第27話
長くなってしまった為、2話に分割して投稿しました。
まだ第26話を呼んでない方は、そちらを先にお読み下さい。
ヴィオレッタの発言に、会場は水を打ったように静まりかえった。
先程のざわめきとは違うヒソヒソとした声が、時折聞こえて来る。
「……では、マルグリット様から直接被害を受けた事は無い、と?」
「えぇ。だって、マルグリット様とお話した事なんて、一度もないもの。
自分をいじめるかもしれない人に近付こう、なんて普通は思わないでしょう?」
こてん、と可愛らしく首を傾げながら、ヴィオレッタはそう答えた。
言っている事は至極的確だが、その発言はテオバルド殿下達にとっては致命的だった。
被害者と思ってたヴィオレッタが、被害を否定したのだ。
マルグリット様を断罪せんと息巻いていた三人は、サァと顔を青くさせた。
「でも、みんなみんなそう言うから、違うって言っても無駄だなぁって思って。
それに、私はヒロインだって教えてもらったから。言う事を聞くことにしたの」
ふふ、と笑みを零すヴィオレッタ。
その仕草は、いかにも無垢なお姫様、といった様子で。
「……教えて貰った、とはトゥアキス侯爵夫人とロートティフ伯爵夫人から、ですか?」
「えぇ!ダニエルとオスカーのお母様方から、教えていただいたの。私はこの世界のヒロインで、テオのお妃様になれるって!」
胸元で手を合わせ、ヴィオレッタは綺麗に微笑む。
その様子を見てとある可能性を考えた私は、ちょっと踏み入った質問を投げてみる事にした。
「ヒロイン、ですか。では、ダニエル様やオスカー様と関係を持っているのも、ヒロインだからですか?」
こんな『貴女は浮気してますか?』なんてド直球な質問、ちょっと考えなくても回答したらマズいと思うだろう。
だが、
「えぇ!ご婦人方がね、何か困った事があったら息子達を頼りなさい、って言って下さったの。
だから私、テオがいない時に、ダニエルとオスカーに人肌恋しいってお願いしたのよ」
ヴィオレッタは、バカ正気に答えた。答えてしまった。
……うん、さっきから薄々感じていたけど、今ので確信した。ヴィオレッタは狡猾な悪女ではない、ただ何も考えてないんだ。
ただ、他人を頼るのがとても上手なだけの、無垢なお姫様。夫人達が言った予言を信じ込み、自分がヒロインだと、自分を中心に世界が回っていると本気で思っている。
多分きっと、今の自分の発言がとんでもない事だったとすら、本人は分かってない。
チラリ、と殿下達を見やる。
テオバルド殿下は大きく目を見開いてヴィオレッタとダニエル達を見ていた。顔は赤く、握り締めた拳は微かに震えている。ヴィオレッタの不貞を今始めて知ったのだろう。
ダニエルは青い顔を誤魔化すように視線を反らし、オスカーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
……推測ではあるが、おそらくダニエルは本当にヴィオレッタへ横恋慕していたか、母親の言葉を盲信して聖女であるヴィオレッタに尽くす事を至上と思っていたのだろう。
オスカーは、第二王子に寵愛されている彼女にすり寄って益を得ようと思い関係を持った……そんな所だろうか。
自分で話を振っておいて何だが、思ったよりヤバいドロドロな関係が発掘されてしまった。どうすんだこれ。
ポーカーフェイスを装いながらそう思っていると、不意に左ポケットの中身が微かに震えるのが分かった。
確認しなくても分かる、リゼからの『準備完了』の連絡だ。
すぐに合図を送ろうとする、と
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
不意に、金切り声が会場に響き渡った。
見ると転生者である二人が、こちらを物凄い顔で睨みつけながらズカズカと歩いて来ている。
私はすぐにリゼへの合図を中止して、そちらへと向き直った。
「なに第二王子ルートの見せ場を潰してくれちゃってんの!? つーかアンタ誰!? 赤のギルド、なんてゲームに出てない存在がしゃしゃり出んなし!!」
「これはトゥアキス侯爵夫人、お初にお目にかかります。はて、げーむとは一体何のことでしょうか」
「シキセイよ、色彩国の聖女!!ここ、ゲームの中の世界なんでしょう!? なのにゲーム通りに事が進まないの、アンタが何かしたからじゃないの!?」
「ほんと最っ低!!この日の為に何年前から準備したと思ってんの!?シナリオ通りに進まないなら意味ないじゃん!!!」
貴族夫人としての振る舞いを投げ捨てた二人が、声を荒げる。
その様子に、傍観していた者達はおろか、己の息子やテオバルド殿下まで引いているが、興奮した転生者達は気付いていないようだ。
「シナリオ、というのは良く分かりませんが……最初に申し上げましたよ?
私は、己の不貞を誤魔化す為に無実のマルグリット様に冤罪を被せる行為を見逃せないから、こうして口を挟んだと」
「だからぁ!! その行動がシナリオを壊してんの!マルグリットがヴィオラちゃんをいじめてるのは決まってんだから!」
「先程、ドゥンケル公爵令嬢自身が否定なされていましたよ? マルグリット様からいじめを受けた事はない、と」
「そんなの、ヴィオラちゃんを脅してそう言わせてるだけかもしれないし!! それにゲーム初期だとヴィオラちゃんはいじめられてる事自体に気付いてなかったし、今回だって上手くやってるだけでしょどうせ!!」
「そんなにマルグリットが無実ってんなら証拠出せよ!! アンタがさっき言ってた決定的な証拠ってやつをさぁ!!!」
ギャンギャンと叫ぶ夫人達。……実家の商会でクレーマー対応に馴れていてよかった、と心から思った。
と、いうか。先程のヴィオレッタのフワフワっぷりを見て脅しが通用するって思ってるんだ。ちょっと凄いな。
どう考えても彼女は脅しに屈するようなタイプじゃないというか、脅された事にも気付かずに『◯◯様とこういうお話しましたの〜』とほわほわ告発するタイプだと思うけど……
……まぁでも、証拠を出せと言われるのは願ったり叶ったりだ。お望み通り、出してやるとしよう。
「分かりました。それでは、マルグリット様が無実である証拠を、お見せ致しましょう」
微かに視線を動かし、マルグリット様を見る。彼女が頷いたのを確認して、私は魔法を発動した。
作り出したのは、握り拳程のシャボン玉がひとつ。それを、拍手するようにして両手で叩き潰した。
パァン、と破裂するような音。それが、合図だ。
「……〜♪」
不意に、音が降り注いだ。
何か、なんて説明するまでもない。魔力を乗せたリゼの声、人を惑わすセイレーンの歌だ。
リゼの姿は天井近く、会場を照らすシャンデリアの上にあった。
キラキラとした照明の光の中で、歌声を響かせるリゼ。その背中からはセイレーンの黒い翼が生えており、彼女がその身に宿す魔族の力を存分に発揮しているのが分かる。
学園では主に相手の思考を鈍らせる為に使われていたが、魔声はそれ以外にも、聞いた者の五感を狂わせ幻覚や幻聴を引き起こす効果も持つ。
今リゼが歌っているのはそれだ。人の思考を溶かす声ではなく、ありもしない物を見せるセイレーンの歌。
もっとも、幻覚は本来なら、複数のセイレーンが合唱する事で起こすもの。単独の、ましてやただセイレーンの魔力が混ざっただけの人間であるリゼが歌による幻覚を見せるには、相応の準備が必要だった。
魔力を多めに注いで作った特殊な使い魔を会場に複数配置し、使い魔達にも歌を歌わせる事で合唱を擬似的に再現。更に私の膜で反射させて会場全体に音を響かせ、リゼの魔声を幻覚の歌レベルにまで押し上げる。
……先程、ブラオ伯爵令嬢達の加害を証明する為に発動し、未だ解除せずに展開し続けていたシャボン膜。それがちゃんとリゼの魔声を反響させているのを見て、私はホッと安堵の息を吐いた。
あれだけ大きなシャボン膜を張り続けるのは少々不自然かもしれない、と内心不安だったが、どうやら上手くいったようだ。
「なんだ、歌……?」
「これ、は…………」
リゼの歌によって、目の前とは異なる光景を見た人々の口から、驚きの声が零れる。
彼らが一体何を見てるのか。それは先程に夫人達が言った、決定的な証拠。
私達や“影”が調査したマルグリット様の無実の証拠。それらを元に当時の様子を再現した光景だ。
最初に説明を聞いた時、リゼは『ゲンダイニッポンでいう“再現ぶいてぃーあーる”?を幻覚の歌で再現する』と言っていた。最初に聞いた時はよく分からなかったが、その後に実際見せてもらって理解する事が出来た。
“影”達と入念に擦り合せ、何度も修正に重ねた過去の幻覚。その再現度は凄まじく高く、もはや過去の再演と言ってもいい。
いじめなどしていないマルグリット様。
何もされてないのにマルグリット様に怯えるヴィオレッタ。
それを見てマルグリット様に威圧的に詰め寄る殿下達。
トゥアキス邸のお茶会にて交わされた、転生者達の会話。
次々と真実が晒され、人々の目が驚きに見開かれていく。
学園に通い、マルグリット様の悪い噂を鵜呑みにしていた生徒達は、困惑し顔を青ざめていた。
悪い噂を信じ、マルグリット様を冷遇していた罪悪感に苛まれる者。加害こそしてないが殿下達に賛同してしまったと慌てる者。ファーブロス侯爵を敵に回してしまったかもしれないと恐れる者。
その様子を見て、彼らの親達も顔色を悪くした。自分の子供達が何をやらかしたのか、察したのだろう。
平然としている者達は、噂を鵜呑みにしなかった生徒や、事前に陛下から根回しを受け既に対策済の高位貴族達。
「………ぅ」
「そん、な………」
殿下達三人は、青を通り越して真っ白な顔色をしていた。
何か言いがかりをつけようとしたのか、それともただ弁解をしたかったのか。何か言葉を発しようと口を開けて、でも何も言えずに僅かに唸るだけ。
私達がここまで大掛かりな準備をして、幻覚の歌にて証拠を提出した理由がコレだ。
言葉や文章で説明しても、予言を鵜呑みにした夫人達やその影響を受けた彼らが、それを素直に受け取るとは思えなかったから。
人間というのは、自分にとって都合の良い事を信じたい生き物だ。
発言の一部を切り取ってわざと曲解したり、自己保身に走る事だってあり得る。
だからこうやって、捏ねくり回す事が出来ない映像というカタチで叩き付ける事にした。
会場にいる貴族全員がそれを見たのだから、後でどれだけ騒ぎ立てたとしても、もうマルグリット様を悪役令嬢にする事は出来ないだろう。
「いかがですか? ご希望された通り、マルグリット様の無実の証拠をご覧いただきましたが」
幻覚の歌が止み、人々の意識が浮上した辺りを見越して、転生者達へと声を掛ける。
「こ、こんなのは噓! 噓よ!! ゲームでこんなシーン一度もなかったし!!!」
「……そうだ、そもそもさっきのが真実とは限らないし?! それこそ捏造したもんなんじゃないの!?」
ヒステリックに叫びながら、反論する夫人達。
「いえ、先程の光景は間違いなく真実です。そうですよね? ブルーノ様」
「うん。さっきの幻影は、間違いなく過去本当に起こった事だよ。
ファルベ王国の“影”として、それを保証する」
ブルーノは頷いて、懐から指輪を取り出した。ファルベ王国の国章を守護するように翼を広げた鴉が刻まれたそれは、“影”の証だ。
本来なら国王と王妃しか知らない“影”の指輪だが、転生者達は予言を通じてそれを知っているのだろう。予言書には、この指輪の絵も載っていたから。
「な……ブルーノ君、何で………?」
「何故、と言われましても。僕は“影”ですよ? 国王陛下から直々に『マルグリット様を冤罪から守る為、“赤のギルド”に強力せよ』とご命令を賜ったのです、実行するのは当然では?」
「冤、罪………」
ぽつり、とトゥアキス侯爵夫人が呟いた言葉が床に落ちる。
私の言葉は信じられなくても、予言の登場人物であるブルーノの言葉は、多少響いたらしい。
“影”である彼は、真実を確かめられる『聖木の剣』を持っている。そんなブルーノが、冤罪だと口にした。
その言葉の意味に気付いたのか、トゥアキス侯爵夫人は顔を真っ青にして目線を反らした。
テオバルド殿下、ダニエル、オスカーの三人は、先程からずっと一言も言葉を発せずにいる。状況が目まぐるしく変わりすぎて、ついていけてないのだろう。
「そんな……何で、ブルーノ君がマルグリットの味方をするの……? こんな展開、シキセイを何度周回しても無かったのに………」
ロートティフ伯爵夫人は、顔が見えない程に深く俯いていた。
聞き取れないほど小さな声で何かを呟き、固く握られた拳は小刻みに震えている。
「あ。………あぁ、そっか、これはバグなんだ。バグったから、知らないキャラが出てきたんだ………。ははは……そっかぁ………じゃあリセットしなきゃ、リセットして……そうすればきっと…バグったこのシナリオも元に戻る……。
だからリセットしなきゃ……知らないストーリーを……知らないキャラを………リセット………リセット…………あ、ああぁああああぁぁぁああ!!!!」
絶叫。いや、もはや咆哮に近い声を上げたロートティフ伯爵夫人の体から、ぶわっと魔力が溢れ出した。ただ、感情のままに魔力を放っているのだろう。
予言書には『ダニエルの両親は魔法の扱いが下手』と書かれていたが、彼女は転生者。予言の中でヴィオラが行っていた効率の良い魔力鍛錬法を知り、それを実行したと考えると、これほどの魔力を持つのも別に不思議ではない。
「ああぁあああぁぁぁああぁあ!!!!」
放たれたのは、赤く燃え盛る火球。ここが屋内だとか、周囲に人がいるなんて関係無いとばかりの火炎が、私に向かって撃ち出された。
シャボン膜で反射……いや駄目だ、それこそ周囲の人に被害が出る。ここは不本意だけど、拒絶の膜で火そのものを消すしかない。
「月、よ──」
──でも、火というカタチが良くなかった。
空気を焦がす程に燃え上がる炎を見た瞬間、凍り付いたように動けなくなった。
体の右半分が、右半身に刻まれた火傷がズキズキと疼く。
痛い。痛い、痛い。
頭ではちゃんと理解してるのに。心は全然平気なのに。なのに体が、火事の事を思い出してしまった。
体が動けなくなったのは、ほんの一瞬。けれどそれは、紡ごうとした拒絶魔術を解くには十分で。
(、しまっ──)
これでは、あの炎を防げない。
再度拒絶魔術を使うには、もう遅い。
未だに体は固まったままで、避けようにも足が床に縫い止められているかのように動けない。
火傷が増える事を覚悟して、思わず目を閉じ──
「───風よ!!」
──暗闇の中、ゴウッと唸りを上げる風と、リゼの声が聞こえた。
咄嗟に瞼を開けると、先程まであんなに燃え盛っていた炎が、まるでロウソクの火のように呆気なく吹き消されていく。
目の前には、風に靡く柔らかな茶髪をたたえたリゼの背中。すぐにシャンデリアから飛び下りたのか、そこには未だセイレーンの黒翼が生えている。
「ティア、大丈夫!?」
「う、うん………平気」
リゼの言葉に、頷いて答える。声が震えてしまったのは、火球が消えた事への安堵か。それとも、頭では平気と思っていてもやはり無意識に火事のトラウマを感じていたのか。
「っ、騎士よ、この者を拘束しろ!」
急展開の連続で凍り付いていた周囲が、ようやく動き出す。
ロートティフ伯爵夫人を捕らえるように指示を出したのは、彼女の夫であるロートティフ伯爵だった。
騎士団長が己の妻を拘束するような指示を出した事に、騎士達は一瞬困惑するも、すぐさま動いて伯爵夫人を取り押さえた。
一応相手が貴族という事もあり、床に押し倒すような真似はせず、両側から押さえ付けるようにしただけだが、夫人にとっては立派な拘束だった。
「な、何すんのよ!あなた、自分の奥さんを逮捕する気!?」
「いくら妻とはいえ、このような場で魔法を使い、人を害そうとした者を放置する訳にはいかない。
……ファーブロス侯爵令嬢の悪い噂を流し、テオバルド殿下を唆したとなると、処刑されても文句は言えないんだぞ?」
「はぁ!? 私はただ、ゲーム通りにテオバルド様とヴィオラちゃんがくっついて欲しいだけで──」
「……先程から言っているが、そのげーむというのは一体何だ? 何故そこまで盲信できる?」
「ロートティフ伯爵。その“げーむ”という物が、私達が説明した占いの事です。夫人達はそのげーむに書かれた事こそが正しいのだと、信じきっているのです」
「リゼ殿……貴殿が火球を相殺してくれたお陰で、被害が出る事はなかった。感謝する。
そしてティア殿。妻が迷惑を掛けた、申し訳ない」
伯爵が、私達へ頭を下げる。夫が自分の味方をしてくれないと悟った夫人は、騎士達に取り押さえられながら、伯爵を睨みつけ
「……………………ぇ?」
困惑の声を、漏らした。
目が零れ落ちるのではないか、と思うほどに瞠目したロートティフ伯爵夫人は、伯爵を……いや、伯爵の隣に立つリゼを見つめている。
頭の天辺から足の爪先まで。何度も何度も確認するようにリゼを見回したロートティフ伯爵夫人はやがて、わなわなと震わせ
そして、叫んだ。
「……あ、アンタ、リゼ・カナフ!?『風奏の夜想曲』に出てくるリゼよね!?
何でシキセイの世界に、風奏のラスボスがいるのよ!?!?」




