第25話
明けましておめでとうございます。
相変わらずの亀よりも遅いペースとなりますが、必ず更新は続ける所存ですので、
今年もどうぞよろしくお願いします。
私達が登城してから数日後。ついに、その日はやって来た。
学園創立記念パーティー当日。マルグリット様がテオバルド殿下から婚約破棄を突き付けられる日。
学園の創立日を祝う、と聞くとただ学園内の祝祭で済むような小規模な物を想像するが、ファルベ王国のそれは少し違う。
初代国王が学園創立に携わった事、日付が建国記念日のちょうど一ヶ月前に位置する事もあって、建国記念の前座祭のような意味を持つ、と予言書に書いてあった。
故に、一学園の創立記念とは思えない程の規模の夜会が開かれ、王家や公爵家など有力貴族の当主達も顔を出すのだと。
ファルベ王国に置いて重要な意味を持つこの日は、予言の中でも大きなターニングポイントだ。
第二王子、騎士団長息子、宰相子息、魔導士団長息子。ヒロインが誰と恋仲になろうとも、学園の創立記念日には大きな出来事……各ルートの山場イベントが発生するという。
ダニエルであれば午前に行われる剣術大会で。オスカーなら最優秀生徒を表彰する式典。ブルーノは話の都合で記念の催しには参加できないが、月明かりの下で二人きりの舞踏会を行う、なんてロマンチックな事が起こる。
そして、テオバルド殿下の山場は、式典の後で行われる夜会。
学園創立を祝う一日の締めくくりであるパーティーにて、テオバルド殿下はマルグリット様に婚約破棄を突き付け、ヒロインであるヴィオラを選ぶ。
そう、それが正しい筋書きだ。予言の中、では。
「……いよいよ、だね。心の準備はいい?」
「う、うん」
リゼの言葉に、頷く。私とリゼは今、ブルーノと共に夜会が行われるホールの片隅にいた。
現在の時刻は夕方。ホールでは、幾人もの使用人達が、夜会の準備の為にバタバタと動きまわっている。
私達はそれを横目に、最後の打ち合わせに入っていた。
……これから行われる夜会で、起きるであろう“騒ぎ”については、既に国王に説明してある。
私達が夜会に参加する事、夜会にてテオバルド殿下が婚約破棄をする可能性がある事も。国王陛下や一部の参加者、その他各方面には根回し済みだ。
攻略対象の父であり、転生者達の夫であるトゥアキス侯爵とロートティフ伯爵にも話は通してある。勿論、妻や息子には気取られないよう、国王陛下から口添えしてもらった。
「ふむふむ、じゃあ僕はずっとマルグリット嬢の近くにいればいいんだね?」
「はい。もし、テオバルド殿下が婚約破棄を口にしたら、手筈通りにお願い致します」
「任せて」と、いつも通りの食えない笑みを浮かべて頷くブルーノ。
彼にはマルグリット様のエスコートと、夜会中の護衛をお願いした。
予言書曰く、今夜のテオバルド殿下はヒロインに現を抜かし、婚約者のマルグリット様ではなくヴィオラをエスコートする事を選ぶ、との事だ。
その事に怒ったマルグリット様が夜会の会場でテオバルド殿下に詰め寄り、人々の注目を集めた所に、殿下が婚約破棄を突き付ける……という流れらしい。
私達の依頼主であるマルグリット様は、予言書のマルグリット様に比べてそこまで気が強い性格ではない為、予言のように殿下に詰め寄る事は無いだろうが、
エスコート無く入場すれば、マルグリット様を虐めていたブラオ伯爵令嬢やツィノーバァロート辺境伯令嬢が絡んで来る可能性がある。
ここ一番の大舞台直前に、マルグリット様に余計な心労を掛けたくはない。その為、ブルーノに彼女のエスコートをお願いしたのだ。
「それじゃ、僕はそろそろ行くよ。夜会参加者として、色々準備しなきゃだしね」
「分かりました。では、また後程」
手をヒラヒラとさせながら、去って行くブルーノ。
その様子を見ながら、私はポツリと言葉を漏らす。
「……大丈夫かな、マルグリット様」
脳裏を掠めたのは、数日前の出来事。
登城し、ジョシュア殿下を治療した翌日。私達は再びマルグリット様の元を尋ね、調査報告を行ったのだ。
『全てを知りたい』『殿下の言う断罪とは何なのか』『それが冤罪なら、偽りだと暴いてほしい』『全てを白日の下に晒して下さい』
そう願った彼女の想い通り、私達は知り得た全てをマルグリット様へ報告した。
流石に、転生者云々は混乱を招くので『タチの悪いとある占いの結果を夫人達が信じ込んだ』と誤魔化したが。
その予言を鵜呑みにしたトゥアキス侯爵夫人とロートティフ伯爵夫人が、マルグリット様を目の敵にしている事。
夫人達は『マルグリット様がヴィオラを虐める』という占いを本気で信じており、テオバルド殿下や息子達にそれを話した事。
三人はその言葉を受け入れ、マルグリット様を冷遇するようになった事。
夫人達の行動はそれだけでは終わらず、幼い頃にマルグリット様の悪い噂を流した事、エマさんとキリカさんを密偵としてファーブロス侯爵家に送り込んだ事。……全部を話した。
マルグリット様は私達の報告を静かに聞いて、ただ、凄く複雑な表情を浮かべていた。
困惑と悲しみ。そして、少しの諦め。受け入れ難い事実を必死に呑み込もうとして、窒息寸前になった心を必死に誤魔化してる顔。
そりゃあ、そうだ。マルグリット様からしたら、今までずっと耐えて来たテオバルド殿下やその周囲からの冷遇が『こことは異なる世界、あり得たかもしれない未来で、お前がヴィオラを虐めるかもしれないから』という理由なんて、意味が分からないし受け入れ難いだろう。
「………マルグリット様次第、としか言えないね。予言なんて埒外の事柄、自分の中で折り合いをつけるしかないし」
私の呟きに、そう返すリゼ。その言葉はきっと、彼女の体験談からくるものなんだと思う。
“赤のギルド”として、予言やそれを信じ込む転生者の言動に振り回される人達を、リゼは何人も見てきたのだろう。
勿論、予言や転生者そのものは別に悪い事ではない。予言自体はただの情報だし、転生者にも分別のある人や知り得た予言を活用して他人を助ける人だっているはずだ。
でも、それと同じぐらい、マルグリット様のように予言によって“悪”だと決めつけられた人もがいると、リゼは知っている。
だって、彼女は───
「それよりもっ。本当にティアは大丈夫? 私の準備が終わるまで、一人で殿下達と対峙する事になるけど」
「う、うん。大丈夫、だと思う」
リゼの言葉に、ぎこちなく頷く。
正直言って緊張してはいるけど、国王陛下からの急な呼び出しに比べれば……まぁ、マシだと、思う。
「あ、でも出来れば早く戻ってきてくれたら、凄くありがたいなぁ……なんて」
「ふふっ、勿論」
震える私の手を握り、安心させるように微笑むリゼ。
「さ、行こうティア。“赤のギルド”としての初仕事、その総仕上げに」
そうして、夜会は始まった。
キラキラと輝くシャンデリアが吊るされたホールに、着飾った紳士淑女が次々と集う。
私はその様子を、壁際に立って眺めていた。勿論、シャボン玉で自身を覆い身を隠している。壁の花、ならぬ壁の泡状態だ。
最初はフロワさんから貰った夢魔の香水を使い、どこぞの令嬢を装って参加しようと思ったが、止めておいた。
あの香水は『最も魅力的と思う女性の姿に見える』という性質上、見える姿が人によって異なってしまうのだ。
ある人には小動物のような可愛らしい少女に見え、またある人には妖艶な美女のように見える……なんて、流石に混乱を招きかねない。
学園潜入の時は、あくまでお付きの侍女という端役であり、目立つのは隣国の皇女(という設定の)リゼだった為、そこまで問題はなかったが……流石にパーティともなれば誤魔化せないだろう。
そんな事を考えながらパーティ会場、その入り口の方へ視線を向ける。
続々と入場してくる人々。やがてほぼ同じタイミングで、トゥアキス侯爵家とロートティフ伯爵家が到着した。
ダニエルやオスカーは各自の婚約者をエスコートし、転生者である夫人達は各旦那にエスコートされての入場。
……あぁ、瞳がキラキラしている息子や夫人達に比べて、侯爵と伯爵の表情がどこか曇っているの、気の所為じゃないんだろうなぁ。
そう考えながら夫人達を眺めていると、入り口の方がにわかに騒がしくなる。
見なくてもわかる。テオバルド殿下が入場してきたのだ。
殿下がエスコートしているのはマルグリット様……なハズは無く、案の定というか、予想通りヴィオレッタだった。
彼女はテオバルド殿下の瞳の色である黄色いドレスに、殿下の銀髪を思わせるダイヤの装飾品を身に着けていた。
殿下の方も、クラヴァットやカフスの色は、ヴィオレッタの瞳と同じ紫が使われてる。
まるで、二人が正式な婚約者であるかのようだ。
ワァ、と生徒を中心に歓声が上がる。その様子を見たオスカーとダニエルは、勝ち誇ったように口角を釣り上げていた。
(一体、何と戦ってんだか……)
ヤレヤレ、と思いながら、人目につかないようにコッソリと移動する。
現在、シャボン玉をドーム状に展開して姿や気配を隠している私だが、実は私の膜は『地面に接するように展開した場合、基本的に位置を動かす事はできない』という欠点がある。
だが、範囲の拡大や縮小、ある程度の形状変化は可能だ。
なので、膜を移動したい方向へ伸ばす→膜の内部を歩いて移動→膜を自分の周囲にまで収縮、を繰り返す事で、手間ではあるが少しずつ移動することはできる。
そんな尺取り虫のような方法で壁伝いに移動したのは、転生者であるトゥアキス侯爵夫人とロートティフ伯爵夫人の背後だ。
夫人達は、人混みから数歩離れた場所に位置取っていた。扇で口元を隠しながら「ヤバ!生で見るスチル絵最高か?」「二人とも顔面偏差値高ぁ、眼福〜」なんて言っている。
そんな夫人達を視界の端に捉えながら、私は会場内を見回した。
テオバルド殿下の元にオスカーとダニエルが集まり、三人で何か話している。距離がある為、流石に会話内容までは聞き取れない。
「………」
夫人達と殿下達、その二組を注意深く観察する。勿論その間にも参加者は次々と入場し、ホール内は段々と賑やかさを増していく。
そんな会場内が不意に、一際ざわめき立つ。見ると、一組の男女が丁度会場に入ってきた所だった。
マルグリット様とブルーノだ。周囲は、仮にもテオバルド殿下の婚約者である彼女が、他の男と共に入場した事について驚いている……のではない。
このざわめきは、下に見ていた存在が実は自分よりも上だった事に対する動揺だ。あえて言葉にするなら『テオバルド殿下に見限られてエスコートもなく一人惨めに入場するハズのマルグリットが、何でイケメン連れてんのよ……!』ってとこだろうか。
勿論、騒いだのは主に生徒……マルグリット様を虐めていたブラオ伯爵令嬢やツィノーバァロート辺境伯令嬢、その周囲から。
あらかじめ話を通していた一部の参加者や、マルグリット様の噂を鵜呑みにしてなかった者達は、美男美女の登場に感嘆の声を漏らしていた。
正式な夜会という事もあり、今日のマルグリット様は一段と綺麗だ。真珠という名前の通り、艷やかな黒髪に映える髪飾りやアクアマリンの首飾りは勿論、身に纏った濃い青のドレスにも真珠が散りばめられている。
青色と真珠を主とした装いのマルグリット様は、まるで海の女神のようだ。人々が見惚れるのも頷ける。
そして、そんなマルグリット様をエスコートするブルーノもまた、この場に相応しい装いをしていた。
彼が身に纏っていたのは、儀礼用の魔導士服だ。ドレスが用意できない平民出身の特待生の為に、この夜会では儀礼用の騎士服や魔導士服での参加が認められている。
もっともブルーノは身分上では平民だが、それでも騎士爵を持つ魔導士団長の息子。身に纏っている服は学校で貸し出されたものではなく、彼の為に一から仕立てたものだろう。
貴族が来てる礼服よりも装飾は控えめだが、べつに質素という訳ではない。見るからに質の良い生地を、最低限の装飾で上品に纏めたその装いは、ブルーノによく似合っていた。
仮にも予言で攻略対象のひとりに選ばれる事はある。キッチリとした服を着たブルーノは、嫌でも人の目を引き付ける程に格好良い。
そんな二人を見て、テオバルド殿下は僅かに顔をしかめた。ダニエルとオスカーも、どこか苦い表情を浮かべている。
そして、何より
「うそ、何でブルーノ君が……」
「マルグリットが攻略対象を懐柔するイベってあったっけ…………?」
私の眼前にいる二人、トゥアキス侯爵夫人とロートティフ伯爵夫人が困惑の声を上げた。
扇や手で口元を隠したまま、ヒソヒソと内緒話をしている。後方から見ている私には丸聞こえだが。
「王子ルートで、ダニエルを騙して云々するイベントがあったけど……騙されないように息子に伝えといたハズよ?」
「……もしかして。ダニエルが騙せなかったから、代わりにブルーノ君に声掛けたんじゃない?」
「あー、あり得る。ミスったなぁ、ブルーノ君にもちゃんと話しておくんだった」
「ねぇー、第二の推しだっただけに残念だわ。まあま婚約破棄されたらブルーノ君も解放されるでしょ!」
わいわい、と。まるでこれから観る演劇のストーリーを話し合うように、笑顔を浮かべる夫人達。
それを見て、今まで言語化できなかった何かが、すとんと腑に落ちた。
あぁ、そうか。彼女達にとって、目の前の光景はただ予言の延長線なんだ。
彼女達の中で、マルグリット様が悪なのは絶対。悪役令嬢が婚約破棄されるのは確定事項。
王命を受けたから、私達と取引したから……色々な要因はあれど、最終的に己の意思でマルグリット様側に立つと決めたブルーノの意思も、夫人達は演者のアドリブ程度にしか思っていないのだろう。
だって、悪役令嬢が婚約破棄されるのは、予言でもう決まってるのだから。
「………………」
巡らせていた思考を、無理矢理カットした。心の中のモヤモヤを、息と共に吐き出す。
余所事に気を取られてはいけない。この夜会は、もう予言とは違う。予言内では前述した通り、マルグリット様がテオバルド殿下に詰め寄った事が婚約破棄のきっかけだった。
だが、今はもう筋書きを外れており、何が引き金となって発生するのか分からない状態だ。向こうがマルグリット様が切り出して来るのを待ち続け、そのまま夜会が終わる可能性だってある。
そうなったら、夜会が終わる前にこっちが発破をかける必要がある。気を張って、テオバルド殿下達の様子を観察しておかなければ。
────そして、それは訪れた。




