖を誤魔化すように、拳を強く握り締める。


「ティアさん」


ふと、柔らかな声と共に、片手に温もりを感じた。


見ると、隣に立っていたノワール先輩の手が、私の手を優しく包んでいる。


「大丈夫です。皆いますから、ね?」


にこり、と私を安心させるように、ノワール先輩が微笑む。


周囲に気取られないようにそっと、けれど確かな温もりに、手の震えはゆっくりとさざ波のように引いていく。


恐怖が完全に消えたわけではない。まだ怖くはある、けれど。少しだけ落ち着いたような、ノワール先輩が大丈夫と言ってくれたら、本当に平気だと思えるような、そんな感じ。


………不思議だ。何も特別な事はない。ただ手を握ってもらっただけなのに。こんなにも安心するなんて。


からからと鎖を巻き取る音を響かせながら、やがて鉄格子は上へと上がり、門は完全に開け放たれた。


「ここから北へまっすぐ向かえば、王都へ着きます。森の魔物は凶暴ゆえ、お気をつけて」


「感謝します。……では、行くぞ」


団長の号令を受け、私達は門を潜って魔物の森へ入る。


ブラッド団長は平然と。サーリャさんは、買い物にでも行くかのような気楽さで。


そして私は、内心恐怖に震えながら、ノワール先輩に手を引かれるようなカタチで。


「ご武運を。……どうか、ヴィゴーレ国をお願い致します」


振り返ると、兵士達がこちらへ頭を下げていた。


ブラッド団長が手短に了承の言葉を返すと、ゆっくりと鉄格子が下ろされ、鉄の扉が再び閉ざされる。


これで、退路は断たれた。これで私達は王都に辿り着くか、森の中で魔物に殺されるかのどちらかしかない。


なんというか、獅子の檻に放り込まれたウサギの気分だ。


「……………っ」


改めて、鬱蒼とした森を見回す。


生い茂りすぎた木々が陽光をほぼ遮ってしまっており、朝なのに宵口のように薄暗い。


鼻腔をくすぐるのは、湿った落ち葉の匂いと獣臭さ。そして、澱んだような瘴気。


人間としての本能が『引き返せ』と警鐘をガンガン鳴らすような、そんな光景。


四方八方、ひしめき合うように木々が乱立しているが、よく見ると王都に続く北側だけ、ほんの僅かに地面を均したような跡がある。


整備、というには粗雑が過ぎる道だ。ぱっと見、獣道か何かだと思った程に。


けれど、よく見ると轍が踏み固まって出来たような二本の線が、北へずっと伸びているのが分かる。


轍の跡がある、という事は、馬車が通れる程度の幅と整備がされた道が伸びているという事だ。


最初は、魔物が蔓延る森の道無き道を行かねばならないと思っていたけど、これなら魔物に遭遇さえしなければ比較的容易に王都へ到着できるかも……


───ガサッ


「っ!!」


そんな楽観的な思考に傾きかけていた私の耳へ、不意に飛び込んで来た音に、思わず肩と心臓が跳ね上がる。


弾かれたように、そちらを見る。魔物だろうか? いやでも、サーリャさんか、獣避けの御神璽を貰ったはずなの、に


「…………、え?」


眼の前に現れたソレ(・・)に、思わず間抜けな声が漏れた。


丸太のような足。そこから生えた、大地を抉る爪。緑色に透き通る、強固な鱗。蛇を思わせる長い首。本来なら空を裂く程に広がるはずの翼は、森の中という環境故か小さく退化している。


あぁ、獣避けが効かない訳だ。コレを『獣』に分類するには、あまりにも強力すぎる。


西洋竜(ドラゴン)、ね」


「あぁ。こんなモノが出てこれる程度には、瘴気が強まっているというわけだ」


ドラゴン。魔物の頂点。そんな超存在を前にしても、団長とサーリャさんは特に慌てる様子はない。


『雨が降ってきたわね』『そうだな』みたいなノリの会話に毒気が抜かれたというか、良い意味で拍子抜けした気分だった。


そんな私の内心を察したのか、未だに手を繋いでいたノワール先輩が「ふふっ」と笑みを溢す。


「安心して下さい、ティアさん。あの二人はドラゴンなんて目じゃないくらい強いですから」


そうは言っても。相手はあのドラゴンだ。今まで本でしか見なかったような存在が急に現れたのだから、不安のひとつやふたつぐらい出てくる。


「どうする、サーリャ。お前が()るか」


「うーん……いいわ。(マズ)そうだし。ブラッドにあげる」


「そうか。では遠慮なく」


サーリャさんと短く会話を交わして、ブラッド団長は一歩前へ出る。


私達を守るように……というよりは、ドラゴンとの戦いを楽しむような印象だった。


「グオオォ………」


ドラゴンの瞳が鋭く光る。竜からすれば小さい存在だが、それでも前に出たブラッド団長の敵意を感じ取ったらしい。巨大な腕を振り上げ、団長目掛けて振り下ろした。


目にも止まらぬ、といった程ではないが、それでも十分な速さだ。


あれを喰らったら、人間はひとたまりもない。掌に潰されて圧死するか爪に切り裂かれて死ぬかの違いはあるだろうが、辿る結末はひとつだろう。


だが、明らかに命を奪うと思われていた、ドラゴンの一撃を。


「……っ!」


あろうことか、ブラッド団長は両手を伸ばし、そのまま受け止めた。


ゴォン!!と派手な音がして、団長が立つ地面がめくれ上がった。彼の身体が、大地にめり込むように僅かに沈む。


けれど、それはドラゴンとブラッド団長の体躯の差によるもの。衝撃が彼の身体を通じて地面へ伝わったが為の反応であり、団長自身は負傷した様子は見られない。


「ふむ。やはり知能が低いな。純粋な竜種ではなく、森に住んでいたトカゲか何かが瘴気に当てられ変異した個体、といったところか」


ドラゴンの足を受け止めながら、団長が呟く。


戦っている、というより状況の把握に努めているような、そんな印象だった。


ドラゴンが訝しげに唸る。無理もない。人間で例えるなら、踏み潰そうとした虫に足元を受け止められた感覚なのだろう。


ブラッド団長を押し潰そうと、ドラゴンはさらに体重をかけるも、彼は平然と立ってドラゴンの足を受け止めている。


「成る程、この程度なら特に問題は無いな」


右手を強く握り締めたブラッド団長が、頭上のドラゴンの足を思いっきり殴り付けた。


右から左へ、振り抜かれた拳。体重を乗せていた足を物凄い力で横から殴られ、ドラゴンは不様にすっ転ぶ。


「グルルル……グオオオオオ!」


虫のような存在と認識していた人間に転ばされて、ドラゴンは怒りをぶち撒けるように吠える。


凄まじい音圧。体にビリビリと響く爆音。本来なら命の危機を感じる筈の咆哮は、どこか命乞いのようだった。


「グガオオオォオオオ!!!」


一際大きな叫びと共に、ドラゴンの腹部にカッと光が生まれた。


分厚いドラゴンの皮膚越しでも煌々と輝く、凄まじい程に凝縮された魔力の渦。


それがゆっくりと、ドラゴンの首を伝い、上っていく。


「あれは、ブレス……!?」


魔力が込められた竜の吐息。頑丈な砦すらも一撃で瓦礫の山に変える程の破壊をもたらすと言われている、ドラゴンの象徴技。


こんな所でそんなものを放たれたら、私達は勿論壁の向こうのケノラナにも被害が出る。


「ほう、それまで使えるのか。だが……遅いな」


トン、と軽く地を蹴る音。その一足でブラッド団長は大きく跳躍し、ドラゴンの眼前へと接近すると


()ッ!」


ドラゴンの顎を、下から上へ打ち上げた。


強烈なアッパーカット。かち上げられたドラゴンの頭は大きく仰け反り、天を仰ぐような形になる。


ブレスを放つ直前に強制的に口を閉じられ、行き場を失った魔力がドラゴンの口内で爆発したのか、ボフンとくぐもったような音が響いた。


ドラゴン巨大が、ぐらりと揺れる。


ブラッド団長は危なげなく着地すると、左足を軸に一回転し


()ァッ!!」


遠心力をたっぷり孕んだ蹴りを、その腹へ叩き込んだ。


ボギャッ、という音はきっと、ドラゴンの骨が折れた音か、もしくは内蔵が破裂した音だろう。


ブレスを放つ筈だった口から代わりに血を撒き散らし、全身をびくびくと痙攣させながら、ドラゴンは呆気なく絶命した。


「……………」


傷ひとつ、どころか少しの返り血も浴びずに、ブラッド団長が単身ドラゴンを倒す様子を、私は呆然と見つめていた。


しかも、背中の剣を使わずに、素手で。おそらく、いやほぼ確実に身体強化魔術を使ったと思われるが、そもそもドラゴンを一人で制圧すること自体が規格外というか何というか。


「お疲れ様、どうだった?」


「サーリャの言った通り、大した事は無かったな。これなら、ヴィルヘルムに巣食っていた竜どもの方が歯応えがあった」


だが、と繋げるブラッド団長の声が、微かに低くなる。


「この程度とはいえ、ドラゴンが発生する程に瘴気が濃いというのは些か問題だな。俺達ならともかく、ここの人間には荷が重いだろう。急ぐぞ。

 ノワール、例の物を。カズヒコから借りてきただろう?」


「はい」


ブラッド団長の指示を受け、ノワール先輩は私の手を包んでいた手を離し、己の左手首に装着してある団員証(バングル)に触れる。


(……………あ)


離れた手が少しだけ寂しいと思ったのは、多分、気の所為だと思う。


先輩はバングルに埋め込まれたルビーへと触れ、光の扉を作り出すと、そこからみっつの茶色い物体を取り出した。


見慣れない、不思議な物体。例えるなら、ギルドハウスにいたカズヒコさんの使い魔、埴輪を馬の形にしたような物だった。


つるりとした素焼きの肌に、目があるべき場所に空いた丸い穴。胴体には鞍を模したような突起と飾りが付いている。


先輩が、それを宙へ放る。ポン、と軽い音と共に馬形埴輪が弾けたかと思うと、眼の前にしなやかな筋肉の付いた良馬が三匹現れた。


「こいつらは埴輪と同じ、カズヒコの使い魔だ。本来の馬よりも頑丈で、丸一日全速力を維持する事ができる」


成る程。確かに徒歩で向かうよりも、こちらの方が効率が良いだろう。


だけど、ひとつだけ疑問が浮かぶ。


「あの、何で三匹なんです? 私達は四人なのに………」


「大丈夫、合ってるわよ。私は自前のがいるから」


私の質問にサーリャさんは短く答えると、足を腰の高さまでゆっくりと上げ、そのままダンッと強く踵を打ち鳴らした。


そのまま、パン屋の前で御神璽に分霊を宿した時のように、手を打つ。先程は二回だったが、今度は一回のみだった。


()でよ、■■■の眷属。神鹿(しんろく)───八房(やつふさ)よ」


その言葉を。その単語を聞いた瞬間、ぢりっ、と脳味噌が微かに疼いた気がした。


不意の頭痛。でも、それはほんの一瞬で、すぐさま嘘のように引いていく。


そんなサーリャさんの言葉に答えるように、頭上からゴロゴロと雷鳴が響く。それが閃いたと思った瞬間、一筋の雷光が私達の眼前へと落ちた。


目を焼くほど眩しい光に、思わず瞼を閉じる。


雷が近くに落ちたというのに、痛みとか衝撃とか、そういった物は全く感じなかった。不必要な破壊はもたらさず、ただ呼ばれたから落ちて来たような、そんな印象。


ゆっくりと、目を開く。閃光の落下地点には、この世のモノとは思えない程に美しい一匹の白鹿がいた。


輝くばかりの白い体毛に、黄金の瞳。頭から生える立派な四叉の角は、うっすらと光を帯びている。


そんな神秘的な白鹿は、サーリャさんの眼前へと歩み寄ると、跪くように頭を下げて身を屈めた。


まるで、『どうぞお乗り下さい』と言っているみたいに。


それが当たり前かのように、サーリャさんはひょいと白鹿に跨ると、手綱を繰りながら王都へ続く道を見やる。


「さぁ、行くわよ。先導は私……でいいのよね? ブラッド」


「あぁ、頼んだ。殿は俺が務めよう」




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