第30話
今回は本編1話+番外編1話の2話投稿となります。
こちらは本編、次回はとあるギルド団員の過去話です。
とっぷりと日が暮れた空を眺めながら、私達は玄関を潜った。
約一週間ぶりのギルドハウス。その中に入った途端、じんわりと安堵感に包まれるような感覚がした。
帰巣本能……とはちょっと違うけど、帰るべき場所に帰ってこれたような、そんな感覚。
「リゼ・カナフ、帰還しました」
「あ、ティア・スキューマ、戻りました……!」
ドアベルの音と、私達の声がホールに響く。
それが聞こえたのか。執務室に続く扉が開き、マオさんが顔を覗かせた。
私達の姿を確認し、「お帰りなさい」と穏やかに微笑む。
「二人共、任務お疲れ様。早速だけど、報告を聞いてもいいかな?」
「はい、お願いします」
事前に聞いた話によると、ギルド団員が任務を終えて帰って来たら、行うべき事がみっつあるとの事だ。
フロワさんに記憶を夢として抽出し『記録』してもらう事と、事務官と団長への任務完了の報告。
その内のふたつ、マオさんへの報告と記録を済ませた私達は、最後に団長室へと足を運んだ。
「……ふむ。転生者の暴走による婚約破棄、か。最近多いな」
私達の報告を聞いたブラッド団長が、口元に手を当て考えるような仕草をする。
「分かった。ご苦労だったな、各自十分に休息を取るように。
……特にティア。初任務という事もあって自覚できない疲労が蓄積してるだろう、よく休め」
団長の言葉に頭を下げ、部屋を後にする。
報告と記録を終え、ようやく初任務を完遂したという自覚がじわじわと湧いてきた。
廊下を歩きながら、ふぅと息を吐く。
「これで帰還後の処理は終わりだね。お疲れ様、ティア」
「うん。……なんか、お腹すいて来ちゃった。食堂行かない?」
如何せん、夜会に潜入するという作戦の都合上、夕食を摂るタイミングがなく、その状態でパーティの美味しそうなご馳走を横目にジッと待機していたのだ。
婚約破棄をひっくり返した後は陛下との会話やマルグリット様へ最後の挨拶をして、すぐここに戻ってきた状態だ。正直、お腹の虫がいつ鳴ってもおかしくない。
「うーん………、私はいいかな。疲れたから、先に休むね」
「え……大丈夫?」
「うん、セイレーンの歌を多様すると、よくある事なの。ごめんね」
そう言って、申し訳なさそうに微笑むリゼ。よく見ると、どこか顔色が悪いように思う。
……確かに、あれだけ広い会場全域へ幻覚の歌を広げたのだ。純粋な魔族では無いリゼには、相当な負担だったのかもしれない。
「いや、いいよ。ほら、団長も休むよう言ってたしさ。ゆっくり休んで」
「うん、ありがとうね」
おやすみ。また明日ね。と言葉を交わし、私はリゼと別れて食堂へと向かった。
その後、食堂で夕食を食べ終えた私は、自室に戻る為に廊下を歩いていた。
玄関ホールを通って、西棟へ。夜特有の暗さに沈んだ廊下を進んでいると
「………あ」
ふ、と。とある部屋が目に止まった。
そこは調合室。“赤のギルド”に入団してから、ずっと過ごしていた部屋だ。
(……そういえば)
ギルドハウスに帰ってから、ノワール先輩とはまだ会ってなかったな。
それに気付いた瞬間、心の中で不意に寂しさが頭をもたげた。
理由は………よく分からない。
入団してからずっとノワール先輩と一緒にいたから、その姿が見えない事に慣れないというか、何かしっくりこないのかもしれない。
そんなよく分からない空白感を感じながら、調合室の扉をノックする。室内からの返答は無かった。
「………先輩?」
扉を開けて、室内へと入る。部屋の照明は点いているが、先輩の姿は無い。
いつもはその辺りでぴょんぴょんしてるウサギ達も、夜で巣穴に戻っているらしく、一羽も見当たらなかった。
普段とは違う、静かな調合室。
先輩も、ウサギ達もいない。いるのは私だけ。
完全な独りぼっち。一ヶ月前までは当たり前だったのに、入団してからはとんと縁がなかったもの。
だから、耐性が弱まってしまったのかもしれない。ここ暫くずっと、この部屋で先輩と一緒にいるのが当たり前だったから、久しぶりの孤独に動揺してしまったのかもしれない。
「…………」
耳が痛くなる程の静けさ。それは、私の中の寂しさを増幅させるかのようで。
私は思わず、調合室の外へ出た。
足を運んだのは、医務室。ノワール先輩が調合室以外にいるとするなら、自室かここのイメージが強かったから。
ノックをすると、低い声で入室を促される。シンの声だ。
扉を開ける。室内にいるのはシンだけで、彼は机に向かい何やら書き物をしていた。
「ティアか、初任務お疲れ様。……何か用か?」
「あ、うん………ノワール先輩を探しててね。調合室の明かりはついてたのに、いなかったから」
「ノワールだったら、先程薬草畑に行くと言っていた。月輪華を採るとか何とか」
「薬草畑ね。ありがとう、行ってみる」
シンにお礼を言い、すぐに踵を返そうとする、と
「ティア」
引き止めるように、名前を呼ばれた。
何?と首を傾げてそちらを見ると、シンは逡巡するように小さく息を吐き出し、
「その……任務先で、リゼに何かあったのか」
そう、尋ねてきた。
シンの言葉に、思わずドキリとした。別に何も悪い事なんてしてないのに、心臓が一瞬強く跳ねる。
けれど、同時に凄く安心した。
あぁ、シンは本当に、リゼを大切に思ってくれてるんだなぁって。
「………任務先の国に、転生者がいてね。リゼの事をラスボスだって言ってきて」
「……そうか。俺達の予言については、リゼから聞いたのか?」
「魔族の力を持ってるのと、予言の中ではラスボスだったって事はリゼから聞いたよ。転生者からは、その………」
リゼがリアちゃんを殺そうとするとか、最後はシンがリゼの命を奪うとか。
……うん、駄目だ。思い出したら怒りが湧き出して来た。
確かに、それは予言内でリゼが行う事なのかもしれない。
でも、それは予言のリゼであって、“赤のギルド”のリゼでは無い。マルグリット様もそうだけど、予言はあくまで『こうなったかもしれない』可能性のひとつに過ぎないのだから。
私が不自然に言葉を途切れさせたのを見て、色々と察したのか。シン「そうか」と呟いて、ゆっくりと机へ手を伸ばした。
机の上には柔らかな光が灯る卓上ランプが置いてあって、薄暗い室内唯一の光源として機能している。
彼の指が机の天板に、そこに落ちる己の影に触れた。
ずぷり、と。まるでそこが水か何かであるかのように、シンの手が影の中へと沈んでいく。
これは……影属性の魔法だ。自分の影の中へ物を収納する魔術を、影属性の魔術師達は愛用していると聞いた事がある。
シンが己の影から取り出し、こちらへ差し出して来たのは一冊の本だった。表情に書かれた題名は『風奏の夜想曲』。
……尋ねなくても解る。これは、リゼの事が記された予言書だと。
「今すぐ、でなくてもいい。時間がある時にでも読んで、読み終えたら返しに来てくれ。返却はリゼがいない時に頼む」
「………いいの?」
「あぁ。任務の都合とはいえ、ティアに知られても良いと思ったから、リゼは自分がラスボスだと打ち明けたのだろう。
なら、俺はリゼの考えを尊重する」
それに、とシンは言葉を繋げる。
「これは、今までリゼと仲良くしてくれたお礼みたいなものだ。
お前なら、予言のリゼがどんな行動をしていても今のリゼを嫌う事はないだろう、という信頼の証だとでも思ってほしい」
シンから受け取った予言書を一度自室に置き、私は薬草畑へと向かった。
薬草畑はギルドの裏庭、カズヒコさんのアトリエ小屋とは反対側に位置している。
森林内の開けた場所に建つギルドハウスだが、魔石を燃料にした外灯がぽつぽつと設置されている為、夜の屋外でも敷地内で動く分には問題無い分の光量が確保されていた。
なんでもこのランプ、暗くなると自動的に点灯して、明るくなると勝手に消える優れ物で、更に獣避け等の術式も組み込まれているんだとか。
「………先輩?」
そんな屋外を、歩いていく。今日は思ったよりも月の明かりが眩しく、建物から離れた薬草畑の中でも、求めていた姿ははっきりと見る事が出来た。
月輪華という名前の通り、うっすらと黄色い光を纏う花々。その中に浮かぶ、夜に溶けてしまいそうな黒い髪。ノワール先輩だ。
「……おや、ティアさん。帰ってきていたんですね、お帰りなさい」
私に気付いたノワ先輩が、こちらを見て穏やかに微笑む。
およそ一週間ぶりの先輩の声に、先程まで私の中で渦巻いていた原因不明の寂しさが、ゆっくりと溶けていくのが分かる。
「は……い、ただいま戻りました」
「初任務、お疲れ様でした。……どうして、こちらに?」
「あ、えっと……先輩を探してたら、シンから薬草畑に行ったって聞いたので」
「……俺を探しに、ですか?」
先輩がポツリと呟いたその言葉を聞いて、私は致命的な事に気付いた。
私が先輩を探していた理由は、強いていうなら「何となく寂しかったから」だ。
だが、素直にそんな事を言えば、からかわれる事は目に見えている。
「えっと、その……お礼!お礼を言いたくて探していたんです!」
「お礼、ですか?」
「はい。あの、朔月クラゲの毒について、教えてくれてありがとうございました。任務先でその毒が出てきて…おかげで依頼をスムーズに完遂できました」
ぺこり、と頭を下げる。咄嗟に体の良い言い訳を思い付いたように見えるが、ノワ先輩から教わった毒の知識に助けられた事は事実だし、お礼は言わなければと思っていた。
「ふふっ、ティアさんのお役に立てたなら何よりです」
笑みを漏らしたノワール先輩は、はたと何かに気付いたように目を瞬かせると、こちらの顔をじっと見つめてきた。
その意図が読めず、首を傾げると
「ティアさん、任務先で何かありました?」
そう、尋ねてきた。
先程のシンと同じような、心配を滲ませた声。
シンがリゼを心配していたのと同じように、先輩が私の事を案じてくれているのがわかる。
………それにしても、顔に出てたかな。あーあ、上手く切り替えたつもりだったんだけど。
「はい、まぁ……色々。多分、他の人から見たら
本当に些細な事だと思うんですけど」
「それでも、ティアさん自身にとって思う事があったんですよね?
もし嫌じゃないなら、俺に話してみませんか。そういう事は人に話して吐き出してしまうのが一番だと思うので」
「うーん、本当に下らない事ですよ?」
「構いませんよ。ティアさんの事なら何でも知りたいので」
「むぐ…………」
久々の先輩のそういう発言に、顔が赤くなっていくのが分かる。
そんな私を見てノワール先輩は目を細めて笑うと、「立ち話も何ですから」と近くのベンチを示した。
農務部署の人達が畑仕事中、休む為に設置したものだろう。私と先輩はそこへ並んで腰を下ろした。
眼の前には、月明りに照らされた薬草畑。淡い光を帯びた花が、そよ風に吹かれて揺れている。
「……実は、ですね。任務の最後で、ちょっとミスをしちゃって」
そんな幻想的な風景を眺めながら、私はポツポツと話し始めた。
任務先に転生者がいたこと。転生者達がリゼの予言を知っていて、彼女を悪く言ってきたこと。それを聞いた私が怒りをコントロールできなかったこと。
リゼは「気にしないで」と言ってくれたが、ひとつの失敗を皮切りに次々とネガティブな思考が浮かんできてしまったこと。
私の言葉をノワール先輩は遮ったりせず、相槌を打ちながらただ静かに耳を傾けてくれた。
「それで、何というか………ちょっと自分が情けなく思えてきた、というか」
「情けなく、ですか?」
「はい。ほら、今回って私、特に何もしてないなって思って。今回の任務が完遂できたのって予言書があったからじゃないですか。
マルグリット様……依頼主の無実を証明できたのはリゼの魔声のお陰で、朔月クラゲの毒だってただ先輩が教えてくれた事をそのまま伝えただけです。
なんか………こう、虎の威を借る狐になった気分というか」
……うん。つまるところ、そんな感じ。
今回の任務にて、私の手柄と思われているものの半分以上は、別に私の功績ではない。
なのに、必要以上に褒めそやされるのは何というかむず痒いというか、座りが悪いというか。
こういうの、ヒノモトだと『人のフンドシでスモーを取る』って言うんだっけ。……ちょっと違うか。
まぁ要するに、自己肯定感の低い女がウジウジと悩んでるだけだ。さっぱりしている様に見せかけて割り切るのが下手とか、我ながら面倒臭い性格だと思う。
「……成程、ティアさんはとっても真面目なんですね」
「真面目、なんでしょうか。ただ単に面倒なだけな気がしますけど」
「ズルい人なら、まずそんな事は考えません。部下の功績を自分の手柄にする上司、なんてよく聞く話でしょう?
でも、ティアさんはちゃんと悩んでいる。とても真面目で真っ直ぐですよ」
「うーん………」
唸りながら頭をひねる私に対し、先輩は「でも」と言葉を続ける。
「ティアさんが何もしていない、というのは少し違いますよ。
例えば、クラゲ毒の件。確かに毒の詳細を教えたのは俺ですが、ティアさんがそれをしっかりと覚え、知識として身に付けていたから活用できたんです。
これは、間違いなくティアさんの功績です」
「……………む」
「予言書だって、シン君も言ってましたが、あくまで指標の一種です。困難な航海が成功しても、それは羅針盤が偉いのではなくて船乗り達が頑張ったからでしょう?
羅針盤自体は確かに不可欠な物ですが、今回ティアさんが出会った転生者みたいに、それを見たからこそ悪い方向へ舵を切ってしまう事もあります。
でも、ティアさんはちゃんと任務をやり遂げて、転生者から依頼主を助ける事ができました。調子に乗っていいとは言いませんが、少しだけ胸を張るぐらいなら、許されると思いますよ」
「そう、ですかね」
「はい」
じわり、と先輩の言葉が心の中に染み込んでいくのがわかる。
不思議だ。あんなにぐるぐるしてたネガティブな思考が、ゆっくりと解けて薄まっていく。
「………ありがとうございます、先輩。少し、気持ちが軽くなったような気がします」
「どういたしまして。俺は話を聞く事しかできませんけど、何かあったらいつでも相談に乗りますよ。
……ティアさんはどうやら、必要以上に溜め込んでしまう性格のようですから」
「そ、そんな事はないです、よ?」
「声が上擦ってますよ。さては、まだ何か思う所がありますね?」
むぐ………バレた。もしかして先輩って読心の魔術が使えるの? それとも本当に私が顔に出やすいだけ?
「うーん、いや、これは別に本当に個人的なことなんですけど」
「はい」
「リゼのこと、ちょっと羨ましいなって思いまして」
「羨ましい、ですか?」
こくり、と頷く。
我ながら本当に酷いとは思うけれど、リゼからとある予言のラスボスであると聞いた時、ほんの少しだけ、頭の中で羨望が顔を覗かせた。
それは、自身の起源が明確な事に対する憧れ。嫉妬、とまではいかないけれど、少しだけそれに似た感情。
別にリゼの事が嫌いとか、リゼの何が悪いという訳ではない。
ただ、火事に遭う前の自分を忘れてしまった私の目に、それは少しだけ羨ましく映った。
……まぁ要するに、ないものねだり。リゼにとっては忘れ去りたい程のそれを羨むなんて、我ながら人でなしだと思う。
「それは……仕方ないのでは? 自分が持たない物に憧れるのは、人として当たり前の心理かと思いますし」
「はい、だからまぁ……これは決意表明というか、今後のちょっとした目標というか」
「目標?」
「人間観察、って程じゃないんですけど。“赤のギルド”として働いてれば色々な人の過去を知る機会は多いと思うんです。
そうすれば、いつか私の過去も判明するんじゃないかなぁって」
ロートティフ伯爵夫人から言われた言葉を思い出す。
『アンタもゲームか何かの悪役なんでしょ』と。
彼女からしたら本当に深い意味は無い、ただ口をついて出た買い言葉なんだろう。
けれどそれは、私の心の中に深く突き刺さった。凄く傷付いたのもあるけれど、その言葉はある意味で救いでもあった。
もし、私も予言に書かれた存在なら。例えリゼのような敵役だったとしても、かつての私を知る事が出来るかもしれない。
例えそんな予言が無いとしても、数多くの人々の過去や境遇を知れば、失ってしまった私の過去を知る事もあるかもしれない。
ちょっとした切っ掛けで過去を思い出したり、かつての私を知る人と再開したりする可能性も、ゼロではないのだ。
それが、初任務を終えて私が感じたこと。“赤のギルド”に居続ける理由と、目標のようなものだった。
「………………そうですか」
それまで淡々と言葉を紡いでいたノワール先輩の声が、僅かに震えた気がした。
でも、それは本当に一瞬だけ。彼はすぐに、
「とても立派だと思います。何時の日か、かつての自分を思い出せると良いですね」
いつも通り、私に向かってそう微笑んだ。
──だから私は気付けなかった。
先輩の声が震えたことも。その瞳が、遥か遠い過去を懐かしむように伏せられていた事も。
「さて、だいぶ暗くなって来ましたし、そろそろ戻りましょうか」
「はい。あっ、採取はもういいんですか?」
「えぇ、これだけあれば十分ですから」
そう話しながら、ベンチから立ち上がる。
ギルドハウス内へと戻っていく私とノワール先輩。
その背中を、煌々と輝く月だけが、ただ静かに見下ろしていた。
これにて『初めての任務編』は終了となります。
次章からはR-15設定やラブコメのタグ通り、軽い残酷描写や恋愛要素が増えていく予定です。
それでも構わないという方は、引き続き赤のギルドの物語をお楽しみ頂ければ幸いです。




