第29話
「ごめん、リゼ………大事な場面で頭に血が上っちゃった………」
「気にしないで。最初の任務なんだし、上手くいかなくて当たり前だよ。それにほら、そこまでは完璧だったんだから」
凹む私を慰めるように、よしよしと頭を撫でるリゼ。
私達は今、夜会から抜け出して馬車に乗り込み、ファーブロス侯爵家の屋敷へと向かっていた。
あの婚約破棄騒動の後。再開した夜会の裏で、国王陛下をはじめとした関連者だけで話し合い、今後の処遇を話し合った。
具体的に言うと、加害者であるテオバルド殿下とダニエルとオスカー。その父親である国王陛下、ロートティフ伯爵、トゥアキス侯爵。
ヴィオレッタの養父であるドゥンケル公爵に、被害者であるマルグリット様の父親であるファーブロス侯爵。
そして全ての原因である転生者達と、何故か私達という、合計十二人の多人数である。
マルグリット様本人は、夫人達がまたヒートアップして会話にならないかもしれない、という懸念から先にファーブロス邸に帰ってもらった。ヴィオレッタも同じく公爵屋敷に戻ったが、こちらは『いても話についていけないだろうから』という理由である。
正直、私達も帰った方がいいのでは……と思ったが、殿下の婚約破棄をひっくり返した関係者である事は事実。
とは言っても、私達はあくまでマルグリット様の依頼を遂行しただけで、この国の行く末についてはノータッチだ。
国王陛下やトゥアキス侯爵もその事は理解していて、彼らは私達に『げーむ』という予言について詳しく知りたかったようだ。
夫人達が口にした予言は、最終的な結果は外れたとはいえ、テオバルド殿下とマルグリット様が婚約関係である事や、グラオ男爵の娘であるヴィオラが学園で色々な男子生徒と仲良くなる等の事前情報は合致していた。
国王という立場からすれば、自国の情報が漏れ出ているに等しく、見過ごせないのだろう。
夫人達のやり取りから、私達も予言について知っているのではないか、と思い、詳細を聞きたかったとの事だ。
と、言っても。流石に異世界で書かれた予言書が云々と正直に説明する訳にもかない。
リゼが「我がギルドに持ち寄られる依頼の中に、予言関連の物がいくつかあるのです」「ですが、我々も何の目的で誰がこの予言を書いたのかは存じ上げません」「夫人との会話でご賢察されているとは思いますが、私も予言に振り回された人間ですので…」と上手い具合にはぐらかしてくれた。
その言葉に、ロートティフ伯爵夫人は何か言いたそうにリゼを睨んでいたが、伯爵とトゥアキス侯爵夫人に窘められ、渋々大人しくなっていた。
トゥアキス侯爵夫人は、とても大人しかった。伯爵夫人のようにリゼを敵視をせず、
むしろ『私、六花ちゃんの実況見てたから、ゲーム内で出なかったリゼちゃんの裏設定知ってるの。………だから、ごめんなさい』と、リゼに頭を下げた。
その言葉の意味は、あまりよく理解できなかったけど。でも、仲間がこれ以上酷い事を言われなくて、安心した。
それ以降は完全に国政に関する話になる為、私達は挨拶してお城を後にし、ファーブロス侯爵邸に向かう事にしたのだ。
国王陛下が馬車を用意してくれたので、ご厚意に甘えさせて頂くことにした。
「え、ティア嬢、今回が初任務だったのかい? 随分と交渉が手慣れてたように見えたけど」
私達の向かい側に座るブルーノが、首を傾げる。
彼は一応、私達の護衛という名目で、共に馬車に乗っていた。
まだ夜会は続いてる。彼が望めば夜会に戻る事もできたが、おそらく戻りづらかったのだろう。
何せ、あれだけ多くの人の前で自分が“影”である事を明かしたのだ。腫れ物扱いとまでは行かなくとも、遠巻きに噂されたり、逆に媚びを売りに必要以上に近付いてくる者が出てくる事ぐらい、目に見えている。
「私の養父がそれなりの豪商でして。幼い頃から商売のいろはを教わっていたんです。交渉と根回しは商人の基礎ですから」
「成る程。スキューマという名前はファルベ国では聞いた事がないけど、さぞや立派な人だったんだろうね。
実際、君の交渉は手慣れていたし、焦りを表に出さない事も徹底していたから、場馴れしてるものだと思い込んでいたし」
「ほら、ブルーノ様もこう言って下さってるんだから。そんなに気にしなくてもいいって。
王家の“影”にそう思わせたって、凄い事だよ?」
「うー……………」
いや、わかる。それは理解してるが、それでも何と言うか……悔しいというか。最後の最後でのやらかしだったから、思いの外大きく響くというか。
というか、学園でも変な正義感から下手に動こうとしてリゼに嗜められたし。他にも色々と………うん、気分が沈んだ所為か、次から次へと反省点が頭の中に浮かんで来る。
うしゃぁーー…………、と調合室のウサギ達のようなうめき声を上げる私をポンポンしながら、話題を逸らすようにリゼが口を開いた。
「テオバルド殿下達は、今後どうなるんでしょうかね」
「うーん……まぁテオバルド殿下は、ジョシュア殿下が王太子になって廃嫡する事が確定したからね。ダニエルとオスカーは謹慎、責任を取って伯爵と侯爵が降格処分、ってとこかな。
ヴィオレッタ嬢は……まぁ、良くわからないね。夫人達の責任がどこまでか、ヴィオレッタ嬢の有責が何処まで認められるかによるんじゃないかな」
「やはり、その辺りが落とし所ですか」
「うん。まぁ、どうなってもマルグリット嬢やファーブロス侯爵家に害が出る事は無いと思うよ。
多分だけど……王妃教育を終えて婚約が白紙撤回になったマルグリット嬢だから、ジョシュア殿下の婚約者に抜擢されるんじゃないかな?」
あくまで僕の予想だけどね、と笑うブルーノ。
「でも、最終的にどうなるかはマルグリット嬢の気持ち次第かな。王家側にはテオバルド殿下がやらかしたという瑕疵がある。
彼女が王家との婚約なんてもう嫌!って言うなら、無理強いはできないからね」
そんな事を話していると、馬車が緩やかに速度を落とし、停止した。ファーブロス侯爵のお屋敷へ到着したらしい。
「ほらティア、着いたよ。そろそろ立ち直って。そんなにウサウサしてると、本当にウサギになっちゃうよ」
「いやもうだいぶウサギだよ。見ろこのウサ耳フードを」
というか、うさうさって何さ。と言いながら、フードに付けてあるウサ耳でリゼをペシペシする。
うん、でもまぁ。思いっきり落ち込んだから、何というか逆にスッキリしたというか、だいぶ落ち着いた。
馬車から降り、ブルーノへと向き直る。
「ブルーノ様、ご協力ありがとうございました。お陰で、マルグリット様からの依頼を無事遂行する事ができました」
「感謝の必要はないよ。もとよりそういう取引だったし、こっちだってジョシュア殿下を治療してもらったしね。
……じゃあね、ティア嬢、リゼ嬢。“赤のギルド”を辞めたら、いつでもウチにおいで。君達なら大歓迎だよ」
頭を下げる私達に、彼はいつも通りの食えない笑みでヒラヒラと手を振った。
ゆっくりと動き出す馬車。それが見えなくなるまで見送った私達は、ファーブロス侯爵邸へと足を踏み入れた。
三回目ともなれば、門番さんも私達に慣れたらしい。スムーズに応接室まで案内される。
初めてを訪れた際、通された部屋だ。そこにはあの時と同じように、マルグリット様がエマさんを伴ってソファに座っていた。
私達が来た事に気付くと、マルグリット様は丁寧に頭を下げた。その顔は、どこか晴れやかだ。
「ティア様、リゼ様、ありがとうございます。テオバルド殿下の冤罪から、私を守って下さって」
「いえ、お礼を言われる程の事ではありません。我々はただ、マルグリット様からのご依頼を遂行しただけですので」
ソファを勧められ、腰を下ろした。
気取られないように小さく息を吐いて、気持ちを切り替える。依頼を終えた今、これが最後の業務だ。最後までしっかりしなくては。
「さて、これにてマルグリット様からのご依頼は完了となりました。今後の流れについて、ご説明致します」
そう切り出して、私は請求書をマルグリット様へ渡すと、報酬の支払い方法について詳細を述べていく。
といっても。支払いは現物で、等々の説明は最初にマルグリット様と顔を合わせた際もう既に行っている為、軽い説明程度だ。
今回の依頼は数日で済んだし、王家の“影”に協力してもらった為、人件費も少量で済んだ。これなら、すぐに完済できる額だろう。
「食糧と宝石、どちらでお支払いいたしますか?」
「あ、その事ですが……以前に宝石類で支払う、と伝えていましたが、食糧でのお支払いに変えてもいいでしょうか?
その……お父様が、私の私物を使う必要はない、と仰ったので」
「えぇ、勿論。期限通りにお支払いをして下さるなら、どちらでも構いませんよ」
にこり、と笑顔で頷く。
最初、マルグリット様は私達の存在を父親である侯爵には内密にし、報酬の支払いも全て自分が所有するアクセサリーを使う予定だったらしい。
だが、マルグリット様を冤罪から守り、殿下や転生者達に己の過ちを自覚してもらうには、あの断罪劇の乗っ取りは必須。
その為、国王陛下を通じて有力貴族に根回しをして頂いたのだが、その中にはファーブロス侯爵家も含まれていたのだ。
結果、私達の存在や依頼の件はファーブロス侯爵に露呈した。侯爵は領地で発生したトラブル対応の為に夫人共々王都から離れており、マルグリット様の学園内での事柄を把握しきれないでいた。
国王陛下から話を聞き急いで戻ってきた侯爵夫妻は、すぐさまマルグリット様を抱きしめ、私達へ感謝を述べた。
その際、支払いは全て私が受け持つ、と侯爵が言っていた為、この申し出は何となく予想していた。
いつぞやにも説明したが、ファーブロス侯爵領は国内でも随一の小麦の生産地だ。余程の凶作でない限り、返済が滞る事はないだろう。
「では、食糧でのお支払いということで。……こちらを渡しておきます」
私は腰に付けたポーチから、紙の束を取り出した。紐で一束に括られたそれには、“赤のギルド”の紋章が描かれている。
「食糧を入れた袋にこの紙を貼り、紋章へ魔力を込めて下さい。そうすれば、自動的に我々の元へ転移されるようになっております」
そう言って紙束を机の上に置こうとすると、エマさんが近寄って来た為、彼女へと手渡す。
……エマさんとキリカさんについては、マルグリット様並びにファーブロス侯爵へ報告させてもらった。
彼女自身はファーブロス侯爵家をクビになるか、それ以上の処罰を覚悟していたようだが、今まで一度も情報を漏洩していなかった事によりマルグリット様の侍女を続ける事になった。
情報を流していたキリカさんの方は……重労働であるランドリーメイドに降格はするものの、クビにしたりそれ以上の罪に問うことはしない、とファーブロス侯爵は言っていた。
元々、母親に無理矢理「密偵しろ」と言われ、五歳という幼いから孤児院に入れられていた人達だ。情状酌量の余地はあるし、二度と侯爵家の情報を他に流さないなら不問とする、と。
ファーブロス侯爵の判断が甘いのかどうか、私には分からないし、特に興味もない。私はただ、最後まで“赤のギルド”としての業務を果たすだけだ。
「お支払いが完了した際には、完済を手紙にてお知らせ致します。
また、凶作や魔物被害等によって期限までに全額支払う事が難しい場合は、我々の封蝋印を使い手紙をお送り下さい。支払い期間延長の手続きをさせて頂きます」
期限終了までに支払いが完了してなかった場合、督促状を送らせてもらう事。
督促状を三回送っても何の返信もなかった場合、強制執行を行う事。
強制執行は手荒な手段を取る可能性があり、領民に被害が及ぶ可能性もある事。
それらを一通り説明し「他に質問はございますか?」と尋ねる。マルグリット様が首を横に振ったのを確認し、私達はソファから立ち上がった。
「では、説明は以上となります。またお尋ねしたい事等がありましたら、手紙にてお送り下さい」
左手を真横へ、床と水平になるように伸ばす。
手首に着けた銀のバングル 、そこに埋め込まれているルビーが輝き、光の扉を形成した。
「それでは、これにて失礼します。この度は、我々“赤のギルド”にご依頼賜り、誠にありがとうございました」
最後の挨拶に、私とリゼは頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとうございます、ティア様、リゼ様。この御恩は、決して忘れません」
深々とお辞儀をするマルグリット様とエマさん。
彼女達に見送られながら、私達は光の扉を開けて、中へと入っていく。
ばたん、と背後で扉が閉まる。
その、直前に
「本当に……っありがとう、ございました………!」
安堵と感謝でぐちゃぐちゃになった、マルグリット様の嗚咽が聞こえて来た。
光の粒で出来た扉が空気に溶けるように消え、気付いたら私達は“赤のギルド”ハウス前に立っていた。
───こうして、私の初任務は、無事に終わったのだった。




