第32話
「あ、ティア。ちょっといいかしら」
魔法の鍛錬を終えた後、調合室に戻ろうとしていた私は、不意に声を掛けられて足を止めた。
声の方へと振り向くと、銀色の髪に紅の瞳……サーリャさんが、そこにいた。
「サーリャさん、お疲れ様です。何か用ですか?」
「えぇ。ちょっと今、一緒に任務行ってくれる人を探しててね。二人は確保したんだけど、あと一人ぐらい欲しいなぁって思って。ティア、一緒にどう?」
「いいですけど……かなり大人数ですね?
私が今まで受けた任務、基本的に二人で行くのばっかだったような……」
「今回の依頼先は、予言書がない国からなのよ。何があるか予測が付きにくいから、予言ありの依頼よりもちょっとだけ厳戒態勢なの」
成る程。確かに私が今まで受けた依頼は、全て予言書に書かれた国、予言の登場人物からのものだった。
……うーん、予言のない国から、か。ちょっと怖いけれど、そろそろ挑戦しなきゃとは思っていた。
丁度いい機会、なのかもしれない。
「……分かりました。行きます」
「決まりね。じゃあ早速で悪いけど、今からミーティングあるから一緒に来てくれる?」
そう言ったサーリャさんに案内されたのは、中棟にいくつかある会議室の中のひとつだった。
私は今まで縁が無かった為知らなかったが、予言書に載ってない国へ任務に行く際には、一度ミーティングを行いその国に関しての情報に一通り目を通す事になっている。
予言書があれば、それを読み込むだけで済むが、ない場合はそうもいかない。
その国がどんな気候でどのような文化か、一通り頭に入れておく必要がある。
細かいように思うが、これは非常に重要な事だ。
本当に何気なく行った仕草でも、その国では侮辱に当たるサインでトラブルになったりとか………うん、行商人時代を思い出すなぁ。
そんな事を考えながら部屋に入ると、中には既に二人、椅子に座って私達を待っていた。
サーリャさんが言っていた、確保した二人、だろう。一人はこのギルドの長であるブラッド団長、もう一人は……
「あれ……先輩?」
ノワール先輩だった。彼は私を見ると、ニコリと微笑む。
その微笑に促されるまま、先輩の隣へと腰を下ろした。サーリャさんも、団長の近くの椅子に座る。
「では、これよりミーティングを行う」
ブラッド団長が、静かに口を開く。
彼が言葉を放った瞬間、部屋の空気が一層引き締まったような感じがした。
「今回、我々が向かうのはヴィゴーレという国だ。依頼の詳細を話す前に、この国の事について説明をしておいた方が分かりやすいか。
サーリャ、頼む」
ブラッド団長の言葉に、サーリャさんが頷く。
「ヴィゴーレ国、西洋のとある国よ。この国は過去に色々あってね、周辺国家からは『呪われた国』『神に見放された土地』って言われてるらしいわ」
「神に、見放された?」
「えぇ。この国はね──」
───サーリャさんが言った事を、纏めるとこうだ。
何でも、今から二、三百年程前のこと。国を守っていた聖女が、当時の国王や貴族から冤罪を被せられて国外に追放されてしまったらしい。
その結果、聖女が去った事により瘴気が溢れ、王都は魔の森に覆われてしまった、との事だ。
一応、森が包んだのは王都のみで、一般市民には何の被害も無かったらしいが。瘴気に満ちた森には魔物が跋扈し、王都の平穏は常に脅かされている。
それに対処する為、そして自分達の先祖の罪を償う為。ヴィゴーレ国の貴族達は己を鍛え、定められた年齢になったら男女問わず王都へと出向き、騎士達と共に魔物討伐する決まりになっているとか。
勿論、それらを束ねる王族も。彼等と同じ、もしくはそれ以上の実力が求められる。
「それは……何というか、ヒドい話ですね」
口から溢れたのは、素直な感想だった。
……うん、正直言って、ちょっとどうかと思う。
冤罪で聖女を追放した、というのもそうだけど、今なお王侯貴族達がその後始末を強いられている事が。
自分の両親や祖父母なんてレベルではない。数百年も前の、顔すら見たこともないような先祖の罪を、長い間ずっと贖っているなんて。
「はい、俺も厳しい話だとは思います。
でも実は、こういう類の国って別に珍しくないんですよ。“赤のギルド”内にも、祖国から追放された元聖女の団員とかいますし」
「そ、そうなんだ……」
本当に幅広いな、うちの人材。
「あと特筆する所となると……美醜の感覚が少し違う所かしら。
ヴィゴーレの国では、強い者が美しいとされているわ。どんなに顔が整っていても弱かったら醜男・醜女扱いだし、その逆も然りね」
な、成る程。まぁ美人の定義は、時代や文化によって様々だ。
とある国では豊かさの象徴として太っている事が美人とされたり、首が長ければ長い程に美しいとされたり。ヂョンファの一部地域では足が小さい事が美しい女性とされてるとか、聞いた事がある。
このヴィゴーレ国は魔物を討伐する必要がある為、強い遺伝子が重宝される=異性に好かれる、となったのだろう。
どっちにせよ、そこまで強くない私には関係ない話だ。瘴気に満ちた森という事は、そこに出没する魔物もそれなりに強力な個体だろう。
そんな魔物を一体も討伐できるかどうか怪しい私は、きっとヴィゴーレ国においても醜女認定だろうから。
「ヴィゴーレ国については、大体こんな感じね。魔物と美醜の感性以外は、基本的な西洋の国と大して変わらないわ」
サーリャさんの言葉に繋げるように、ブラッド団長が手元の紙に視線を落としながら説明を続ける。
「次に依頼主と内容について。此度の依頼主はヴィゴーレ国の女王、エルフリーデ・サンドラ・ヴィゴーレ陛下だ。
依頼内容は『魔物大量発生対処の助勢』と『国内で発生している誘拐事件の解決』」
「ヒェッ……」
予想外のビックネームに、思わず変な声が口から溢れた。
今までも高位貴族からの依頼はあったけど。今回は王族、しかも現在進行形で国を収めている女王陛下からとなると、流石に緊張する。
「ふたつの依頼を、一度に処理していくカタチになりますね」
「あぁ。組分けだが魔物の方は主に俺とサーリャが、ノワールとティアは誘拐事件の担当だ。
勿論、状況に応じての配置変更はあるだろうが、基本はこの組み合わせで対応する」
よかった。一瞬、魔物の対処に駆り出されるかと思ったけど、団長とサーリャさんが対応してくれるなら安心だ。
……いやまぁ、誘拐事件の方も中々に物騒な響きだけど。それでも正面切って魔物の群れと戦うよりはまだマシ、だと思う。多分。
「先方は一週間後、ヴィゴーレ国の王城にて相見を希望した。王都は、最寄り町のケノラナからおよそ五日ほど掛かる距離だ。
俺達は明日の朝にケノラナへ転移し、そこから王都へと向かう事になる」
「あの、何故わざわざ最寄り町に? 直接王都へ転移すればいいんじゃ……」
ブラッド団長の言葉に、私は小さく手を挙げ、おずおずと尋ねてみる。
「ヴィゴーレ国は入都人数を厳しく測定していてな。王都で自由に動くには、城門にて入都受領印を貰った方が都合が良い。
もし不法入都が露見した場合、だいぶ面倒な事になるからな」
「さっきも言ったけど、王都は瘴気の森に包まれてるわ。王都門の手前に転移すると、その直後に魔物と鉢合わせる危険性がある。
だから、ケノラナ町に転移して王都に向かうのが一番安全なのよ」
成る程。それなら、一見回りくどく思える経路も納得だ。
そう深く頷いていると、ブラッド団長が「あぁ、そうだ」と何か思い出したように呟き
「先方が相見を希望した日だが、その日は丁度スタンピード前に貴族や騎士達の士気向上を目的とした夜会が開かれるらしくてな、女王陛下から俺達も是非にとお誘い頂いた。各自、準備をしておいてくれ」
────んきゅ?
今、団長、なんか、とんでもないこと、言わなかった?
「いや、ちょっと待って下さい! 夜会って……私何も分かりませんけど!?」
一応、ファルベ国の依頼ではパーティ会場に潜入した事はあるけれど、アレはあくまで潜入……部外者としてだ。
参加者として夜会に出席するのは、流石に無理だ。出来る訳がない。だって私はマナーも何も身に付けていない訳だし、それに───
「そこは安心しろ。ヴィゴーレ国は強さが全ての国だ。腕が立つ故に貴族に嫁いだり婿養子になった傭兵達も少なくない為、他の国よりもその辺りが緩い。
“赤のギルド”として依頼主と接するような対応をしていれば、問題は無いだろう」
「でもその、私には、火傷が………」
自分で口にしながら、段々と尻すぼみになっていく言葉。
でも、事実だ。ギルドハウスでは素顔で過ごすのが当たり前になってきているが、それでも、私の右半身に酷い火傷がある事は変わらない。
平民であるならフード等でいくらでも隠す手段はあるが、美しく着飾る必要のあるドレスコードではこれら全てを覆う事は不可能だろう。
「大丈夫よ、ティア。ヴィゴーレ国において、その火傷はマイナスにはならないわ。むしろ、モテすぎて困る事になるわよ?あんた」
「え?」
サーリャさんのその言葉の意味が分からず首を傾げていると、私の隣に座るノワール先輩が補足するように口を開いた。
何時も通りの淡々とした、でもどこか、何時もより少しだけ無機質な声だった。
「…………先程サーリャさんが『ヴィゴーレ国は強い者が美しいとされてる』と言いましたが、その強さとは何も戦闘力に限った話ではありません。
死地を潜り抜けた生命力の強さ、そしてその証である体の傷も、美しいと認識されるんです」
「えーと………つまり?」
「ティアさんの火傷は、ヴィゴーレ国の人達にとって傾城傾国レベルの美女の印になる訳です」
けいせいけいこくれべるのびじょ。
その言葉の意味を飲み込むのに時間が掛かり、私の口からは空気が抜けたような間抜けな声が漏れる。
「ミーティングは以上だ。出発は明朝の六時、各自支度を整えて転移室へ集合するように」
放心してる間に、会議が終わってしまった。
どうしよう。依頼に行く為の用意はともかく、夜会に参加する為の準備って一体何をすれば……?
そんな、困惑してオロオロするを私を見兼ねたのか、ブラッド団長がチラリとサーリャさんへ視線を投げた。
その意図を受け取ったサーリャさんは微かに頷くと、勢い良く椅子から立ち上がる。
「さて! じゃあティア、さっそく夜会で着るドレスを仕立てに行きましょ。まずはデザインを起こす所からね」
「えっ!? で、でも今からデザインって……一週間後の夜会には間に合わないんじゃ?」
「大丈夫よ。布を織るのは埴輪達だから早くて正確だし、最悪ラフザさんに魔術で時間を弄って貰うから。ほら早く早く!」
「わ、ちょ待っ、……てかそんな大魔術を使える人いるんですか!? あと、時間操作をそんな事に使わないで下さいよ………!」
ぐいぐいとサーリャさんに手を引っ張られ、椅子から立ち上がった私は、そのまま彼女へ引きずられるように会議室を後にした。
…………………。
…………。
……。
「ノワール、顔に出ているぞ。気持ちは分かるが落ち着け」
「落ち着いてますが。だから俺はティアさんをヴィゴーレ国へ連れて行くのは反対だったんです。
ただでさえ可愛いティアさんが、夜会の為に更に着飾るんですよ? 火傷に目が眩んだ男共が寄って来たらどうするんですか」
「嫌なら早々に囲っておけ。いくら団長でも、団員の色恋までは面倒が見切れんぞ」
「分かってますよ。とりあえず、ティアさんに言い寄る男達用の毒を準備する事にします」
「……程々にしておけよ」
「どの程度が程々かなんて、人によりますねぇ? ふふっ」
「………はぁ。引かれたくなければ、そのにやけ顔をティアの前でしない事だな。
とにかく、後が面倒だから殺すな、身体のパーツをもぐな、意識を刈り取る……は一時的にしろ」
「……………チッ。わかりましたよ、全く我儘なんですから」
「こいつは……」




