第24話
こちらは本日2話目の投稿になります
「はい。ですので───今から私の魔法で、殿下に掛けられた黒魔術を無効化します」
私のその言葉に、医者と執事、それと侍女は驚いたように目を見開いた。
驚愕していないのは、リゼとブルーノ。リゼには昨夜一緒にお風呂に入った時、私の魔法について詳細は説明しているし……ブルーノには私の魔力を渡したので、それを解析でもして知ったのだろう。
「解呪、という事ですか? もしや貴女は、聖属性をお持ちで……?」
執事がそう尋ねてくる。勿論、私が持つのは特異属性であり、聖属性ではない。
でもまぁ、執事さんが勘違いするのも仕方が無い。黒魔術や呪術の類、それも他人に掛けられた術の解呪が難解だという。
自分への黒魔術や呪術は、実は対処法はそれなりにある。つまるところ術者と対象の魔力勝負な訳だし、武を極めた達人なんかは精神力だけで呪を跳ね返すとか何とか。
だが他人に掛けられた、しかももう組み上がってしまった黒魔術を解呪するのは難しい。これを対処するには、教会に頼るしか方法は無いほどに。
「いいえ、解呪ではありません。無効化です。……窓を開けても、よろしいですか?」
私の言葉に、執事は首を傾げつつも頷いた。
ちょうど窓辺に立っていたリゼが、カーテンを束ねゆっくりと窓を開ける。
夜特有のひんやりとした空気が、室内へと入り込む。外には煌々と照る月。今日はあまり星が見えないからか、より一層輝いて見えた。
「では、始めます」
射し込む月光を浴びながら、ベッドに横たわるジョシュア殿下へ向き直る。
……あぁ、本当に、呼び出されたのが夜でよかった。
以前どこかで少しだけ言ったが、私の特異属性魔法は特定の条件下においては強力な性能を発揮する。
その条件は『夜であること』。単純であるが故に、実に強力な制約だ。
「月よ───」
唄うように、詠唱を口にする。
体内を巡る魔力に、命令を下す。
ふわふわとした万能感。まるで己が、神にでもなったような感覚。
………あぁ、夜にこの魔法を使うと、いつもこうだ。
酩酊のような心地良さは、でもどこか、一方通行の恐ろしさに似て
「────」
私の言葉に呼応するように魔法が紡がれ、ドーム状の膜がジョシュア殿下をベッドごと包み込んだ。
シャボン玉のような膜を展開する、これが私の魔法だ。
勿論ただ包むだけではなく、膜には様々な効果を付与する事ができる。
例えば、遮断。物理的な通過を遮るのはもちろん、気配を遮断する膜で自分を包むことで隠密魔術の真似事をしたり。
例えば、反射。学園でいじめられていたマルグリット様を助けた時のように、水魔法を跳ね返して逆に相手をずぶ濡れにしたり。
そして……もうひとつ、“赤のギルド”に入団してからは使う機会が無かったが、私のシャボン玉にはもうひとつ効果がある。
ミーダ国で少女から購入した花をシャボン玉で包んだり、行商時代に薬草を持ち運ぶ時に活用していた、「包んだ物の劣化を防ぐ」という使い方。
これは、いかなる効果を膜に付与したものか。
「───拒絶」
拒絶。否定。私が定めた要因を、膜の内部から一切排除する能力。
例えば、“劣化”を拒絶する膜で薬草を包んだとする。そうすれば中に入った薬草は、取り出すまで一切“劣化”とは無縁となり、瑞々しいまま保管される。
時間魔法や概念操作の大魔術にも迫る程の強力なチカラだが、まぁ勿論そんなに上手い話がある訳がなく。拒絶の膜は、最大でも掌サイズの物しか包む事ができない。
だが、それは日中での話。夜であれば、拒絶の膜に大きさの制限は無く。私の魔力が許す限り、際限なく展開する事ができる。
そして、夜になって強化されるのは、膜の展開範囲だけではなく
「ジョシュア殿下を蝕む“毒”と───“黒魔術”を拒絶」
シャボン玉が、輝く。瞳に強く焼き付く光は、まるで夜空の月が地上に降りて来たようで。
光に包まれた殿下の体から、黒いモヤのようなものが溢れ出した。それは音も無く、空気に溶けるように静かに消えていく。
これで、おしまい。何度見ても正直、これは拒絶というよりも消滅に近いな、と思う。
「ぅ………」
ジョシュア殿下の口から、声が溢れる。ぱん、と手を叩いて膜を解除するのと、殿下が上半身を起こすのは、ほぼ同時。
今までずっと、夜な夜な苦しんでいた主が、嘘のように呆気なく起き上がった。
たっぷり数秒置いてその事実を確認した室内は、先程の静寂とは裏腹に、おもちゃ箱をひっくり返したような大騒ぎとなった。
執事は陛下達を呼んでくると部屋を飛び出し、医者は殿下の体に触れたり体内の音を聞いたりして本当に治ったのか診察を行っている。
侍女に至っては、まだ眼の前の出来事に頭が追いつかず、硬直したままだ。
「…………っ、」
ふらり、と私の体が揺れる。平衡感覚を失う足元。それに気付いたリゼが咄嗟に腕を伸ばし、私の体を支えてくれた。
「ティア! 大丈夫?」
「うん、へぃき……夜に“拒絶”を使ったのは久しぶりだったから、ちょっとね…」
ぐるぐる歪む視界と、ハンマーで頭を叩かれたような鈍痛。
リゼに肩を借りながらそれらを必死に抑えていると、ブルーノが椅子を差し出して来た。
ありがたくそこへ腰を下ろし、大きく息を吐く。深呼吸を数回繰り返せば、目眩と頭痛は寄せては返すさざ波のように少しずつ小さくなっていく。
「お疲れ様、ティア嬢。察してはいたけど、実際目にすると凄い魔法だね。まさか、他人の魔術ですら打ち消せるなんて」
「まぁ……魔力の拒絶は夜にしか行えませんけどね。一回使うだけで、ご覧の通り疲労困憊ですよ」
呼吸を整えながら、ブルーノの言葉に返答する。まだ疲労が拭えてない為、やや粗雑な敬語になってしまっていた。
「ふぅん。ねぇティア嬢、やっぱり僕のお嫁さんになる気はない? 君の特異属性について、俄然興味が湧いてきたよ」
「お断りします。軍事利用か魔術の実験台になる道しか見えませんので」
「うーん、流石に自分の奥さんをそんな目にあわせるつもりは無いんだけどなぁ。まぁでも、僕にそのつもりが無くても、周囲がそう考える可能性はあるか」
ブルーノの言葉に、曖昧に頷いて応える。
私が拒絶の魔術をあまり多様しないのは、他人に知られたら面倒だからという考えも勿論ある。そもそも日中だと物凄く劣化して、薬草の保存ぐらいしかろくな使い方ができないし。
でも一番の理由は、夜に魔術を使った時に感じる何とも言えない感触。ふわふわとしたほろ酔い気分の全能感と、その裏側に秘められた恐ろしさ。
この感覚に身を委ねてしまったら。それこそ先程私が拒絶して消滅した黒いモヤのように、強大な何かに拒絶されて自分が消えてしまうのではないか、という漠然とした恐怖が、使う度に私の脳裏を掠めて───
「ん……」
不意に、隣に立っていたリゼが小さく声を漏らして扉の方を見た。数秒置いて、複数人のバタバタとした足音が、私の耳にも届く。
陛下を呼びにいった執事が戻って来たのだろう。予想通り、部屋に入ってきたのは先程の執事と国王陛下、そして謁見の間で見かけた宰相と……あちら女性は見た目からして、おそらく王妃殿下だろう。
ベッドの上とはいえ体を起こしているジョシュア殿下を見て、国王夫妻の目が驚愕に見開かれる。
「ジョシュア……!」
息子の名前を呼ぶ、国王陛下と王妃殿下。
二人は暫くの間、国を背負う王族ではなくただ我が子を案ずる親として、ジョシュア殿下の無事を喜び合っていた。
「不甲斐ないところを見せてしまったな」
その後、私達は改めて城の応接室へと通された。
体から毒が消え、黒魔術から解放されたとはいえ、長年それらに蝕まれていたジョシュア殿下の体はやはり衰えが見られる。
そんな殿下の前で、込み入った話をする訳にはいかないと、場所を移す事にしたのだ。
私達の目の前には、国王陛下と宰相、そして“影”であるブルーノ。王妃殿下はジョシュア殿下に寄り添っている為、ここにはいない。
「そなた達のお陰で、ジョシュアは毒から解放された。改めて礼を言おう、“赤のギルド”よ」
「勿体無きお言葉にございます、国王陛下」
国王からの言葉に、頭を下げる。時間を置いたからか、体調はそれなりに回復した。
「さて、ジョシュアを治療するにあたっての要望は、“影”を貸してほしい、だったか」
「はい。既にご存知かもしれませんが、我々はマルグリット様……ファーブロス侯爵令嬢より依頼を受け、彼女を冤罪から守る為に行動しております」
「あぁ、“影“より報告は受けている。テオバルドが良からぬ事を企んでいるともな」
そう言いながら額に手を当て、溜息を吐く国王陛下。
父としても王としても、テオバルド殿下の行いは頭が痛い話なのだろう。
「だが、ファーブロス侯爵令嬢を守る為であれば、何も“影”を借りずともよいのではないか?
……これはまだ公言しておらぬ事だが、王家は今、テオバルドとファーブロス侯爵令嬢の婚約を撤回とし、ドゥンケル公爵令嬢と婚約を結び直すように動いておる。
テオバルドが学園創立を祝う場にて婚約破棄とやらをするつもりなら、先んじて婚約撤回を公表しよう。撤回であれば、ファーブロス侯爵令嬢に瑕疵は無かったという証明にもなるだろう」
まだ公言していない、とかいう王家の機密情報を急にぶっ込まれ、正直一瞬思考が止まった。
それにしても、婚約破棄ではなく撤回、か。
……うーん、どうなんだろう。
意見を求め、隣のリゼへチラリと視線を送る。
「………」
リゼは、何だか難しい顔をしていた。
国王陛下の前であるため流石に取り繕ってはいるが、その瞳には諦観と悲哀が混ざったような色が浮かび、眉間には微かに皺が寄っている。
でも、それはほんの一瞬。私の視線に気付いたリゼは、ゆっくりと頷いた。後は任せろ、という事だろうか。
リゼは私以外に気取られぬよう軽く息を整えると、国王陛下に向き直り、ゆっくりと口を開いた。
「……恐れながら。白紙撤回だけでは、ファーブロス侯爵令嬢を守るには不足かと思われます。
テオバルド殿下は、完全にファーブロス侯爵令嬢を悪と認識……いえ、定義しています。殿下だけでなく、殿下のご友人──ロートティフ伯爵令息やトゥアキス侯爵令息も同様に」
トゥアキス侯爵令息、という言葉に、国王陛下の背後に控える宰相が微かに俯いた。
無理もない。彼からしたら、国王を悩ませる問題に自分の息子が関与しているのだから。
「殿下を始めとした彼らは、学園内でファーブロス侯爵令嬢が他生徒からいじめられているにも関わらず、むしろファーブロス侯爵令嬢がドゥンケル公爵令嬢をいじめてると思い込んでいます。
何故なら、彼らにとってファーブロス侯爵令嬢は“悪”だから。自分が正義側と思い込んだ人間ほど、恐ろしいものはありません」
リゼの言葉に、実際に学園での様子を知っているブルーノが微かに頷いた。
今日の昼頃、学園の食堂にてマルグリット様に迫っていた殿下達を思い出す。
マルグリット様の言葉を一切受け入れず、ただただお前が悪いのだと決めつけていたテオバルド殿下と側近の二人を。
「そういう状態に陥った人間は視野が狭くなり、思考が極端になりがちです。おそらく彼らは、悪であるファーブロス侯爵令嬢を攻撃することしか考えられない、全ての事柄をファーブロス侯爵令嬢を貶す事に繋がる状態ではないかと思われます。
おそらく婚約の白紙撤回をしても、彼らはその意図を理解できずにこう言うでしょう」
──破棄だろうが撤回だろうが、婚約が無くなった事に変わりない。婚約が無くなったのは、マルグリット・ファーブロスが悪だからだ。
マルグリット・ファーブロスは悪だから、他の女子生徒に虐げられても仕方無い。むしろ彼女達は悪を成敗する正義の側だ。
正義側なのだから、何をしても許される。何故なら、彼女達がいじめているマルグリット・ファーブロスは“悪”だから──
そう語るリゼの瞳に浮かぶ暗い色が、更に深くなっていく。
……無理もない。
昨夜、私がリゼに拒絶魔法について話した時、同時に私もリゼの事をいくつか教えてもらった。
リゼの秘密。セイレーンの魔力を持っている事と、それを手に入れた経緯……つまりは彼女の過去。
リゼはかつて、マルグリット様と同じだったという。
人々に“悪”とされた存在。悪であると、定義された存在。正義という麻薬に陥った人間が如何に危険であるか、かつてその身を持って実感した、と。
「……ううむ」
リゼの言葉を受けて、国王陛下は口元を手で覆い唸り声を漏らした。
そんな国王陛下の顔を、リゼはまっすぐに見据えて
「国王陛下、我々の案をお聞き下さい。全てが平穏に済む、とはいきませんが、ファーブロス侯爵令嬢の名誉を守り、テオバルド殿下を始めとした正義に酔う方々の目を覚ます方法がございます。
つきましては……我々に協力していただける“影”を幾人かと、学園の創立記念パーティをお騒がせすることをお許し頂ければ」




