第33話
そして、次の日。
私、ノワール先輩、サーリャさん、ブラッド団長の四人は、トモキさんの転移門にてヴィゴーレ国へとやって来た。
転移特有のフワフワとした不思議な感覚を味わいながら、ゆっくりと目を開ける。
……どうやら、ここは町の入口、その手前のようだ。
現在の時刻は朝の六時半、ポツポツと人々が行動を開始する時間だ。町の中に直接転移すると目立ってしまう為、少し離れた場所を選んだのだろう。
「転移完了。座標……問題無し、無事に到着したわね。現在地点はケノラナ町の南口、ここから北へ向かえば王都があるわ」
サーリャさんが指差した方を見る。町の北側、王都が位置する方角には、ここからでも見える程に高い壁が聳え立っていた。
軽く視線を左右に動かしてみるが、壁の端っこが見えない。相当な大きさ……いや、長さだ。
察するにあれは、王都を包む瘴気の森より現れる魔物から、町を守る為の防壁なのだろう。
「……周囲に人の気配はないですね。転移の瞬間を誰かに見られたりはしてないかと」
「よし。では、これよりケノラナへ入る。誘拐事件の事もあるからな、不自然に近付いて来る者には注意しろ。
もし町に来た目的を尋ねられたら、魔物の素材目当ての冒険者を装うように」
ブラッド団長の言葉に「了解」と頷きながら、私達四人の格好を見返す。
私はファルベ国の時と同じく、ウサ耳ローブを羽織った白魔導士のような服装。
サーリャさんは、初めてミーダ城で見た時と同じ格好だ。腰に差しているのがこの辺りでは見慣れないヒノモトのカタナであるものの、普通に旅の剣士か何かに見える。
ノワール先輩とブラッド団長もまた、冒険者のような服装を身に纏っていた。
先輩は密偵や斥候を思わせる姿をしており、暗いマントの下から覗く腰のベルト部分には、短剣と何らかの液体が入った試験管が数本差さっている。その中身が何なのかは……まぁ、予想通りだろう。
ブラッド団長は、上位の冒険者がよく着ている騎士風の装いだ。……いや、どちらかと言うと、元々どこぞの騎士団制服だったものを、冒険者風に改造したもの、だろうか。よく見ると、肩章や飾り紐の意匠のような名残が見られる。
そして、何よりも目に付くのは、ブラッド団長が背中に背負うように携えた巨大な剣。
……いや、剣というよりはカタナに近いが、サーリャさんの腰に下げられたカタナとも少し違う、不思議な武器だった。
柄や鍔はヒノモト風の装飾だが、カタナ特有の反りが無い。直刀、というのだろうか。
まぁともかく、四人とも冒険者のような服装を着ている為、よっぽど怪しまれる事はないだろう。
「ティアさん」
「何ですか先ぱ………わっ」
不意に名前を呼ばれたと思った瞬間、ポフと頭に微かな衝撃。いや、触られたような軽い感覚がした。
ノワール先輩が、フード越しに私の頭へ手を置いたのだと。数拍置いてそれに気付く。
「フード、しっかり被っていて下さいね。あまり目立ちすぎてしまうのは良くないので」
「あ……はい。そっか、この国だと火傷は美人の証、なんでしたっけ」
顔を隠すのは今までと変わらないけど、その理由が異なるのは何か変な感じだ。
もっとも。まだ私は話に聞いているだけで実際に体験した訳じゃないから、この火傷が美しいと認識されるという自覚は薄いんだけど。
そんな事を思いながら、団長達の背中を追って町の中へと足を踏み入れる。
ケノラナという町は、王都の最寄りという事もあってとても栄えていた。数百年前、王都が魔の森に覆われて往来が厳しくなってからは、市民達はケノラナを擬似的な王都として認識しているらしい。
二階建て三階建てが当たり前な建物が並び、向こうには荘厳な白亜の教会らしきものが見える。
「そこの冒険者さん達! 旅のお供にパンはどうだい? 今なら焼き立てだよ」
不意に、横から声が掛けられた。見るとパン屋のおじさんが、ニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべている。
おじさんは、首から下げた不思議な形のネックレスを揺らしながら、パンを店先に次々と並べていた。
小麦の焼けた香りがふわりと漂い、食欲を刺激する。
そんな私の考えは、顔に出ていたのだろう。ブラッド団長はふむ、と軽く呟くとこちらへ視線を向けて
「買っていくか?」
「え……、いいんですか?」
「あぁ。少し待っていろ、宝石を換金してくる。行くぞノワール」
そう言って、団長はノワール先輩を連れて換金できる店を探しに行った。
残された私とサーリャさんは、店先に設置されたベンチに座って待つ事にした。話を聞いていたパン屋のおじさんが、薦めてくれたのだ。
腰を下ろし、町の様子を確認する。朝の六時台という早い時間ではあるが、魔物の森近くという土地柄か、武器屋や魔道具屋等の店はもう営業を開始しているらしい。
「……そう言えば、獣避けの魔道具とか何も持って来なかったけど、いいんですか? 瘴気の森に入るなら流石にあった方がいいんじゃ……」
「問題無いわ、元々現地で作る予定だったもの。……丁度いいわね、今作っておきましょうか」
さらり、とそう言ってのけるサーリャさん。
普通、魔道具なんてのはそう簡単に作れる物ではないのだが………。
まぁ“赤のギルド”が色々と規格外な集団なのはもう身に沁みてるし、いちいちツッコむのは止めておこう。
「ティア、あんた月の物は今来てる?」
「いえ、この前終わったばっかなので、暫くは大丈夫です」
サーリャさんの言葉に、首を横に振って答える。
何も知らない人からすると、一見ただのセクハラ質問と思うかもしれないが、これは冒険者にとって重要な事だ。
血の匂いというのは、魔物の捕食本能を刺激する。特に熊や狼等の猛獣を模した獣型魔物は、怪我して動けない動物がいると思い、寄って来る可能性が高い。
そして女性の身体というのは、一ヶ月に一回、勝手に血が出る仕組みになっている。よく『女子供が森や山に入ってはいけない』と言われる理由がコレだ。
女冒険者達はその対策として、その期間だけは依頼受注を一時的に止めたり、薬を飲んで月の物を来ないようにしたり、その期間だけより強力な魔物避けの魔道具を購入したりする事が多い。
「そう、なら普通のやつでいいわね」
サーリャさんはそう言いながらポケットに手を入れると、数枚の紙を取り出した。
白い紙。そこに黒いインクで、何やら記号のような物が書かれている。これは確か……ヒノモトやヂョンファで使われているカンジという文字だ。
……そういえば、サーリャさんは姓からしてヒノモトの血を引いている、所謂ハーフなんだっけ。
ボンヤリとそう考えてる間に、サーリャさんはその紙を決められた手順で折り畳み、小さな長方形をよっつ作ると
「──御霊入れ」
ぱんぱん、と二回手を打つ音。
小さな声で何やら呟いているその言葉は多分、ヒノモト式の詠唱呪文なんだろう。
それに応じるように、サーリャさんの膝上に並ぶ小さな紙達が、ボンヤリと淡い光を帯びる。
やがて詠唱を終えたサーリャさんはその紙をひとつ手に取ると「はい」とこちらへ差し出して来た。
「これは?」
「御神璽。御守の中身……こっちの言葉で言うと、アミュレットやタリスマンに使われるパワーストーン、みたいな物かしら」
へぇ、と相槌を打ちながら、こちらに差し出されたソレを受け取る。
指の関節ふたつ分ほどの大きさに折り畳まれた紙が、肌に触れた瞬間。バヂッ、と電撃が走ったような軽い痛みを覚えた。
……なんだろう。
こんな、ただ折っただけの紙のはずなのに、何と言うか、確かな圧を感じる。いや、ヒノモト風の魔除けなのだからただの紙では無いけれど、ただの魔道具以上の何かをヒシヒシと感じる。
まるで、夜空に浮かぶ星をひょいっと摘んで手渡されたような。小さいながらも確かな存在感を覚える。
「あの、これ本当にただの魔道具なんです? 何か変な感覚がするんですが……」
「えぇ。ヒノモトではごく一般的な御守よ。まぁ神が宿ってるんだから、慣れるまでは違和感あるかもね」
「そうですか……………えっ神!?」
サラリと凄い事を言われ、思わず一回流しかけてしまった。
何か、“赤のギルド”に来てからずっとこんな事ばっかだけど……でも今回は流石に驚愕した。神て。
「……あー、そっか。西洋には分霊って概念無いんだっけ。ギルドの皆は把握済みだから忘れてたわ」
私の反応を見て、サーリャさんはそう呟く。
「丁度いいわ。ブラッド達もまだ帰って来なそうだし、軽く説明しておくわね。これから先、いちいち驚かれるのもアレだし」
「は、はい」
「まぁ簡単に言うと、西洋と東洋の神様文化の違いね。
こっちの神様は物や人に加護を与える際、神力を宿らせるでしょ? けどヒノモトの神々は己が魂を分けてそれを宿らせるの。
それが分霊、分け御魂とも言うわね。ヒノモトの神社で授かる御守や御札には、だいたい何かしらの神の分霊が宿ってるのよ」
「な、成る程……。あ、でもそんなに魂を分けて大丈夫なんですか? いくら神様でも、御守ひとつひとつに魂を分けていたら、大元の魂が無くなっちゃうんじゃ」
「問題無いわ。分ける、って言っても一部を切り取るんじゃなくて、複製を作るって感じだから。
ほら、焚き火の炎に松明を入れて火を点けたとしても、焚き火自体の熱量は変わらないでしょ? それと同じよ」
「へぇ。神様でも、地域によってそんな違いがあるんですね。少し面白いかも」
「興味が出たんなら、ギルドハウスに帰った時に図書室に行くといいわ。色んな国の文化や宗教観をまとめた本があるから。
ギルドの依頼をこなす時にも、その辺りを知ってると便利な事もあるわよ?」
受け取った御神璽をウサ耳袋の中へ仕舞い、サーリャさんと話を続けていると、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。
見ると、パン屋からホウキを持った中年の女性が出てきた。察するにパン屋のおじさんの奥さんか何かだろう。彼とお揃いのネックレスを、首から下げている。
「あら、お客さん? いらっしゃい」
おばさんは先程のおじさんと同じように、ニコニコとした笑みを浮かべる。
「冒険者さんかい? 若いのに立派だねぇ、魔物討伐に来たのかい?」
「はい、魔物の素材集めに」
「そうかい。ここに来たってことは、水晶峡谷か白亜の穴辺りに行くのかね。どっちにしろ気を付けてお行きよ」
ああでも、とパン屋のおばさんは辺りを窺うように声を潜めると
「壁の向こうに行くのだけは止めときな。あっちは瘴気の影響で強力な魔物がうようよしてる。あの壁を超えて生きて帰ってきた者は一人もいないんだ。
どうせ向こうにあるのは、ろくでも無いお貴族サマが集まる王都だしね。面倒な魔物は王家所属の騎士サマに任せておきゃいいのさ」
実は今からその王都に行くんです、壁を超えて向こう側に行くんです、なんて言える筈もなく。
私とサーリャさんは曖昧な笑みを浮かべて誤魔化すしかできなかった。
それに気付いていないのか、おばさんは段々とヒートアップしていき「大体この国の貴族は皆偉そうに……」「王族だってそうさ、何もしてないのにふんぞり返って」等々、明後日の方向へ話が飛んでいく。
……何というか。どの国でも、政策に文句があるのは同じなんだなぁ。
内心そう苦笑しながら、私とサーリャさんはおばさんの話を受け流しつつ、団長と先輩の帰りを待つのだった。




