第23話
1話に纏めるつもりでしたが、長くなった為に分割します。
次回は、今日の夜7時頃にアップする予定です。
トゥアキス邸にて転生者である夫人達のお茶会を見終えた私達は、一度宿に戻って来た。
化粧を落とし、“赤のギルド”としての服に着替えて一息ついていると、不意にドアがノックされる。
対応する為にトビラを開けると、そこには宿の従業員が立っていた。
「お寛ぎのところ失礼します。お客様宛てにお手紙が届いております」
そう言って差し出されたのは、なんの変哲もない封筒だった。お礼を言って扉を閉め、リゼと中身を確認する。
中から出てきたのは、地味でありふれた封筒とは裏腹に、とある紋章が箔押しされている豪華な便箋。
ファルベ王国の国章だ。予言書によると、この紋章が刻まれた便箋を使う事が許されるのはファルベ国の王族のみ。
また、その王族の中でも使える便箋が決まっているらしく、王妃が使う便箋の国章は銀の箔押し、王子や王女が使う便箋は銅の箔押し、王弟や王妹等は箔押しではなくただ国章が描かれている便箋を使うんだとか。
私の手元にある便箋の箔押しは、金。国王にのみ使う事が許されている、この国の中で最も重い言葉を記す便箋だ。
ひとつの国の王からの手紙。今までの私には絶対に縁のなかった物。緊張から思わず早くなる鼓動を抑えながら、私はゆっくりと書かれている文字に視線を落とした。
そこには……
「……ブルーノから詳細を聞いた。ジョシュアを治せるというのは本当か? 本当なら今夜、城に来て欲しい……って事だよね。これ」
手紙の内容を要約して言葉にすると、リゼがゆっくりと頷いた。
「だね。上手くいけば心強い協力者を得る事ができるチャンスだよ、頑張って!」
「うー………、プレッシャーで吐きそう………」
まぁでも、そもそもブルーノに第一王子の治療を提案したのは私だから、ちゃんと責任は果たさないといけない。
……それにしても。指定された時間が、夜で良かった。
だって。ジョシュア殿下を治すには、私の特異属性魔法が────
そして、夜。
城を訪れた私達は、そのまま謁見の間に通された。
「そなたらが、“赤のギルド”とやらか」
膝を付き頭を垂れる私達の頭上から、声が降ってくる。一国を背負うに足る、威厳に満ちた声。
正直雲の上の存在すぎて、緊張や吐き気を通り越してそろそろ無の境地になりつつある。
今はもう、国王陛下を前にして何か失礼をしでかさないかどうかだけが心配だ。
ここに来る前にリゼが「陛下も、私達が平民だって知って呼び寄せてるんだから、平気だよ」「自分が考える精一杯の礼儀正しさをしよう、って姿勢を見せれば大丈夫」と言ってくれたが……それでも怖いものは怖いのである。
えっと、とりあえずリゼから教えてもらった作法では『国王陛下の許可が出るまで、こちらから話しかけないように』だっけ。
「“影”から話は聞いておる。我が息子、ジョシュアを治せると聞いたが、まことか?」
こちらに問いかけるような言葉。返答を望まれているのだと、私はゆっくり顔を上げる。第一王子の治療を提案したのは私なのだから、陛下の言葉には私が答えるのが筋だろう。
玉座に座る国王は、静かに私達を見つめている。その隣に控える男性は……顔立ちがオスカーに似ている事から、おそらく宰相だろう。
さらに玉座を挟むように二人の護衛騎士が立ち、玉座の後ろには“影”の衣装を身に纏ったブルーノが控えていた。
「……恐れながら申し上げます」
国王陛下の言葉に答えようとすると、王の近くに控えていた騎士の一人がこちらに近付いて来る。
何か無礼な事をしてしまったのか、と内心慌てたが、騎士が手に持つ物を見て、その意図を察した。
聖木の剣だ。路地裏で“影”の男達と情報交換する時に使ったナイフ型の物とは違う、予言書に描かれていた国王が持つ剣型のそれ。
騎士は私のすぐ隣まで来ると、聖木の剣の切っ先を床に付け、柄頭を両手で押さえて固定した。
「失礼。陛下のお言葉に返答する際には、こちらの刀身に触れながらお願いします」
そう、騎士が私へ言葉を投げる。
随分と慎重だなと思ったが、第一王子が関わっているともなれば、これぐらいの警戒は当たり前か。
私は頷くと、片手を伸ばして木剣の刃部分を握った。これで嘘を口にすれば、掌はすぐに切り裂かれ、私の血で謁見の間を汚す事になるだろう。
それは重罪だ。国王を前にして嘘偽りを述べたという、紛れもない悪行。
「……では、改めて。恐れながら、国王陛下のおっしゃる“治す”とは、ジョシュア殿下が以前のように元気なお体に戻ることかと存じます。
我々がジョシュア殿下へ治療を行えば、その確立は高いでしょう。ですが、絶対と言い切ることはできません。
病や毒から回復するには、医者の腕や薬の質以外にも、患者の体力にも大きく左右されるのです。
勿論、手は尽くしますが、最終的にはジョシュア殿下次第かと」
忌憚のない意見を述べる。
本来なら「大丈夫です、絶対に治ります」と言うべきかもしれないが、薬剤師としての自負がそれを躊躇わせた。
実際、病気は完治したけれど、長い闘病生活で体が衰弱していた為そのまま亡くなってしまう……なんてケースもよくある。
ジョシュア殿下の場合は病ではなく毒だが、長い間その影響を受けており、体力はかなり衰えているだろう。
「故に、ジョシュア殿下を治せるか、というお言葉には素直に頷く事はできません。
ですが、ジョシュア殿下のお体を蝕む毒は必ず無害化させると、お約束します」
国王陛下の瞳をまっすぐ見据え、そう答える。
もしかしたら不敬だと、無礼だと今すぐ斬り捨てられるかもしれない。正直、心臓がバクバクである。
それでも、説明義務はちゃんと果たすべきだろう。治療は完璧にしたのに体調は治らない……なんて、家族からしたら糠喜びも良いところだ。
私の言葉に、陛下は熟考するように目を閉じる。
暫しの沈黙。やがて王は重々しく、けれど確かに頷いた。
「わかった。そなたらに、ジョシュアの治療を頼む。“影”よ、案内してやってくれ」
「はっ。……“赤のギルド”のお二方、どうぞこちらへ」
陛下からの命令に、学園の様子とはうってかわって真面目な顔をしたブルーノが、頭を下げた。
案内されたのは、第一王子の寝室と思しき部屋だった。室内には医者らしき男性と初老の執事、それと侍女が一人いて、ベッド近くで何やら動いている。
私達の入室に気付いた執事が、ブルーノへと声を掛けた。
「これはブルーノ殿。そちらの方々は?」
「陛下から聞いていませんか? “赤のギルド”の方々ですよ」
「で、では彼女達が……!お願いします、どうかジョシュア殿下を………!」
執事さんから物凄い勢いで頭を下げられ、思わず気圧されてしまう。
だが、ここで尻込みする訳にはいかない。執事の言葉に頷いた私は「と、とりあえず、容態を確認させて下さい」とベッドに近寄る。
ベッドの上には、銀の髪をたたえた青年が横たわっていた。呼吸は浅く、額や首元にはうっすらと汗が滲んでいる。ベッドの傍に控えた侍女が時折、その汗を拭いていた。
「……ジョシュア殿下は、いつもこのように苦しまれているのですか?」
医者の男性へと尋ねる。私の言葉に、彼はゆっくりと首を横に振った。
「四六時中、という訳ではありません。日中は特に苦しまれる様子もなく、調子が良ければ部屋の中を歩かれる事もあるのですが……
毎日夕方頃には苦しみ出し、夜にはこのように………」
「成る程……。殿下が毒を盛られた経緯と、当時行った治療等を教えてもらえますか?」
本来は診療記録……いわゆるカルテを見せて貰いたいとこれだが、第一王子の情報ともなれば、そう安々と外部の人間に見せられないだろう。
……ジョシュア殿下が盛られた毒について、予言書に詳細は載っていなかった。故に、何の毒が使われたのか、まずはそれを突き詰める必要がある。
「ジョシュア殿下が毒を盛られたのは、今から十年前の事でした。殿下が飲まれた紅茶に、毒が混ぜられていたのです」
「経口毒、ですか」
「はい。診断した結果、殿下に盛られたのは月クラゲの毒だと判明し、すぐに朝露薔薇の花弁と月雫花の葉を煎じた解毒薬を処方しました。
手早く対応できたお陰で一命は取り留めたのですが、何故か後遺症が残り続けており……」
医者の言葉に相槌を打ちながら、私は以前ギルドハウスでノワール先輩に見せてもらった薬学書を思い出す。毒の調合に長けた彼が記した記録には、その毒についても書かれていたはずだ。
月クラゲ。地域や国によっては星クラゲや夜空クラゲとも言われるそれは、名前の通り夜に出現するクラゲの魔物の事だ。
月クラゲの特徴は、普通のクラゲとは違って犬や猫を捕食できるほど大きい点と、海中ではなく空中をふよふよと漂っている点。
月の光を浴びて体内で毒を生成する性質があり、月光を浴びれば浴びる程、その毒性は強くなる。特に満月の夜に出現する月クラゲの毒は強力で、昔はそれこそ要人の暗殺に使われていたんだとか。
だが、それはもう過去の話。月クラゲの毒に有効な解毒剤が開発されてからは人に使われる事は無くなり、今は害獣駆除用の毒餌に使用されるのが殆どだ、と言っていた。
解毒剤の作り方は先程医者が言った通り、朝露薔薇の花弁と月雫花の葉を煎じて作る。つまり、処方された解毒剤が間違っていた訳ではない。
となると、疑うのは成分の違いか……もしくは誤診。月クラゲの毒をベースに調合されたオリジナルの毒か、そもそも月クラゲの毒では無い、か。
「成る程。念の為、ジョシュア殿下の御身体を確認してもよろしいでしょうか」
月クラゲの毒を摂取した者は、肌に赤い発疹と水泡が表れる。それだけ聞くと、普通のクラゲ毒と同じ症状のように思うが、月クラゲの毒で浮かぶ水泡は決まって星の形をしてるんだとか。
「えぇ、勿論です。発疹と水泡は、殿下の左腕に」
医者から許可を得た私は、ジョシュア殿下に失礼しますと声を掛け、袖を捲り上げる。
左腕の肘窩……いわゆる肘の内側部分に、それはあった。
痛々しいほどに発赤した肌。ぽつぽつと浮き出る水ぶくれは、全てが五芒星の形をしている。
赤い発疹と星型の水泡。これは確かに月クラゲの毒によるものだ。
……いや、待て。ノワール先輩が確か───
「………あ」
思わず、口から声が溢れる。
そんな呟きを聞いた医者と執事が、弾かれたようにこちらを見た。
「何か気付かれましたか?」
「えぇ。……おそらくですがら、この毒は月クラゲの中でも特殊な個体、朔月クラゲのものかと思われます」
先程説明したが、月クラゲは月光を浴びる事により毒を生成する性質を持つ。
だが、魔物とはいえ彼らも自然に生きる生命の一種。縄張り争いに負け、満足に月の光を浴びる事のできない個体というのも出てくる。
そういった個体は、強い個体と鉢合わせないように月明かりが少ない新月の夜やその前後日に表れ、僅かな月光で毒を作ろうとするのだが……
月光が少ない為か、月明かりを十分に浴びた個体の毒とは違う成分の毒が出来てしまうらしい。
この個体を朔月クラゲ、または新月クラゲと呼ぶと、ノワール先輩が教えてくれた。
見分け方は、水泡の形。普通の月クラゲは八芒星か七芒星の水泡が出来るのに対し、朔月クラゲの毒で出来る水泡は五芒星だ、と。
「し、しかし。朔月クラゲの毒は人体に危害を及ぼすほど強力ではない、と」
その通りだ。十分に月明かりを浴びれなかった朔月クラゲの毒は、けっして強くはない。
たとえ間違って口にしてしまっても、人が本来持つ免疫力で十分に対処できる。基本的には何の症状も起きないし、仮に出たとしても熱が出て数日寝込むほどで済む。
……普通なら。
「えぇ、おっしゃる通りです。本来なら、朔月クラゲの毒はそこまで強力ではありません。
ですが……もしジョシュア殿下に、黒魔術が掛けられているとしたら?」
「黒魔術……ですか!?」
「えぇ。掛けられた魔術自体は、体の免疫力を低下させ風邪をこじらせやすくする程度の、比較的軽いものです。
ですが、朔月クラゲの毒に対して耐性を弱めるには十分だったのでしょう」
成る程、実に上手い方法だ。
先述した通り、朔月クラゲの毒は月クラゲの毒とは成分が違う為、月クラゲに対する解毒剤は効果がない。
そして「朔月クラゲの毒は、人体にあまり危害が無い」という事前知識から、殿下の体を蝕む毒が朔月クラゲのものとは思わないし、
仮に気付いたとしても、いままで害が無いと思われていた朔月クラゲの毒に対する解毒剤なんてものは存在しないのだから。
……ちなみに。さも殿下の体を見て黒魔術の存在に気付きました、という風に話しているが、別に私が気付いた訳無いでは無い。これは予言書に書いてあった情報だ。
なのに、何故いかにも私が気付いた風を装うかと言うと、予言書の存在を気取られないようにする為だ。
彼らからしたら、自分やその周囲の人間の未来が書かれた予言書なんて、気味が悪いし混乱の元にしかならないだろう。悪用しようとする者も出てくるだろうし。
「では……殿下を治療するには、黒魔術を解呪するしかないと?」
そう尋ねて来る執事に、私はゆっくりと頷いて
「はい。ですので───今から私の魔法で、殿下に掛けられた黒魔術を無効化します」




