表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/58

プロローグ 3/3

扉を潜った瞬間、あまりの眩しさに思わず目を閉じた。


室内を照らす人工灯よりも、強い光の下に出たからだろう。瞼越しでも分かる程の眩しさに、目を守るように片腕を掲げた。


そしてゆっくりと、眩しさに慣れさせるように目を開く。


転移の扉を潜り、イクリム王国を後にしたサーリャ。彼女の姿は今、とある森の中にあった。


森、と言うよりは林の方が正しいだろうか。道路と言えるほど整備されてはいないが、未開の地ほど手付かずではないような、不思議な場所。


そんな木々の間。開けた場所に、“赤のギルド”の拠点は立っていた。


五階建ての立派な造りをしたギルドハウスは、何も知らない人が見たら貴族が建てた別荘と思うだろう。もしくは、お伽噺に出てくる魔女や吸血鬼が住む館、か。


建物の前には花壇が備えられ、様々な種類の花が咲き誇っている。


当たり前だが、サーリャがイクリム王国の任務に出た一年前とは趣が違う。白と青の花を中心に植えられたそれは、まるで小さな海のようだ。


……あぁ、このセンスはきっとフェノンのものね。前の黄色ベースのも綺麗だったけど、こっちの方が好みだわ。


そんな事をふと考え、サーリャの口から笑みが漏れる。潜入していた時のそれとは違う、自分本来の笑みに、サーリャはやっと「帰ってきたのだ」と感じ入る。


「ん……あぁ、サーリャか。おかえり」


ふと、声を掛けられた。


声の主の方へ顔を向けると……予想通りの顔が、そこにある。


「ただいま、カズ」


芸術の神が手ずから彫った銅像のような、整いすぎた顔立ち。髪は大地を表す赤みがかった茶色。湖面の輝きをそのまま嵌め込んだ水色の瞳。


カズヒコ・ハニヤス。名前から分かる通り、極東の島国出身の青年だ。同郷の……いや、同類(・・)のよしみで、サーリャは「カズ」と呼んでいる。


「埴輪たちも、久しぶりね」


どうやら、カズヒコは設備の整備か修理を行っていたらしい。手には工具やらが詰め込まれた鞄を持ち、数体の使い魔を伴っていた。


カズヒコが粘土を捏ねて焼き上げた、埴輪と呼ばれる使い魔だ。イクリム王国に置いてきた身代わりの土人形と根本は同じだが、あちらに比べて小さく丸いフォルムをしている。


身代わり人形よりもビジュアルは簡素なものだが、その代わりに性能はこちらが遥かに高い。


身代わり人形はただ土をそれらしい形に固めただけの存在だが、この埴輪達はそれぞれ個を持っている。子供ぐらいの知能ではあるが、自分で考えて行動する自我があるのだ。


今も、サーリャの挨拶に対して「はにはに」と可愛らしい鳴き声を上げながら手を振っている。


「じゃ、私は任務完了の報告してくるわね」


「ん。また後でな」


ヒラヒラと手を振ってカズヒコと別れ、サーリャは玄関の扉に手を掛ける。


カランカラン、と扉に付いた鐘の音を聞きながら、サーリャは一年ぶりにギルドハウスの玄関を潜った。


「サーリャ・ナルカミ、帰還しました」


サーリャの声が、玄関ホールに響き渡る。


玄関ホールは一般的なギルドハウスと大差なく、受付カウンターや来客用のソファ等が置かれているシンプルなものだった。


カウンターの奥には、執務室へと続く扉がある。ドアベルの音が聞こえたのか、それともサーリャの声に気付いたのか。来訪者を出迎える為に、その戸がゆっくりと開く。


「おや。お帰りなさい、サーリャ」


「一年の長期任務だっけ?お疲れ様ー」


扉の向こうから表れたのは、二人の男。予想とは違う人物の登場に、サーリャは「あれ」と首を傾げた。


二人の男は、鏡に映したようにそっくりな姿をしていた。服装によっては女と間違えてしまいそうな中性的な顔立ちも、柔らかな茶髪も、スミレの花のような瞳も、全てがまったく同じ。


唯一違うのは、髪の長さと髪飾りの位置。片方は髪飾りを左側に付け、髪は耳が隠れる程の長さ。もう片方はその逆で、右側に髪飾りを付け、胸辺りまで伸ばした髪をうなじ辺りでひとつに結んでいる。


彼らはゲイル・カナフとヴェント・カナフ。サーリャより二つ年上の、双子の兄弟だ。


「ただいま戻りました。……マオさんは?」


「お昼を食べに食堂に行ったよー。俺達はその穴埋め」


「……あぁ、この地域だと今は昼頃でしたっけ」


イクリム王国は夜会の後だった為、失念していた。


これが時差ボケというやつか…とサーリャは苦笑する。


「マオさんが食堂に向かわれたのはつい先程ですから、暫く帰って来ないかもしれませんね。先に記録を済ませて来てはどうですか?」


「フロワちゃんならさっき、記録室に戻ってったはずだよ」


「そう……ですね。先にそっちと湯浴みを済ませる事にします」


双子に頭を下げ、サーリャは西棟に続く廊下へと向かう。


このギルドハウスは、東棟・中棟・西棟の三つから構成されている。東棟は団員達の居住区、中棟は玄関や食堂、大浴場などの共用スペースと団長室など、各目的に応じて区分けされている。


サーリャが足を踏み入れた西棟は、医務室や薬品の調合室、魔道具の工房など特定の用途に合わせて設備された部屋が集まる棟だ。目的地である「記録室」は、その二階に位置する。


「フロワ、いる?」


ノックをして声を掛けると、中から入室を促す声が聞こえて来る。


そっと扉を開けて、中に入る。花のような甘い香りが、微かに鼻腔をくすぐった。


「お久しぶりですね、サーリャちゃん。長期任務、お疲れ様です」


部屋にいたのは、蠱惑的な雰囲気を纏った美女だった。


妖しげな光を帯びた瞳は薄紫色。藍色の長髪は毛先に行くほど色が薄まって、まるで夜明けの空を切り取ったような幻想的なグラデーションを描いている。


豊満な胸に、艶やかなくびれの腰つき。すらりと伸びた脚線美。身に付けている服は露出が少ないデザインなのに……いや、だからこそ、その色香がより際立っているようだ。


男の欲をこれでもかと刺激する抜群の肉体に、サーリャは「むぐ…」と軽く敗北感を覚える。


サーリャはどちらかと言うと、無駄な贅肉の無いスレンダーな体つきをしており、胸の膨らみも控えめだ。


同い年なのにこの差は一体何なのか、と大浴場で会う度に毎回複雑な気持ちになっていた事を、サーリャは今思い出した。思い出してしまった。思い出したくはなかった。


……だが、まぁ仕方ない。こればかりは種族の差なのだから。


「えぇ、久しぶり。帰ってきて早々悪いけど、記録をお願いできるかしら?」


「勿論です」


頷いたフロワが、つい、と指を振るう。途端、部屋中に漂っていた匂いが一段と強くなった。


もし、この場に歴然の冒険者がいたら、即座に警戒を強める事だろう。この、むせかえるほどに甘ったるい香りは、とある魔族が持つ魔力の特徴と一致する。


……そう。フロワ・デア・エキャルラットは人間ではなく、一般的にサキュバスと呼ばれる存在だ。もっとも、彼女は純血ではなく、インキュバスに襲われた人間の母から生まれた混血(ハーフ)だが。


サキュバスやインキュバスは「夢魔」と呼ばれる存在だ。その名の通り、人間の夢の中に現れては“その者が最も魅力的と思う異性”の姿に化けて標的を誘惑し、性交を行う事で精力を奪う。


この事から、夢魔は夢に関する魔法や、相手の思考や過去を読み取る精神系の魔法を得意とする。勿論、混血であるフロワも例外ではない。


「では、記録を抽出します。目を閉じて……できるだけリラックスして下さい」


フロワに言われた通り、サーリャは瞼を閉じると、ゆっくりと息を吐いて肩の力を緩めていく。


……視覚を遮った事により、他の感覚が鋭くなったのだろうか。部屋に充満している魔力の匂いが、更に強くなったような気がした。


甘い香りが鼻の穴から直接脳に到達して、そのまま脳ミソを蕩けさせていくような、そんな感覚。


夢魔が用いる、魔力による魅了の香だ。この程度、熟練の猛者であるサーリャなら容易く耐える事ができる弱い術だが、サーリャはあえて抵抗せずにそれを受け入れた。


なぜなら、これが“赤のギルド”における情報の記録方法なのだから。


我々“赤のギルド“は記録に紙を使わない。依頼人に渡す為の書類等は作成するが、ギルド内で保管する記録は紙の報告書ではなく、サキュバスの夢魔法を用いる。


任務から帰ってきた団員の記憶を精神魔法で呼び覚まし、夢というカタチを与えて具現化させるのだ。


この記録方法の利点は、紙の記録にくらべて正確性が非常に高いこと。何せ団員が見た出来事をそのまま映像にするのだから、誤った内容を記入する事はない。


そして、機密性が高いことも特徴だ。例え敵意を持った何者かが情報を得る為にこの部屋に侵入したとして、ここに保管されているモノがカタチを持った夢であり、“赤のギルド”の記録が詰まっている……なんて初見では分からない。


まぁそもそも、そんな人物がここに潜り込んだとして。無事に記録室まで来れはしないだろうが。


「ん……」


夢魔の香により蕩けた脳は、やがて熱を持ち始める。ふわふわとした感覚は、初めて恋心を知った時を思い出すよう。


ゆっくりとサーリャの中に浸透したそれは一瞬、弾けるように霧散した。


頭を痺れさせていた甘い香り(フロワの魔力)は、種を落とす花のような穏やかさでサーリャの中から消え去り、新たな姿に形作られる。


それは、一匹の蝶だった。サーリャの胸元から蒼く輝く蝶がひらひらと飛び去り、フロワの指先へと止まる。蒼い光によって形作られた蝶はフロワの眷属であり、サーリャの記憶を夢というカタチで写し取った記録そのものだ。


「はい、記録完了です。お疲れ様でした」


未だ目を閉じているサーリャに声をかけながら、フロワは蝶を小さな鳥籠の中へと仕舞う。記憶を写した蝶は暫くそのまま保管し、その依頼に対する報酬が全額支払われたら標本のようにして保存する決まりだ。


フロワの声に促され、サーリャはゆっくりと目を開いた。まだ脳が甘く痺れるような感覚がして、その余韻を打ち消すように数度瞬きをする。


「性に奔放な第三王子へのハニートラップですか、随分と大変な任務でしたね」


「全くよ。まさか、会ったその日に閨へ連れ込まれるなんて、思いもしなかったわ」


「ふふ、そんなこと言っていいんですか?ブラッド君が妬いちゃいますよ」


「いいわよ、実際に相手した訳じゃないもの。あのアホ王子はただ、身代わり埴輪相手に腰振ってただけ。道具を使って自分を慰めてたのと変わらないわ」


まぁ、ベッドの下でその音を聞いてるこっちとしては勘弁して欲しかったけど。そう言って、サーリャは肩を竦めてみせる。


正直、今回の依頼はサーリャにとっては中々に疲れが貯まるものだった。


彼女は元々、今回のような任務よりも、戦場で正面切って戦う方が肌に合っている。勿論、潜入やハニートラップ等も必要とあらば遂行するが、今回の任務はどちらかと言うとフロワの方が適任だった、と言えるだろう。


「うーん、やっぱり任務に行ける人達は楽しそうですね。ちょっと羨ましいです」


くす、とフロワは笑みを溢す。フロワは父親が夢魔という事もあり、協会組織から魔物と見なされて攻撃を受ける恐れがある為、任務に行く事は少ない。


「後でマオさんに報告に行くから、その時にフロワ向きの依頼がないか聞いてみるわ」


「はい、お願いします」


にこりと笑うフロワへ手を振って、サーリャは記録室を後にする。


…まだマオさんは食堂だろうか。もしそうなら、その間にお風呂に入ってしまおう。


そう考えながら、着替えを取りに自分の部屋へ行く為、玄関ホールを通り抜けようとして


「あぁ、サーリャちゃん、お帰りなさい」


不意に、声が掛けられる。声は、玄関ホールと食堂を続く通路から聞こえてきた。


視線をそちらへ投げると、今一番探していた人物が、そこにいた。


「マオさん」


「食事の為に席を外してすまないね。探させてしまったかな」


「いえ、大丈夫です。先に記録を済ませていたので」


マオ・ゴフィスール。“赤のギルド”で事務仕事を担当している男性だ。


やや癖のある黒髪。眼鏡の奥から覗く垂れ目は、海のような藍色。スッと伸びた背筋は、事務官というよりも騎士を思わせる佇まい。


落ち着いた雰囲気から、年齢は30そこそこか、と何も知らない人は思うだろう。


「そう言って貰えると助かるよ。では、報告を頼めるかい?」


「はい」


マオと共に執務室へと入ったサーリャは、室内にあった応接用のソファに座り報告を始める。


任務を終えて帰って来た団員が行うべき事はふたつ、記録と報告だ。


フロワに記憶を夢に写して抽出してもらい、事務官と団長に依頼完了の報告をする。順番は前後しても構わないが、このふたつは必ず行わなければならない。


「……以上です。あ、依頼人は支払いに宝石を選択しましたので、近いうちに第三倉庫に送られて来ると思います」


室内に備え付けられている応接用ソファに座り、マオへ任務完了の報告をする。


「うん、わかったよ。サーリャちゃんの仕事はいつも丁寧で助かるね」


お疲れ様、と穏やかに微笑むマオ


……二十を越えたサーリャからすると、年上の男から「ちゃん」付けされるのは、何というか、少し面映ゆい。


だがまぁ、マオにはサーリャと同じ年齢の娘がいる事を考えると、ちゃん付けもむべなるかな、と思う。


「ありがとうございます。じゃあ、私は団長にも報告をして来ますね」


「あぁ、ブラッド君なら今朝から任務に出かけているよ」


「えっ」


「古代種邪竜の討伐依頼だね。彼の腕前なら、夕方には帰って来るんじゃないかな」


「なにそれ………そんなの、ズルいじゃない!!」


「………ズルい、のかい?」


「だって、私が放蕩王子相手にハニトラ仕掛けてる間にブラッドは竜討伐ですよ!?しかも古代種!そんな美味しい獲物を一人占めなんて!!」


まるで、風邪で食欲が無くて寝込んでいる時に、裏で超高級ディナーを食べられていたような気分だ。


むぐぐ……と不満を漏らすサーリャを見て、マオは相変わらずだなぁと苦笑する。


「……って、まず古代竜なんてそうそう出現するものじゃないですよね。どこからの依頼なんです?」


「ヴィルヘルム国の王族から、だね」


国名を聞いたサーリャは、あぁと納得の声を漏らす。


ヴィルヘルム。イクリム王国と同じく山の近くに位置している国だ。


イクリム王国はその地形から変動しやすい天候に悩まされていたが、ヴィルヘルムはその山が竜の住み処である事に頭を抱えていた。


頻繁に現れては甚大な被害を及ぼすドラゴン。そんな巨大な怪物を前にして、人々が救いを求めたのが聖人という存在だった。


聖人…女性であれば聖女と呼ばれる者が結界で国を覆う事により、竜の脅威から人々を守っていたのだが……


「自分達で聖女を追放しておいて、竜が手に負えなくなったら助けを求めるのね……」


やれやれ、と肩を竦めるサーリャ。


ちなみに何故こんなに詳しいのか、と問われると理由は簡単。その追放された元聖女は現在、“赤のギルド”に在籍しているからである。


「自己中心的な奴らなんてそんなものだよ。まぁ、今回の依頼は“赤のギルド”にも利益があるから引き受けただけ、だからね」


聖なる結界が失われ、荒ぶる竜を真正面から対応しなければならなくなったヴィルヘルム。


聖人達の加護という名の安寧を貪っていたヴィルヘルムのは、いざという時に竜を相手取る為の備えも心構えも、何もかもが足りなかったのだ。


結果、緩みきったヴィルヘルムの騎士団は幼体のドラゴンを一匹倒すのがやっとで、成体の群れに悉く蹂躙された。


騎士団がほぼ壊滅した王族は、なりふり構わずに“赤のギルド”へと泣き付いて来た。「倒した竜は好きにしていい、牙でも鱗でも好きに持ってっていいから助けてくれ」と。


勿論、最初は断ったらしい。“赤のギルド”からすればただの竜の素材程度、そこまで珍しいものでは無いからだ。


だが、「せめて古代種だけでも」と食い下がられ、最終的に首を縦に振ることにした。古代竜はそもそも数が少なく、そこから取れる素材も希少。それを丸々一匹分好きにしていいなら、こちらにも益がある。


だが、今回の依頼はあくまでも「古代種の邪竜」討伐のみ。他の竜に関しては討伐の対象外だ。そして、例え古代種を倒したとはいえ、他の竜が消える訳ではない。


全ての軍を上げて幼体一匹がやっとだったヴィルヘルムが、財力も軍力も全て失った時にどうなるのか……


……まぁ、それを考えるのは私達の役目ではないわね。


「とにかく。そんな訳で団長殿は今不在だよ。何なら、僕からブラッド君に報告しておこうか?」


「いえ、自分で伝えるので大丈夫です。他にも色々、話したいこともありますから」


「そうかい、わかったよ」


マオの言葉に頷き、サーリャはソファから立ち上がる。簡単に報告を済ますつもりだったのに、少し話し込んでしまったようだ。


「じゃあ、私はこれで……」


失礼しますね。そう言いかけた時、コンコンと執務室の扉がノックされた。扉の向こうから、声が聞こえてくる。


「パパ、いる?」


「ん、あぁ、何か用かい?」


マオに入室を促され、扉が開かれる。


部屋に入ってきたのは、サーリャと同い年ぐらいの女性だった。


水色の髪はふわふわとした癖を描き、腰の辺りまで伸びている。マオと同じ垂れ目に、これまた彼と同じ海の色をした瞳。


「フェノンじゃない」


「お、サーリャ、おかえりなさい」


フェノン。先程入室する際の発言から察する事ができるが、マオの実娘に当たる存在だ。


髪の色は母親譲りだが、垂れた目元や瞳の色、癖のある髪は父親譲りらしい。髪色の印象が違うため個別に見ると気付けないかもしれないが、マオの隣に立つと父娘であるとすぐに分かる。


「丁度よかった。サーリャサーリャ、ちょっと今から一緒に任務来て欲しいんだけど、いい?」


「私?別にいいけど……他に手の空いてる人じゃ駄目なの?」


「ん、ウィルさんからね『サーリャかカズヒコのどっちかを連れていけ』って言われて」


「ウィルさんが?」


「うん、でも今カズヒコは第二倉庫の修復して手を放せないからさ。駄目?」


その言葉を聞いて、サーリャは口元に手を当てて考えるような仕草をする。


やがて顔を上げ、仕方ないわねと鼻を鳴らすと、ゆっくりと頷いた。


「……わかったわ。どうせブラッドが帰ってくるまで暇だしね」


「ん、ありがと。じゃあ早速行こ」


返答を聞いたフェノンはサーリャの腕を抱きつくようにして掴み、そのまま物凄い力で玄関の方へと引っ張っていく。


「ちょっ!?せめて装備見直させて……」


「大丈夫大丈夫、サーリャなら素手でもいける任務だよ。ちょっとミーダ国の城に乗り込んで勇者をボコボコにするだけだから」


「いやだから……ってどんな任務よそれ……!」


「ん、それとも何、ビビってる?」


「は?」


「なら大丈夫だよ、勇者ボコすのは私がやるから。サーリャは見てるだけで」


わざと不敵に口角を上げて、そう挑発して見せるフェノン。


彼女は知っていた。サーリャの負けず嫌い加減を。あえてこうやって煽るように言えば、サーリャは必ず乗ってくる、と。


「っはぁーーーー?!いいわよそこまで言うならこの装備のまま行ってやろうじゃないの!!」


ほら、やっぱり。


「ん、流石サーリャ!そう言うと思った」


にひひ、と笑ったフェノンはサーリャの手を放すと、玄関の方へトテトテと走っていく。


「それじゃパパ、行ってきまーす!」


「ちょっ、待ちなさいフェノン!……っと、」


フェノンを追って走り出したサーリャは、何か思い出したようにマオへ振り替える。


「あのっ、フロワが最近任務がないって拗ねてたので、いい依頼があったら回してあげて下さい。それでは!」


「はい、いってらっしゃい。二人とも気をつけてね」


玄関から飛び出していく、サーリャとフェノン。


愛娘とその悪友の背中を微笑ましそうに眺めながら、マオは手を振って彼女らを送り出した。





前日譚(書き置き分)はここまで。

次回からは本編主人公の視点となります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ