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第17話



エマさんからの返信は、以外と早かった。


カラスが咥えてきた小さいメモ用紙には、とある店の名前と時間が書かれていた。この時間にこの店へ来て欲しい、という事だろう。


指定された店が飲食店という事もあり、ついでに夕食を摂ろうと話しながら、私達は店へと足を運んだ。


侯爵家に仕える侍女が決めた店、という事もあり、私がよく使っていた大衆向けの食堂よりも上級だ。


旅商人だった以前では絶対に店内に入らず、回れ右していただろう。お金があるって素晴らしい。資金力バンザイ。


一瞬、私達が入っても場違いなのでは……と思ったが、意外にも店内には冒険者の装いをした者も見受けられる。


装備の豪華さから、主に貴族からの依頼を受けたりする上位の冒険者だろう。そういう人達がチラホラといるお陰で、私達が注目を集める事もなかった。


店員に待ち合わせである事を伝えて奥へ進むと、店内の一番端っこの席に座っていた人が私達に気付き、立ち上がって頭を下げる。エマさんだ。


「ご足労いただき、ありがとうございます」


「いえ。お嬢様の為ですので」


私の言葉に、彼女は淡々と返答する。


侯爵邸で合った時もそうだが、彼女は常に冷静で落ち着いた……悪く言えばやや無愛想な人柄なのだろう。


だが決して冷たい人物という訳ではなく、言動の端々からマルグリット様を大事に思う気持ちが伝わってくる。


手で促され腰を下ろす。さっきまではエマさんの影に隠れて見えなかったが、彼女の隣にはもう一人女性が座っていた。エマさんと同じ服を着ている事から、侯爵邸で働く侍女仲間か何かだろう。


注文を取りに来た店員に適当な夕食を頼み、私達はエマさんへと向き直る。


「頂いたお手紙の内容ですが…」


「あ、少しお待ち下さい」


リゼは片手を上げてエマさんの言葉を遮ると、懐からあの黒い羽根を取り出した。エマさん達がいる為、流石に背中から直接取り出すのではなく、予め取っておいた羽根を入れていたらしい。


それを机に突き刺すように立てると、ピン、と指で羽根を弾いた。震える羽根からごく微量の魔力が滲み、何かしらの魔法が紡がれた事を知る。


「これは……セイレーンの羽根、ですか?」


エマさんが黒い羽根をしげしげと観察しながら尋ねる。


セイレーンとは魔物の一種だ。海に生息し、美しい歌声で人を惑わす女の魔物。その特徴からよく人魚と混合されるが、実際は半人半鳥の魔物であり、どちらかと言えば姿はハーピーに近い。


また、歌で人を魅了するという性質から、セイレーンの羽根や爪は音系魔法の触媒として優れている。


旅商人していた頃の私は主に内陸国を中心に巡っており、現物を見た事がなかった為気付けなかったが……この羽根が、そうなのか。


「はい。盗み聞きを防ぐ音魔法を掛けさせていただきました。話の腰を折ってしまい申し訳ございません」


リゼは頭を下げながら、エマさんに続きを促す。


「いえ、盗聴の危険を考えずお店を選んだのはこちらですので。……頂いたお手紙の内容ですが、数年前の状況について詳しく聞きたい、との事でしたね?」


「えぇ。お聞きしたいのは主に、ヴィオレッタ・ドゥンケル公爵令嬢が公爵家の養女になった当時の詳細です。

 他にも、マルグリット様が幼い頃に流れた悪い噂や、そのふたつの事柄の時系列等……知っている事があればお聞かせ下さい」


私がそう言った瞬間、エマさんの隣に座っていた侍女の肩がビクリと震えた。……心なしか、やや顔色が悪く見える。


「あの、そちらの方は大丈夫でしょうか? 体調が優れないようなら……」


「いえ、問題ありません。そうでしょう? キリカ」


キリカと呼ばれた侍女は、エマさんの言葉にゆっくりと頷いた。


……正直、大丈夫じゃないように見えるが、エマさんは気にせず言葉を紡ぎ始める。


「まず時系列の件からお話しますが、ドゥンケル公爵家へ養女の打診があった時期と、お嬢様に悪い噂が流れた時期。これらはほぼ同時だったと記憶してます」


「同時期、ですか」


隣で、リゼが口元に手を当てて考えるような仕草を取るのが見える。


正直、これはありがたい情報だ。今手元にある情報を元に推理しようにも、時系列が分かってなければ考えようがない。


「成る程……貴重な情報、ありがとうございます。

 では次に、ヴィオレッタ………当時のヴィオラ・グラオ男爵令嬢がドゥンケル公爵家の養女になった当時の詳細をお聞かせ下さい。公爵家に打診した有力家の詳細や、男爵家の反応など……勿論、知っている範囲で構いません」


私がそう言うと、エマさんの隣に座る侍女……キリカさんの肩が再び震えた。先程のように大きく跳ねるのではなく、小刻みにカタカタと動いてる。


「……ティア様、リゼ様。その質問にお答えする前に、我々の話を聞いて下さいませんか?」


「話、ですか?」


「はい。お嬢様の手前、お屋敷ではお話する事ができませんでしたが、今回の依頼にも関係がある事です」


「わかりました。お願いします」


私が頷くと、エマさんは呼吸を整えるように小さく目を閉じた。


「……。まず、先程ティア様がおっしゃった『養女を取るよう公爵家に打診した有力家』ですが、ロートティフ伯爵家とトゥアキス侯爵家が特に熱心にドゥンケル公爵家に働きかけていました」


ロートティフ伯爵家と、トゥアキス侯爵家。


……攻略対象である男子生徒の内、騎士団長息子のダニエルと宰相子息であるオスカーの実家だ。ロートティフが騎士団長家、トゥアキスが宰相家だったはず。


「ちなみに、養子を熱心に勧めていたのは侯爵や伯爵ではなく、ご夫人方です。他の家は勢力争いの都合で侯爵夫人と伯爵夫人の提案に乗っただけにすぎず、このお二方が養女の提案者と言ってもいいでしょう」


成る程。確かに現役の騎士団長家と宰相家からの打診となれば、他の貴族家も無下にできないだろう。


にしても、何故エマさんはこんなに詳しいんだろうか。


貴族間のパワーバランスやら云々、いくら侯爵家に仕える侍女とはいえ、事情通にも程がある気がする。


そして、未だに肩を震わせている侍女仲間のキリカさん。


……もしかして。


「……はい、お察しの通りです」


私の表情でこちらの考えを察したのか、 エマさんがゆっくりと頷いた。


「私とこちらのキリカは、それぞれロートティフ伯爵家とトゥアキス侯爵家に繋がりのある存在です」


「………密偵、という事でしょうか?」


「キリカは情報をトゥアキス侯爵家へ流していましたが、私は流していません。証拠はありませんので、私の言葉を信じていただくしかありませんが……順を追ってお話します」


話を聞くに、エマさんはロートティフ伯爵領の、キリカさんはトゥアキス侯爵領の生まれであり、母親が各家に侍女として仕えているらしい。


エマさんの母親はロートティフ伯爵夫人の、キリカさんの母親はトゥアキス侯爵夫人の専属侍女をしており、それぞれ夫人の事を敬愛……いや盲信しているんだとか。


エマさんとキリカさんは、そんな母親にファーブロス侯爵家で働くよう勧められ、今に至るしい。


「……ファーブロス侯爵家に雇用される際、身辺調査はされなかったのですか?」


貴族というものは、勢力争いが常だ。エマさん達のように身内の者を密偵として、対立する家に忍ばせようとする者は少なくない。


故に貴族……特に高位の家は使用人を雇う際、その者の出自を徹底的に調べる。情報を抜き取られないように。


「勿論、行われました。ですが私の母とキリカの母は、その調査を掻い潜る為に五歳の私達をファーブロス侯爵の領地内にある孤児院へわざと入れたのです」


……成る程。善良な貴族は慈善事業(ノブレス・オブリージュ)として、領内の孤児院から見込みのある子を使用人として雇う事がある。


エマさん達は五歳から孤児院に入れられた、と言った。使用人として働く事ができるのが十五歳と見積もっても、十年ほど孤児院で過ごしていた事になる。


それほど長い時間いれば、調査を行っても孤児院出身だから、で終わってしまう。何せ孤児院に来た時はまだ五歳だ。年端も行かない少女が実は密偵なんて、普通の人は思わないだろう。


「孤児院に私を入れる際、母はこう言いました。『奥様の為に、ファーブロス侯爵の娘の弱みを握りなさい』と。キリカも、母親に同じような事を言われたと聞いています。

 その後、ファーブロス侯爵邸に仕えるようになってからは、都度手紙にて情報を流すよう迫られました」


「その手紙は、まだ手元に残っていますか?」


「いえ、ありません。手紙には開封後に自動で燃え尽きるよう魔法陣が書かれていましたので」


成る程、随分と用意周到で用心深いことだ。


けれど、ようやく少し見えて来た。


攻略対象である騎士団長息子(ダニエル)宰相子息(オスカー)の母親たち、ロートティフ伯爵夫人とトゥアキス侯爵夫人。


彼女らはファーブロス侯爵に密偵を送り、ヒロインを公爵家の養女になるよう働きかけた。


何も知らない人からすれば、彼女達の行いはただの勢力争いにしか見えないだろう。敵のことを調べ上げ、争いや駆け引きを有利に進めようとするのは、貴族としては当たり前の行動だ。


だが、私達は知っている。それらは予言書にはない行動、本来ならありえない行いだという事を。


もしかして、この二人のどちらか……もしくは両方が転生者(イレギュラー)なのかもしれない。


「……我々の知っていることは、これが全てです。」


「成る程。貴重な情報、ありがとうございます。……あの、ひとつお聞きしてもいいですか?」


「何でしょうか」


「何故、私達にこの事を話して下さったのですか? 我々が今回の件をマルグリット様に報告すれば、エマさん達は今まで通りファーブロス侯爵邸で働く事が難しくなると思いますが」


「お嬢様の為……と胸を張って言えればいいのですが、私はそこまでの忠臣ではありません。

 これはただの私のエゴ。この情報を貴女方に伝える事で、実家が害を被ればいい、という私なりの復讐です」






「………で、どう思う? エマさんの話」


エマさんと別れて宿に戻った私達は、お風呂に入りながら聞いた話を振り返っていた。


私達が今回宿泊している宿には共同浴場が備わっているが、月の物が来ている人や怪我を負っている等の都合で他人と入浴できない人の為の浴室も、個別に設置されている。


酷い火傷がある私の肌を他の人に見せるのもどうかと思ったので、私とリゼはそちらを使う事にした。


流石に共同浴場よりは小さいが、浴槽は私とリゼが並んで入っても余裕があるぐらいの広さはある。


さすがグレードが高い宿だ。やっぱり資金力があるって素晴らしい。


「うーん、確定はできないけど、エマさんがお母さんに復讐したいというか、実家の事をよく思ってないのは本当だと思うよ」


ちゃぷん、と水面を揺らしながら、リゼが答える。


「ほら、だって五歳の子供が急に『偵察してこい』って言われて孤児院に入れられても、よほど教育(・・)されてない限りちゃんと動けないと思うし。

 それに、それだけ幼い頃から長い時間離れていたら、親よりも孤児院の先生とか、雇ってくれる侯爵家の人達への情が強くなるんじゃないかな」


確かに。例えるなら、私が産みの親と再開して『“赤のギルド”の情報を寄越せ』と言われているようなものか。


血の繋がった親というのは特別ではあるかもしれないけど、私からしたら親は私を引き取って育ててくれた養父の方だ。


そんな、親とは思えない産みの親から「スパイまがいの事をしろ」「今所属している組織の情報をよこせ」と言われても、正直「何だお前」な気がする。


「まぁ、キリカさんの方は情報を流していたし、今回の話を鵜呑みにするのも危ないかな。

 エマさんとキリカさんには、念の為に使い魔を一羽ずつ付けておくね」


「うん、頼んだ」


湯船に浸かりながら、伸びをする。


程良い温度のお湯がじんわりと身体を温め、疲れをほぐしていく。


「で、エマさんからのタレコミだけど、どう思う?

 ロートティフ伯爵夫人とトゥアキス侯爵夫人、だっけ。転生者だと思う?」


「うん、可能性は高いんじゃないかな。調査の為に、伯爵家と侯爵家にも使い魔を飛ばしておくね」


「……そんなに出して大丈夫? 使い魔ってかなりの魔力を使うんじゃなかった?」


使い魔の魔法は、実在する魔獣や聖獣と契約を交わして使役するタイプと、術者の魔力を編んで作り出すタイプのふたつがある。


使役タイプは魔力消費は少ないが、使い魔との信頼関係が綻ぶと反逆される危険性があり、

創造タイプは謀反の心配がない代わりに、魔力の消費が多い傾向にある。一長一短だ。


黒い羽根をカラスに変えているところを見るに、リゼのカラスは後者だろう。羽根を触媒にして消費魔力を抑えているようだが、それでも限度がある。


“影”に複数羽、エマさんにキリカさんにそれぞれ一羽ずつ、さらに侯爵家と伯爵家を調べるとなると、流石にリゼの魔力が枯渇してしまうのではないだろうか。


「大丈夫だよ? あの子達は私の羽根から作ってるから、消費魔力は本当に少ないし」


そっかぁ、なら問題は無いね。代わりに物凄い事をサラッと言われた気がするけど。


今、リゼはあの黒い羽根を「私の」と言った。あのセイレーンの羽根を、だ。


……最初は、リゼもフロワさんのように人間と魔族の間に生まれた存在なのでは、と考えた。それこそ、セイレーンの血を持つハーフかも、と。


だが、今リゼと一緒にお風呂に入って彼女の背中を確認したが、特に何もなかった。


例え人間の血が混ざって薄まっていても、魔族の特徴はどうしても身体に現れる。


それこそ、ギルド団員であり夢魔とのハーフであるフロワさん。ギルドの大浴場で何度か一緒になった事があるが、彼女に夢魔の翼と尻尾が生えているを見た事があった。


だから、もしリゼがセイレーンの血を引いているなら、彼女の背中にはセイレーンの翼が生えていなければおかしい。


だが実際、リゼの背中には何もない。白く綺麗な肌があるだけ。つまりリゼは魔族の血を引く存在ではない。けれどあの羽根を「私の」と呼称した。


………駄目だ、いくら考えても分からない。もう直接聞いてしまおう。


「……ねぇ、リゼって一体何者なの? 背中からセイレーンの羽根を出したりしてるし」 


私がそう尋ねると、リゼはキョトンとした表情を浮かべてこちらを見た。


「えっ…………言ってなかったっけ?」


「聞いてないねぇ!」


思わずツッコむと、リゼはごめんごめんと言うように両手を合わせた。


「ごめんね、てっきりもう話したと思ってたの。背中から羽根出しても何もツッコまれなかったし」


「いやそりゃ、さも当たり前みたいな顔で出されたら唖然としてツッコむタイミング逃すでしょ」


「ぁぅ………………」


「まったく、仲間内での情報の共有は大事なんだから。しっかりしてよね」


「ご、ごめんね。…………あ、でも」


しゅん、と肩を下げていたリゼは、何かを思い出したように声を零すと


「私も、ティアの魔法のこと知らないよ?」


そんな事を、口にした。


「え? リゼも見てたでしょ、シャボン玉の」


「うん、それは見たけど……ほら、特定の条件下で強力になるってやつ、詳しく知らないよ?」


……………あれ?


「……言ってなかったっけ?」


「聞いてないよっ!」


先程の私と同じようなリゼのツッコミ。


しぃんとした沈黙が何だかおかしくって、私とリゼは顔を見合わせて笑い合う。


「あははっ、じゃあおあいこって事で。私は自分の魔法について話すから、リゼも自分のこと教えてくれる?」


「うん、勿論っ。えっとじゃあ、まず私の事についてだけど───」





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