第28話
「……あ、アンタ、リゼ・カナフ!?『風奏の夜想曲』に出てくるリゼよね!?
何でシキセイの世界に、風奏のラスボスがいるのよ!?!?」
ロートティフ伯爵夫人の、その叫びの意味を理解出来た者は殆どいないだろう。
理解できたのは発言者である伯爵夫人、彼女と同じ転生者であるトゥアキス侯爵夫人。当事者であるリゼ。そして、リゼから話を聞いた私の、四人だけだろう。
……あの日、初めてファルベ王国に来た日の夜。宿屋でお風呂に入りながら、私とリゼは互いの事を話し合った。
私は、拒絶魔術の事を。
リゼは、体に注がれたセイレーンの魔力と、それを持つ事になった経緯。つまりは、“赤のギルド”に入る前の、彼女の過去について。
曰く、リゼもマルグリット様と同じく、とある予言の悪役だったらしい。
しかも、その予言はファルベ王国のような恋愛譚ではなく英雄譚、ゲンダイニッポンでは『あーるぴーじー』と呼ばれる区分であり、リゼはそのラスボスだったと。
ラスボスというのは、その話において最大の敵役。越えるべき障害であり、倒されるべき悪者。消える事で大団円となる、いなくなるべきもの。
人々から悪であると定義された存在。それが、リゼだった。
彼女曰く、本来なら予言の通りに死ぬ運命だったが、転生者が好き勝手した事により予言が狂い、そこへ“赤のギルド”が介入。そのまま入団した、と。
私が聞いたのは、ここまでだ。予言の中でリゼがどういう存在だったのか、どのような悪事をしてどんな最期を迎えるのかは、知らないし興味が無い。
だって、私にとってのリゼは、今目の前にいるリゼだけだ。
入団してすぐの私の為に歓迎会を開いてくれて、それ以降もギルドの色々な事を教えてくれた、“赤のギルド”の仲間であり、友達。
初任務で右も左も分からない私を色々サポートしてくれたり。今だって、火球から私を守ってくれた。
私が知ってるのは、そんな強くて優しいリゼだけだ。
だから────
「つーか、そもそも何でリゼが生きてんのよ!! アンタは風奏のラストで、あのシンとかいう眼鏡に殺されるんじゃないの!?
リゼが生きてるとハッピーエンドにならないんだから、大人しく死んでなさいよ!!」
伯爵夫人の、その言葉だけは許容できなかった。
リゼの絶命を、あまつさえリゼの彼氏であるシンにリゼの命を奪わせる事を願う、その発言を。
シンとは特別親しい訳ではないが、それでも同じ医療部署に所属し、一ヶ月共に働いた仲だ。彼が決して悪人では無い事も、無愛想に見えてリゼを大切に思っている事も知ってる。
そんなリゼとシンを。私の仲間を貶し、死を願うような発言を。そんな発言をしたロートティフ伯爵夫人を、許せなかった。
「……撤回して下さい」
無意識に、言葉が口から漏れていた。気付いたら一歩、前に踏み出していた。
「私の仲間の死を望むような発言を、撤回して下さい」
「はぁ? リゼが風奏で何やらかしたか知らないの?
……あぁ、そっか、分かった。アンタもゲームか何かの悪役なんでしょ? マルグリットもリゼも、悪人同士手を組んでストーリーぶち壊して回ってるわけか!! ホント最ッ低!!!!」
「──っ!!」
私の言葉に、伯爵夫人は更に明後日の方向へ妄想を深めていく。
完全に脳内を怒りで支配されていた私は、売り言葉に買い言葉を返そうと口を開け
「ティア、ストップ」
ぐい、と腕を引っ張られる感覚とリゼの声に、発そうとしていた声が喉の奥へ引っ込んでいった。
「任務中だよ、落ち着いて」
優しく諭すように響く声に、ハッとする。
そうだ、今の私は“赤のギルド”としてここにいる。
今の私がすべき事は、仲間を侮辱する発言の撤回を求め、ロートティフ伯爵夫人と言い合いする事ではない。
「…………ごめん」
「んーん、いいよ。……怒ってくれてありがとうね」
にこっ、と一瞬私に微笑んだリゼは、すぐに“赤のギルド”として表情を引き締め、前を向き直る。
「……議論が本筋から外れてしまいましたね。今我々が話していたのは、マルグリット様がいじめを行っていたという殿下の主張が正しいか否か。
私が何者かなど、マルグリット様の無実を示すのに全くもって関係が無いのでは?」
「はぁ!? 話を逸らすなっつーの! 大体──」
「その者の言う通りだ。言葉を慎むべきはそちらだぞ、ロートティフ伯爵夫人」
威厳ある声が、会場に低く響き渡った。
皆、一様に声が聞こえて来た方を見る。声の主を確認した瞬間、会場にいた人々はすぐに膝を折って頭を垂れる。
そこにいたのは、ファルベ王国の国王だった。
「“赤のギルド”を名乗る彼女らが、善か悪かは関係無い。彼女達は私にテオバルドの目を覚ます為の方法を提案し、私はそれを了承した。それだけだ」
「し、しかし………おそれながら、見ての通り、そこのリゼという者はセイレーンの翼が生えた、人ならざる力を持つ存在です。もしや魔族の手先かもしれません、そんな者の言葉を信じるなど……」
流石に、国王へ先程の喋り方をする訳にはいかないと思ったのか。貴族夫人の顔を取り繕ったロートティフ伯爵夫人が答える。
「おかしい、と申すか? だが私には、そなたが信じる『げーむ』という予言も眉唾物のように思える。
不確かな予言と、魔族の力を持つ者。確かにどちらも如何わしいが、そなたらが影でテオバルド達を扇動して此度の騒ぎを起こしたのに対して、“赤のギルド”は礼を尽くしてジョシュアの毒を治療し、頭を下げて夜会への参加許可を求めた。
同じ怪しい者であるなら、筋を通した彼女らの肩を持つのは当然では?」
「ち、違います! ゲームは決して怪しいものではなくて、この世界の筋書きというか……ゲームのシナリオは絶対で、筋書きが外れるなんてあってはならないんです!!」
「では何故、そなたは慌てているのだ。実際そのげーむという予言通りになっていないから、このような結果になっているのではないのか?」
「そ……それは………あ、あいつの所為です! あの女が、リゼ・カナフが何かしたんです!! だってその女は、他のゲームのラスボスで……実の妹であるリアちゃんを殺そうとした、マルグリットなんて比べ物にならない程の極悪人なんです!!!」
喚き立てる伯爵夫人。本当はリゼを指差して詰め寄りたかったのだろうが、二人の騎士に両側から抑えられている為、身をよじる事しかできない。
そんな夫人を見て、リゼはあくまでも冷静に、最後まで“赤のギルド”たらんと背筋を伸ばした。
「国王陛下、お話を遮る無礼をお許し下さい。どうしても、ロートティフ伯爵夫人に言いたい事がありまして」
「構わぬ。言ってやるがよい」
「ありがとうございます」
国王からの許可を得たリゼは、まっすぐにロートティフ伯爵夫人へと向き直る。
「……ロートティフ伯爵夫人。私がいくら、貴女が知る『リゼ』と私は違うと申しても、決して聞き入れて下さる事は無いでしょう。
ですので、ただひとつだけ。貴女がまだ自覚していない事を自覚させる為に、お聞きしたい事があります。
……ロートティフ伯爵夫人、そしてトゥアキス侯爵夫人も。貴女達が知るヴィオラ様は、予言の中でもドゥンケル公爵家の養女になっていましたか?」
「はぁ? 何を言っ、て───」
ロートティフ伯爵夫人の言葉が、はたと途切れる。
息を飲み、瞳が揺れる。段々と顔色が青くなっていく伯爵夫人の口から、言葉にもならない声が漏れ出た。
何で、何でこんな事に気付かなかったんだろう、と。
げーむのシナリオは絶対だと。その筋書きが外れる事なんてあってはならないと。彼女は言った。
だが、そのシナリオを最初に破ったのは。歯車を始めに狂わせたのは、他の誰でもない転生者達だ。
ヒロインである男爵令嬢を公爵家養女にしたから。自分より高位の貴族になったヒロインを、悪役令嬢がイジメる事が出来なくなった。
ストーリーが始まる前に、マルグリット様が悪役令嬢であるとテオバルド殿下や息子達に吹き込んだから。彼らから冷遇されたマルグリット様が、悪役令嬢とは程遠い性格に育った。
───「……ねぇリゼ。多分これって、幼い頃の悪い噂が原因で、悪役令嬢の性格変化と殿下からの冷遇が発生してる気がするんだけど」
この国に初めて来た日、情報整理した時に私が口にした言葉を思い出す。
……予言に詳しくない私ですら、真っ先に脳裏によぎった事柄なのに。
なのに、彼女達はここまでしなければ。実際に騒ぎを起こし、リゼに指摘されなければ、その事に気付けなかった。
好きが高じすぎて、盲目的になっていたからか。マルグリット様という悪を糾弾する正義に、酔いしれていたからか。
それとも、何をしても絶対にシナリオ通りに事が進むと、高を括っていたからか。
「貴女方が予言通りの光景を見たかったのなら、何もしなければよかったのです。
ヴィオラを公爵家の養子にしなければ。殿下や息子に、マルグリット様が悪役令嬢と吹き込まなければ。
何もしなければ………そうすれば、私達は運命通りに破滅したのに」
ふ、と目を伏せるリゼ。
暗い光が宿る瞳に射抜かれ、己の過ちを察したのか。それともただ恐れ慄いたのか。ロートティフ夫人の体から力が抜けた。
くずおれる体。本来は膝を付くような形になるのだろうが、騎士達に抑えられていた為に宙ぶらりんな状態になる。
そんな伯爵夫人の様子を見て、この狂騒の終わりを察した国王陛下は、高らかに告げた。
「ファルベ国王の名において宣言する。第二王子テオバルドとファーブロス侯爵令嬢マルグリットとの婚約を白紙撤回。並びにテオバルドの王位継承権を剥奪し、第一王子ジョシュアを王太子とする!」




